マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

復活の主日・復活の聖なる徹夜祭・・・『あの方は死者の中から復活された。』

2018-03-31 19:00:00 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月31日。復活の主日。

    『復活の聖なる徹夜祭』



-----第一部 光の祭儀-----


    祝福された火が 『復活のローソク』  にともされました。
      
  『死の暗闇に打ち勝って復活したキリストの勝利』          

復活のローソクを先頭に暗闇の中、行列が聖堂にむかいました。
暗闇の聖堂内に復活のローソクの灯りだけが明るく輝いています。

        『キリストの光』  神に感謝!


-----第二部 ことばの典礼-----


まずは。

神による過越。旧約。

『出エジプト記 神の御言葉』

『その日、追い迫るエジプト軍を見て、イスラエルの人々が非常に恐れたとき、
   主はモーセに言われた。

「海に向かって手を差し伸べなさい。水がエジプト軍の上に、戦車と騎兵の上に流れ返るであろう。」

   モーセが手を海に向かって差し伸べると、
 
  夜が明ける前に海は元の場所に流れ返った。


エジプト軍は水の流れに逆らって逃げたが、主は彼らを海の中に投げ込まれた。
水は元に戻り、戦車と騎兵、彼らの後を追って海に入ったファラオの全軍を覆い、一人も残らなかった。

イスラエルの人々は海に中の乾いた所を進んだが、そのとき、水は右と左に壁となった。
 
  その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。


   イスラエルはエジプト人が海辺で死んでいるのを見た。

民は主を畏れ、主とその僕モーセを信じた。モーセとイスラエルの民は主を讃美して歌を歌った。』
     出エジプト記 14章15節~16章

   神は、愛によって、イスラエルの民と、『契約』を結ばれました。
   イスラエルの民を選んだのは、その民が強く賢く謙遜だからではなく・・・
『御自分の救いの御業』を全世界に現すための『器』として、自由に選ばれたのです。

   神は、イスラエルの民族を自分が選んだ民として保護し、繁栄させる。
   イスラエル人は、他の民族に神を証しする、特別の使命が与えられたのです。

『出エジプトの過越』
当時の慣習では、羊の群れを春分の日近く、一頭の羊をほふって神々にささげ、
    又、ほふった羊の血を家の杭や鴨居に塗り、
 
 不死の世界へと過ぎ越し、神と共に生きるために、救い出されるとしていました。

『紅海を渡った出来事』は、神の民の共同体に入るための、『洗礼』の前表なのです。


『答唱詩篇』

『神よ、あなたの右の手には力がみなぎり、あなたの右の手は敵を抑える。
 神よ、こうしてあなたの民は通り過ぎ、あなたのものとされた民は過ぎ越す。』 

『祈願』

『救いのわざを、今も私たちに続けてくださる全能の神よ、
選ばれた民をファラオの迫害から解放されたように、あなたは今、洗礼の水によって人々を救いに導いてくださいます。
アブラハムの子孫に約束された栄光に、全世界の人々があずかることができますように。』


  
次に。

イエスの過越し。旧約から新約へ。
 

 暗闇の世界から光の世界へ。  

  『イエスの光』:『六本のロウソク』          祭壇に灯されました。 
 
 『イエスの過ぎ越しの光』


『使徒書の朗読 使徒パウロの言葉』


  『皆さん、あなたがたは知らないのですか。

   死者の中から復活させられたキリストは、
 
 『復活して墓から出てきたキリスト』

 もはや死ぬことはない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません。

    キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、
    生きておられるのは、神に対して生きておられるのです。


このように、
あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと信じなさい。』
   使徒パウロのローマの教会への手紙 6書3-11節

『洗礼』
イエス・キリストが死に、葬られ、墓から立ち上がる、ことを象徴的に表しています。


信仰によりキリストと結ばれたキリスト者。
洗礼を受けることにより・・・
キリストと共に死に、キリストと共に立ち上がり・復活し、『新しい命』を与えられ、
キリストを頭とする『新しい人類』に属する者となり、『復活のキリスト』を身に着けているのです。



『アレルヤ唱』

『アレルヤ、アレルヤ、アレルヤ。
神をたたえよう。神はいつくしみ深く、そのあわれみは永遠。
家造りの捨てた石が、隅の親石となった。これは神の業。人の目には不思議なこと。』



『福音朗読 若者・天使の言葉』

『安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、
  イエスに油を塗るために、油を買った。
そして、週の初めの朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。

彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話しあっていた。
ところが、目を上げてみると、石は既にわきへ転がしてあった。

 
    石は非常に大きかったのである。

墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。

若者は言った。
「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、

 
 
  あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。

さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。
『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」』

                マルコ福音書 16章1-7節


-----第三部 洗礼と堅信-----


『洗礼の儀』

     『洗礼式』
  
『イエス・キリストの名によって洗礼を受け、自分の罪を赦していただきなさい。』

  水と聖霊によって新しく生まれ、神の民、教会の一人、神の国の証し人、とされました。

 続けて
      『堅信式』
 
 『聖霊の賜物を受けなさい。』

    6人の方が洗礼の秘跡を受け、私たちの共同体に加わりました。

 信者も・・・  『洗礼の約束の更新』
 
  『悪魔とその働きといざないを捨て、神に従う洗礼の約束を新たにします。』


  『キリストの光』を受けた洗礼者から、『光』を分けて頂き、洗礼の更新を致しました。



-----第四部 感謝の典礼-----

 通常のミサと同じように、奉納、聖体拝領が行われ、派遣の祝福を受けました。

『拝領祈願』

『恵み豊か神よ、
あなたの愛の霊を注ぎ、御子キリストの死と復活の神秘にあずかったわたしたちを、
  あなたのいつくしみのうちに一致させてください。』

  
      閉祭。 神に感謝!


最後に。     

   『イースターエッグ』    
 
                            配られました。

 『復活の卵』は、キリストの復活を表します。 古い殻を打ち破って…『新しい命』を生きるのです。


    皆様! 主のご復活おめでとうございます!
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聖金曜日・・・『彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであった。』・・・『主の受難』

2018-03-30 15:00:00 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月30日。聖金曜日。

       『主の受難』


『祈願』

『あわれみ深い神よ、
御子キリストは、あなたの民のためにご自分の血によって過越の神秘を定めてくださいました。
いつくしみを忘れず、この民を永遠の愛のうちにお守りください。』

『第一朗読 神の御言葉』

『主は言われる。

  見よ、わたしの僕は栄える。はるかに高く上げられ、あがめられる。
 
   かって多くの人をおののかせたあなたの姿のように、
 彼の姿は損われ、人とは見えず、もはや人の子の面影はない。

それほどに、彼は多くの民を驚かせる。彼を見て、王たちも口を閉ざす。
だれも物語らなかったことを見、一度も聞かされなかったことを悟ったからだ。

 乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。
 
     見るべき面影はなく、輝やかしい風格も、好ましい容姿もない。
    彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。
    彼はわたしたちに顔を隠し、わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。

彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった。
彼が刺しぬかれたのは、わたしたちの背きのためであった。
彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。


彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。


    わたしたちは羊の群れ。
 
     道を誤り、それぞれの方向に向かって行った。

   そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。
   苦役を課せられて、かがみ込み、彼は口を開かなかった。
屠り場に引かれる子羊のように、毛を刈る前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった。

 

     彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか。
わたしたちの背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを。
 
     彼は不法を働かず、その口には偽りがなかったのに、
  彼の墓は神に逆らう者と一緒にされ、富める者と共に葬られた。

 
  主の望まれることは、彼の手によって成し遂げられる。


  わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。
       
 『多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しを成したのは、この人であった。』 

          以上。 イザヤ書 52章13節~53章12節


     『主の僕』=『主に聞き従う者』
主の僕は、主なる神の言葉を忠実に聞き、主に愛され、霊に満たされ、諸国に遣わされる。
   ・・・主の僕は、諸国の光となり、主の救いを地の果てまでもたらす者である。
主の僕は、人から反対されても苦しめられても、黙して語らず、柔和で、神に全てをゆだねる。
   ・・・主の僕は、多くの人が正しい人とされるために、彼らの罪を負い、自らが償いの捧げものとなる者である。
主の僕は、辱められ、苦しめられ、殺される。
   ・・・主の僕は、神はその人を高く上げ、諸国の民はそれを仰ぐ者である。


    『主の僕』とは誰?

  『主の僕』とは『恵みの良い知らせ=福音』
苦しめられ、十字架につけられ、人類の罪の償いのために死んで、復活された主の僕、『イエス・キリスト』です。


『受難の朗読 イエス・キリストの受難』

ピラトはイエスを呼び出して、言った。 「お前がユダヤ人の王なのか。」 
イエスはお答えになった。 「わたしが王だとは あなたが言っていることです。
   わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」

ピラトは言った。 「真理とは何か。」
   ピラトはこう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出てきて言った。
  「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」
すると、ユダヤ人たちは大声で言い返した。 「あの男ではない。バラバを釈放。」


    兵士たちは茨で冠を編んで
 
『茨の冠』        我が教会の『冠』

  イエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、そばに来ては、平手で打って言った。
    「ユダヤ人の王、万歳」

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、言われた。 「渇く」
    こうして、聖書の言葉が実現した。


人々は、酸いぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。
   イエスは、このぶどう酒を受けると、言われた。 「成し遂げられた。」    
     頭を垂れて息を引き取られた。



   }『イエス・キリストによる人類の罪の償い』が、今日、成就しました。
この恵みが、世界中の人々の上に降りますようにお祈りいたしましょう。感謝!感謝!

 


『拝領祈願』

『全能永遠の神よ、
あなたは、御子キリストのとおとい死と復活によって、わたしたちをあがなってくださいました。
この過越の神秘にあずかるわたしたちが、いつも心を尽くしてあなたに仕えることができますように。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
私たちの幸せは、お人の優しさと共に在るのですね。私たちも、お人の幸せ役立つように頑張りましょう。 お元気で!
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聖木曜日・・・『イエスはこの世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟った。』・・・『主の晩餐』

2018-03-29 19:00:00 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月29日。主の受難の前夜。

     『主の晩餐の夕べのミサ』

 
 『最後の晩餐』           レオナルド・ダ・ヴィンチ作品


『集会祈願』

『いつくしみ深い父よ、
あなたのひとり子は死に向かわれる夜、食事を共にして、新しいいけにえ、愛のうたげを教会におゆだねになりました。
この偉大な晩餐の神秘にあずかるわたしたちが、キリストの愛を受け、生きる喜びに満たされますように。』


『今日の福音 イエスの御言葉 新約と聖体の設定

   『過越祭の前のことである。
イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。

    夕食のときであった。
既に悪魔は、イスカリオテのシモンのユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。

『イエスからパンを受けるイスカリオテのシモンのユダ』


   イエスは父がすべてを御自身の手にゆだねられたこと、
また、御自分が神のもとから来て、神のもとへ帰ろうとしていることを悟り、
食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた

 

それから、たらいに水をくんで、弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。

 
 『信徒の足を洗う司式司祭』       今晩の我が教会



   シモン・ペトロのところへ来ると、
ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。
 
 『ペトロの洗足』

   イエスは答えて、
「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と云われた。


ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、
イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。


そこで、
シモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も」
イエスは言われた、「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」


  イエスは、ご自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。
    それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。』

『最後の晩餐』のとき。
イエスは、『しもべの仕事=洗足』をなさり、使徒もイエスに倣って、”互いに仕え合いなさい!”、と希望しました。
しかし。
ユダは、他の弟子たちと共に足を洗って頂きましたが、”イエスは僕の仕事をするべきではない!”、と 自分の考えで、疑いました。


さて、イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席について言われた。
 

 わたしがあたながたにしたことがわかるか。
あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。


     ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、
    あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」


               以上。 ヨハネ福音書 13章1-15節

  私達は、人に仕えることにより、キリスト御自身に出会うことができるのです。

『わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』

                  マタイ福音書 25ー40


『今日の詠唱 キリストの掟

      『新しいおきてをあなたがたに与える。
   『互いに愛し合いなさい。わたしがあなたを愛したように。』


『今日の叙唱 キリストの聖体』 

『聖なる父よ、主の晩餐を祝うわたしたちは、あなたの限りないいつくしみをたたえ、感謝の祈りをささげます。

  永遠の祭司キリストは、
 ご自分を救いのいけにえとしてあなたにささげ、唯一永遠の奉献を全うされました。


     キリストのことばに従って、わたしたちはその記念を行い、
   いのちと救いの杯を受けて、主が来られるまでその死を告げ知らせます。』



   今日。聖木曜日。イエス・キリストは、『愛の掟』と『聖体』、を制定なさいました。
『聖体』で体にイエスキリストを受け、力に満たされ、『愛の掟』を生涯実行してまいりましょう!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
いよいよ。明日は『主の受難』。明後日・日曜日は『主の復活』。皆様のお幸せをお祈りいたします。 お元気で!
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春の恒例行事・・・『京都の桜見物』

2018-03-28 10:00:00 | 旅行。海外旅行。
3月28日。10時~17時。桜を愛でながら、ひたすら歩いた。

 毎年の恒例行事・・・   『桜見物』
 
『ソメイヨシノ桜』

 相棒と二人。         30年ほど続く、京都旅の相棒です。

 人生最後に一番大切なものはものは、何だろう?
 心が通う人が、いつも隣にいてくれることではなかろうか? 
 京都旅行の相棒は、いつも隣にいる、『人性の贈り物』です。


今年の始まりは・・・    『高瀬川の桜 ソメイヨシノ』
 
 『満開』           外国からの観光客、欧米系の方が多い、いっぱいです。


『西郷ドン』 
今年のNHK大河ドラマです。
私は大河ドラマが、歴史好き & 原作者の描く主人公たちの人物像に興味が尽きず、大好きです。 
毎年の大河ドラマの関係地を訪れるのも、昔の人たちの追体験で、楽しいのです。

『高瀬川』
この辺りは、江戸時代から、『土佐藩邸跡』があった。
『藩邸跡』は、土佐藩、薩摩藩、長州藩と組んで、幕末政局の主導権を握った『雄藩の志士』が活躍した京都における『根拠地』でありました。


ゆったりと・・・    『帆掛け船と桜』
 


 季節の花を楽しむのも、『人性の贈り物』です。 年を重ね、花の美しさに気づきます。


『天皇の御陵』を詣でるのも、好きなんです。


入口からして・・・   『静寂と威厳』
 
『花園天皇陵』


桜は全くない。    『参道』
 
 陵にはモミジが似合う。                  新緑も紅葉も、いとよし。

    『花園天皇 十楽院 上陵』
 
         拝礼

花園天皇。 
第九十五代天皇。 永仁5年7月25日(1297年8月14日) - 正平3年11月11日(1348年12月2日))
伏見天皇の第三皇子。母は洞院実雄の娘顕親門院季子。御名は『富仁』。

正安三年。親王の宣下を蒙り、後二条天皇の皇太子となる。
在位11年目にして後醍醐天皇へ譲位し、薙髪して出家、『遍行』と号する。
学問・和歌に秀で、日記『花園院宸記』四七巻には学芸に関する記事が多い。 正平3年(1348)崩御、52才。

  潔く、好男子で、学問に通じる『花園天皇』が、大好きなのです。


12時。

知恩院の経営・・・    『花水庵』
 
『花伝』          外の大勢の人々の喧騒が嘘のような静けさ。 おいしい。 2268円

  「食前の祈り言葉』
『合掌 「われここに食をうく つつしみて天地の恵みと人々の労を謝し奉る」 十念 「いただきます」』


    今日は、キリスト教の『食前の祈り』ではなく、知恩院の『食前の言葉』を唱えて・・・
         いただきます!


法然が開基(創立者)・・・  『知恩院』
 
 『浄土宗総本山』      本堂の、『本尊・法然上人像』に拝礼
 
    法然が、後半生を過ごし没した、『ゆかりの地』に建てられた寺院です。
  『法然は日本のキリストです』と言ったのは…かの有名な井上 洋治神父様でしたよね。


知恩院境内の・・・     『枝垂れ桜』
 

次に。
『西郷ドン』ゆかりの、清水寺。


清水寺門前の・・・    『舌切茶屋』
 
『西郷ドン と 月照 ゆかりの茶屋』


『舌切茶屋』
清水寺成就院の執事を務めていた近藤正慎は、
『月照の逃亡』を手助けした嫌疑をかけられ、奉行所に捕われ厳しい拷問を受けました。
だが。一切語らぬため舌をかみ、獄舎の壁に頭を打ち付けて、壮絶な死をとげました
清水寺は、
近藤正慎の忠実さのゆえに、残された妻子に、永代、清水寺門前での営業を許したのです。今も縁者が営んでいます。


『月照』
成就院の住職にもかかわらず、『尊皇攘夷』に傾倒し、徳川家大老の井伊直弼から危険人物と見なされた。
追われる身となり・・・
下僕の大槻重助をつれ、伏見より大阪を経て、船で薩摩へ逃亡します。

『西郷どん』は、薩摩藩で、月照をかばいきれぬと悟り、『月照』を抱いて錦江湾へ入水(自殺)を計りました。


『西郷どん』は180センチ&108キロの大柄。一方 『月照』は150センチの小柄。
『重助』は、西郷と月照を救助しましたが、西郷は蘇生、月照は助からず・・・遺品を携えて帰京。
    その後。捕らえられ、半年獄舎につながれましたが放免。
    その『忠僕ぶり』が、人々に感銘を与えました。

 『忠僕茶屋』
 
 こちらも。清水寺は、残された妻子に、永代、清水寺門前での営業を許したのです。


  誇り高き・・・  『甘味処」
 
『相棒のところてん。 私のぜんざい。』
  
  



もう一つ。
御陵訪問。


清閑な・・・    『清閑寺 門』
 
人一人通らない長い参道の奥深く。

  『平家物語』の悲恋で知られる、高倉天皇と小督局、ゆかりの『清閑寺』です。


 本尊は十一面千手観音。開基(創立者)は紹継。     
    月照が要人と密談をした庵でもあります


 『日本の天皇制度』は、現在・平成天皇は125代目、世界にない、『The日本』です。誇らしい!


小督局が尼になり生涯を過ごした清閑寺の横に・・・『高倉天皇の墓』
 
 『六修天皇・清閑寺陵  高倉天皇・後清閑寺陵』  死して恋を貫いた?

最後に。

小さな寺にひっそりと・・・    『京都市指定保存樹 ヤマザクラ』
 
 『大きな幹』   平成16年3月指定。

   自然の偉大さを語る桜も良し。 数奇な人の生涯を語る陵も良し。

 
  
 『ヤマザクラ』 花びらが5~8弁で、いくつもの花が集まって毬状に咲きます。

   

 桜を見て、陵を見て、自分の人生を沈思する一日でした。 29684歩。 感謝!感謝!

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
数日の命の桜の花。そのはかない美しさに、人は魅かれるのでしょうか? 
人の人生も短いのです。美しくいきましょう! お元気で! 
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受難の二日前・水曜日・・・『わたしの時が近づいた。』

2018-03-28 05:50:00 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月28日。受難の水曜日。主の受難・磔刑まで2日です。

   今日の典礼です。

『今日の集会祈願』

『神よ、あなたはわたしたちを悪の力から救い出すために、ひとり子が十字架にかけられることをお望みになりました。
御子の復活の恵みにわたしたちをあずからせてください。』


『今日の第一朗読 主のしもべの預言

『わたしは逆らわず、退かなかった。打とうとする者には背中をまかせ、ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
顔を隠さずに、あざけりと唾を受けた。わたしは顔を石のようにする。』

     イザヤ書 50賞4-9節


     『主のしもべ』=『主に聞き従う者』
キリストの受難の姿を連想させる『主のしもべ』によって、『主の御計画』は実現されていくのです。


『詠唱』

『わたしたちの王である主よ、父に従ってあなたは十字架につけられるために、子羊のように連れて行かれた。』


『今日の福音 イエスの御言葉 受難の水曜日の様子』

『十二人の弟子の一人で、イスカリオテのユダという者が、
祭司長のところに行き、「あの男をあなたたちに引き渡せば、いくらくれますか」と言った。
そこで、彼らは銀貨三十枚を支払うことにした。

  その時から、ユダはイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。

  夕方になると、イエスは十二人と一緒に食事の席につかれた。
 

    一同が食事をしているとき、イエスは言われた。
「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」

弟子たちは非常に心を痛めて、「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。
イエスはお答えになった。「わたしと一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る。

「人の子は聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切る者は不幸だ。
   生まれてこなかった方が、その者のためによかった。」


イエスを裏切ろうとしているユダが口をはさんで、「先生、まさかわたしのことでは」と言うと、
イエスは言われた。「それはあなたの言ったことだ。」』
     マタイ福音書 26章14-25節


    なぜ? ユダはイエスを裏切ったのでしょうか?
イエスに呼ばれ、大切にされ、教育され、共に過ごしましたが・・・イエスに愛情がわかなかったのでしょうか?
親しみを感じることができず・・・イエスについていくことがしんどくなったのでしょうか?
銀貨30枚=奴隷を買う値段=が欲しくて・・・銀貨を手に入れる機会を待っていたのでしょうか?
    聖書には理由が書かれていません。私たちにはその理由が分かりません。


    ユダの裏切りで分かることは?
イエスは、ユダの裏切りを知っておられました。
イエスは、なぜ? ユダと同じ鉢に? パンを? 浸したのでしょうか?
   ・・・しかも。なぜ? 後にイエスは『これは私の体』と言われる『パン』を、同じ鉢で、共同作業をなさったのでしょう?
イエスは、大切に思っていたユダの裏切りは、とても悲しく、寂しい事だったでしょう。
イエスは、『生まれてこなかった方が良かった』と、ユダの改心を願ってでしょうか? ユダに聞こえるように言いました。
  聖書には理由が書かれていません。
  私たち一人一人の理解は、私達一人一人の今の心、ひいては、信仰の現れとなるのではないか、と考えてみたりします。



   いつの時代にも、親しい人に、裏切られたり、拒否されるような、つらいことがあります。
     イエスは、裏切りにより我が身を死に渡される、つらさを味わられたのです。
しかし。つらい目に遭っているときこそ、『主が共にいて力をくださる』と、信仰を深める時なのです。




『拝領祈願』

『全能の神よ、ひとり子の死によって、わたしたちに永遠の命が与えられることを悟らせてください。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
いよいよ。明日は『聖木曜日・主の晩餐』、明後日は『聖金曜日・主の受難』を迎えることとなりました。
   『過ぎ越しの神秘』に与かる前の二日間を、心穏やかに過ごしましょう。 お元気で!
コメント (2)

受難の火曜日・・・『イエスは、心を騒がせ、断言された。』

2018-03-27 11:13:41 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月27日。受難の火曜日。イエスのエルサレム入城の翌々日。

『今日の福音 イエスの御言葉 過越祭りの五日前の二つの予告


 『イエスは弟子たちとともに食事の席についておられたが、
 
      『心を騒がせ、断言された。』

一つ目の予告。

『「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」

  弟子たちは、だれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。
  イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。
  シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。

その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」 と言うと、
   イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」 と答えられた。
 
 『ユダにパンを与えるイエス』

  それから、パン切れを浸して取り、イスカリオのシモンの子ユダにお与えになった。
  ユダがパンを受け取ると、サタンが彼の中に入った。

  そこで、

  イエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」 と彼に言われた。

座に着いていた者はだれも、なぜユダに言われたのか分からなかった。
ある者は、ユダが金入れを預かっていたので、
「祭りに必要な物を買いなさい」とか、貧しい人に何か施すようにと、イエスが言われたのだと思っていた。

  ユダはパンきれを受け取ると、すぐに出て行った。夜であった。』


  イエスは、一人の弟子がイエスを裏切ることを予告しました。

      光であるイエス。 闇であるこの世。
   両者の争いは、ますますは激しさを増し、闇は光であるイエスを殺そうとします。
この両者の争いを通して、人間となった神の御子・イエス・キリストの使命が、明らかになっていくのです。


もう一つ。二つ目の予告。


『シモン・ペトロがイエスに言った。 「主よ、どこへ行かれるのですか。」
イエスが答えられた。「わたしが行く所に、今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。」

ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついていけないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」
イエスは答えらられた。「わたしのために命を捨てるというのか。はっきり言っておく。
鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」』

  
  『ペトロの否認』

               以上。 ヨハネ福音書 13章21-38節


    イエスは、ペトロの否みを予告しました。

ペトロはイエスのための命を捧げることを誓いますが、実際には、イエスがペトロのために命を捧げることになるのです。

神から遣わされたキリストを、神の子として、受け入れるか?拒否するか? 信仰するか?信仰しないか?
    その決断ができていても…いかなるときにも、揺るがない信仰を保てるのか?

神は、最後まで私たちに呼びかけておられます。ペトロ同様に、私たちに過ちがあっても、神の元に戻るように祈りましょう!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今日、私は、ノーベル賞作家・ペール・ラーゲルクヴィストの作品:『バラバ』=イエス・キリストの身代わりに釈放された犯罪者バラバの数奇な運命を描いた傑作=の映画を観ました。

イエスを否んだペトロは、イエスの一番弟子となり、『天国の鍵』をイエスから預かりました。
イエスの身代わりで釈放されたバラバは、イエスの面影と共に一生歩くことになり、暗闇の中から『光』を見い出しました。
イエスの受難を三日後に迎える私たちも、十字架の木によって人類をお救いになる『イエス』から目を離しませんように。 お元気で!
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受難の月曜日・・・『するままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、香油を取って置いたのだから。』

2018-03-26 20:51:31 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月26日。受難の月曜日。イエスのエルサレム入城の翌日。

『今日の福音 イエスの御言葉 過越祭りの六日前の出来事』

『過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。
   イエスのために夕食が用意されマルタは給仕をしていた。 
 『気配りの人・マルタ』

    ラザロはイエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。』
 

イエスは、エルサレムを訪れた時は、大体マルタとマリアの家にお泊りになったといわれています。


『そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持ってきて、
   イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。』

 
 『香油を塗るマリア と イエスに抗議するユダ』

       『家は香油の香りでいっぱいになった。』


普通は、頭に香油を塗る習慣はありましたが、生きている人の脚に香油を塗る習慣はなかったそうです。
マリアは、イエスに起こる色々の出来事から、イエスをお慰めしたいと思ったのかもしれません。
  

   『弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。
「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人に施さなかったのか。」

  彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。
彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。』



 ユダは、油を塗るマリアを見て、それは不必要で、無駄なことをしていると、イエスに抗議しました。
     ユダの言うことは、一理あり、納得できることのように聞こえますよね。

マリアは、ユダの言う通り油を売ることができたでしょうが、イエスが一緒にいる喜びを表したのではないでしょうか?


    『イエスは言われた。
「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、香油を取って置いたのだから。
  貧しい人々はいつもなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」』


                    以上。ヨハネ福音書 12章1-11節


   今日の福音では、イエスの御言葉やマルタとマリアとユダの姿から、いろいろを学びます。

マルタは、
イエスのそばから離れない姉妹・マリアに手伝ってもらいたいと願いながらいつものように、食事の準備をします。
マリアは、
イエスが『マリアは良い方を選んだ』と云われるようにいつものように、イエスのそばを離れず、イエスの話を聞きます。

  マリアにとって、イエスの足に香油を塗ったことが葬りの準備をするためであったのかどうか・・・
    おそらく本人にもそんなつもりはなかったでしょう。
ただ、これだけ危険の迫っている状況でしたから、ここで一緒に食事をするのは最後かもしれないという思いから
   イエス・キリストに対する『心からの尊敬の気持』を表したいという気持ちがあったのでしょう。

    いつものように、マルタとマリアは、対照的な二人です。


ユダは、
使徒たちの会計係として、世間が考える通りに、自分の考えではなく、もっともらしい言葉を並べます。
  貧しい人を助けることは、それはいつでもできることであり、毎日やるべきことです。
ヨハネ福音記者は、ユダの心の奥底にある思い=会計係として預かったお金をごまかしていた=を暴露します。


イエスは、
『この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、香油を取って置いたのだから。』
    ・・・と。マリアのしたことは決して無駄な行いではないと、肯定します。
 と同時に。
身近に迫った死を覚悟する、イエス・キリストの気持ちが表れた『御言葉』だったのでしょうか?
 その通りに。
    マリアのしたことは、そのキリストを葬る備えとなりました。

私たちは、
マリアの行動やイエスの御言葉から学んで、今何をすべきかはっきりして、『受難の週』の準備ができます。


     イエス・キリストが自分から進んでささげる命は
   
  すべての人に、『永遠の命を与えるための死』です。

  イエス・キリストの尊い死を、深く思い巡らしながら・・・
  イエスの受難の日に向けて心の準備をしてまいりましょう。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
「桜咲いた!」は「合格の暗号文」です。満開の桜を眺めながら…喜びの日を待ち望みましょう。 お元気で!
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年を取らない誕生日・・・『My 誕生日』

2018-03-25 16:30:00 | 私のこと
3月25日。 私の誕生日です。 
今年から誕生日になっても年を取らないことにしました。歳は忘れることにしました。


    今日は、山仲間・かぢ歩会 の 『月例会』。 10㎞。19975歩。

 京都や大阪や西宮の仲間と・・・  『明石大橋』
 
 快晴の空に大きく美しい。 

    今日は、遠路、12名、私の地元に集まってくれました。


 午後4時半・・・    『誕生日祝膳』
 
『御当人は大ジョッキでしょ!』     嬉しい!

    おめでとう! おめでとう! おめでとう!
         有難いことです。 感謝!感謝!


そして。


午後7時も・・・   『誕生日祝膳』
 
 『赤飯。お頭付鯛。ケーキ。そして ワイン。』     嬉しい!    

    今年から…誕生日に年を取らないことに決めた。歳を忘れることにしました。


 自宅で・・・    『祝膳 二次会』
 

   おめでとう! おめでとう! おめでとう!
       有難いことです。 感謝!感謝!


届きました。

 娘夫婦から・・・   『誕生日プレゼント』
 
『ラルフローレン。コーチ。Miss Dior。』   嬉しい!

    『ますます若々しく、楽しい毎日をお送りください。』

メッセージらしく・・・  『絹ロングスカーフ。大判のショルダー&財布。香水兼ヘヤーミスト。』
 

      おめでとう! おめでとう! おめでとう!
孫たちから、留守電にもスマホメールにも、『祝言葉』が入っていた。 感謝!感謝!

 息子夫婦から・・・  『一緒にプレゼントを捜しに行きましょう!』
 デートの約束。 何を買ってもらおうかな? 嬉しい! 楽しみです!


この世には素晴らしいことが沢山ある。
中でも。
友人や家族と仲良く そして 誕生日を祝って頂くことは、世の中の素晴らしいことのトップです。 感謝!感謝!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
新しい歳を迎える誕生日。皆様がお迎えになる『新しい歳』がお幸せであるようにお祈りいたします。 お元気で!
   
 
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枝の主日・・・『ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。』

2018-03-25 09:30:00 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月25日。復活祭の一週間前の日曜日。受難の主日。枝の主日。聖週間の初日。

枝の主日。
  イエス・キリストがロバに跨り、エルサレムに入城したときを記念します。
 


今日の『枝の主日』の司式。

まずは。

司祭により。 『枝を持った会衆を祝別する祈り』

   『全能永遠の神よ、この枝を祝別してください。』
 
ミサ前。教会の庭に集合。司祭によって枝が祝別されました。

枝の祝別後。

『福音 イエスの御言葉』

『イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。
「向うの村に行きなさい。村に入るとすぐ、誰も乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。
それをほどいて、連れて来なさい。
もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、
   『主がお入用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。
二人が、イエスの話した通りに話すと、そこに居合わせたある人々は許してくれた。


二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。
多くの人が自分の服を道に敷き、また、多くの人々は野原から葉の付いた枝を切って道に敷いた。
そして、
        前を行く者も後に従う者叫んだ。
 
バチカン大聖堂前の広場の会衆。

私たちも。

枝で飾られた十字架を先頭に、司祭に続き、会衆は枝を手にして、讃美の唄を歌いながら、聖堂まで行列しました。

 『ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。』
                マルコ福音書 11章1ー10節


行列が終わり、聖堂へ入堂。

『入堂の歌』

『主がエルサレムに来られたと知りオリーブの枝をふりかざし迎えてうたう。
     天には神にホザンナ 神のいつくしみのうちに来られた方に賛美』



  司祭様が祭壇に表敬。 続く者皆、私も皆さんと共に、表敬を現しました

ミサの始まり。

『今日の集会祈願』

『全能永遠の神よ、
あなたは人類にへりくだりを教えるために、救い主が人となり、十字架をになうようにお定めになりました。
わたしたちが、主と共に苦しみを耐えることによって、復活の喜びをともにすることができますように。』



   いよいよ。聖週間の始まりです。


『今日の奉納祈願』

『いつくしみ深い神よ、
    御独り子の受難によってわたしたちをおゆるしください。
わたしたちの力では得ることのできないこの恵みを、十字架のいけにえによって豊かに頂くことができますように。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
四旬節を終わりとなり『聖週間』を迎え、世界中の『信仰の春』の到来です。豊かな一週間となりますように。  お元気で!
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主の受難5日前・・・『主の過越に近づき、その喜びにあずかることができますように。』

2018-03-24 23:53:38 | 待降節。クリスマス。四旬節。復活節。
今日は3月24日。四旬節第五土曜日。主の受難・磔刑まで五日。

『今日の集会祈願』

『救いの源である神よ、聖週間を迎える今、あなたの民に豊かな恵みを注いでください。
洗礼の恵みを受けた私たちが、選ばれた民として主の過越に近づき、その喜びにあずかることができますように。』



旧約の過越。
エジプトの地で奴隷になっていたイスラエルの民が、モーゼの先導でパレスチナの地に脱出した記念。
 

『その日、人はそれぞれ父の家ごとに、すなわち家ごとに羊を一匹用意しなければならない。
     イスラエルの共同体の会衆が皆で夕暮れにそれをほふり、
   その血をとって、子羊を食べる家の入口の二本の柱と鴨居に塗る。

 
 そして、その夜、肉を火で焼いて食べる。
それを食べる時は、腰帯を締め、靴を履き、杖を手にして、急いで食べる。
   これが主の過越である。』
       出エジプト記 12章1-11節

 

   今日の一日を沈黙の一日とした。
イエスの十字架を思って、しゃべりをストップした一日は、観想の一日となりました。
 
 自然の中に溶け込むような・・・。 自然の一部にすぎない自分の再確認のような。


新約の過越。
受難のイエス・キリストを、『世の罪を取り除く神の小羊』として記念する。

 『キリストが、わたしたちの過ぎ越しの子羊として屠られた。』
 
           コリントの信徒への手紙5-7


 
      沈黙の一日の終わりに、夜ミサに与かりました。
        主と共に過ごした一日でした。 



『今日の詠唱 神の御言葉』

『わたしにはむかう心を捨てて、新しい霊と心を身につけよ。』 エゼキエル書18-31


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
桜満開宣言が出ました。美しい季節です。 明日の日曜日はお花見ですか? お元気で!
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