麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第642回)

2019-04-14 12:14:07 | Weblog
発光する裏山


裏山は、根を持つ種族の人口密集地であり、都市だ。彼らにとって、根を切り捨てて動きまわる種族はあわれな愚か者にすぎない。好きに移動できるようになった代償に「補充しなければ枯れる」という時限爆弾をかかえ、タイムリミットまでに水と食物を手に入れようとやっきになる。個体としての寿命はわずか。不安と焦りで動作はつねにせかせかし、せかせかと食べ、せかせかと性交し、せかせかと死んでいく。根を持つ種族からすれば、早送りでビデオを見ているようなものだ。それでも、裏山で彼らと共存している根のない種族には利用価値もある――たとえば体毛や糞を介して種を運ばせる――からまだいい。だが、彼らが「裏庭」と呼ぶ平地で、わがもの顔で騒いでいる毛のない猿どもときたら。「まったく意味がわからない。彼らはなぜ根を切り捨てたのだろうか。自由? どこに自由があるというのか」。根を持つ種族の長老が、そう思考するあいだに――彼らの思考は動作以上に非常に緩慢に実行されるので――長い時が経った。気がつくと、根のない種族はいつのまにかいなくなっている。地球の様子もさまがわりしているが、根を持つ種族には悲しみも恐怖も苦痛もない。やがて宇宙のほとんどを占めるという「暗黒物質」が、黒板消しで消し去るように裏山を包んでいく。そのとき、根を持つ種族は急に燃え上がり、裏山が発光した。ぼんやりと、しかし美しく。この星に存在した生き物が持っていた、すべての思い出と自由への憧れが燃え移ったというように。
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