マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

ニコデモの人生・・・『人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることが出来ない。』 そして 『聖霊が、あなたにすべてのことを教える。』

2019-05-20 13:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 


今日は5月20日。月曜日。薄雲り後雨。

今日は月一の『聖書の会

              聖書精読グループの月例会
 
        『OLD TESTAMENT 舊約全書』       
我が家の宝物

       大正五年六月廿一日印刷 大正五年六月廿四日発行
          綿々と、代々、引き継がれる『聖書』

 

  『聖書の会』   

   月一回、7人が集まり、意見を出し合い、聖書の一部を精読、深読する。
   最新の新共同訳聖書、古い聖書、英語の聖書 と、『御言葉』を比較する。
   『聖書100週間』を終了した一夫人が、お宅で開会。それ以来2年半の学びの日々となる。

 

   『今日の精読範囲』 は 『ヨハネ福音書 3章1節~15節』
   ニコデモが、イエスと出会い、人生の大転回をする場面です。
          
・・・人生の大転換! あこがれますよね。

    
    『ファリサイ派で最高法院の議員であったニコデモは、
      ある夜、イエスのもとに来て言った。
 

 「ラビ(先生)、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることは知っています。
神がともにいられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。

        イエスは答えて言われた。

はっきり言っておく。
      
人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。

     そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、
  
      『蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。』 民数記21-8

      
      人の子(イエス)も上げられなければならない。
  
    それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」
                                                           
ヨハネ福音書 3章1節~15節

 

イエス様と話し合った後・・・

   伝承では、ニコデモは、イエスを信じ、キリスト教徒となりました。

 『実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。』
                                ローマの信徒への手紙  10章17節
       ・・・『パウロの言葉』が実感できますよね。


更に。
その後・・・
 
  ニコデモは、信仰者として、信仰が強まり、誰をも恐れることなく、
          雄々しくなっていくのです。

        
    ユダヤ人指導者たちが、イエスを非難する時、
 
 『我々の律法によれば、まず本人から事情を聞き、何をしたかを確かめなければ、

    判決を下してはならないことになっているではないか。』 ヨハネ福音書7-51 
             ・・・と。 イエスを弁護します。


    イエスの処刑後、
 
 『
イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れてそのことを隠していたマタヤ出身のヨセフが、
   イエスの遺体を取り降ろしたいと願い出、遺体を取り降ろした。
     そこへ、
   かってある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも、
    没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持ってきた。
    
       彼らは、
イエスの遺体を受け取り、
  
  『イエスの遺体を受け取った場所』          於。聖墳墓教会。昨夏の巡礼時に

     
      ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布に包んだ。』

     
       『イエスの遺体を降ろし、香油を塗り、亜麻布に包んだ』     
                       
於。聖墳墓教会。昨夏の巡礼時に  

             
  『場』に手を当てて、ある人は涙を流しながら、祈りの人々が絶えませんでした。
                        

 更に。
その後・・・

       ニコデモは、殺され、殉教したといわれています。


    ニコデモは、
  『新たに生まれる』という『イエスの御言葉』を、最初は理解できませんでした。
      文字通りに、『新たに母から産まれる』ことと思いました。

  『新たに生まれる』とは、洗礼を受け、霊的に産まれるということです。
        神を中心に、『新しい生き方』を始めるのです。
     イエスを知り、神を知り・・・『永遠の命』に生きるのです。

  『新しい誕生』は、聖霊の働きであり、目に見えるものではないのです。
      風は、目に見えなくても、確かに感じることができるように・・・
     聖霊の働きも、目には見えませんが、確かに働いているのです。
      

  洗礼によって『新たに生まれれば、神の国を見ることができる。』のです。
                   ヨハネ福音書 3章3節

 

    『聖書の会』で学ぶ7人は、2人がキリスト者、5人は求道者です。
    5人の女性が、イエス様にラブラブになる日 はいつでしょう?
        『神様の時』を待つ私は、『聖書の会』が楽しみです。大好きです。
            
   

そして。

今日は5月20日。復活節第五月曜日。

『今日の集会祈願』

 『永遠の父よ、約束された聖霊を待ち望むわたしたちの祈りを聞き入れてください。
   移り変わる世界の中にあって、わたしたちが心を一つにして愛の掟を守り、
       いつもまことの喜びに生きることができますように。』

そして。

『今日の福音 イエスの御言葉

   『そのとき、イエスは弟子たちに言われた。

      弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、
    
      『聖霊降臨』            エル・グレコ作品

  あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」』                  
                  ヨハネ福音書 14章21-26節

   

  イエスは、別れを告げる昇天直前に、母マリアや弟子たちに約束しました。

『わたしは父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われる。』
                   ルカ福音書24章49節

    
        見えなくなったイエス様は・・・
     『聖霊』において、
 私たちは、いつも、イエスと一緒なのです。イエスは共にいてくださるのです。
 私たちは、いつも、三位一体の神様とも一緒なのです。神様は共にいてくださるのです。

 

        ニコデモは、
      イエスと語り合い・・・聖霊を豊かに受けたのでしょう。
      何もかも、聖霊の力によって、一気に、理解ができたのでしょう。

 
    『聖霊』において、
       イエスの御言葉を学びながら・・・
       私たちも、『三位一体の神』がお住まいになる、

       『神の神殿』 になるのです。 コリントの信徒への手紙Ⅰ 3章17節

 

     キリスト者は、『神の神殿』です。
 ニコデモのように、自分の生き様で、キリスト・イエスを証ししなくてはなりませんね。
              聖霊に助けられながら、頑張りましょう! ファイト!

    

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
昨夜、関西では大量の雨降りになりました。皆様の所はいかがですか? お元気で!

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7時間&37242歩&19㎞・・・『夏山縦走自主トレ』 そして 『わたしが父の内におり、父がわたしの内におられる。』

2019-05-18 08:00:00 | 登山・ハイキング

今日は5月18日。土曜日。薄曇り。

今日は月一の『櫻会』
       
         登山グループの月例会
      
8時。     『布引の滝』

        
 今日は、『長く&早く』 をモットーに、『夏山縦走のトレーニング登山』 です。

  
     息を整えて・・・スタート
     

   『櫻会』
   月一回の日帰り例会と 夏に2~3泊の縦走登山、を原則として、
     20年以上続く、山好き仲間の『4人会』。
  30年ほど前から所属する『ランニング会』の中で作った、『分会』です。

 
8時半。    『布引貯水池』             ダム湖百選。美しい。

    
    登山相棒の一人の女性と『二人会』で、20年ほど登り続けた、『高山登山』。
      その登山相棒の引退で・・・
    3人の仲間と『櫻会』を新結成、20年ほど続く、『中高山登山』仲間です。

 

 
10時。    『再度山』

   自然の力は山の姿をも変えていく。
   昨夏以来の台風が、通常道を閉鎖させ、迂回路を通常道に変えてしまう。
         崩壊した山が道を閉鎖する。
   
  今日も、自然の脅威に、”山は甘くない!”と、脱帽し、敬意を払いながら、
         お山に登らしていただく。

 

    
10時半。  『トウエンティクロス』


    大自然に魅了されて何十年も入山を続ける私は、
      山に癒され、山から学ぶ。山が好き。

  

     
11時半。   『桜谷出会』

      
 唯一の男性仲間は、
   いつも先頭で、女性の歩く道を確認してくれる。
 いつも大型リックで、水やビールや、重い荷物を担いで、仲間を喜ばして下さる。
    ”申し訳ない” と言うと・・・”喜んでくれるのが嬉しいんです!” と答える。脱帽です

 

  
12時。      『桜谷道』

     黙々と、ひたすら早く、長く・・・トレイルラン 夏山訓練です。


登り始めて4時間半。

12時半。 摩耶山に到着。 

 
  手作り弁当タイム・・・ リーダー恒例の『イカナゴ巻きずし』   Good!
  
      『黒ビール』が最高! 

 

  
  『記念撮影』

       専業主婦。看護婦さん。車ディーラー。郵便局員。
          それぞれの『働き』を終えて・・・
           『充実期』を楽しむ4人。

        私以外は、『100㎞マラソン』の現役者。
     私以外は、特技を生かして、目の不自由な方の『伴走者』を務める。
                     皆さん素敵な熟年者です。

 

   
1時45分。  『上野道』  下山スタート。

     
    2時間ほどかかるところを・・・

      『早く!』のモットーで、”1時間で降ろう!” 


3時。下山。

         『温泉と打ち上げ会』
  

      今日の『トレーニング登山』の終了。
       7時間。 37242歩。 19㎞。

    
    『今年の夏山縦走登山』 は 『3泊4日の富士登山』 に決定した。
 
          『3776、2m』          私は2度目の挑戦になる。


そして。

今日は5月18日。復活節第四土曜日。


『今日の福音 イエスの御言葉

『そのとき、イエスは弟子たちに言われた。

  「あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。
          いや、既に父を見ている。

    わたしが父の内におり、父がわたしの内におられる。
 
           trinity 三位一体』

    
    わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。

    わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。

 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。」』
                     ヨハネ福音書 14章7-14節


     神様は、
        いろいろの方法で、御自分を人々に表されます。
  沢山の被造物。勿論の山々。 そして『イエス様』においても、顕現なさいました。

      
       神様のお姿は見えませんが・・・
  神様とイエス様と聖霊様は『三位一体』。 お三人は、同じ『一体』なのです。
  イエス様の『言葉』と『行動』は、神様から出ており、神様のそれらと同じなのです。
       イエス様を知れば・・・神様も見えるようになるのです!


    
      『イエス様の道』は、『御父』へ通じる『道』なのです。
 イエス様を信じることは、神を信じることにもなり、『御父の家族』になれるのです。

 

     私たちキリスト者は、洗礼によって、イエス様の兄弟となりました。
  私たちは『似た者家族』で、神様とイエス様に似た者になるはずですよね。
神様とイエス様に似た者の私たちは、私たちの姿で『お三人様の神の愛』をお人に示しましょう。
      そして、お人も、『家族の一員』にしちゃいましょう!
               頑張りましょう! ファイト!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
GWが終わり、夏休みの準備開始の私です。皆様も同様でしょうね? お元気で!

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戒めを守り、ヨルダン川を渡って入国する・・・『カナンの国』 そして イエスを通って入国する・・・『御父の家』

2019-05-17 14:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今日は5月17日。金曜日。快晴。

   毎金曜日は、我が家に聖書好きが集まって聖書通読、『聖書100週間』です。
       今日の通読範囲は、『申命記1章~11章』


いよいよ。今日。

          イスラエルの民は、エジプトから脱出、荒れ野で40年過ごし、
            ヨルダン川を渡って、
  
     『神の約束の地=カナンの国=乳と蜜の流れる地』へ入国です。

 
その昔。
今からおよそ3500年前。

   紀元前1800年
       主はアブラハムと、『契約』を結ばれて、言われました。

  
   
   『あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す土地に行きなさい。
   あなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたを高める。
    地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。

    
     七十五歳のアブラハムは、主の言葉に従って旅立った。
 妻のサライ、甥のロトを連れ、財産をすべて携え、ハランで加わった人々と共に、
    神の命じたカナン地方へ向かって出発し、カナン地方に入った。

 
しかし。
200年の後・・・

紀元前1600年。

  アブラハム一族は、『神の約束の地:カナンの地』から、飢饉や諸事情で、エジプトに移住。
         エジプトに住む400年間に、
     神は、アブラハムの一族:ヘブライ人を強大なものとします。

エジプト移住から400年後。
 
  紀元前1200年。


    神は、高く上げた御腕をもって、
       ヘブライ人・アブラハムの子孫をエジプトから導き出します。

   

          その後。 四十年の間、荒れ野を移動。

   
    『眼下のカナンの地を眺めるモーセ』       自身の入国は不可能と悟ったモーセです。

        
 エジプト出発時の大勢の中の二人と、砂漠で生まれた次世代のイスラエル人だけで、
        ・・・再び、『カナンの地』へ入国。

  神は、カナンの地では七つの民族を滅ぼし、『約束の地:カナンの地』 
        
を、新世代に相続させてくださったのです。

    
    これらの『事実』は、

   アブラハムが、神に召し出されからは、650年後。
   アブラハムの一族がエジプトに移住してからは450年にわたることでした。


   砂漠を移動中。
   神がモーセを通して民に示された・・・ 『十戒』
   

  自身のこの世の終わりを悟ったモーセは、民に『遺言』を遺しました。

 
 『イスラエルよ、今、あなたの神、主があなた方に求められていることは何か。

  
 ただ、あなたの神、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕えること。
 わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、こうして、あなたたちは勇ましくなり、
      ヨルダン川を渡って、
 得ようとしている土地に首尾よく入り、それを得ることである。あなたが幸いを得ることでる。』
                       申命記10章12節ー11章8節

 


    モーセは、
 イスラエルの民をエジプトから導き出し、長い40年の旅の後に、モアブの平原に至り、
    『神の約束の地』を前に、ヨルダン川を渡ろうとする民に、
     イスラエルの民がシナイ山で神と結んだ『契約=十戒』を、
       忠実に、愛を込めて、るようにと諭したのです。

 

  『神のはからいは限りなく、生涯、わたしはその中に生きる。』 詩篇90章
                                                                           …実感しますよね。

 


    私たち、今を生きる者にも、
  神と結んだ『契約=十戒』は生きているのです。
    忠実に愛を込めて守り・・・『生命の道』を選び・・・
イスラエルの民が『カナンの地』に入ったように、私たちも『神の国』に入るのです。

 

              以上。今日の聖書100週間の私の感想の一部でした。お粗末様でした。

 

そして。

今日は5月17日。復活節第四金曜日。

   
『今日の福音 イエスの御言葉

『そのとき、イエスは弟子たちに言われた。

   「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

     わたしの父の家には住む所がたくさんある。
  行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、
    あなたがたをわたしのもとに迎える。
  こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

    わた しは道であり、真理であり、命である。
  わたしを通 らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」』
                        ヨハネ福音書 14章1-6節

 

    イエスは、
  モーセ同様に、この世との別れの時が近いことを悟り・・・

モーセが民を『カナンの地』に送り出す別れの時に、『言葉』をかけて、民を慰め励ましたように、

    
  弟子たちに、最後の晩餐の席で、『言葉』をかけて、慰め励ましました。
 

心騒がせるな。私は父の所に行き、すべての人を迎え入れる所を準備したら、戻ってくる。
      わたしが、『父に至る道』であり、真理であり、命である。
         神と私を信じなさい。


       私たちは、神を信じて、イエスを通って、
           『神の国』に入るのです。

 
     神が、誰よりも謙遜で信仰深いモーセを協力者として、
     
     イスラエルの民を『カナンの地』に導いたのは、
        
          神は民といつも共にいて、
     
      神が、神の御一人子・イエスを協力者として、
   

          人類を『神の国』に呼び入れるための、
          『しるし=前表』でもあったのでしょう。

 

『今日の祈願』

『聖なる父よ、救いの恵みを受けた人々を、いつくしみをもってお守りください。
御子イエスの死によってがなわれた者が、その復活の喜びに生きることが出来ますように。』

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
温故知新・・・私は毎週、世界の古典:聖書を読んで、我が心に温め、今に生き返らせています。学んでいます。
      面白いですよ。 お元気で!

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ゴルフと洗濯・・・『穏やかな一日』 そして 『わたしは光として世に来た。』

2019-05-15 18:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

5月15日。水曜日。快晴。

      風薫る五月の穏やかな一日でした。


夫は。

   32人のゴルフ・コンペで・・・ 『優勝』
   
   『優勝品:牛肉600g』

   夫のゴルフの腕前はプロ並み?
   コンスタントに好成績を出すが、ハンディキャップが厳しく、優勝が難しい。
   今日は、”今日はいいかも!” 預言?を残して出かけ、『83』で優勝となった。

        夫が健康でゴルフを楽しむ姿が、頼もしい。有り難い。
        妻は優勝時に味わえる高級牛肉が、嬉しい。有り難い。


妻は。

   夏日到来で・・・    『大物洗濯』  
   
   『ぶどう棚にひらめくシーツ』

   薫る五月の風が家中に流れるようにと、迎夏準備。
   家族用と客用の毛布とシーツの大物洗濯 と 家中窓網戸洗い。
   家を取り巻く『新緑』に癒されながら、『働き人』、仕事がはかどった。    
 
     夫婦そろって今のところは健康が、有り難い。 神に感謝!

 

そして。

今日は5月15日。復活節第四水曜日。


『今日の入祭唱』

   『神よ、国々の中で、わたしはあなたに感謝をささげ、御名をほめ歌う。
    わたしは兄弟たちに御名を語り伝え、集会の中であなたを賛美します。』
                    詩編 18章50節&22章23節


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉

    『そのとき、イエスは叫んで、こう言われた。

 「わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなくて、わたしを遣わされた方を信じるのである。
    
 わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである。

     
   わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、
       わたしは光として世に来た。
 
 『闇の中に輝き出でる光』                昨夏巡礼時のガリラヤ湖畔。

  
  わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。

       わたしは、世を裁くためではなく、
  
  『光であるイエスのこの世の誕生』


       世を救うために来たからである。

    父の命令は永遠の命であることを、わたしは知っている。」』
               ヨハネ福音書 12章44-50節

 
              
        『イエスは光である。』

     イエスは『光』となって、この世に来て下さり、
 イエスを信じる者が、闇に迷うことのないように、道を照らしてくださるのです。
       イエスを信じる者は、闇から解放されるのです。

   
    『光』に従う時・・・

   私たちは、『救い』が与えられ、『永遠の命』 にまで導かれるのです。


  
 唯一。
     『光であるイエス』に出会った人が、聖書に書かれています。

       その方は、パウロ(サウロ)です。
     
       聖パウロの持ち物である『剣』を持つパウロ。


イエスとパウロの出会いは、劇的でした。


    『さてサウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、
      突然、天から光が彼の周りを照らした。
  
         サウロは地に倒れ、
 「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。

    「主よ、あなたは、どなたですか」と言うと、
                    答があった。

    「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
起きて、町には入れ、そうすれば、そこであなたのなすべきことが知らされる。」

  同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、
        ものも言えず立っていた。』

その後・・・
   『光』の試みで目が見えなくなったパウロは、
      イエス=『光』の指示に従って、イエスの遣わしたアナニアに出会います。


『すると、目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおりに見えるようになった。
        そこで、身を起こして洗礼を受けた。』
            使徒言行録 9章1-19節


     熱心なユダヤ教学者であったパウロ(サウロ)は、
 『光であるイエス』に出会うまでは、キリスト者を迫害していました。

       『光であるイエス』は、
 パウロのだけに見える『光』となってパウロに顕現し、
       罪深い迫害者・パウロを、ご自分の『働き人』として召し出されたのです。

   『あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、
         わたしが選んだ器である。』
           使徒言行録 9-15


      パウロは、『イエスの光』に導かれ・・・
           イエスの言葉に聞き従い、イエスの憐れみに依り頼み

        自分の『使命』を悟り、
  180度回心、イエスの洗礼を受け、『キリストの伝道者』となりました。


    人は、お人との出会いで、人生が変わるときがありますよね。
      結婚もそうかもしれません。出会いから始まります。

   
   イエスは、自ら『光』となって、私たちの人生を導いて下さるのです。
     『闇』にとどまることなく、『御父=永遠の命』まで導いてくださるのです。
   神=御父は、私たちの不十分さを裁くことなく、『無条件の愛』で私たちを許すのです。


     私たちは、
  『光であるイエス』 に導かれて、神まで到達! 神の愛と赦しを受けましょう!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人との出会いは、偶然のようでいて、自分から引き寄せているのかもしれませんね。 お元気で!

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くじで選ばれたキリストの使徒・・・『聖マチア使徒』・・・『わたしがあなたを選んだ。」

2019-05-14 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 5月14日。火曜日。

         『聖マチア使徒 祝日
   
     マチアはキリストの復活の証人となるためにユダの代わりに選ばれ、
          十一人の使徒の仲間に加えられました。

 

『今日の第一朗読 使徒マチアの選出

    『その日、ペトロは兄弟たちの中に立って言った。
      百二十人ほどの人々が一つになっていた。

 「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、
          
          聖霊がダビデの口を通して預言しています。
       この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。

  ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。
        
詩編にはこう書いてあります。

      『その務めは、ほかの人が引き受けるがよい。』

   そこで、
        主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、

 つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、
   
   『復活されたイエスと11人になった弟子たち』

     いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、
           主の復活の証人になるべきです。」

  そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、
      
次のように祈った。

         「すべての人の心をご存じである主よ、
    この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。
ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」

       二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、
      この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。』
                   使徒言行録 1章15-17節 & 20-26節

 

  『くじ』
くじで大事な弟子を決める、まして、人の一生をくじで決める、ということが不思議な気がしませんか?

   くじを引くことは、古代にも広く行われていた習慣です。
   イスラエル人も、くじを『神の御心』を知る方法としたことが、
         旧約、新約を通じて記されている。
             聖書辞典より。

 

  
   イエスの復活後。

   エルサレムに戻ってきた使徒たちは、ペトロを中心に、
   『イスカリオテのユダ』に代わる使徒をたてることを決定します。
      そこで。
     洗礼者ヨハネの洗礼からイエスの昇天までの間、
      イエスと使徒たちと共にいたものの中から、
       『新たに一人』を選び出すことにします。

     
   祈ってくじをひくと・・・
二人の候補者の中で、『マティア』の名が出たので、彼が十二人目に加えられたのです。

 
     弟子たちは、くじの結果を考えながら・・・
 以前に、イエスが弟子たちに言われた『イエスの御言葉』を思い出したことでしょう。

 

『今日の福音 イエスの御言葉

    『そのとき、イエスは弟子たちに言われた。

     「あなたがたがわたしを選んだのではない。
       わたしがあなたがたを選んだ。

   
   あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、
 また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、
       わたしがあなたがたを任命したのである。

      
     互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。

    
    父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。
          わたしの愛にとどまりなさい。
       
わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、

   あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。」』
                ヨハネ福音書 15章9-17節

 

   『今日の教皇ベネディクト十六世の言葉』

『わたしたちは、復活の後に、この裏切者であるユダの代わりに選ばれた人のことを思い起こしたいと思います。

  エルサレムの教会で二人の人が共同体の中から候補として立てられ、くじが引かれました。

     選ばれたのは、マチアでした。
 こうして『この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。』のです。


   わたしたちは、
      マチアがイエスが地上で行ったすべてのことの証人であり、
      マチアが最後までイエスに忠実に従い続けた、
         ということのほかには、マチアについて何も知りません。


 このすばらしい『忠実さ』に、ユダの代わりになるようにという『神の招き』が加えられました。
     それはあたかも、ユダの裏切りを埋め合わせたかのようです

    
    ここからわたしたちは『最後の教訓』を得ることができます。
 

  教会の中には、ふさわしくない不誠実なキリスト者が少なくありません。
     たとえそうだとしても、

わたしたちは主であり救い主であるイエス・キリストをはっきりあかしすることによって、
    彼らが行った悪の埋め合わせをすることが、わたしたち皆の務めなのです。』
                     
『使徒ー教会の起源』より。

 

『今日の叙唱』

『聖なる父、全能永遠の神よ、
       あなたは使徒たちを礎として教会をたて、
  教会はすべての民に福音を告げ、救いの恵みをあらわす使命を受けています。
あなたの偉大なわざをたたえ、すべての天使とともに声を合わせ、感謝の賛美を歌います。』
  

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
私たちの小さな小さな善意が世の悪の償いになるかもしれない。頑張らなくちゃね。 お元気で!

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充実の時間と至福の時間と料理の時間・・・『母の日』 そして 『わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。』

2019-05-12 12:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

5月12日。日曜日。快晴。 『2019年 母の日』


 夫から・・・     『サーロイン・ステーキ』
 

     『母としてよく頑張った年月は充実した時間』 でしたね。
             2019年の母の日おめでとう!』

       
       ”いつまでも若々しく元気でいるために!”

  と、いつもの年相応の赤身ではなく、サーロインを用意してくれた夫でした。
    
    ”二人でめぐったGWの 大阪教区宣教150周年巡礼 の記念に!”
 と、昨夏のイスラエル巡礼の折に購入した『YARDEN Syrah 2015』 を準備した私です。


 
 娘夫婦から・・・    『防水 アレクサ』
 

   一日の終わりに湯殿につかりながら音楽を楽しみ、至福の時間』 を・・・
            元気な母の日おめでとう!』   


   今年の2月の ”人生楽しんでね!” と、『アレクサ』 に続いて、
  2台目、風呂場でも大丈夫の『防水アレクサ』を贈ってくれた娘夫婦です。


 
      息子夫婦から・・・  
         『名前入り料理包丁』
     

 『いつまでも食いしん坊でお料理上手な女性でいてくださいね。
       母の日おめでとうございます!』


   ”ますます料理の腕を振るって『料理の時間』 を楽しんで下さい!”
   ”世界に一つの『My道具』で、仕事は楽しくなりますよね” 
    と、『名入り名刀』を贈ってくれた息子夫婦です。


 母であり妻である『喜びと深いかかわり』をかみしめた、嬉しい『母の日』でした。
                             感謝!感謝!


『今日の聖パウロ六世教皇の言葉』

   『神は、すべての人が誠実に自分の生涯を送るように招いています。
        ある人は、社会の中の様々な職場で働く人として、
        また夫、、父、として家庭を築くように、
  そしてある人は、神と人とに仕える司祭、修道者になるように招かれています。

        神の招きはこのように人それぞれ異なりますが、
      自分に対する神の望みを祈りつつ探していくことが大切です。』
          聖パウロ六世教皇によって1964年に制定された
            『世界召命祈願の日・復活節第4主日』『ことば』より。

  

そして。

今日は5月12日。復活節第四主日。

『今日の集会祈願』

     『救いの源である神よ、
まことの過越の子羊であるイエスは、すべての羊にいのちを与えるために、自ら苦しみを受けられました。
      主の過越を祝うわたしたちを、キリストの愛といのちで満たしてください。』


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉

     『そのとき、イエスは言われた。

        「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。
  
  『夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い』               ミレー作品。
                       我が家の居間の真ん中にかかる『牧者・イエス・キリスト』
     

    わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。
       わたしは彼らに永遠のいのちを与える。

   彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。」』
                   
ヨハネ福音書 10章27-30節

 

            イエスは、どなたですか?

    イエスは、
       ご自分の身分をご自分から明かすことはないのですが、
       人々が、イエスの行いとイエスが話す言葉から、
       イエスがどなたであるかを、分かってほしいのです。

       
         イエスがどなたであるかは・・・
          理解することではなく、
    イエスの言動から、『イエスは神の子である』 と、信じることです。


  人は、
     お人を信じるためには、その方がどんな方であるかを知らなければなりませんよね。

     そして、お人を知るために、話し合ったり、一緒に行動したりしますよね。

 同様に。

    イエスを信じるためには、イエスとかかわって、イエスを知らなければなりません。


   人は、ある人と深くかかわっていくと、その姿が見えなくても、声を聞くだけで、
      ”ああ!あの人だわ!” と、わかるようになりますね。


   イエスは、愛する羊・民を、
    『わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。』そして 『わたしは彼らを知っておる。』
             ・・・と、言われるのです。


今日・主日のミサ司式の神父様が、説教で、話されました。


 弟子たちよりも早く、イエスが呼びかける声で、『イエスだ! 先生だ!』 と分かった人がいます。
         それは、マグダラのマリアです。
      
     マリアは、今まで、話しあっている人は園丁だ、と思っていたのですが、
    『マリア!』 と言われると、振り返って、『先生!』 と返事をするのです。
       イエスが復活なさったことが分かったのです。

                            ヨハネ福音書 20章11-16節

                  

ということは・・・

    イエスとマグダラのマリアは、
    イエスの生前から、互いに信頼し合うほどの、かかわりがあったということでしょう。
    イエスはマリアに教え・・・マリアは熱心にイエスの話を聞いていたのでしょうね。

    私たちも、
    聖書を読み、イエスの言動を知るとき・・・イエスを知ることが出来るのでしょう。
    イエスを信じる人の信仰を見て・・・イエスを信頼することが出来るようになるでしょう。    
       
      日々の生活の中に『イエスの声を聞き分ける』ことができるようになり、

          『イエスは神の子』との『信仰』が生まれるのでしょう。


   更には、

         『イエスの言葉』『わたしは彼らに永遠のいのちを与える。』
               ・・・と。
         信じる者は、一層深くイエスを知り、神ともかかわるようになるのです。
             『永遠の命』を待望するようになる。
                 ということですね。

 

         神様とも、お人とも、深くかかわりあいながら・・・
           楽しく、豊かな人生を送りたいものですね。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人生には、母と呼べるお人、父と呼べるお人、沢山います。感謝ですね。 お元気で!

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GW巡礼の旅の追加・・『大阪大司教区 再宣教150周年の巡礼』 そして 『キリシタン遺物資料館』

2019-05-11 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 5月11日。土曜日。雲一つない快晴。 

        
     今日は『大阪大司教区・再宣教150周年の巡礼の旅』の六日目。
  
       全行程:2教会キリシタン遺物資料館。9時半~16時半。8時間(車と登山)。

 
1週間前の土曜日。『巡礼条件:16の指定教会のうち12教会を訪問する』を、12教会訪問で、『再宣教巡礼』をクリアしました。
   そして。
今日の土曜日。 指定巡礼教会のうち、すでに訪問した12教会以外の教会、まだ訪問していない教会を、『追加巡礼』 することにしました。



第一訪問教会。

       『カトリック高槻教会』
 
  
  
 『高山右近像と高山右近記念聖堂』

  カトリック高槻教会は、
  高山右近が城主であった『高槻城跡』近くに建ち、
        その聖堂は、『高山右近記念聖堂』 として知られています。

   
 高山右近と高槻教会とのつながり。

   1563年(永禄6年)。高槻城(大和国沢城)第一代城主・高山飛騨守が、
                   キリスト教の教えに感銘を受け、洗礼を受ける。 12歳。
   1564年。 高槻城第二代目城主となる高山飛騨守の息子・高山右近も洗礼を受ける。 13歳。
   1573年。 右近は、キリシタン大名として、高槻城主となる。 22歳。

   高槻城を中心とする三島地域は、右近在城の間、キリシタンの一大中心地となる。

   1587年。 豊臣秀吉は、『キリスト教布教禁止令』を発布、宣教師の日本からの退去を命じる。36歳。
   1612年。 徳川家康は、『キリシタン禁教令』を発布、『キリシタン国外追放』を命じる。 61歳。

   
   1614年。 高山右近はマニラに追放される。 63歳。
   1615年。 高山右近、マニラで64歳。
   
   1949年。高山右近顕彰碑』が現在の商工会議所の場所に建立されました。没後334年後。
   1954年。『カトリック高槻教会』が創立されました。 没後339年後。
   1962年。 高山右近の臨終の地であるマニラ市郊外アンティポロにある『聖母大聖堂』を模して、
           高塚教会に『高山右近記念聖堂』が建てられました。 没後347年後。
   
   2017年。高山右近は、カトリック信者として、『列福』されました。 没後402年後。

    
    『高槻教会聖堂』                

     追悼式の始まる前でした。
                  『再宣教巡礼帳』を掲げて・・・記念撮影

 夫と二人で、
 最後尾で、『巡礼の課題:三つの祈り』を唱えました。

    『あらゆる苦しみに打ち勝った福者ユスト高山右近のように、
          わたしたちも、
 自分の中に宿った福音を生涯学び続け、一人でも多くの人に告げ知らせる者となりますように。』

        
        『高山右近像』        高山城跡公園


   『巡礼』とは、日常から離れ聖地に赴き、信仰を確信することである。
                       ・・・と。実感した次第です。

    

第二の訪問教会。    

           『カトリック香里教会』 
  
  

   『再宣教巡礼帳』を掲げて・・・
    復活された十字架上のキリスト と 御聖櫃 と 復活のろうそく
                              記念撮影  

       香里教会は、
   1931年(昭和6年):初代教会主任・ペトロ・マルモニエ神父を迎えて、創設。
         司祭召命を求めて祈り続ける教会で、
     司祭様になられた多くの少年を育てた教会と、お聞きしていました。
       今日は、教会の幼稚園の『体験一日入学』をしていました。  


       教会入り口を入ると・・・
       緑あふれる庭に佇まれる 『マリア像』
     
       幼稚園の園児のために・・・
       司祭召命のために・・・
       教会宣教活動発展のために・・・
       信徒の信仰の喜びのために・・・
               ・・・等々。
          祈り続けるマリア様です。


     『聖母マリア、わたしたちと共に歩んでください。
   聖フランススコ・ザビエル、わたしたちの宣教活動を励ましてください。
     福者ユスト高山右近、わたしたちの信仰を支えてください。』
                 『再宣教150周年の祈り』より。

         私たちも、祈り続けてまいりましょう。


今日の最後の巡礼。
第三の巡礼地。

         『茨城市立 キリシタン遺物資料館』     
    

      今年の長い10日間のGWをどのように過ごすか?          
       平成から令和への元年となった記念すべきGWであり、       
      ”有意義な10日間にしよう” と決めた私たち夫婦でした。
   『大阪大司教区・再宣教150周年の巡礼の旅』 12教会を巡礼しました。


       そして、今日は、
     ”『巡礼の旅の追加』をしましょう!” との夫からの誘いでした。
                 
一人で、黙々と、完璧な準備、をする夫です。

 
巡礼の旅の仕上げは・・・
   
     三島地域の、『隠れキリシタン』 の研究となりました。

  
    豊臣秀吉や徳川家康による『キリスト教信者流刑の令』により、
        高山右近は、他の信者たちと共に、マニラに追放され、
 他の信者たちは、その縁者までも含めて、死罪・流罪などの厳科に処せられました。

   信者たちは、表面は仏教を信仰しているように見せ、山奥く隠れるように、
         1614年:高山右近はマニラに追放されて以来、
              250年間、
       『隠れキリシタン』となって、信仰を続けていたのです。

      
   それは、九州・浦上の潜伏キリシタンが、250年間信仰を守り続けてた後に
    大浦天主堂を訪ね、プティジャン神父に密かに信仰者であることを名乗り出、
           『信徒発見』がなされたのと同じことでした。
     

 1920年(大正9年)。千提寺山林の中腹から、『キリシタン墓碑』が発見されるまで、
           隠れキリシタンの方々が名乗り出ることなく、

        キリシタン宗に関係があるという確証がなかったのです。

  その後、続々と、山中や民家に隠されていたキリシタン遺物』 が発見されました。


     『隠れキリシタン』 が隠れ住んだ 『三島地域の山々』 
   
   『隠れキリシタンの住んでいた山々の模型』     於。キリシタン遺物資料館ロビー。

     
     『あふれる愛、万物の造り主である父よ、
        あなたは、
 フランシスコ・ザビエルを通してイエスの福音を日本の戦国の世にもたらしてくださいました。
        日本のキリシタンは、あなたの恵みに支えられて、
    厳しい迫害に耐え、司祭を通して再び秘跡を受けることが出来るまで、
         250年にわたって信仰を守り抜きました。
   あなたは日本における教会を、その殉教者の血の上にお建てになりました。

       1868年6月17日、
   ムニクウ神父が神戸に着任されたことで、大阪教区の再宣教が始まりました。
   再宣教150周年を迎えたわたしたちは、その信仰と使命を受け継ぎます。』
                 『大阪大司教区 再宣教150周年の祈り』より。

 

   私たち夫婦は、
        『キリシタン遺物資料館』を後にして・・・
   
   
    先人たち・隠れキリシタンの隠れ場所であった『三島の山』 に入りました。
  
   
    1時間ほど、三島の山奥を、
    信仰の先人たち:『隠れキリシタン』 の信仰を偲びながら、歩きました。

     
     山中で、
        私たち夫婦の 『再宣教150周年の巡礼の旅』記念に、
      すべてに感謝しながら、『巡礼条件:三つの祈り』を、唱えました。

       『再宣教150周年の祈り』 『主の祈り』 『信仰宣言』


         『あふれる愛、万物の造り主である父よ、
          あなたは聖霊の力強い働きにより、
      すべての人があなたを求め、見出すことができるように、
  いつくしみの手をさしのべて、みことばである御子を遣わしてくださいました。』
                    『再宣教150周年の祈り』より

 

  
 神様、巡礼を計画してくださった方々、ブログで巡礼をご一緒してくださいました皆様、
     私たちは、無事に、見事に、『再宣教150周年の巡礼の旅』を終えることが出来ました。
         心からの感謝を申し上げます

  巡礼を終え・・・
  私たちは確かに何かが変わりました。 私たち夫婦間にも、確かに何かの変化が生まれました。

           
     『巡礼の旅』は、
       確かに、私たち夫婦だけでなく、イエス様もご一緒、『三人旅』でした。
        私たちが気づけば、いつもイエス様は、私たちとご一緒でした。

   『信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。』
                                     ヘブライ人への手紙1章1節

        『わたしたちも、自分の中に宿った福音を生涯学び続け、
        一人でも多くの人に告げ知らせる者となりますよに。』
               『大阪大司教区 再宣教150周年の祈り』より。

 

 皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様方はおいくつ位でいらっしゃるのでしょうか?
私ども夫婦は、人生の最終章:游行期を迎える年代になりました。それぞれの年代の花を咲かせたいものですね。 お元気で!

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天の栄光の先取り・・・『乳と蜜の流れる地』 そして 『御聖体』

2019-05-10 14:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 5月10日。金曜日。立夏真っ只中。27度の夏日。

          
      毎週金曜日は、聖書好きが我が家に集まって、『聖書100週間』  
   今日の通読範囲は、蜜の流れる地・カナンの地への入場、民数記 25章~35章』

 

    今年も満開・・・   『都忘れ』
  
  『永遠の輝き』

       今年も、忘れることなく、小さな我が家の庭に咲く。

       
      『永遠』とは何か?
   『永遠』とは、無時間的な超越性でなく、『限りのない時間の継続』 を表している。

では。

      『永遠の神』とは何か?
 時間を超えた彼岸の神よりも、むしろ初めも終わりもなく、『無限に存在する神』 を言う。


更に。

       『永遠の命』とは何か?

        霊魂不滅とは異なり、
『永遠の命とは、唯一まことの神と、神がお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。』ヨハネ17-3
     人間がキリストを信じて神との新しい関係に入ることです。
 それは、現在すでに神およびキリストとの交わりとして与えられている『新しい命』 である。

同時に、

   なお、この世にある限りは、『終わりの日に完成されるもの』として待望するのです。
そして、
     『永遠の命』は、この世のものは過ぎ去っていきますが、限りなく続くのです。
                             
聖書辞典より。

 

 

『今日の通読範囲 乳と蜜の流れる地(国)への入国

『モーセとアロンに導かれて、部隊ごとに、エジプトを出た人々は、次のような旅程をたどった。

      イスラエルの人々は、第一の月の十五日にラメセスを出発した。
    すなわち、過ぎ越しの翌日、すべてのエジプト人の前を意気揚々と出て行った。

         それから、42か所に宿営し、40年かけて前進し、

彼らの宿営は、ヨルダン川に沿ったモアブの平野にあるベト・エシモトからアベル・シティムに及んだ。』

    
                                    民数記 33章1-49節
    ヨルダン川を渡れば・・・
        そこは、『乳と蜜の流れる地』です。
            神が、準備下さった『天国』です。

 

40年間の荒れ野での経験。
 神は、昼は雲、夜は火の柱でイスラエルの民を導き、イスラエルの民と共にいてくださいました
 民は神の力によって道中の国々の攻撃に打ち勝ち『約束を守り果たす神』 を体験しました。

40年後の、『乳と蜜の流れる地・カナンの地』への入場。

 『砂漠』はそこを進む民や家畜にとって、餌となる緑も水も食料も少なく、過酷な土地だったことでしょう。
それに比べ、
 『カナンの地』は羊や山羊が食べる緑も多く、人の母親の乳も多く出るようになった、夢のような土地だったことでしょう。

   
        『乳と蜜の流れる地・カナンの地』への入場は
     砂漠での様々な苦労や不安や恐れ、更には 罪の意識からも解放されて、
             安らぎと豊かさを経験でき、
      『天の国・祝福された世界・天の栄光』の『事実』の
  
          前体験、先取りではなかったでしょうか。 
                        
                以上。私の『聖書100週間』の感想の一部でした。お粗末様です。

 

そして。

今日は5月10日。復活節第三金曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉

『そのとき、ユダヤ人たちにイエスは言われた。

      「はっきり言っておく。
   人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。
        
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、

       
       永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。

    わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。
          
         わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、
     いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。

   生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、
         わたしを食べる者もわたしによって生きる。
          
          
これは天から降って来たパンである。

         このパンを食べる者は永遠に生きる。」』
               ヨハネ福音書 6章52-59節

 

     『永遠の命』は、
  『唯一まことの神と、神がお遣わしになったイエス・キリストを知ること。』 なのですね。

     
       『聖体』は、
          キリストの過ぎ越しの記念であり、
    わたしたちは『聖体拝領』によって『天の祝福と恵み』 に満たされます。
      それゆえ、『聖体』は『天の栄光』の先取りなのです。
                『カトリック教会のカテキズム』より。

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
お風呂に入って・・・”天国!天国!”なんていいますね。 お元気で!

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『リディアはパウロの話を注意深く聞いた。』 そして 『洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。』

2019-05-09 10:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

5月9日。木曜日。薄曇りの一日。

    
    毎週木曜日は、聖書好きが教会に集まって、『聖書100週間』
 今日の通読範囲は、使徒たちのめざましい宣教活動について、『使徒言行録 9章~18章』


    今年の復活の聖なる徹夜祭・・・
            『友の洗礼式』
    
     『この日が来ました』 と友は涙を見せました。


            『「祈りの場所」に集まっていた婦人たちに
                                  パウロは話をした。
              
                 
神をあがめるリディアという婦人も聞いていたが、
 主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。
      そして、彼女も家族の者も洗礼を受けた。』
             使徒言行録 16章14&15節
          


私の友は、聖書100週間の仲間で、長年『神の御言葉』を注意深く学び、今年の洗礼の日を迎えました。
リディアは、祈りの場の仲間で、パウロが話す『神の御言葉』を注意深く聞き、洗礼を受けました。


   今日も『御言葉』を実感しました。

『実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。』
                    ローマの信徒への手紙 10章17節

 

その後。
          ユダヤ教からキリスト者となったリディアは、
     パウロと宣教活動の同行者のシラスとルカを、自分の家に招きもてなし、
      ピリピ教会の形成の中心的な働きをすることになりました。

    私の友も、『これからは、未熟者の私ですが、教会のお役に立ちたいと思います。』
                  洗礼後の『御挨拶』をなさいました。 

     
     『父と子と聖霊の御名において洗礼を授けます』

         弟子たちも、リディアも、友人も、
  洗礼後には、聖霊に満たされ、喜びに満ちあふれ、素晴らしい『働き人』に変わるものですね。



そして。

今日は5月9日。復活節第三木曜日。

『今日の入祭唱』

  『神をたたえよう、神は栄光を現された。神はわたしの力、わたしの救い。アレルヤ。
                             
出エジプト記 15章1節&2節

そして。


『今日の第一朗読 弟子たちの宣教活動

    『その日、主の天使はフィリポに、
    

  「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。

     そこは寂しい道である。フィリポはすぐ出かけて行った。

   
   折から、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、

      エルサレムに礼拝に来て、帰る途中であった。
   彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。

   
 すると、〝霊〟がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。
   
フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、

      「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。
  
   
宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、

       馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。
   
        彼が朗読していた聖書の個所はこれである。

      「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。
     毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない。
   
卑しめられて、その裁きも行われなかった。 だれが、その子孫について語れるだろう。

        彼の命は地上から取り去られるからだ。

       
       宦官はフィリポに言った。

  「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。
     自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」

   
   そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、

       イエスについて福音を告げ知らせた。

      道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。
  
   宦官は言った。
  「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」

   そして、
     車を止めさせた。
       フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、

     
     『宦官と洗礼』             レンブラント作品

       
          フィリポは宦官に洗礼を授けた。

      彼らが水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。
   宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。』
                    使徒言行録 8章26-40節

 

その昔。
          聖霊に導かれて・・・
    使徒達は、イスラエル人以外の人たちにも、洗礼を授けていきます。
ユダヤ教のサウロも、律法学者であったのに洗礼を受け使徒となり、異邦人に宣教して大いなる活躍をします。 
      洗礼を受けた人びとは、『喜びにあふれ』ました。



そして今。

        『聖書:神の御言葉』に導かれて・・・
  『イエスは、主であり、神から遣わされたメシア、救い主』であるとの『福音』
                 ・・・。主を認めて、主を受け入れるのです。
     そして。
      洗礼を受けた人びとは、『喜びにあふれ』ます。


       
   今日は
『使徒言行録』=『聖霊による新しい時代』を学びました。



皆様!

御訪問に感謝します。
『温故知新』・・・古典からいろいろ学びますね。令和の語源『万葉集』も学びたいものです。 お元気で! 

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聖書三昧・・・『自分の中に宿った福音』 そして 『人々は福音を告げ知らせながら巡り歩いた。』

2019-05-08 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

5月8日。水曜日。薄曇り。


    早朝・・・   『沿道のつつじ』
    
    『5月の景色』                           見事です。

         変わらぬ日常、変わらぬ繰り返し。感謝です。
    
        今朝も、毎年の変わらぬ景色の中で、早朝速歩。
   毎水曜日は、一日中、聖書三昧、明日と明後日の二日分の『聖書100週間』クラスの予習です。
                                      
感謝!感謝!


思い出しています。
    GW中『大阪大司教区 再宣教150周年の巡礼の祈り』 一部です。

            『わたしたちも、
        自分の中に宿った福音を生涯学び続け、
     一人でも多くの人に告げ知らせる者となりますように。』


  
学ぶことは、自分のためだけでなく、お人の役にも立つことでなければならない。

        私の命は、自分だけのものではなく、お人のものでもある。
                      ・・・これぞ『生きがい』であろう。


そして。

今日は5月8日。復活節第三水曜日。

 

『今日の入祭唱』

    『わたしの口は賛美に満ち、絶えることなくあなたの輝きをたたえます。
     神に救われたわたしの魂は、声高らかに喜びの歌を歌う。アレルヤ。』


今日の第一朗読 使徒たちの宣教』

      『その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、
    使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。

  さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。

                       フィリポはサマリアの町に下って、
              

                                 人々にキリストを宣べ伝えた。
  群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。
            町の人々は大変喜んだ。』
                徒言行録 8章1-8節

 

    使徒たち・共同体の人々は、迫害を受けても、心を一つにしていました。
     迫害を受けて、散らばって、異邦人の間にも住むようになったのです。
       
               新しい地で、
      種をまかれるように、福音が伝えられていきました。
        方々に、キリスト者の集まりが広がっていきました。


     私たち・キリスト者も
 自分の中に宿った福音を生涯学び続け一人でも多くの人に告げ知らせる者となりますように!



『今日のアレルヤ唱』 

   アレルヤ、アレルヤ。
『わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得、終わりの日に復活することである。』アレルヤ、アレルヤ。
                        ヨハネ福音書 6章40節


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
街路樹のつつじの美しい時期ですね。散歩を楽しみましょう。 お元気で!

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