マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

『誘惑』 ・・・イブのへの誘惑 そして イエスへの誘惑 

2017-02-28 21:12:19 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

 今朝のラン途中のプロテスタント教会の『掲示板・今週の一言』

           『誘惑』 とありました。

『誘惑』で思い出すのは、『人祖・イブへの蛇の誘惑』 そして 『救い主・イエスへの悪魔の誘惑』 

まずは。
旧約聖書から。

     『人祖・イブへの蛇の誘惑』

                              『楽園』       ミケランジェロ作品

  人祖の罪は、『もっとも賢い蛇』の誘惑によるとされています。
  その誘惑のしかたは巧妙です。
  何気ないことから始め、混乱させ、偽りの魅力を示し、最終的には決定的なうそに至ります。

 人は罪の善悪を識別する良心を授かっています。
 誘惑を受けることは罪ではありませんが、
 人は誘惑を通して良心が乱され、誤った自由の決断、つまり 罪に陥ることもあるのです。
                                           カトリック教会の教えより

創世記の第2章。

     神は、人間を造られ、その人間に対し、一つだけ制限を与えました。

『主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。
 食べると必ず死んでしまう。」』     創世記 2章16-17

   神は、人間に、善悪の知識の木の実だけは食べないようにと、制限を与えたのです。

ここで。
蛇の誘惑が始まります。

 『主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。
 蛇は女に言った。
 「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」
 「決して死ぬことはない
それを食べると神のように善悪を知る者となることを神は御存じなのだ。」』


『蛇』は、悪魔のかたどりです
キリスト教では、従来、人間より優れた霊的存在として、天使と悪魔の存在を教えます。

『天使』は、神の意志を人に伝えたり、実行したりする、神の使者です。
『悪魔』は、罪によって神に逆らうようになった天使です。人を罪へと誘う強固な働きがあるのです。
『人』は、神への働きかけ、罪への働きかけ、の両者に対して、注意深く敏感に対処しなければなりません
                                                   カトリック教会の教えより


神は、『食べると必ず死んでしまう。』 と言われました。
蛇は、『決して死ぬことはない。』 と言いました。
蛇は、小さな言葉:『ない』を加えることによって、神の御言葉とは正反対の結論に導いたのです

同様に。

神は、『決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。』  と言われました。
イブは、『食べてはいけない。触れてもいけない。死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」と。   

  イブは、『神の御言葉』に、自分勝手に、語句を加えたり除いたり、強調したりしたのです。
     
その結果。
  イブは、『神の御言葉』を守ることなく、『蛇の言葉(誘惑)』を受け入れたのです。負けました。

   『その木はいかにもおいしそうで、目を引きつけ、賢くなるようにそそのかしていた
     女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。』 創世記3章

次は。
新約聖書から。

     『イエスへの悪魔の誘惑』
 

『イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。
そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。
すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。
「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」


イエスはお答えになった。
『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。                                          
                                                マタイ福音書 4章1-4

  
 イエスは、決して、『神の御言葉』に、自分勝手に、言葉を付け加えることはありませんでした。
                                               イブとは逆の姿です。

    イエスは、『神の御言葉』を、悪魔を退けるための『神の武具』として生かしました。

       『主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。
   悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。』
                                      エフェソの信徒への手紙 6-11

 

  『神の御言葉』こそが・・・
  神が私たちに与えてくださった『神の武具』であり、
  『悪魔の策略に対抗して立つことができるようにするのもの』なのです。


  『誘惑・悪魔』は・・・
  イブにもイエスにも、最初からは、真の正体を明かしはしませんでした。
  その代わり、
  質問から始めるのです。神の言われたことへ疑いを持つよう仕掛けるのです。

  『誘惑』に立ち向かうためには・・・
  私たちに必要なのは、『神の御言葉』なのです。
  イエスが言われたように、『書いてある…』と、『御言葉への信頼』なのです。

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
誘惑が多いこの世です。 誘惑に負けず・・・心強くありましょう!

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今日・28日のランニング 10㎞ 2月ラン距離合計:39㎞
6時半。0度。 月間39㎞は、ラン生活の最低新記録です!  

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四旬節前・・・世界のカーニバル。 そして 『罪から離れよ。不正に背を向けよ。』 

2017-02-27 22:23:46 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

2月26日夜(日本時間27日午前・今朝)~28日。2日間。
南米最大の真夏の祭典。

               『リオ・カーニバル』

市中心部でのパレード。    ダンサーや打楽器隊など約3000人が参加するそうです。

 『カーニバル』
 キリスト教の厳粛な雰囲気の 『四旬節』 の期間に入る前に行われる『祝祭』です。

 
お国柄が現れます。

             『イタリア・ヴェネツィアのカーニバル』

仮面舞踏会のマスク姿のカーニバル。

 『謝肉祭』
 『カーニバル』の語源は、ラテン語。 『 carnem(肉を)levare(取り除く)』に由来します。
 元々は四旬節が始まる『灰の水曜日』の前夜に開かれた、『肉に別れを告げる宴』のことを指した。
 『断食の前夜』の意味で、四旬節の断食(大斎)の前に行われる祭りであることを意味します。

 そして。

        『ドイツ・ヴォルファッハのカーニバル』

仮面をつけた人々。

    『四旬節』
    しじゅんせつ』の語源も、ラテン語: Quadragesima。
    カトリック教会などの西方教会において、
    灰の水曜日』 ~ 復活祭の前日:『聖土曜日
までの期間。46日間です。   


最後は日本のカーニバル?

明日は28日。
 灰の水曜日の前日。断食日の前日。謝肉祭で…私も肉を楽しみましょうかね


そして。

今日は2月27日。年間第八月曜日。

    『第一朗読 シラの警告』

  『主は、悔い改める者には立ち帰る道を開き、耐える力を失った者を励まされる。
      いと高き方に立ち帰り、罪から離れよ。不正に背を向けよ。』 シラ書 17章24-29

  正に。
  種の復活前の四旬節を迎える、2日前の今日。
  主に立ち帰るとはどんなことか?  心から考えなければなりません。

  シラは続けます。

      『死んで、もはや存在しない人からは、感謝の言葉も消え失せる。
        生きていて健やかなときにこそ、人は主を賛美する。』  同 17-28

 
主に立ち帰るとは、主を畏れて、主に そして 周りの人々への感謝の気持ち、を確認することですね。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
ソファにおしりが張り付いて、『騎士団長殺し』 を読んでいます。皆様も是非お読みくださいね。

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今日・27日のランニング 7㎞ 2月ラン距離合計:29㎞
6時半。 2度。 今朝も走っているのか?歩いているのか? でも快く朝練です。  

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理性によって認識される存在…『騎士団長殺し』 そして 『神の計画をゆだねられた管理者』

2017-02-26 23:18:51 | 大学。大学院。本。映画。

 自称『ハルキスト』の私。

村上春樹の最新作・・・  
     『騎士団長殺し:Killing Commendatore
   
   
 ついに発表。                早速購入。

       『第一部 顕れるイデア編』  第二部は未購入
     
   帯の『言葉』 = 『旋回する物語 そして変装する言葉』
   帯の『言葉』にすら、私の胸はドキドキ、期待が大きく膨らむ。

「『海辺のカフカ』より長く、『1Q84』より短い小説。とても奇妙な物語になります。」
                                             朝日新聞より
「その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。
 夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた・・・・・
  それは孤独で静謐な日々であるはずだった。 騎士団長が顕れるまでは。 
                                       『騎士団長殺し』背表紙より

        難解と言われる『村上文学』
        お得意のメタファーも健在でしょう。
        「顔のない男」という、いかにも『村上ワールド』な登場人物が現れてくる。そうです。

  私の『ハルキスト』である理由。
  村上春樹の世界観…見える世界と見えない世界の共存の不思議さと確実性。
                                『理性によって認識される存在』 を思い知らされます。  

そして。

今日は2月26日。年間第八主日。

     『使徒パウロの言葉』
   
   『皆さん、 
 人は、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。
 この場合、
 管理者に要求されるのは忠実であることです。』 コリントの信徒への手紙Ⅰ 4章1-5

    
   使徒パウロも、村上春樹同様、平易な言葉を用いながら、難解な課題を出す。 

   私たちは、『神の秘められた計画をゆだねられた管理者 』、だというのです。

       確かに・・・

  は、生命の不思議を体験しながら、『人の親』となり、『神の計画の管理者』となります。 
  教師たちは、教育の大切さを体験しながら、『人の師』となり、『神の計画の管理者』となります。
  国の指導者たちは、国民の平和を維持するために、『国主』となり、、『神の計画の管理者』となります。

     管理者に要求されることは・・・

     神の秘めた計画をゆだねられた管理者として、『神への忠実』です。 
     神の秘めた計画への、『絶対なる服従』なのです。 

       『人は、キリストに仕える者なのです。』 同4-1

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
使徒パウロは『人は神の計画の管理者』であると断言します。 村上春樹は『人間の本質』を突きつけてきます。
『真実』を知った私たちは、真摯に生きるべきなのでしょう! 頑張りましょう!

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春一番・・・梅とボケの開花。 そして 『子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。』

2017-02-25 22:23:27 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

三寒四温の日々。
それでも、季節は巡りくる。 

我が家にも春一番・・・     『梅とボケの開花』
                                       玄関先にも春が来た。

        真っ赤と淡桃色。  命の不思議。  美しい。

  

今日は2月25日。年間第七土曜日。  

        『今日の詩編』

  『人の生涯は草のよう。
  野の花のように咲く。風が吹けば消えうせ、生えていた所を知る者もなくなる。』
                                          詩篇 103-15&16

そして。

   『今日の福音 キリストの言葉』

     『イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。
     イエスは弟子たちに言われた。
     「神の国はこのような者たちのものである。 はっきり言っておく。

子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」
   
     そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。』
                             マルコ福音書 10章13-16

   『神の国』 ってなに?

『イエスは答えた。
「神の国は、見える形では来ない。 『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。
実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」  ルカ福音書 17-20&21

  『神の国』は、神を信じる人々の間にある。 人々の心の中にある。 のです。
  『神の国』は、人間の目に見える形で、現われるものではないのです。

  『神の国』は、人が神への信仰をもち、徐々に神の愛によって変えられ、神の人になっていく。
      その信仰の過程において、人の中で、『神の国』が確立していきます。
         信仰の成長を、人間の目が見抜くのは難しいのです。

  『神の国』は、最初は、『からし種』のように小さいものですが・・・
    人の中で成長し始めると、その影響力は計り知れないものがあるのです。
    『キリストへの信仰』は、人から人へ、人間の目には不思議に見える姿で、広がって行くのです.


        小さな小さな『信仰の種』は、子供のような、無邪気なイエスへの信頼から始まるのです。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
御訪問下さる皆様への私の信頼は、お目にかかったことがなくても、
御訪問下さる優しさに感動して、生まれたのです。 始まったのです。 ありがとうございます。

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独り花金・・・『ユージュアル・サスペクツ』 そして 『誠実な友は、何ものにも代え難い。そして 生命を保つ妙薬。』

2017-02-24 22:14:19 | 大河ドラマ。テレビ。ラジオ。新聞。映画。

今宵は独り花金。

カジュアル・ハウスワインで・・・   
          ユージュアル・サスペクツ』

 家族を亡くす悲しみが、人の人生を変える。
 人間の深層心理の不可思議に魅せられ、十回は観ている。

   1995年にアメリカで製作されたサスペンス映画。
回想によって物語を錯綜させる手法で謎の事件を描く作品であり、
アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を下敷きにしたという計算された脚本が話題を呼び、
アカデミー脚本賞を受賞した。

主役のキント役のケヴィン・スペイシーは、本作で、アカデミー助演男優賞を受賞。
     それにしても、おそろしい話である。

     人の深層心理は、外からは見えない。
色々の映画や本から学ぶ。 人の心の深さは計り知れないと、今日も学ぶ。

そして。

今日は2月24日。年間第七金曜日。

  『今日の第一朗読』

  『誠実な友は、堅固な避難所。 その友を見いだせば、を見つけたも同然だ。
   誠実な友は、何ものにも代え難く、そのすばらしい値打ちは計り難い。
             誠実な友は、生命を保つ妙薬

  主を畏れる者は、そのような友を見いだす。 主を畏れる者は、真の友情を保つ。
        友もまた、彼とおなじようにふるまうから。』     シラ書 6章5-17

 

   気心の知れた友。
   話をしたときに、答えてくれる友。
   いつもそばにいて、ああだこうだと笑いながら、共に歩いてくれる友。

        そんな友が欲しい。私もそんな友になりたい。
        神が私の友であるように、私も神のような友でありたい。

          誠実な友は、生命を保つ妙薬ですね。

     友人を作る方法も書かれています。

    『のどの麗しい声は、友人を増やし、舌のささやかな語りかけは、愛想の良い返事を増やす。
          多くの人々と親しく挨拶を交わせ。』 シラ書 6章5節。

                  なるほどね。決め手は優しい声掛けですね。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
友は宝物。 友は妙薬。 その通りですね。 週末は友に連絡をしましょう! ”元気?”と一言でOKですね。

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絶妙な塩味…『塩見饅頭』 そして 『自分自身の内に塩を持ちなさい。』

2017-02-23 23:24:19 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 

戴きもの。     『塩見(しおみ)饅頭』
 
   「実家の墓参りをしてきました」と、友人の故郷のお土産です。

     『赤穂の名産の塩』の歴史と共に歩み続けた逸品です。 
 こし餡の甘さを赤穂の塩で抑えた風味は、独特の上品なお味です。

赤穂で育った友人も、塩見饅頭のように、威厳と誇りを内に潜める女性です。 


そして。

今日は2月23日。年間第七木曜日。

   『今日の福音 イエスの言葉』

    『塩に塩気がなくなれば、あなたがたは何によって塩味を付けるのか。
    自分自身の内に塩を持ちなさい。そして、互いに平和に過ごしなさい。』 
                                                      マルコ福音書 9章41-50

     キリスト者は、
 『あなたがたは地の塩』 とも 『あなたがたは世の光』 とも言われます。ルカ福音書 14章34-35節

つまり。

     キリスト者は、
この世に味付けをする者。この世が腐らないように働く者。世に希望を与える者。でありなさいと言われのです。

更に。

キリストは、そのキリスト者に、一抹の懸念を抱くのです

  『塩に塩気がなくなれば、何によって塩味を付けるのか。自分自身の内に塩を持ちなさい。』と。
      塩気がなくなったキリスト者は、何の役にも立たない。 と言われるのです。

では。

 『塩味』とは何?

塩は、一つまみ入れることにより、塩見饅頭のこしあんの甘味が引き立つように・・・

塩味を持つキリスト者は、人間関係において、一人一人の良さが引き立つように働くのです。
キリストの『和解の福音』の精神を持つキリスト者の存在は、人々が互いに平和で過ごせるように働くのです。
『救いの喜び』を味わうキリスト者は、世の人々に、『希望の光』を証しするのです。

                            『塩味』とは、『世の潤滑油』の働きのことです。

 私も、キリストのように、赤穂で育った友人のように、
    『塩』を内に持ち
  キリスト者としての威厳と誇りと そして 責任、を内に潜める女性でありたいものです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
キリスト者の塩味。 年を重ねた者の威厳。 孤高に気高く。 恰好良くいきましょう!

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心のいやし・・・お食後。 そして 『その願いは悲しみがあるか。』

2017-02-22 22:19:16 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

   『お食後』

見た目、色合いも、そして お味。                        揃って満足
                食べる人の心が癒されます。

      人の心を癒すものはいろいろあります。
      お食後。優しい言葉。音楽。ペット。 何よりも 共感。


今日は2月22日。
              『聖ペトロの使徒座 祝日』   
  
                                 別名:『玉座』

   聖ペトロの司教座の記念日は、
   使徒ペトロを礎として建てられた教会の 『一致のしるし』。
   すでに四世紀にローマで、『使徒座』が祝われていました。

      『一致』は、心充たされ、癒しそのものですよね。

 
今朝のランニング途中。 
プロテスタント教会の『掲示板・今週の一言』を、チェックしました。

特別講演の『題目』でした。

           『その願いは悲しみがあるか。』

                            どういう意味?

       皆様は、『題目』を聞いて、何をお考えになりますか?
       私は、 なぜか? 色々思い出して、涙が出てきました。

  『私の願い』は、私の悲しい心から生まれた、願いでもある。 そんなことも考えました。
  私が友のために祈り願う、『友の願い』も、友の悲しい心を思って生まれた『願い』です

 病気の快復。テロで亡くなられた方のための祈り。若いお子さんを亡くされた深い悲痛の友人。
        人の人生に、悲しみの終わりはない。
  『友の願い』は、涙を流しながら願う、悲しみからの願いばかりです。

    キリスト御自身も、悲痛の中で、神に願いました。
 
             『キリスト昇架』            ルーベンス作

  『さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。
      三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。
  「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」

   太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。
      イエスは、再び、大声で叫ばれた。
  「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」』  ルカ福音書 23章44-47


キリストこそ

人をいやす方。人の苦しみに共感できる方なのです。

     『この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、
罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。』
                                            ヘブライ人への手紙 4-15

  私たちも、
  悲しむ人の傍に立ち、人の悲しみを共感できる、少しでも癒しを与えられる人になりたいものですね。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
お人の喜びは私の喜び、と応援できる人になりましょう! 寒い一日でした。お元気で!

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今日・22日のランニング 7㎞ 2月ラン距離合計:22㎞

5時半。 -2度。 走っているのか?歩いているのか? 快く朝練です。 

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金の精錬と人の陶冶。 そして 『そうすれば必ず報われる。』

2017-02-22 03:34:39 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

『金の精錬』

      金は    『1064度(金の融点)のかまど』  で精錬されるのです。

質の良い金にするために、採掘したままの粗金属から不純物を取り除き、純度を高めねばなりません。

 
同様に。

    『人の心の精錬』
    
    修行僧の方々と登った  『大峰山』         4年前。

     私の心は、足がすくむ修験道で、精錬されたのでしょうか?

 
今日は2月21日。年間第七火曜日。
  『今日の第一朗読。 心の精錬』

     『子よ、自らを試練に向けて備えよ。
心を引き締めて耐え忍べ。災難の時にも、取り乱すな。身にふりかかる艱難は、すべて感受せよ。

     たとえ屈辱を受けても、我慢せよ。

   金は火で精錬され、人は屈辱のかまどで陶冶され、神に受け入れられる。』
 
        人は    『屈辱のかまど』  で精錬されるのです。

良質な人間になるためには、自己中心な考えから自己を取り除き、純度を高めねばなりません。

           屈辱を耐え忍ぶ。屈辱を我慢する。
            それは。
       人にとって、人格無視の、一番耐え難い苦しみであろう。

しかし。
神は言われるのです。

   『金は火で精錬され、人は屈辱のかまどで陶冶され、神に受け入れられる。』 

同時に。
神は励まして下さるのです。


『主を信頼せよ。そうすれば必ず助けて下さる。憐れんで下さる。そうすれば必ず報われる。』
                                                   シラ書 2章1-11

      今日は、厳しい『神の御言葉』でした。
      すべては、自らを試練に向けて備えるためです。頑張りましょう!

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人格者でありたい。人格者になりたい。 人の『最終目的』です。
人格者の養成期間である『人生』は、見えない『かまど』で焼かれる期間でもあるのですね。

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聖書について…その③ 祈りって何? そして 『この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ』

2017-02-21 00:59:21 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 祈りとは?

          『キリスト信仰者の源泉』
  
  『だが、イエスは人里離れた所に退いて祈っておられた。』      
                            ルカ福音書 5-16  

イエスは、
『祈る時間』を、大勢の群衆でいつも忙しくされていました、設けていました。
『祈る時間』を、最優先最重要なこととして、一日の時間の中に組み込んでいました。    

  
今日は2月20日。年間第七月曜日。  
『今日の福音 イエスの言葉』

   『イエスは三人の弟子とともに山を下りた。 群衆の中のある者が言った。
「息子は霊に取りつかれて、ものが言えません。霊を追い出してほしいと弟子たちに申しましたができませんでした。」
イエスは、汚れた霊をお叱りになった。霊は叫び声をあげて出て行った。

弟子たちは、「なぜ、私たちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねた。
イエスは、『この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ』と言われた。』
                                         マルコ福音書 9章14-29節

   
   『祈り』とは、
   神との交わり、神との対話を意味しています。
   神と人との交わりは、人間の能力を超えることであり、神からの『賜物』なのです。

   『祈り』とは、
   父親が、病気の息子の回復を願い、弟子やキリストに哀願したことなのです。
   自分の力では解決不可能なことを、全能の神に祈願することなのです。


   父親の息子の回復を願う『叫び』であり、懺悔、祈願、弁明、感謝、賛美、等等。
   病者の回復が、親の祈りを通して実現するようにと、全能者に願いことなのです。

 

   信仰の父祖。   『アブラハムの祈り』 

  
『主は(75歳の)アブラハムに言われた。
「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。」
  アブラハムは妻のサライ、甥のロトを連れ、蓄えた財産をすべて携え、カナン(現イスラエル)に入った。
   アブラハムは、そこに主のための祭壇を築き、主の御名を呼んだ。』  創世記12章1-9

  アブラハムは、神に信頼して、見も知らぬ所に無事に到着して・・・・
  最初にしたことは、主のために祭壇を築き、偉大な神へ祈りを捧げました。

     アブラハムの祈りは、神への賛美と感謝でした。

 

 ユダヤの預言者、民族指導者。  『サムエルの祈り』
 

    『少年サムエルは司祭エリのもとで主に仕えていた。
    サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。
  主は来てそこに立たれ、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」
  サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」

  サムエルは成長していった。
  主は彼と共におられ、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。』
                                      サムエル記上 3章

サムエルのように、いつも耳を澄ませていれば、『神の言葉』を聞き逃すことがないのです!
  サムエルの祈りは、神の言葉を聞き逃すことがないようにと願うことでした。

    

古代イスラエルの民族指導者。預言者。  『モーセの祈り』 

『イスラエルの民が逃亡したとの報告を受けると、
エジプト王ファラオは、民に対する考えを一変して、イスラエルの人々の後を追った。

主はモーセに言われた。
「杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。
そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。」

 主はこうして、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。』 出エジプト記 14章

          『神にできないことは何一つない』 ルカ福音書 1-37
     『祈り』とは、全能の神を信じて、信頼して、我が身を委ねることです。

 

古代イスラエルの王(在位:前1000年 - 前961年)  『ダビデの祈り』

  どうかわたしの罪をお赦しください。どうかわたしを清めてください。
あなたのしもべを、驕りから引き離し、支配されないようにしてください。
  主よ、わたしの岩、わたしのあがない主よ。』 詩篇19章12-15

   ダビデの祈りは、自分の犯した重罪の赦しを、
唯一罪からの赦しを与えることができる神に請う、『痛悔の祈り』です。

『ダビデは、神の前に悔い改めて、二度と同じ罪を犯すことはありませんでした。』
人は、罪を犯したならば、それを隠さず、すぐに神の御前に心から悔い改めることが必要なのです。

ダビデは、こうも祈りました。

        『主よ、あなたはわたしを極め、わたしを知っておられる。
     座るのも立つのも知り、遠くからわたしの計らいを悟っておられる。 
     歩くのも伏すのも見分け、わたしの道にことごとく通じておられる。
     わたしの舌がまだひと言も語らぬ先に、主よ、あなたはすべてを知っておられる。』
                                                 詩篇139篇

    神は「全知全能の神」。 すべてを知っておられる神に、
「私の心を、私の思いを知ってください」と、自分を明け渡していくとき、「知識」が「信仰」に変わるのです。
   そのとき、神と私の人格の交わり、一対一の関係の中に生きることができるようになるのです。


エス・キリストの養父。  『ヨセフの祈り

    『主の天使がヨセフに現れて言った。
「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。
マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。
その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。
その名はインマヌエルと呼ばれる。「神は我々と共におられる」という意味である。』
                                      マタイ福音書 1章18-25

 ヨセフの祈りは、神の偉大な業を全うするために、深い信仰を請う祈りでした。
   ヨセフの祈りと、ヨセフの神への信頼が、イエスを育てたのです。

私たちも、人の親として、ヨセフの心の強さと深い信仰が頂けるように、祈り続けましょう!


最後は。

キリストの母と祖母。     『マリアとアンナの祈り』

聖母マリアの母:アンナは、
長く子供が無く、夫:ヨヤキムと二人が老齢となってから初めて子供を授かることを天使から告げられた。
これを受けてアンナは子供を神に捧げることを約束した。
アンナとヨアキムは、エルサレム神殿のお陰でマリアを授かったと信じており、
3歳に達したマリアをエルサレム神殿に奉献した。

聖母マリアも、
『聖霊があなたに降り、男の子を産む』と天使から告げられ、男児・キリストを産みました。

  二人の母の祈りは、聖霊の働きを信じ、我が子の成長を祈り続けることでした。


イエスは言いました。 

 『あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。
    そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が、報いてくださる。』  マタイ福音書6-6

 

        『祈り』とは、静かな場所で、怠ることなく、神と私の内に沈み込むことです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
春前の、三寒四温の日々です。 体調を崩されませんように。 春はそこまで来ています!

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聖書について…その② 信仰って何? そして 『信仰によって分かること・・・四つ。』

2017-02-18 23:28:30 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

信仰とは?

        『天と地をつなぐ梯子』

        『ヤコブが夢で見た天国へ続く梯子』          
 『先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。』
                                            創世記 28章 10-15        

  
今日は2月18日。年間第六土曜日。  
『今日の第一朗読 信仰について  ヘブライ人への手紙

   『信仰とは、望んでいることを確信し、見えない事実を確認することです。』
                                    ヘブライ人への手紙 11章1節

  ヤコブは、見えない事実:『天国・神の国』を夢の中で確信し、確認したことでしょう!


そして。

信仰によって分かること・・・その

        『この世界は神の言葉によって創造された。』    
                                ヘブライ人への手紙 11章3節

 『大空』

 聖書は、万物は、神の被造物であり、それゆえに神の栄光、すなわち神の知恵と力、ご性質、を表していると語ります。

    『天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。
     
昼は昼に語り伝え 夜は夜に知識を送る。
話すことも、語ることもなく 声は聞こえなくても その響きは全地に その言葉は世界の果てに向かう。』
                                           詩篇 19章2-5節


   『神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。
      世界が造られたときから、
目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、
       これを通して神を知ることができます。 』  
ローマの信徒への手紙 1章19-20節


     自然界に現されている『神の栄光』を、読み解く一つの方法が、科学です。

ニュートン、万有引力の法則を発見、は言いました。

『太陽、惑星、彗星からなる極めて美しい天体系は、
知性を有する強力な実在社の意図と統御があって、初めて存在するようになったとしか言いようがない。
・・・・至上の神は、永遠、無窮、全く完全な方であられる。』


同様に。

ガリレイも、言いました。

『より高いものを見上げる人は、よりすぐれた人です。
そして哲学の本来の対象である自然という壮大な書物を調べることは、まさに高いものを見上げる方法なのです。
すべて、全能の造り主の御業であって、それは、この上なく素晴らしいことですが、
中でも造り主の見事な御業をもっとも明らかに示すものには、最大の価値があります。』


          ところが、
  いつしか聖書と科学は、対立するものとして、捉えられるようになってしまいました。
 聖書を信じるということは、科学の合理的な考えに逆らうことだ。 等と思われるようになっていったのです。

          しかし、
極めて高度に科学が進歩した今、逆に科学では説明できないこともあることを、認めざるを得なくなった。』
   
宇宙飛行士たちが、任務を終えたとの会見で、話される『言葉』です。


『科学は、私たちの世界が、いかに運動し、保たれているかを、ある程度まで説明することはできます。

   他方。
なぜこの世界が存在しているのか? 何のために存在しているのか? 等等の問題が残ります。』
                                ・・・確か。宇宙氏の何人かは、帰還後、牧師になられましたよね。     

     様々な問題への『答』を語るのは・・・科学ではなく、宗教なのです。

そして。

信仰によって分かること・・・その②

 『アベルはカインより優れたいけにえを神に捧げ、その信仰によって、正しい者であると証明されました。』
                                                          ヘブライ人への手紙 11章4節 
 
                               
 『アベルとメルキセデクの捧げ物』 細部 

              
                                  サン・ヴィターレ聖堂

 『(人祖)アダムは妻エバを知った。彼女は兄カインの弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となった。
時を経て、アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持ってきた。主はアベルとその捧げ物に目を留められた。』
                                                    創世記 4章1-5
   
           信仰によって生きた模範者・義人:アベル
           
義人』とは、信仰によって生きる人です。


   『自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります。
  神の御心を行なって約束のものを手に入れるためには、忍耐が必要なのです。
    もう少しすると、来るべき方がおいでになる。遅れられることはない。
      わたしの正しい者は信仰によって生きる。』  ヘブライ人への手紙 10章35-38節


  もう一度。
  『信仰とは、望んでいることを確信し、見えない事実を確認することです。』 同 11章1節


そして。

信仰によって分かること・・・その③

      『信仰によって、エノクは死を経験しないように、天に移されました。』 
                                    ヘブライ人への手紙 11章5節                                                                        

 『天に移されるエノク』
 
『エリア(7代目の族長エノク)とエリシャ(エリアの後継者)が話しながら歩き続けていると
見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った。』
                                           列王記下 2章11節

『エノクは六五歳になったとき、メトシェラをもうけた。メトシェラが生まれた後、三百年間神と共に歩み、息子や娘をもうけた。
エノクは三百六十五年生きた。エノクは神と共に歩み、神が取られたので いなくなった』  
                                                
創世記 5章21-24節

天に上ったエノク。

再び現れたのは・・・

『山上の変容』

3者会談。  預言者を代表する『エリア』 『キリスト』 律法を代表する『モーゼ』


     『イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、
      この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。

     エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。』 マルコ福音書 9章2〜4節


  こういうことですね。エノクも納得のはずです。

     『神の計らいは限りなく、生涯、私はその中に生きる。』

そして。

信仰によって分かること・・・その④

      『信仰によって、ノアは、信仰に基づく義を受け継ぐ者となりました。』
                                    ヘブライ人への手紙 11章7節

『ノアの造った箱舟』 

米国・ケンタッキー州。『原寸大の箱舟』のテーマパーク:『アークエンカウンター』
                                    でっかい!

   『主は、
地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計らっているのを御覧になって、
   地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。

   主はノアに言われた。
「全て肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。見よ、わたしは地もろとも、彼らを滅ぼす。
 あなたはゴラフェルの木の箱舟を造りなさい。

わたしはあなたと契約を立てる。
あなたは妻子や嫁たちと共に箱船に入りなさい。又、すべて命あるもの、すべて肉なるものから、
二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。」

    ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。』 創世記 6章

     山の中へ、人々の嘲笑いを無視して、『ノアの箱舟』を作ったノア。

  『信仰によって、ノアはまだ見ていない事柄について神のお告げを受けたとき、
     恐れかしこみながら、自分の家族を救うために運び船を造り、

    『ノアは信仰に基づく義を受け継ぐ者となりました。』 ヘブライ人への手紙 11章7節

 

      諸先人たちの信仰のお蔭様で、『神の義』は継続されたのです。


  『信仰とは、望んでいることを確信し、見えない事実を確認することです。』 同11章1節
   同時に。
 信仰とは、神の力と、神の約束に信頼させる、『神からの賜物』、なのです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
私達も、今日は沢山学ばせて頂きましたので、目に見えるものに頼らず、信仰を持って歩みましょう! お幸せに!

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