マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

『Faccio io! 私がやります!』・・・『聖ヨハネ・ボスコ司祭』・・・『ともし火は燭台の上に置く。』

2019-01-31 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

1月31日。年間第三木曜日。

   『聖ヨハネ・ボスコ司祭 記念日』
 

1815年。 イタリア・トリノ教区のカステルヌオーボ郊外、ベッキ村で生まれる。
     辛苦に満ちた少年期を送る。
1841年。26歳。司祭に叙階。
  19世紀後半のイタリア統一運動と産業革命の中で青少年たちが放置される現実に直面し、
  もっとも貧しい青少年たちのために生涯を捧げることを決意。
1859年。44歳。サレジオ会を設立。
  青少年の教育に全力を注ぎ、若者に職業やキリスト教的生活を習得させる修道会。
  学校事業、社会事業を通じて多くの人々を導いた。また、多くの護教的な著作をも著した。
1888年1月31日。73歳.。 死去。葬儀には10万人が参列した。

 現在、サレジオ会の本部はローマにあり、
 ヨハネ・ボスコの理想を引き継いで世界中で青少年教育活動を行っている。
            『毎日の読書』より。

 

   『Faccio io! 私がやります!』
     『ドン・ボスコのことば100』より。

ドン・ボスコとそのサレジオ家族の精神をよく表している『言葉』です。
特に他の人が面倒と思うような場面でも、積極的に、自発的に、
  『私がやります!』という気持ちです。
それは、「自分が、私が」というエゴの裏返しではなく、
「私をささげます」という積極的な意味での自己犠牲の精神です。
ドン・ボスコはこの精神を生涯貫き、
彼が育てたサレジオ家族たちにもその精神が受け継がれていったのです。

 

『今日の集会祈願』

『いつくしみ深い神よ、
あなたは聖ヨハネ、ボスコを選び、青少年の父、また教育者としてくださいました。
わたしたちも同じ愛に燃えてあなたに仕え、兄弟の救いのために尽くすことができますように。』

 

   ”とてもとても、真似できる愛ではないな!” なんて思う私です。

そんな私を励ます『言葉』も見つけました。

 

  『聖人になるために大切な3つのこと、それは、喜び、勉強、祈り。』
                『ドン・ボスコのことば100』より。

ドン・ボスコは青年たちに「聖人になることは難しいことではないんだよ」と教えていました。
特別なことをする必要はない、自分の今の務めを、心をこめて果たしていくことが大切なのだ、と。
   その中で3つのキーワードが示されます。
     『喜び』 『勉強』 『祈り』。
神の前に潔白な良心を持っている時に生まれる本当の『喜び』。
若者にとっての主要な務めである『勉強』。
すべてにおいて『祈り』をもって、すなわち、神のためにささげていく気持ち、神に感謝し、神を賛美する心。
これがあれば、だれもが聖人になれるのです。
        

 

  ”なるほどね! 3つのキーワード『喜び』『勉強』『祈り』なのね!” なんて思う私です。

 

そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『そのとき、イエスは人々に言われた。
 「ともし火を持って来るのは、升の下や寝台の下に置くためだろうか。

      燭台の上に置くためではないか。
 
 『我が家の燭台のともし火』                イスラエルの土産    

    隠れているもので、あらわにならないものはなく、
     秘められたもので、公にならないものはない。」』
          マルコ福音書 4章21-25節

 

     『私は一人の貧しい神父にすぎない。
でもこれから先、たとえ一切れのパンしか持っていない時でも、それを君と半分にするよ。』 
                 『ドン・ボスコのことば100』より。 

ドン・ボスコが若者と分かち合いたいものは、一切れのパンではありません。
それよりももっと大きくて、大切なものです。
それは、人生、命、キリストを愛する心、すべて。
ドン・ボスコの熱意に触れた若者は、自分自身を解放し、彼もまたドン・ボスコとすべてをわかち合っていきます。
何も持っていない貧しい神父は、このようにして若者の心という、これ以上ない宝物を手にしました。
ドン・ボスコの思いを継いだ人々は、
今日も世界のいたるところで、若者とすべてを分かち合うために出かけていきます。 


  ”なるほどね!” 
ドン・ボスコこそ、自分の中に秘めている『ともし火』を光り輝かせて、分かち合い、周りを明るくした方なのですね。  

 

    今日は、『ドン・ボスコの生き方』から、
 『自ら光り輝く方法』を学ばせていただきました。感謝!感謝!


『今日のアレルヤ唱』

アレルヤ、アレルヤ。
  『あなたは命のことばを保ち、ともしびのように世界を照らしなさい。』アレルヤ、アレルヤ。

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
私たちも、『喜び』『勉強』『祈り』を保って、聖人になちゃいましょう! 
孫たちは、ドンボスコの学校で学んでいます。では、聖人になれちゃうでしょうかね!! お元気で! 

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一回目の挑戦・・・『勝負師』 そして 『キリストは、罪のために唯一のいけにえを献げた。』

2019-01-30 12:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

1月30日。金曜日。

 1/12の挑戦・・・   『準優勝』
 
 『月例杯』 準優勝。
    ”1打の差で負けた!”と悔しがる 微笑む夫。

ゴルフクラブの『月例杯』が、12月まで月に1回で、毎月80人ほどで、12回ある。
1月~12月の月ごとの優勝者・12人で、年末12月に、『年間優勝者』を決める。

  今日は、1月で、その一回目。一回目の挑戦でした。
    
夫は、12人の一人になることは当然と思っていて、『年間優勝者』毎年狙う
1月の最初の月例会で優勝者になることを狙った夫は、あいにくの準優勝。
    ”ハンディ∸が益々小さくなる!”と悔しがる微笑む夫。

 お疲れさま! 試合は悲喜こもごもですね。
私は、優勝品の『肉』が食べられないので、悔しい! これでは勝負師失格ですね。


 夫は、冷静沈着で口数少なく、感情を露わにしない穏やかな外見、真の『勝負師』です。

 

そして。

今日は1月30日。年間第三水曜日。

『今日の第一朗読 罪を贖うためのいけにえ』

    罪を償うということは大変なことです。

すべての祭司は、
毎日礼拝を献げるために立ち、決して罪を除くことのできない同じいけにえ、を繰り返して献げます。

しかし

キリストは、
罪のために唯一のいけにえを献げて、永遠に神の右の座に着き、(罪の償いを果たしました。)
   
その後は、

敵どもが御自分の足台となってしまう(完成の日・再臨の日)まで、待ち続けておられるのです。

キリストは唯一の献げ物によって、聖なる者とされた人たちを永遠に完全な者となさったからです。

  (キリストの血による)罪と不法の赦しがある以上、
  罪を贖うための供え物は、もはや必要ではありません。』
              ヘブライ人への手紙 10章11-18節

  
  『庭の水仙』   一昨年のスケッチ。今年も早々に描かねば!


   キリストは、
モーセ以来の祭司職たちのすべての務めを、御自分の身で引き受けて、
   ただ一人で、ただ一度の、『罪を償う完全な奉献』で、
『新しい大祭司』となり、『罪と不法の赦し』を完成させたのです。

    もはや、罪を贖うための供え物は、必要ではありません。
『罪と不法の赦し』を完成させた唯一のお方イエス・キリストへの信仰のみが必要なのです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様は、優勝をかけて、今年は何かに挑戦なさいますか?
私は優勝なんてとても無理無理、考えたこともないです。 お元気で!

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『神よ、御心を行うために、わたしは来ました。』 そして 『神の御心を行う人こそ、キリストの兄弟、姉妹、また母なのです。』

2019-01-29 04:42:18 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今日は1月29日。年間第三火曜日。

 今日の『黙想課題』は、『神の御心』とは何か? 

『イエスはおっしゃった。
「わたしの父(神)の御心は、
   子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、
   わたしがその人を終わりの日に復活させることである。」』
          ヨハネ福音書 6-40


『今日の第一朗読 イエスの御言葉』

『皆さん、
律法は年ごとに絶えず献げられる同じいけにえによって、
   神に近づく人たちを完全な者にすることはできません。

  雄牛や雄山羊の血は、罪を取り除くことができないからです。

それで、キリストは世に来られたときに、次のように言われたのです。

「あなた(神)は、焼き尽くす献げ物や罪を贖うためのいけにえを好まれず、
   むしろ、わたしのために体を備えてくださいました。

   御覧ください。わたしは来ました。神よ、御心を行うために。」
 
この神の御心に基づいて、
   ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、
  
       わたしたちは聖なる者とされたのです。』
           ヘブライ人への手紙 10章1-10節


 キリスト・イエスは、
民の罪のゆるしを求めて、自分自身の命を捧げて、
   自らの血を携えて神の住まいの至聖所に入り、
一度で完全に、『罪のあがない』を成し遂げられました。『神の御心』を成就しました。


 『そこで、兄弟たち、
わたしたちは、イエスの血によって聖所に入れると確信しています。
   イエスは、垂れ幕、つまり、御自分の肉を通って、
新しい生きた道をわたしたちのために開いてくださったのです。』
            ヘブライ人への手紙 10章19&20節


もうお一人。
『神の心』を成就したお方。


『今日の福音 イエスの御言葉』

そのとき、エスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。
  
大勢の人が、イエスの周りに座っていた。

「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、 
イエスは、周りに座っている人々を見回して言われた。
 「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」』
            マルコ福音書 3章31-35節 

   
   『十字架の下に立つ母マリア』

 聖母マリア様は、
自分自身の命である我が子・イエスを神に捧げて、
一度で完全な罪のあがないである『イエスの十字架上の償い』を成し遂げられました。
    『神の御心』を行いました。 『神の御心』を成就しました。
   
 マリア様は、肉においても信仰上においても、イエスの唯一の母となられました。


 『天の元后、おとめマリア、
わたしは、生涯のすべての日々、わたしの身も心もいつくしみ深いみ手にゆだねます。
御取次ぎにによって、わたしのすべての行いが、あなたと御子のみ旨にかなうように導いてください。』
               『聖母にすべてをまかせる祈り』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
1月も残すところ2日。2019年がいよいよ始まりましたね。
皆様にとって、2019年が良い一年でありますように。 お元気で!    

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春一番・・・『スープ』と『チューリップ』 そして 『二度目には、救いをもたらすために現れてくださるのです。』

2019-01-28 10:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 1月28日。月曜日。 画廊 我が家の絵を掛け替える。

 寒い冬・・・   『スープ』
 
 湯気の立つ温かいスープを幼子に差し出す母。       ピカソ作品

  ほのぼのとスープの湯気。 そして ほのぼのと母娘の信頼感。
        春を感じさせる絵です。←これは私の感想です。

      
    キリスト教美術における図像学の伝統に照らしてみると、
天使ガブリエルが聖母マリアに懐妊を伝える『受胎告知』の図像が潜在的下敷きになっている。そうです。
               『ピカソ、天才の秘密』より。


季節に合わせて壁の絵の一部を取り換え『季節』を鑑賞するのが好きです。


 春一番・・・   『チューリップ』
 
 春を告げるチューリップの一本は、
    元気余って、額の外に飛び出しているのが面白い。
              ゴッホ 私の作品。気分はゴッホです。


我が家はさながら画廊です。

 

そして。

今日は1月28日。年間第三月曜日。

   キリストは、二度、私たちの前に現れてくださいます。

 第一回目・・・  『キリストの出現・誕生』
 

『今日の第一朗読 キリストの二回の出現

『キリストがそうなさったのは、
大祭司が年ごとに自分のものでない血を携えて聖所に入るように、度々御自身をお献げになるためではありません。
世の終わりにただ一度、御自身をいけにえとして献げて罪を取り去るために、現れてくださいました。


人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、
キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられたのです。


 
 第二回目・・・  『キリストの出現・再臨』


 二度目には、罪を負うためではなく、
ご自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。』

             ヘブライ人への手紙 9・15、24-28


キリストは、民の罪の許しを求めて、一回目、この世においでくださいました。

 キリストは、自分自身の命を捧げ、自らの血を携えて神の住まいの至聖所に入り、
 一度で、完全に、『罪のあがない』を成し遂げられました。


キリストは、二回目、栄光のうちに、
 御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださいます。

キリストは、悪が猛攻をかけて最後の抵抗をするとき、神の恵みと神の復活により、
    世を復活させるために、再び来られるのです。 ←神父様の入門講座より。

  『だから、あなたがたも用心していなさい。
   
なぜなら人の子は、思いがけない時に来るからである。』 マタイ24ー44

   そのとき、私たちは、神に信頼していたかが問われるのです。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
ぼつぼつ春の準備に取りかかりましょうか?何から始めましょうか? お元気で!

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エネルギー消費カット・・・『世界一の勝利の要因』 そして 『聖書の言葉は、あなたがたが耳にした時、実現した』

2019-01-27 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

1月27日。日曜日。 

昨日。
    『大阪なおみ 全豪初V 世界1位 4大大会連勝』
 

 第2セットは、チャンピオンシップポイントまでいきながら、落とした大坂。
     悔しさに・・・大阪の顔が、ゆがんだ。 
  ”どう対処するの?”・・・私は心配で、お腹がキリキリしてきた。

すると。
突然。

 大阪が、『トイレ・タイム』を要求して・・・
   大型タオルを頭からすっぽりかぶって、奥に消えた。


私は、大阪の『対処方法』を考えた。奥に消えた大阪がすることを想像してみた。
  ①思い切り悔しさの大声を挙げる? スペシャルドリンクを飲む? ←
これらはなかろう。
  ②ひざまずき、神に祈り求める? ←これはありそう


しばらくの後。


  大阪が、何もなかったがごとくの『平常顔』で、奥から出てきた。
 
 

そして

       両者キープで迎えた第10ゲーム。
大坂のサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップ。 見事に決まった!!   
     
ここを取りきった大坂が見事に優勝を決めた。


後に、大阪は語った

  『あの時(トイレタイムの時)
 私は、無駄なエネルギーの消費をカットしなければならないと、決めました。
感情を露わに…怒ったり、大声を出したり、するような無駄なエネルギーを消費せず、
  すべてのエネルギーを集中させて、試合に向けようと、決めました。』

   大阪は、メンタル面で見事に立て直して、優勝を掴んだ。

  
  『世界一の勝利の要因』『無駄なエネルギー消費のカット』でした。
    すべてのエネルギーを試合(今)に集中させることでした。

 

 大阪なおみ選手の素晴らしい洞察力と不動の心と精神力に、敬服した私でした。ご立派でした。
   学ぶところ多々の大阪選手の試合でした。有難うございました。

 

そして。

今日は1月27日。年間第三主日。

   今日・主日は、聖なる日、『神の言葉』が語られ、
私たちがそれを耳にしたとき、『神の言葉』が実現する日です。

『今日の第一朗読 祭司エズラの言葉』

   『その日、祭司エズラは律法を会衆の前に持って来た。

そこには、男も女も、聞いて理解することのできる年齢に達した者は皆いた。
彼は水の門の前にある広場に居並ぶ男女、理解することのできる年齢に達した者に向かって、
   夜明けから正午までそれを読み上げた。
   民は皆、その律法の書に耳を傾けた。

エズラは人々より高い所にいたので、皆が見守る中でその書を開いた。
    彼が書を開くと民は皆、立ち上がった。

   エズラが大いなる神、主をたたえると
民は皆、両手を挙げて、「アーメン、アーメン」と唱和し、
     ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した。

総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラは、律法の説明に当たったレビ人と共に、
   民全員に言った。
「今日は、あなたたちの神、主にささげられた聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」
   彼らは更に言った。
「行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。その備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。
今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。
   主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」』
           ネヘミヤ記 8章2-4、5-6、8-10節


旧約時代から、

主日に、会堂で、律法の書が読まれ、読まれた個所をレビ人が説明し、
     説明で、人々は律法を理解し、
 人々は、”アーメン!アーメン!そのとおりです!” と、信じました。
   
   
    これらの形は、現代にいたるまで継続され、

    今日の『ミサの原型』になったのです。


主日は、『主にささげられた聖なる日で、嘆いたり、泣いたりしてはならない。

   主日には、良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。
そして、備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。』と、説明されました。

    
     主日は、『愛神愛隣』を実行する日として、

     現代にいたるまで継続されているのです。

    
 主日は、信仰を伝える方法として、

    ユダヤ教で聖書の朗読を始め、
    それが現代にいたるまで継続されているのです。

                 以上。司式司祭の説教の一部でした。

 

もう一つ。

『今日の福音 イエスの御言葉』

イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、
    聖書を朗読しようとしてお立ちになった。
 

預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
 
   
「主の霊がわたしの上におられる。

貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。
    主がわたしを遣わされたのは、
捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、
圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」

   イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。
   会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。

そこでイエスは、
  「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」
             と話し始められた。』
              ルカ福音書 1章1-4、4・14-21節


イエスも、主日に、会堂で、旧約時代からの伝統にのっとり、
    『神の御言葉』を読まれました。

『神の御言葉』は、
聴く者が理解出来る出来ないに関係なく、権威を持っているのです。
聴く者は理解できなくても、”信じます。アーメン!” と、信仰を表すのです。

イエスは、今日、
『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。』と説明されました。
   ということは・・・
 『御言葉の実現』とは、イエスは生きていることを現します。
 『御言葉』は、日々の私たちの生活においても、実現していくのです。


私たちは、イエスにすべてをゆだねて、『御言葉』を実現させてまいりましょう!

           以上。司式司祭の説教の一部の分かち合いでした。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
大阪選手は、『決意』を信じて、勝利をつかみました。
私たちも、『御言葉』を信じて、勝利のゴールまで走り続けましょう。 お元気で!

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大坂なおみ 全豪OP初優勝&GS連続制覇・・・『世界ランク1位』 そして 『信仰は、祖母ロイスと母エウニケに宿り、あなたにも宿った。』

2019-01-26 17:30:00 | スポーツ・ランニング・自転車・水泳・ゴルフ・・・

1月26日。土曜日。

午後5時半。

 大坂なおみ
 全豪OP初優勝とGS連続制覇で日本人初の世界ランク1位をかけた 試合開始。

夜8時半。
 
        優勝を決めた瞬間の 大阪なおみ選手

  次の瞬間・・・  『泣き崩れた大阪選手』

 大坂なおみ 全豪OP初優勝。 GS連続制覇で日本人初の世界ランク1位も確定。

     強い気持ちを最後までもって・・・
       優勝を獲得しました!

大阪は、立ち上がって・・・涙も消して・・・ 

 クビトバ選手と・・・ 『健闘を称えあった』

  第7ゲームで、大坂に0-40と、再びブレークのチャンスが訪れた。
  しかし、クビトバにしのがれ、ブレークすることはできない。


 第2セットは、チャンピオンシップポイントまでいきながら、落とした大坂。
     感情をあまり見せない大阪の顔が、ゆがんだ。    


そして

     両者キープで迎えた第10ゲーム。
大坂のサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップ見事に決まった!!   
     
ここを取りきった大坂が見事に優勝を決めた。

  大阪は、メンタル面でも見事に立て直して、優勝を掴んだ。


ベンチにもどり、再び・・・ 

   

         『王者の涙』




お腹が痛くなるほどに緊張しながら観戦した私も涙。涙。


見事に勝利し・・・

  2018年の「全米オープン」に続いて
   グランドスラム2大会連続優勝を果たした大坂。
         
ほっとしてか・・・  試合中は見せなかった笑顔が戻った。


                    美しい21歳

   1位が確定した世界ランキングの正式発表は1月28日です。

      優勝カップを手にした大阪なおみ選手。
  「人前でしゃべるのは苦手」 「光栄に思う」 優勝インタビューで。

 謙虚。辛抱強く。底力があり・・・ 
   立ち直り。ギアの上げ方はすごい。
 どれほどの努力をしてきたのでしょう! さすがの世界一でした。


最後に・・・   優勝カップを手に、大阪選手は空を見上げた。

  お見事でした。おめでとうございました。立派でした。
               大いなる感動を有難うございました。

 

 そして。

今日は1月26日。年間第二土曜日。

   信仰は聞くことから始まります。まず聞かなければなりませんね。

『今日の第一朗読 使徒パウロの言葉』

 『愛する子テモテへ。
わたしは、あなたが抱いている純真な信仰を思い起こしています。

その信仰は、まずあなたの祖母ロイスと母エウニケに宿りましたが、
   
  
 聖アンナと聖母子』   レオナルド・ダ・ヴィンチ作品
祖母・アンナと母・マリアの信仰が、それを見聞きする幼児イエスに宿りました。

 それがあなたにも宿っていると、わたしは確信しています。』
          テモテへの手紙Ⅱ 1章1-8節


考え、思い起こしてみるに・・・

  私は、子たちや孫たちに、
  
『信仰』を、聞かせることができたでしょうか? 宿すことができたでしょうか?

使徒パウロは、このようにも述べています。

  『信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。
    聞いたことのない方をどうして信じられよう。
また、宣べ伝える人がいなければ、どうして聞くことができよう。

実に、信仰は聞くことにより、
   しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。』
          ローマの信徒への手紙 10章14-17節


私も、
  『キリストの御言葉』を聞かせて、
  パウロが愛する子テモテに信仰が宿っていることを確信していたように、

信仰が子たちや孫たちに宿っている、と確信を持たなければなりません。
 まだまだ、母として祖母としての大仕事が残っています。頑張ります!

子や孫たちも、
 『聖書=神の言葉』を読んで、神の言葉を聞いて、
  自ら、信仰を強くしてくれることでしょう。 確信しています。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
親御様がここまで育てられた21歳の大阪選手の快挙です。親御様も素晴らしい。 お元気で!

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キリスト教の14の指南書の著者・・・『パウロの回心』・・・『イエスの名を伝えるために選ばれた器』

2019-01-25 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

1月25日。金曜日。 
      
     『聖パウロの回心  祝日』
 

 5年。タルスス、キリキア地方、ローマ帝国 (現トルコ南部) 生まれる。

  キリストの弟子たちを迫害していたサウロ(後のパウロ)は、
  ダマスコに向かう途中、復活したキリストに出会い、
  迫害者から信仰者に変わった。

 67年。62歳。殉教。死没。
3回の伝道旅行を行ったのち、エルサレムで捕縛され、裁判のためローマに送られ、
     皇帝ネロのときにローマで殉教。
             
『毎日の読書』より。


  今日のテーマは『パウロの回心』『すべての人の回心』です。

  パウロは、人々の質問に答えるためにも、14の手紙書きました。
使徒パウロの手紙は『キリスト教の指南書』といえるのではないでしょうか。

私は、キリスト・イエスに選ばれ洗礼を受け、その後、使徒パウロの手紙によりキリスト教知識の多くを学びました。
  私のキリスト教理解は、パウロの書簡なくしてはなかったでしょう、といえるほどです。
   


『今日の第一朗読 パウロの回心』

その日、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、
  大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。
それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。

ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、
   突然、天からの光が彼の周りを照らした。
 
『復活したキリスト・イエス』 その光で目が見えなくなったパウロに話しかけます。

サウロは地に倒れ、
「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。
「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。
 

 「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。

同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、
   
     ものも言えず立っていた。

   サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。
    人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。
   
サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった

    ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。
    幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、
   アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。
   すると、主は言われた。
立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。
    今、彼は祈っている。
アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ
。」

更に、主は言われた。
「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。
わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう
。」

そこで、
アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。
 
 『パウロの回心』     ピエトロ・ダ・コルトーナ作品

兄弟サウル、
あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、
あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、
   わたしをお遣わしになったのです。

すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。
 そこで、身を起こして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した。

サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、
すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。

サウロはますます力を得て、
イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。』
                         使徒言行録 9章1-22節
                 

パウロは、
キリストと同時代に生きていましたが、出遭ったことはなかったようです。


復活したキリストに出会う前のサウロは、
ユダヤ教の一派であるファイリサイ派の教育を受けました。
新興グループであるキリスト教徒は、ユダヤ教に反するものと考えていました。
ユダヤ教に対する情熱が、キリスト教徒への迫害に向かわせました。

 

その時、
イエスは、他の使徒たちと同様に、まずサウロに自らを示し、次に付き従うよう招きました。
サウロは、イエスの呼びかけに応えて、洗礼を受け、生涯をかけて、『イエス・キリストの福音』を告げ知らせる『器』になるのです。

    
  『パウロの回心』は、パウロの人生の『ターニング・ポイント』ですね。

正に。
その時から、
パウロは、『一人のキリスト者を迫害することはイエスを迫害すること』 であると悟ったのです。
    『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。』使徒言行録9-5
パウロは、教会がキリストの体』であると悟ったのです。

その時、
イエスは、自らの、『復活の姿』 を示しました。

更に。 イエスは、自らを、『主・神』として示しました。

その時、
『三日間の暗闇の苦しみ』の後、
パウロは、
回心し、キリスト者となり、『イエスの器・預言者』となる『使命』
を受諾するのです。

 
  主・イエスはアナニアに伝えます。
『行け。
あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために私が選んだ器である。
わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。』

 
  主・イエスは、パウロ自身にも言われました。

わたしはあなたが迫害しているイエスである。起き上がれ。自分の足で立て。
わたしがあなたに現われたのは、
あなたがわたしを見たこと、そしてこれからわたしが示そうとすることについて、
   あなたを奉仕者、また証人にするためである。
それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、
こうして彼らがわたしへの信仰によって、
罪の赦しを得、聖なるものとされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。』
               使徒言行録 26章15-18節


その時、
パウロは悟りました。
   『福音』とは『イエス自身を宣べ伝えること』なのだと。


その後、
パウロは、使徒として、ローマ帝国の様々な州を旅して、『キリスト教共同体』を設立しました。

パウロは、訪問先で、
先ず、ユダヤ人の集会所であるシナゴーグに行き、『福音』を宣べ伝えました。
次に、ユダヤ人でない異教徒のところに行き、『福音』を宣べ伝えました。

  聖パウロは、『福音・救い』を説く『使命』を成し遂げていきました。

更に、パウロは、訪問先を去った後、
訪問した共同体から送られてきた質問に答えるために、
    
共同体全体に宛てた手紙と個人宛ての手紙 を書きました。

      それらは、14の手紙となりました。
ローマの信徒への手紙。2通のコリントの信徒への手紙。ガラテアの信徒への手紙。エフェソの信徒への手紙。フィリピの信徒への手紙。コロサイの信徒への手紙。2通のテサロニケの信徒への手紙。2通のテモテへの手紙。テトスへの手紙。フィレモンへの手紙。ヘブライ人への手紙。です。
 

   パウロが宣べ伝えた教えの中心は、
人間の救いのために行動した、イエス・キリストの姿です。

私たちも、パウロ同様に、キリストと出会い回心し、洗礼を受け、キリスト者となります。
  パウロ同様に、
 
モーセの律法からキリストの掟へ、律法から恩恵へ、回心してまいりましょう!

 

『今日のアレルヤ唱』

アレルヤ、アレルヤ。
  『あなたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたを選んだ。』アレルヤ、アレルヤ。
            ヨハネ福音書 15-16

 皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
寒い日々、こたつの中で読書、学ぶことは楽しいですね。 お元気で!

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日本勢史上初の快挙・・・『大阪なおみ』 そして 『イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ。』

2019-01-24 21:32:03 | スポーツ・ランニング・自転車・水泳・ゴルフ・・・

1月24日。木曜日。

  テニスの全豪オープン・日本勢で史上初の決勝進出』


 王者の笑顔・・・  『大阪なおみ選手』
 
『勝利の瞬間』         見守り応援する私の涙もとまらない

昨年の全米オープン(アメリカ)に続きグランドスラム(オーストラリア)2大会連続優勝!
 更に。 日本勢男女を通じて史上初の世界ランク1位にも王手』をかけた!

   21歳。180cm。69kg。
 鍛え上げた肉体。 そして 鍛え上げた精神力。

強豪を相手の試合。
相手が優位になっても、絶対に負けないという自信で、自分のペースに持ち込む。

  終始、相手に威圧をかける試合。 見させていただきました。

誰の助けもないシングルス試合。
自分の力を信じてやり遂げるのは、容易なことではない。
相手に一瞬のスキを見せても、負ける。
どんな場面になっても、今の瞬間に全力・ベストを尽くす、
     
  終始。自分に誇りをかけた試合。 見させていただきました。

試合終了。

 引き上げる・・・  『王者・なおみ』
 
 堂々たる・・・鍛え上げた肉体。 そして 鍛え上げた精神力。
                     その姿にほの字の私です。

  終始。大阪選手の姿から、沢山を学ばせてもらいました。

  48時間後の決勝戦。
御自分の能力を信じ、立派なゆるぎない精神力で、優勝を勝ち取ってほしい。


そして。

今日は1月24日。年間第二木曜日。

『今日の福音 悪魔の言葉

  今日も、宣教するイエスの周りに、色々の人も霊も集まります。

『そのとき、イエスは弟子たちと共に湖の方へ立ち去られた。
    ガリラヤから来たおびただしい群衆が従った。

また、ユダヤ、8エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りからも
おびただしい群衆が、
  イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た。

イエスが多くの病人をいやされたので、病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして、そばに押し寄せた。

汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ。』
             マルコ福音書 3章7-12節


   人気者の周りには、いつも人がいっぱいですね。
イエスの周りにも、いつも、イエスの『優しい言動』に魅了された人々がいっぱいです。
 
 ユダヤ人だけでなく異邦人も。 イエスに反対する人々すらも。

 イエスへの信仰がなくても、病を癒してほしい一心の人々も、集まります。

そんな中。

 けがれた霊ども・悪霊も集まりました。
悪霊は、イエスを誰よりもよく知っており、『あなたは神の子』だと叫びました。
   一般の人たちには、『神の子』の意味が、分かりませんでした。


 『イエスは神の子』だと確信が持てたとき、人は、信仰を持つのです。


イエスへの強い信頼を持ってイエスの周りに集まれば・・・
     その喜びは倍増します。

イエスから、力と癒しをいただけるのです。救いを経験するのです。確かです。


私たちも、『聖書・神の言葉』を読むことで、イエスの周りの群衆の一人になることができるのです。

    イエスに出会い、イエスから力と癒し、がいただけるのです。
        信仰者になれるのです。



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
いかがお過ごしですか?
私は、メルボルン現地では無理で、自宅のテレビの前の指定席に陣取り、なおみ選手の試合観戦の一日でした。

 大阪選手から、力とやる気と元気をいただいた一日でした。 お元気で!

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一日の終わり・・・『祈祷書』  そして 『イエスはその人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。』

2019-01-23 22:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 1月23日。水曜日。

 就寝前のひと時・・・  『ベットサイドの灯り』
 
 『胡蝶蘭とガラスの時計と穏やかな灯』  

 ”お疲れさま!” と、一日を終える私を迎える就寝の3種のアイテム。
 ”ありがとう!” と、一日の終わり、いつものように『祈祷書』を開く私。

わたしの神よ、あなたを礼拝します。あなたを心から愛します。
わたしを造り、キリスト者として、そして昼間もお守りくださいましたことを、あなたに感謝します。
わたしの犯した罪をおゆるしください。
そして、何かよいことをしたのならばお受け取りください。
眠っている間も危険からわたしを守り、
あなたの恵みが常にわたしの上に、そしてわたしの愛するすべての人の上にもありますように。
     アーメン。    『晩の祈り・礼拝の祈り』


孫たちの就寝前の流儀、儀式。

まず、主の祈り、天使祝詞、詠唱、を唱える。(唱えるようにと学校でも習ったそうです。)
そして、今日の楽しかった話=『1分間スピーチ』が始まる。
 『1分間スピーチ』の終わるころには、寝息が聞こえてきます。

    おやすみなさい! 穏やかなが消される。

 

そして。

今日は1月23日。年間第2水曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『そのとき、イエスはまた会堂にお入りになった。
 
 そこに片手の萎えた人がいた。
人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。

イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。
そして人々にこう言われた。

  「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。
     命を救うことか、殺すことか。」

彼らは黙っていた。
そこで、イエスはその人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。
    伸ばすと、手は元どおりになった。
       マルコ福音書 3章1-6節


 安息日『人のため』にある。 安息日は『隣人愛の実行』のためにある。
 
イエスは、安息日も、いつも、御自分を通して働く『神の救い』を実行なさいます。
イエスの『手を伸ばしなさい』の『一言』が、安息日の『神の救い』の実行となりました。

私たちも、安息日も、いつも、私たちを通して働く『神の救い』を実行してまいりましょう!

    安息日は、『隣人愛の実行の日』です。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
一年のうちで一番寒いころです。十分な睡眠時間の確保で、お元気で!

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40歳以上・・・『特定健康診査』 そして 『安息日は、人のために定められた。』

2019-01-22 10:30:00 | 日々のこと。

1月22日。火曜日。『神戸市・特定健康診査』

     最後に・・・  『医師の指導』

「体重が少し増えていますね。あとは変わりないですね。体を動かしながら、健康を保つように。」 
  とだけ。検査の数値を見ながら、医師の指導でした。

尿検診。体重と背の高さと血圧の測定。血液採取。最後に『医者の指導』。 ここまで無料。
骨密度測定。眼底数検査。胸部X線検診。これらは少額の有料。私は検査をしました。
      ここで終了。

 今日は、『神戸市・特定健康診査』に参加して検査をうけてきました。
    検査結果は郵送で送られてくる。
 
 胃と大腸と肺と子宮と乳のがん検査は、
    個々の医療機関に個人で行く。無料や少額負担があったりです。

今日は、
たくさんの人が、健康を願って、検査に参加されていました。
私は、『医師の簡単な指導』は、数値的には健康を意味したのであろうと、
   ひとまず、”神様、感謝します” と心の中でつぶやきました。


健康な時はすべてのものが当たり前に備えられているものと思って、感謝が足りません。反省!反省!

しかし、
健康を失った時は一つ一つが偶然ではなく、神様から与えられていることを知ります。感謝!感謝!
   庭の一輪の花の美しさを知ることができるのです。

  
   『何でも、失うことは神の恵み』であるのかもしれないと、思った今日でした。

 

そして。

今日は1月22日。年間第二火曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

ある安息日に、
イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。
 

ファリサイ派の人々がイエスに、
「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。
イエスは言われた。

「ダビデが、自分も供の者たちも、食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、一度も読んだことがないのか。
ダビデは神の家に入り、祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、一緒にいた者たちにも与えたではないか。」

そして更に言われた。
安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。」』
                マルコ福音書 2章23-28節


安息日は、

イスラエル人にとっては、神とイスラエル人との、『契約のしるし』 でした。
イスラエル人には、昔にエジプトから神が救くって下さったことを、『感謝する日』です。

 ファリサイ派の人々は、労働を控え、『神にのみ思いをはせる日』としました。
 イエスは、人を大切にし、困っている人を助ける、『隣人愛の日』としました。

   『愛は規則に勝つ』

 安息日は、規則実行の日ではなく、隣人愛の実行の日です。

    『腹が減っては戦はできない』

 安息日にも、しっかりと食べて、健康でいましょう!


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
健康診断は、緊張しますが、まな板の上のコイ、覚悟を決めて参加しましょう。 お元気で!

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