マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

The東京 その①・・・『週一回オープンのケーキ屋』 そして 『今日、神はわたしたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた。。』

2019-03-31 12:00:00 | 娘と娘家族

3月31日。日曜日。

今日から東京入り・・・6日間の東京です。

 『東京らしさ』 があちこちに見られるのが、私が東京が好きな理由です。 私の『The東京』です。


 The東京 その①・・・『週一回オープンのケーキ屋』 
    
    『青い店』  開店30分前。

11時半。

 すでに、私の前に15人。私の後ろに15人ほども並んで、開店を待ちます。

 

12時。

    開店・・・  『30代?の男性二人の店主・パテシエ』
  
                               狭い間口の、小さな店。

   『小さな個人経営の店』が多いのも、私が東京を好きな理由の一つ。

    『個性』を尊重する土壌が東京にはある。 のではなかろうか?
        人と一緒ではなく・・・
    『その人らしさ』を尊重するのは、大人の世界ですよね。


      タルト・・・   『500円』
  
           アメリカン風菓子が並ぶ。 
          

         いわゆる『日本風ケーキ』ではない。
           素朴。 無骨。 自然体。
      大きなラウンド・ケーキを、大きくカットして売る。
            家庭の手作り風です。


   開店、販売は、不確定曜日で、週一回のみ。 販売は、お一人様、三つまで。

今回の購入は、
キャロットケーキ。アップル・カスタードパイ。チーズケーキ。クランベリー・パイ。ジンジャーブレッド。
                                      心がほっこり。うれしいお味でした。

 

そして。

今日は3月31日。四旬節第四主日。


      四旬節中の主日司式司祭の祭服は、回心、節制の色、『紫色の祭服』を用います。

    今日は特別です。

      喜びの色、『バラ色の祭服』を用いることができます。
   
       ”喜べ!” ”歓喜せよ!”      『救いの喜び』を表します。

 

四旬節の、償いの時期をすこし弱め、『救いの時』の喜びが近づいていることを示します。

 

『今日の第一朗読 旧約時代の神の救いの喜び

 

その昔。
紀元前1260年頃。

 

    『その日、主はヨシュアに言われた。
  「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた。」
  
  『ヨシュアとイスラエルの民のカナンの地へ入場』

      イスラエルの人々はギルガルに宿営していたが、
     その月の十四日の夕刻、エリコの平野で過越祭を祝った。』
                     ヨシュア記 5章9a&10-12節 

 

     『約束の地・カナンの地』に着いた神の民が、過越祭を祝いました。
  神が、「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた。」 と、

        旧約時代の『救いの実現』です。



旧約の『救い』が始まったのは・・・

紀元前1300年頃。

 

       神は、『ウル』の地でアブラハムを呼び出し、『契約』を結ばれました。
    『あなた方は、私の示す土地・『カナンの地・イスラエル』に行きなさい。
       私はあなたから『星の数ほどの子孫を増やす。』 
 
     

  
     『アブラハム一族の移動』      ウル カナンの地・イスラエル へ。


      カナンの地へ移り住んだアブラハムの子孫は・・・
      飢饉に見舞われ、エジプトの地に移り住みます。 

 

そして。

時が流れて・・・500年ほどすぎて・・・。

 

紀元前1800年頃。

神は、エジプトの地で、奴隷となっていた『アブラハムの子孫・イスラエルの民』を、救い出します。

   

       
  
     神は、モーセを呼び出し、イスラエルの民と、『契約』を結ばれました。
『あなた方は、私の示す土地・『カナンの地・イスラエル』に行きなさい。
          私はあなたたちの神となり、あなた方を私の民とする。』 
 
 

 

    
   『モーセとイスラエルの民の大移動』 エジプト・ラムセス カナンの地・イスラエルへ。


    モーセは、エジプトに降り・・・
イスラエルの同胞と、エジプト脱出から脱出。 荒れ野の中を、40年間かけて、カナンの地・イスラエルに到着しました。
   悲しいことに。
エジプトを出発したモーセは、到着寸前に亡くなり、モーセの第一弟子のヨシュアがイスラエルの民を引率したのです。


     長年のエジプトでの奴隷生活からの解放は、
        イスラエルの人々にとって、正に、『神の救い』でした。

        
     
      奴隷や、困窮や、苦しみからの『解放』は、『救い』です。
        人間の尊厳を保証する『自由』の確保です。

      

そして。

『今日の福音 新約時代の神の救いの喜び


『ある人に息子が二人いた。
弟の方が父親に、「お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください」と言った。
       それで、父親は財産を二人に分けてやった。

何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。

         そこで、彼は我に返って言った。
「ここをたち、父のところに行って言おう。
     「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。
             
もう息子と呼ばれる資格はありません。」
と。』

      そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。
 ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、
       走り寄って首を抱き、接吻した。
  
  『放蕩息子の帰還』         レンブラント作品

     
息子は言った。

『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』

         しかし、父親は言った。
    『この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかった。』
         そして、祝宴を始めた。』
                  ルカ福音書 15章1-3&11-32節

 

    放蕩息子にとって、父親の優しさと寛大さは、正に、『救い』となりました。
     

同様に。

私たち人類も、人祖・アダムとイブの背信によって、『神の住む・エデンの園』から追い出されて、放浪者となったのです。
                                  私たち人間は、放蕩息子なのです。
      

   神は、今日も、両手を広げて・・・
      私たち・放蕩息子の一人一人が回心をして、御父・神の元へ戻ってくるの待っていて下さるのです。

     


今の時代。
現代人にとって・・・

      私たち人間にとって、イエス・キリストの『贖罪』こそが、『救い』なのです。
    四旬節を終えて迎える、『主・キリストの復活』にあずかり、御父の元へ戻れるのです。
                           私たちの『救い』『解放』なのです。

 

『今日の祈願』

       『神よ、わたしたちが心をこめて主日の祭儀を行い、
      世を救うキリストの奉献に結ばれることができますように。



皆様!

御訪問に感謝申し上げます。
救われた喜びを、『バラ色の祭服』のように、『喜びの笑顔』の外面で、表現いたしましょう。 お元気で!

コメント

『聖なる者となりなさい。わたしは聖なるものである。』・・・聖書100週間。 そして 『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する。』

2019-03-29 14:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月29日。金曜日。  金曜日は『聖書100週間』

 
   クラスが終わり・・・   『余韻タイム』
    
       お仲間がお帰りになられ、一人で・・・

      仲間の素晴らしい分かち合いを思い出しながら・・・パクリ
      聖書を読み続けることの素晴らしさに感動して・・・パクリ


        私たちに働きかける『御言葉の力』を実感します。

 

  聖書100週間は・・・
一人一人の口を通して、聖霊の不思議な働きによる『御言葉』を、聞かされるのです。
今日も無限の愛の神秘を伸べ続けておられる神ご自身を、いっそう分かるようになるのです。
天地創造の時以来の聖霊の恵みが、今も豊かであることが、よくわかります。


              パクリパクリ・・・と、
              聖書100週間の余韻を楽しみながら、一箱分の終了でした。

 

       今日の通読範囲は、『レビ記 17章~27章』

  『わたしは聖なるものである。あなた方も聖なる者になりなさい。』 と神は繰り返し、
       聖なる者になる方法を教えるたびに、
  『わたしは主である。』 と繰り返し、その根拠が正しいことを、繰り返す神です。

ということは・・・  

   『聖』とは、
        不義や汚れから隔絶する『清い状態』で、

    神の隔絶性、尊厳性、超越性においてのみ、聖』が理解できる。 ということでしょうか。

   
   『聖なる者になりなさい』とは、

      人間が『聖』にあずかる者として成長していくために、
      人間の修行によって聖人に域に達するということではなく、
   『聖』:『神』を感謝と畏れをもって受け取り、自分の中に実現していくこと。 のようです。

 

     『あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。』 レビ記19章14節
  『自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。』 レビ記19章18節

 

   
   『今日の玄関』     ボケ。カスミソウ。水仙。桃。     聖なる花々です。


  『聖化』とは、
兄弟を愛する交わりの中で『神の愛』を全うしつつ、『完成』 を目指して進むことのようです。


    『だからわたしたちは、成熟を目指して進みましょう。』 ヘブライ人への手紙 6章1&2節

             
                      以上。私の今日の感想の一部でした。お粗末様です。

そして。

今日は3月29日。四旬節第三金曜日。


『今日の福音 イエスの御言葉

『律法学者はイエスに言った。
 
「『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する』
   ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています。」

イエスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、
      
      「あなたは、神の国から遠くない」と言われた。』
              マルコ福音書 12章28-34節


    
   私たちも、神の国を目指して…『愛神愛隣』を実行しつつ…今日も成熟してまいりましょう!


皆様!
御訪問に感謝申しあげます。
もうすぐ4月1日。新元号の発表です。新しい時代の平和を祈りましょう。 お元気で!

コメント

『わたしが自分の父の家にいるのは当たり前。』・・・『聖書通読会』 そして  『わたしの声に聞き従え。』

2019-03-28 10:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月28日。木曜日。 

 木曜日は、毎週・・・   『聖書通読会・聖書100週間』
 
      今日も、仲間と、”ああだ!” ”こうだ!” と、聖書の分かち合い。
        仲間は楽しい。 聖書も、無尽蔵の宝物、楽しくて仕方ない。

       
        今日の『通読範囲』は『ルカ福音書1章~6章』


今日の通読範囲を、『一言』で言えば・・・
  
    『この聖書の言葉は、今日、あなたが耳にしたとき、実現した。』4章21節 
                  ・・・ではないでしょうか。

 つまりは。
     
  『神の約束』が、今日あなたが聖書を読んだその瞬間に、あなたの心で実現するのです。
        救い主・イエスの誕生。 神の福音の宣教。
   捕らわれ人の開放。目の見えない人の回復。圧迫されている人の自由。等々の実現です。



今日の通読範囲の、私の『疑問』が一つ・・・

  『12歳の少年イエスの御言葉の意味』が、イエスの両親同様に、分からないのです。

    
    12歳の少年イエスは、過ぎ越し祭の帰路、神殿で我が子を見つけた両親に言われます。

   
   『神殿のイエス』           右端で両親・ヨセフとマリアが我が子をみています。
 
         『「どうして私を探したのですか。
 わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」
      しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。』
                  ルカ福音書 2章49&50節


    今日の聖書個所は、イエスさまが『12歳の時の出来事』が書かれています。
   唯一、イエスさまの少年時代の記録は、ルカ書のみに一つ、他にどこにも書かれていません。
         とても大事で、貴重な記録であると思います。


  12歳は、ユダヤ社会では、『元服式』のような、一人前になったとされる年齢。だそうです。
  『律法』を神殿内で朗読することが許され、又、『律法』を守る義務が生まれる、年齢なのです。
                               日本では中学生になる年齢ですね。

 

    12歳までのイエスは・・・
        普通の人と同じような子供時代を過ごされたのでしょう。
   子どもたちが遊ぶように遊び、又、旧約聖書をご両親から沢山学ばれたのでしょう。

 そして。

    12歳になられたイエスは・・・
   御両親と共に、ユダヤ人の三大祭のうちの1つ:『過越祭』のためにエルサレムの都へ旅をしたのです。
両親と、近所の人々と、親戚の人たちと一緒に、イスラエル北部のナザレの村から、南のエルサレムへと行きました。
   そして再びナザレへと帰っていく時、 少年イエス様はエルサレムにとどまったのです。

 

    お仲間と集団で帰宅途中の御両親は・・・
      イエスがいないことに気づいた両親は驚きました。
 足かけ三日間、両親は、あちこちと捜しながら、ついにエルサレムまで戻っていきました。
      そうして、
  過越祭の時喜びと興奮で礼拝した神殿に、今や絶望的な思いで入っていったのです。

      すると、何と、
        神殿の境内に、イエスさまがいたのです。

      
        『神殿で話をする12歳のイエス』

   しかも、イエス様は聖書学者の話しを聞いたり質問したりしていたのです。

 

  母マリアは、心配と怒りも込めて、言います。

   『なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。』

イエスの、母の質問に対する答えは、意外なものでした。不可解な答でした。
     『どうしてわたしを捜したのですか。
  わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。』

 

    イエスさまは、ヨセフとマリアの子であり、同時に、神の御子でもあるのです。 
        懐妊の時に、天使はマリアに、告げたのです。
『聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる』1章35節

 

今日の『通読個所』では・・・

『少年イエスの言葉』によって、『イエス様は神の子』である、と強く印象づけられます
     
   
では・・・『いつ』? イエス様は御自身が『神の子』であると、確信したのでしょう?
       
子供のころから?
      私は、イエスの30歳の洗礼の時に、
  『神の言葉:『あなたは私の愛する子、私の心に適う者』3章23節 が聞こえた時だと思うのです。

 

  又。


『わたしが自分の父の家にいるのは当たり前。』という『少年イエスの言葉』も、強く印象づけられます。

    では・・・『少年イエスの言葉』は、何を意味するのでしょう?
     
 イエスさまは神さまの所におられる。当たり前におられる。御父と御子は必ず共におられる。ということであります。

      
     私は思いました。

  元服を迎える年齢になった少年イエスは、
子供時代の遊びも終わり。 親からの精神的自立。 御父の住まわれる所こそが我が家。我が故郷。
      ・・・と。ご両親にも、我が身にも、『宣言』をなさったのではないでしょうか?
           私も、12歳のイエス同様に、我が子たちの『精神的自立宣言』を経験しました。それは大変な驚きでした。
  
   
  
  『神の家におられるイエス 』同様に・・・

 私たちキリスト者も、教会・聖堂で、1人祈ることが大切なのです。
       神さまと、一対一、祈ることが大切だということではないでしょうか。

                  以上。今日の通読会で考えたことでした。お粗末様でした。

 

そして。

今日は3月28日。四旬節第三木曜日。


『今日の第一朗読 神の御言葉

『主は言われる。
        
わたしの声に聞き従え。

   そうすれば、わたしはあなたたちの神となり、あなたたちはわたしの民となる。
      わたしが命じる道にのみ歩むならば、あなたたちは幸いを得る。」』
                   エレミヤ書 7章23-28節

『今日の拝領祈願』

    『いつくしみ深い父よ、
       日々の生活の中で救いの恵みを頂くことができますように。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人生…わからないことばかりです。そんな時は、必ず分かるときが来ると信じて、時を待つことですね。 お元気で!

コメント

日本国生み始まる御神功を果たされた『伊弉諾の大神』の『幽宮』・・・『伊弉諾神宮』 そして 『主よ、あなたの契約を取り消さないでください。 』

2019-03-26 11:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月26日。 『誕生日祝賀旅行 2日目』


今日も夫の計画通り。

淡路島といえば。

     歴史好きの私・・・  『伊弉諾(いざなぎ)神宮』
    
 

     日本国を生み出されたとされる『伊弉諾(いざなぎ)の大神』は、
 
        日本国生み始まる御神功を果たされた後に、
  御子神の『天照皇大御神(あまてらすすめおほみかみ)』に、国家統治の権限を委ね、
    
    『日本国民の総氏神・天照皇大御神』       
伊勢神宮・内宮におわします。

  
    淡路の多賀の地に、『幽宮(かくりのみや)を構えて、余生を過ごされました。
 

   『伊弉諾神宮』は、
『伊弉諾(いざなぎ)の大神』が、『幽宮』を構えて、余生を過ごされた神宅の旧跡に、鎮座なさるのです。
  
    日本書紀の冒頭にその創記を記す、日本最古の神宮です。


 『日本国生みの儀式』において、
     『伊弉諾(いざなぎ)の大神』は、日本国生み始まる『御神功』を果たされ、

 最初に誕生したのが『淡路島』で、つづいて四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州と生まれ、
       『大八州』という古代日本の国土が出来上がった。 のです。

 

    日本の歴史といえば・・・天皇の歴史でもありますよね。

       境内に・・・ 『昭和天皇お手植えの楠』
     
     日本発祥の地・淡路島に、
     歴代の天皇様で、御神宮を訪ねたのは、昭和天皇様だけなのでしょう。
        立派で高貴なお姿の『楠』に育っていました。
                 とても嬉しく拝見いたしました

     神社大鳥居横には
        祝幕・・・ 『奉祝 天皇陛下御在位三十年』
     
     『平成天皇』が、
     『第一代・神武天皇』以来続く、『第125代目天皇』です。


       『伊弉諾神宮』は、 神代の伝承が生き続ける、『聖なる杜』です。
         世界に誇る、立派な日本です。
     


そして。

今日は3月26日。四旬節第三火曜日。

   
 『永遠の神』も、みことばによってすべてをお造りになり、『栄光』をあらわされます。


『今日の第一朗読 アザルヤの祈り

   『その日、アザルヤは、火の中で、口を開いて次のように祈った。
  
  『三人の若者は神をたたえ、主を賛美しつつ、炎の中を歩んでいた。』 アザルヤの祈り1節
           共にいて下さるのはイエス様でしょうか? 

「主よ、
あなたの御名のゆえに我らを決して見捨てることなく、 あなたの契約を取り消さないでください。
あなたの愛されたアブラハムと あなたの僕イサクと あなたの聖なるイスラエルとに免じて、

    あなたの憐れみを 我らから取り去らないでください。

 あなたはこの先祖たちに、 子孫を天の星のように、 海辺の砂のように増やす、と言われました。

    焼き尽くす献げ物の羊と牛のように、 幾万の肥えた小羊のように、
     今日の我らのいけにえが、御前に受け入れられますように。

    今や、我々は心からあなたに従い、あなたを畏れ、御顔を求めます。
   驚くべき御業をもって、我らを救い、 主よ、御名の栄光を輝かせてください。」』
                       ダニエル書補遺・アザルヤの祈り 2&11-20節

 

   
      アザルヤは、迫害の中で、主に祈り続けます。
    『今日の我らの『いけにえ』が、御前に受け入れられますように。
  『神の契約』に希望を抱き、最後まで神に忠実である私たちに、御顔を見せて下さい。
     『善人への報い』、死者の復活、永遠の命、で、我らを救ってください。』 と。

 

  私たちも、アザルヤに倣って、いつの時も祈りを忘れず、信仰を深めてまいりましょう。



『今日の奉納祈願』

『恵みの源である神よ、
救いをもたらすこの捧げものによって、私たちの罪が除かれ、あなたの力強い助けが与えられますように。』

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様は歴史がお好きですか?私の歴史旅行におつきあい下さりありがとうございました。 お元気で! 

コメント

花々に癒されて・・・『誕生日祝賀旅行』 そして 神にできないことは何一つない。・・・『神のお告げ 祭日』

2019-03-25 10:10:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月25日。月曜日。 私の誕生日。

朝10時。

 夫がすべてを計画・・・
 ”奥様、出かけましょう!” と、私の『誕生日祝賀一泊旅行』、が始まりました。

 
    まずは・・・   『感謝の御礼参り』
  
  『十字架にかかる雲』    神様が誕生日を祝福してくださるようです。

   ”健康に恵まれて今日を迎えられて、感謝します。” 

 
 当教会の主任司教様が御転任なさるとのことで、
     今までのお導きへの御礼のご挨拶も兼ての訪問となりました。
          ”ありがとうございました。” 


午後。

    一面の・・・    『菜の花』
 
 穏やかな日差しの下・・・  一面の花々に癒されながら・・・

  ”これからの二人の残された人生について語りましょう!”
     せっかくの人生のターニングポイント・・・
 ”やりたいことがありますか?” ”今まで通りの生活ではもったいないですね”
                   夢を語るのは楽しい。

 

夕食。

  夫の計画した祝膳・・・   『フグ三昧』
 
 てっさ。ひれ酒。』

  見物はなく・・・
  海を眺め・・・ 花に癒され・・・ 散歩で風を感じ・・・二人でひたすらおしゃべりの旅。
 
 夕食も、ホテル・オーベルジュで何の心配もなく、7時~9時半、ひたすらおしゃべりです。
  

    時間の流れが、都会の喧騒の時間とは異なり、ゆったりと流れる。
    穏やかな自然が、自然に包まれ、私を自然へと戻していく。本来の私に戻してくれる。


           夫の計画の『誕生会』は、
      今までに経験のない種の旅です。『希望』が私の内に満ちてくる。夫に感謝!感謝!

 

そして。

今日は3月25日。
     『神のお告げ 祭日』


   今日は、神の御ひとり子の受肉と、
それを知らせる天使の言葉を信仰をもって受け入れたマリアの承諾を思い起こす祭日である。
                   『毎日の読書』より

 

『今日の福音 天使ガブリエルのお告げ

 『そのとき、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。
ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。

    そのおとめの名はマリアといった。

    天使は、彼女のところに来て言った。
 
 『受胎告知』                  レオナルド・ダ・ヴィンチ作品
    
    「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。
         
        マリア、恐れることはない。
       あなたは神から恵みをいただいた。
 
あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。
      
その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。

        神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。
     
彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。

      聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。
       だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる

        神にできないことは何一つない。」

        
           マリアは言った。
     
      『受胎告知』        アントネッロ・ダ・メッシーナ作品
 
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」

               そこで、天使は去って行った。』
              ルカ福音書 1章26-38節


   神からマリアの所へ遣わされた天使・ガブリエルは、
 驚くマリアに向かって、『神のお告げ』を告げるのです。

  
    『あなたは身ごもって男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。
その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われ、永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。』

    最後に、神にできないことは何一つない。』と。

 

  皆様は、こんなことを突然に言われたら、何とお答えになりますでしょうか?
    マリア様は、ただ『一言』、
『わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。』
          ・・・と、お答えになったのです。


  マリア様は、『神にできないことは何一つない。』
          ・・・との『強い信仰』をお持ちだったということですね。
    同時に。
マリア様は、『神のなさることに間違いはない。神様がなさりたいようになさるのが一番良いことである。』
          ・・・との『強い確信』をもお持ちだったということですね。

 

    マリア様の『承諾』により・・・
『神の御ひとり子の受肉』が可能となったのです。 そして 『神のみ旨=人類の救い』が一歩前進したのです。


私たちも、『お告げの祭日』にあたり・・・
マリア様の『信仰の模範』に倣い、信仰が強くなりますように、神様に祈ってまいりましょう。

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
年を重ねて、見えなかったものが見えるようになり、体と反対に、心が若くなっていくようですね。 お元気で!   

コメント (2)

聖なる神の領域・・・『道をそれる。』・・・ 神の山ホレブ

2019-03-24 09:30:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

今日は3月24日。 四旬節第三主日。


 今年・4月19日・金曜日・・・   『主の御受難』
 
              『いばらの冠』            我が教会祭壇

          今日で、四旬節18日目です。

続いて・・・

   主日が3回。 四旬節第四主日(3/31)。 四旬節第五主日(4/7)。受難の主日(4/14)。
そして・・・
   聖週間。 聖木曜日≪主の晩餐≫(4/18)。  聖金曜日≪主の御受難≫(4/19)。 

     今日から、『主の御受難』まで、残り26日間です。
   恵みに満ちた四旬節の残りの日々を過ごしてまいりましょう。
 

そして。

 
『今日の第一朗読 神とモーセの出会い

 『モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、
   あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。

   そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。
   彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。
 
    モーセは言った。
    道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。
     どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

 

     主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。

   神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。
     彼が、「はい」と答えると、神が言われた。

    「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。
                あなたの立っている場所は聖なる場所だから。」

     

       神は続けて言われた。
  「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」
      モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。』
           出エジプト記 3章1-8&13-15節
 

    『道をそれる・・・』
  神に従うと決めること、信仰を持つということは・・・『道をそれる』ことです。
それは・・・
    神の世界は、聖なる土地・ホレブの山に、『分け入る』ことです。   

     
   神の世界と人間の世界は、聖なる世界と俗なる世界、全く異なる世界です。
     人間の世界から・・・『道をそれて…』・・神の世界を見ることです。

 

私は、『聖書100週間』の創設者のパリミッション・ルドールズ神父様と、運命的出会いを致しました。
   運命的出会い依頼・・・お病気で倒れる前日まで・・・多大なるご指導を頂きました。

そのルドールス神父様の『聖書100週間』のクラスで・・・
『神とモーセの出会い』で言われた、神父様の『感想』を、忘れることができません。  
            生涯の『宝もの』として、私の心に残る『感想』です。 

 

   『僕は、『道をそれて…』、フランスから日本に来ました。
家族を捨て、フランスのすべてを捨て、『人としての道をそれて・・・』、日本に来ました。
  神様を選び・・・『道をそれて・・・』・・・日本に来たのです。』

 
     『神を選ぶ』 『神に従う』 『信仰に入る』ということは・・・
 世間の考え方から、『道をそれて…』、神の考え方で生きるということなのでしょう。
           ・・・その覚悟がいることなのです。

 

 話は変わって・・・ 

  明日・25日は・・・  『私の誕生日』
 
      夫と二人で、『誕生日祝賀会』、二泊旅行です。

 大丈夫です。ご心配無用。
私は、『道をそれて…』、聖なる世界を選び取りました。
   でも・・・その後も俗的に生きていても、
         神に守られて、この年まで生きています!

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今年の聖金曜日は、昨年より20日も遅いです。待たれますね。 お元気で! 

コメント

年次総会とカテキズム・クラス・・・『夫婦の自立』 そして 『彼はそこをたち、父親のもとに行った。』

2019-03-23 19:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月23日。土曜日。 春めいていた気候が、一気に13度ほども下がり、冬に逆戻り。

    春到来を喜んだ・・・   『春の花々』
    
       『桃。かすみそう。そして チューリップ』
         寒さの再来に縮み込んだ。 私も・・・。

私たち夫婦の一日。
今日の午後。夫はスポーツクラブの今年度最後の『年次総会』 & 私は毎週土曜日の『カテキズム講座』。
  年を重ね…日常は、互いを尊重し、互いの好みに生きる午後…夫婦自立です。
     そして。
夕方6時。 夫婦共に、『夕食』 & 互いの『一日の分かち合い』。  
  年を重ね…食事は、互いを尊重し、自由に使える時間を融通して…夫婦一緒です。 


      今日も穏やかな一日の熟年夫婦でした。感謝!感謝!


そして。

今日は3月23日。 四旬節第二土曜日。

  今日は、有名な『放蕩息子の帰還』の『たとえ』です。

 

『今日の福音 神の御心

『イエスは次のたとえを話された。

        「ある人に息子が二人いた。
弟の方が父親に、、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。

それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、

     下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、

   そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。
  
何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。

    そこで、彼は我に返って言った。
 
『父のところでは、
あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。
    
ここをたち、父のところに行って言おう。

「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。
   
もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』

    
    そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。

       ところが、まだ遠く離れていたのに、
 
   父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

         父親は僕たちに言った。
  『急いでいちばん良い服を持って来て、
   この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。
 
    そ
れから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。
 この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」

            そして、祝宴を始めた。』
                  ルカ福音書 15章11-32節


     人は、待ってくれる人がいるから、その人の元に帰るのです。
   私たち・人類全員は、御父・神の元から離れて、『放蕩息子』なのです。
    帰りを待ってくれる御父・神がいるから、御父の元に帰るのです。

 

  今日のイエスの『たとえ』は、こういうことです。
息子は『人類・人間』。父親は『御父・神』。父の家は『神の国』。宴会は『天国』。です。

 

人祖アダムとイブは・・・
神が与えてくださった『自由』を使って、『神の家・エデンの園・天国』を飛び出し、地上に移り住みました。

ある人の息子は・・・
父親が与えた『財産』を持って、『大勢の雇い人のいる父親の家』を飛び出し、遠い国に旅立ちました。

 
  人は、成長したとき、故郷の幸せな生活を思い出し、『故郷』を思うようになるのです。
     人は、大人になって初めて、『父親の深い愛』を知るようになるのです。
私たち・人類全員は、『キリストの磔刑』によって、神が『人類の帰還』を待っておられるのを知りました。

  
     正に。 ふるさとは遠きにありて思ふもの ですね。

    

   アダムとイブも・・・ある人の息子も・・・人類全員が・・・
       我が身のわがままを改心して、
両手を広げて待っていてくれる『御父・神の愛』を信じて、『神の国』に帰還いたしましょう。

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
それぞれの仕事を終えて家に帰り、愛に包まれて一日を終える。素敵なことですよね。 お元気で!

コメント

聖書100週間・・・『霊的花束』 そして 隅の親石・・・『さあ、あれを殺そう。』

2019-03-22 14:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月22日。金曜日。 今週も金曜日は『聖書100週間』。

  最後は。
  コーヒーブレイク・・・ 『霊的花束』 と 『バチカン土産』
  

      今日の聖書通読範囲は、『レビ記6章~16章』。
         

  『旧約の捧げものの価値の大きさは、
  『人間の罪の大きさ』 と 『イエス様の贖罪としての犠牲の大きさ』 と重なり、
自分自身の罪の大きさを改めて自覚することができ…四旬節の回心の時期を過ごす私にふさわしい通読範囲でした。』
                                                                                    
今日の通読範囲の、私の『感想』の一部でした。お粗末様です


      頭を使った後は、

仲間のお一人の怪我の手術後の経過の良いことを願って、
      ”アベマリア・・・御子イエスキリストも祝福されています・・・”
     全員の祈りの連唱で、『霊的花束』を作りました。
       
 これで、”早いご回復が確実ね!”

更に。

仲間の一人の、『バチカン土産』
 お仲間は、娘さんと二人で、”母娘二人だけの旅は最高に楽しかったです!”、イタリア・バチカン中心に旅行されました。
    『CUCUA QUALITY EXTRA CHOCAVIAR Venchi 1878』
     
バチカンお土産のチョコ、”なんておいしく、高貴なお味なんでしょう!”


   今日も、お仲間と聖書を通読する喜びを、再確認しました。 感謝!感謝!


そして。

今日は3月22日。四旬節第二金曜日。

  『妬み心』は、いつの時代も、『殺人心』にまでも発展します。
                       
怖いですね。


まずは。
旧約時代。


『今日の第一朗読 ヨセフの兄たちの妬み

イスラエルは、ヨセフが年寄り子であったので、どの息子よりもかわいがり、彼には裾の長い晴れ着を作ってやった。
兄たちは、父がどの兄弟よりもヨセフをかわいがるのを見て、ヨセフを憎み、穏やかに話すこともできなかった。

      兄たちは、はるか遠くの方にヨセフの姿を認めると、
   まだ近づいて来ないうちに、ヨセフをしてしまおうとたくらみ、相談した。
  
  ヨセフがやって来ると、兄たちはヨセフが着ていた着物、裾の長い晴れ着をはぎ取り、
      彼を捕らえて、穴に投げ込んだ。その穴は空で水はなかった。

  ところが、その間にミディアン人の商人たちが通りかかって、ヨセフを穴から引き上げ、
銀二十枚でイシュマエル人に売ったので、彼らはヨセフをエジプトに連れて行ってしまった。』
                創世記 37章3-4&2-13a&17b-28節

 

     旧約時代。
ヨセフの兄たちは、父親の愛情がヨハネに注がれるのを妬み、ヨセフをそうとします。
      偶然から…
        兄から逃れたヨセフは、エジプトに連れていかれます。
  その後・・・
  『捨てられた石』のヨセフは・・・『イスラエル国建設の隅の親石となるのです。


更に。

もう一つ。
新約時代。


『今日の福音 イエスの御言葉

『そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに言われた。

  「一つのたとえを聞きなさい。
ある家の主人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して旅に出た。
   さて、

 収穫の時が近づいたとき、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところへ送った。
   だが、
農夫たちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。

  また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。

そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。

     農夫たちは、その息子を見て話し合った。
 『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』
 
  
そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。」

    祭司長たちやファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、
イエスが自分たちのことを言っておられると気づき、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。』
                   マタイ福音書 21章 33-43&45-46節

 

      新約時代。
  神は、『神のブドウ畑・イスラエル』に、『実り・信仰』が育つのを願い・・・
たくさん派遣した預言者たちが殺され、最後に、『独り子・イエス』を送り込みました。
   しかし。又。
 当時の指導者たちは、民の信頼がイエスに注がれるのを妬みイエスをします。

      その後…
 『捨てられた石』のイエスは・・・『神の国建設の隅の親石となるのです。

 

       今の時代。
『イエスの犠牲・贖罪』のお陰さまで・・・
    『罪の許し』を得、『神の国の一員』となるための『信仰』を得たのです。

 

  人間の『妬み心』は、いつの時代も、『殺人心』にまでも発展します。
     しかし、
    神は、いつの時代も、『人の弱さ』をご存じのお方なのです。
         
 いつも神を信頼していましょう。

  『神のはからいは限りなく、生涯、わたしはその中に生きる。』詩篇90章

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
1週間の早いこと!皆様のこの週末が穏やかで充実していますように。 お元気で!

コメント

”がんばってください!”・・・『ICHIRO引退』 そして 『今は、彼は慰められる。』

2019-03-21 19:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月21日。春分の日。

夜七時。
    
マリナーズⅩアスレチックスとの開幕2戦目。 

 2試合連続の先発出場・・・  イチロー外野手(45)』 
 

   私には、イチロー選手との忘れられない思い出があるのです。
   
その昔。10年ほど前。
アメリカから帰国中のイチロー選手 と イチロー・ファンの私。 
  両者ともにランニング練習中で、繁華街の交差点、すれ違いました。

すれ違い際・・・『がんばってください!』 、互いに声を掛け合いました。
     ”優しい人だな~!” 感動の思い出です。


 今日の・・・    『東京ドーム』
 

   満席です。 夫と私は『特別指定席』。 テレビ前での観戦。

  
    夫と二人で、『シアトル・マリーナ』のシアトルまで、

     イチローの追っかけをしたのは何年前でしたっけ?
 
        『シアトル土産』  
夫は『イチローのTシャツ』も買いました。


 東京ドーム・・・   『イチロー・コール』
 

     今日は、『9番・右翼』

 

    いつもの 『イチロー・フォーム』 です。
 

   7回戦あたりで・・・
  試合後に『イチロー・記者会見』があると、放送された。

  「いよいよがきたのかな?」 と夫と二人で・・・。

マリナーズのイチロー外野手。
アスレチックスとの開幕2戦目終了後。『現役引退』を表明されました。

         私の目から涙が流れた。

   「日本で9年、アメリカで19年目に突入したところでしたが、
    現役生活に終止符を打ち、引退することにしました。」

45歳での引退。
「最低50歳まで現役と本当に思っていた。
有言不実行の男になってしまったが、それを言っていたからこそここまでできたのかなと。」 

    
    「結果を残すために、自分なりに頑張ってきたと言えるので・・・。」

   
現役生活で今、思い出せるシーン。

「今日が一番真っ先に浮かぶことは間違いない。
それを除くとすれば、いろいろな記録に立ち向かってきたが、自分にとって目指してやってきたが、それは小さなことにすぎない。」


「去年の5月以降、ゲームに出られない状況になったが、それ以降もチームで練習してきた。
それがなかったら、今日という日を迎えられなかったと思う。誰にもできないことかもしれない。
それはささやかな自分の誇りになった。ほんの少しだけ誇りを持てたかもしれないです。」


    長年に渡って現役生活を支えた弓子夫人に対し
      「感謝の思いしかない」と、
    家族の支えに最大限の感謝を表したイチロー選手。


  オリックス時代には球場に出向き、シアトルに出向き、アメリカ戦を応援し、
      ラン中に出会い・・・
   『イチローと私との共有の楽しい時間』が終わった。 感謝!感謝!

 

そして。

今日は3月21日。四旬節第二木曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉

『イエスはファリサイ派の人々に言われた。

 「ある金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、
 

   その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。

やがて、
この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。
 

金持ちも死んで葬られた。
金持ちは
陰府でさいなまれながら目を上げると、

    宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。

アブラハムは言った。
『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。
    今は、ここでラザロは慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。
そればかりか、
    わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、

ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』
                  ルカ福音書 16章19-31節


この世で生活しているとき・・・
お金持ちは、贅沢な生活を送っていて、門前に貧しい人がいることに気づきませんでした。
        自分のことしか考えていませんでした。 
貧しいラザロは、金持ちの食卓から残った物でも、何でも食べたいと思いました。   
      誰からも援助を受けられない苦しみの中にいました。
          神様だけが慰めでした。


死んでからは・・・
お金持ちは、自分のこの世での報いを受け、陰府でもだえ苦しむ生活になりました。
      そこは、神様の憐れみのない、慰めのない世界です。
 
貧しいラザロは、死によって苦しみから解放されて、神の宴会に連なりました。
       そこは、神様の憐れみと慰めに包まれる世界です。


    この世は、見渡せば・・・
お人の助けを求める人たちがいっぱいいます。神様に助けを求める人たちがいっぱいいます。

    私たちは、この世で、周りの人たちと共に・・・
出来ることは小さくても、神様の愛を配って、互いに配慮しあって、生きていきたいものです。



皆様!
御報恩に感謝申し上げます。
イチローさんは、御自分の実力で、日本人の素晴らしさを世界に示してくださいました。
  私たちも、何かの得意分野で、お人の役位たちたいものですね。 お元気で!      

コメント

25年ぶりの再会・・・『生きるとは愛を知る営み』 そして 『皆に仕える者になりなさい。』

2019-03-20 10:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月20日。水曜日。

  我が家の和室にかかる・・・ 『生きるとは愛を知る営み』
  
        登明修道士自作の『言葉と絵』です。

 一日に何回眺めることでしょう。
 約25年程前に、夫と『聖コルベ記念館』を訪問した際に一目ぼれ、手に入れました。
   そのとき、
 登明修道士様直々に、記念館や園や学校や色々を案内していただき、お話も沢山しました。

 今日。
 約25年ぶりくらいでしょうか? 登明修道士に再会しました。 
 夫と”懐かしいね”と、話が弾みました。
 再会出来たのは、登明修道士様の『ブログ』に、偶然にヒットしたのです。

 小崎登明修道士様の、お声、お姿、物腰、お話し、等々、思い出されました。
   毎日『色紙』でお会いし、心に深く残っている登明修道士様です。

      又お目にかかりにお訪ねしましょうかしら?
  お人の心に残る人になりたいものですね。とも考えた今日でした。



そして。

今日は3月20日。四旬節第二水曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスはエルサレムへ上って行く途中、
ゼベダイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来て、ひれ伏し、何かを願おうとした。

イエスが、「何が望みか」と言われると、彼女は言った。
「王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃってください。」

イエスはお答えになった。
  「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、
 
    『弟子たちの足を洗うイエス』

 『あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと模範を示したのである。』
                           ヨハネ福音書 13章14&15節


   いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。 
    人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、

 また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」』
            マタイ福音書 20章17-28節


    『先生』とか『主』とか弟子たちが呼ぶ『偉い人・イエス』が、
      『偉い人』、『上になる人』の模範を示されました。 

       偉い人、人の上に立つ人は、
     皆に仕え、皆の僕になる人なのです。
   人の身代わりとなって、自分の命を差し出す人なのです。


 登明修道士様とお目にかかった『無原罪の聖母の園』と『コルベ記念館』は、
   正に、
アウシュヴィッツ強制収容所で、
死刑を宣告された家族を持つ1人の父親の身代わりを進んで引き受け自分の命を差し出した『偉い方』、
     『コルベ神父』が創立した修道院で、
    
       『コルベ神父』の記念館でした。  

登明修道士様は、コルベ神父を『模範』とし、信仰深く、偉い人になっていかれたのでしょう。
    私たちも、コルベ神父様や登明修道士様や 勿論 イエス様の模範に倣って、
      人に仕える『偉い人』を目指したいものですね。 
     


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
お人との再会は、思わぬ所で思いがけない時に、あるものですね。嬉しいですね。 お元気で!       

コメント