マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

インフルエンザワクチン接種 そして 『神の国は、からし種が成長して大きな木になるのに似ている。』

2020-10-27 10:00:00 | 日々のこと。 世界のこと。
10月27日。火曜日。曇り。

インフルエンザとコロナ禍
のダブルパンチの今年の冬。
インフルエンザワクチン接種
を勧められます。


       赤く色づいてきた・・・     『庭の木々』

                                美しい紅葉の始まりです

        美しいぶどうの葉ですが・・・今年は実が全くなりませんでした。
        虫も付いていなかったし 何が原因か? 肥料不足だったか?
             予測しなかったことが起こるものです。


    ワクチンとは、ウイルスや細菌等、病原菌を処理して作った薬剤のことですよね。
    ワクチン接種は、免疫の働きによって、体に侵入した病原菌の増殖を抑えます。
    免疫力ができ、体に侵入した病原菌の増殖を抑えるよう働くのです。

      理屈は分かりますが・・・
      接種したその時点で、胎内の免疫力が下がっていたら、どうなるのでしょう?
        ワクチン接種でインフルエンザへの免疫力ができるどころか
           インフルエンザにかかちゃうのでは?
         予想しなかったことが起こるかもしれませんよね。


    日頃から、自分の体の『免疫力』のup and downについて、とても気を遣う私は
       今まで、インフルエンザワクチン接種をしたことはありません。
       

    今日は、自分の信念に反して、でもコロナ禍対策のために、新体験の日でした。
        インフルエンザワクチン接種をしてきました。  
    緊張する私に、 ”大丈夫ですよ!”と笑いながら、 対応くださる主治医でした。
                               感謝!感謝! 


そして。

今日は10月27日。年間第三十火曜日。

『今日の入祭唱』

  『新しい歌を主に向かって歌え。 全地よ、主に向かって歌え。
 国々に主の栄光を語り伝えよ。 諸国の民にその驚くべき御業を。』

         詩編 96章1&3節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、  イエスは言われた。

       神の国は何に似ているか。  何にたとえようか。

         それは、からし種に似ている。
 
             『からし種の花』

    人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、
 
           『からし種の木』
 
         その枝には空の鳥が巣を作る。」』
            ルカ福音書 13章8-21節

今日も・・・

      イエス様は、 『たとえ』 を用いて、人々に話されました。
           『神の国は「からし種」に似ています。』 と。

       では、 たとえの『からし種』 とは何なんでしょう。 
  それは、『神の御言葉』と『神の働き』 であり、 『信仰』 ではないでしょうか? 


私はこんな風に考えました。

           『からし種』は、とても小さな種ですが、
 
      生長すると大きな木になり、鳥が巣を作るほどになります。
   それは、種を見ただけでは想像すらできないほど不思議なことです。
        『神の国』はそのようなものだということですね。    

まず始まりは・・・

  イエス様は、 沢山の『神の言葉』を話し、 沢山の『神の働き』をなさいました。

次に・・・
     
イエスの言動を見聞きする多くの人たちは、イエスを信じ、『信仰』が生まれたのです。

     小さく見える『イエス様の話と行い』は、 大きく広がりました。
        イエス様を知って、 イエス様を信じて、
          『信仰』が生まれ、
      人々は、一つに集まり、『共同体』を作ったのです。
  

     『共同体』を作った、イエスの弟子たちや信徒たちは、
           自分たちの『信仰』を人々に伝え
      更に、多くの『教会:神の国』へと発展していったのです。

多くの『教会:神の国』は、 『信仰』が深まり、霊的にも深くなっていきました。
         そして。
       大きくなった『からし種の木の枝』に空の鳥が巣を作るように、
       世界中の人々が、『神の国』に集い、そこで落ち着き、
        『平和』を味わうことができるようになったのです。
   


たとえば。
私の経験です。
私に洗礼を授けてくださった神父様は、
74歳の時に『からし種』
カンボジアの孤児たちや地雷で片足を失った方々の
住まわれる地に『播いた』のです。
すると・・・
日本国内の方たちや現地の司祭様たちの協力の『輪』が広がり、
『からし種』はどんどん大きくっていきました。
94歳になった今までの20年間の間に、
神父様が播いた『小さなからし種』は、
多くの『学校』『職業訓練施設』や外国に輸出までする『洋服製作所』
等々の・・・『大きなからし種の木』に育ったのです。
小さな一粒の『からし種』は、沢山の『神の国』をカンボジアに建設したのです。
カンボジアの皆様にとっての『平和』に満ちた『神の国』は、今も益々大きく育っているのです。


       『神の国』は初めは小さくても、 必ず拡大します。
          人間の力では不可能のように思えても、
      『御言葉』は必ず成就し、『神の国』は実現してゆくのです。


私たちも、
私たちが蒔く種は小さい小さい種です。
育つだろうか? 大きくなるだろうか? と心配しますよね。
しばらくは、育っていくのが見えなくても、
「思ったより大きくなるものですよ」と教えてくださるイエス様です。
神は、人間の失敗や弱さを通しても、『神の国』を発展させるお方です。
神のお働きに希望をかけて、今日も『からし種』を播いてまいりましょう。


『今日の祈願』

      『すべてを治められる神よ、
    み旨に従って生きる人に、あなたは神の国の喜びを備えてくださいます。
あなたからいただくすべてのものが、救いのみわざの完成に役立つものとなりますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
美しい『紅葉の秋』の始まりです。
遠出は難しいご時世ですが、近所の散歩で『紅葉の始まり』を
楽しみましょう。  お元気で!
コメント

『一歩一歩 自分の足で登った』・・・『標高6143mのパルチャモのピークに挑む』 そして 『安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。』

2020-10-26 15:00:00 | 登山・ハイキング
10月26日。月曜日。晴れ。

人間の能力は
神にも似て、無限であろうか!?
人間の能力の限界への挑戦です。


           『6187mのパルチャモ  登頂成功』

         ヒマラヤを東西に貫く世界で最も過酷なトレイル

            世界最高峰エベレストを巡り絶景:
    『標高8586mの主峰など5座が連なる「カンチェンジュンガ山群」の巨大な姿』
        を『一枚画』に捉える二人の山岳カメラマンの
          酸素ボンベなし、 30キロ以上の荷物を担いで、 のトレイルです。
                人間の能力の限界への挑戦です。 


その道中は・・・

     『いや でも二人の力を合わせれば・・・』
 
濃霧と強風のために予定変更。 これまでに人類が登頂したことのない未踏峰のルートを進む。

      その危険と、 その恐ろしさに、 尻込みをする。 もうやめたい。
        『いや でも二人の力を合わせれば・・・
            信頼する相棒がいるから進むことにしよう・・・』



今日NHKドキュメントでその様子を見ている私まで・・・思わず尻込みをします。怖くなります。
        ず~と、 ”がんばって~~!”  と声をかけ続けました。
     それでも、私は思うのです。 ”私も登ってみたい!” 
        大胆にもそう思うのは、
  そのトレイルの持つ山々の魅力でしょうか? 未知の世界への挑戦の憧れでしょうか?


ちなみに私の経験した最高峰は
 『標高4139メートル』
ハワイ島マウナケア山頂に設置されている
 『天文台 ハワイ観測所』 地点。
勿論登山ではなく特殊自動車に乗っての登頂でした。
5人仲間の2人が高所病にかかりました。

   2人のパーティーは進みます・・

          雪に隠れた 『氷の切れ目』に ズボッ! 
             落ちそうになります。落ちれば命取りです。 
           

 生命の危険と向き合いながら・・・
 それでも

           『一歩一歩 自分の足で登って・・・』

  登頂成功!  『カンチェンジュンガ ”五大宝峰”』の『一枚画』 写真撮影成功!
    勿論のことですが、すべての映像は、二人が、担いで登った映写機で、登山途中で撮った写真です


      今日は、 
        『人間の能力の素晴しさ』 に感動しました。
    『命と駆け引きの場』での 『人のつながりの素晴しさ』 に感動しました。

       お二人の英雄の姿から、 明日への『勇気』を頂きました。 感謝!感謝!



そして。

今日は10月26日。年間第三十月曜日。

『今日の入祭唱』


  『主はわたしの支えとなり、 わたしを広い所に導き出し、
      助けとなり、 喜び迎えてくださる。』

         詩編 18章19&20節 

 

『今日の福音 イエスの御言葉』

      『安息日に、イエスは  ある会堂で教えておられた。

   そこに、
        十八年間も病の霊に取りつかれている女がいた。
     腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。


イエスはその女を見て呼び寄せ、
     「婦人よ、病気は治った」 と言って、 その上に手を置かれた。

      女は、 たちどころに腰がまっすぐになり、 神を賛美した。

     ところが会堂長は、

    イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て、 群衆に言った。

        「働くべき日は六日ある。
     その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」

しかし、
   主は彼に答えて言われた。
      「偽善者たちよ、 あなたたちはだれでも、
   安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。

    この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。
 安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」


こう言われると、
         反対者は皆恥じ入ったが、
    群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。』

           ルカ福音書 13章10-17節


まずは
調べてみました。


          『安息日』 とは何を意味するのか?

旧約時代には・・・

     神は『安息日』を、破ることができない『契約のしるし』として守るために
          イスラエルに委託されたのです。



『モーセの律法=十戒』
    『第三の掟』

 『安息日を心に留め、これを聖別せよ。
六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、
七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、
  いかなる仕事をしてはならない。』
    出エジプト記 20章7&8節 


     『安息日』は、 主のためのもので、 
    神への賛美のため、
    その創造の御業とイスラエルのために行われた救いの御業への賛美のために、
         聖なるものとして残しておくべき日なのです。


     神のなさり方は、 人間のやり方の『模範』となります。
   神が、七日目に『御業をやめて憩われた』 出エジプト記31・17 のであれば、
   人間も、仕事を『やめ』、 他の人々、特に貧しい人々が『元気を回復する』ための機会を
           与えなければなりません。
   『安息日』は、 仕事の奴隷になること や 金に仕えることなどとは
           相いれない日なのです。


新訳時代には・・・

    イエスが『安息日の掟』を破って非難された出来事を、 福音書はたびたび記します。

    しかし、 イエスは、決して、 『安息日』の『神聖さ』、 を損なってはおりません。
    そして、 イエスは、 『安息日』の『真正な解釈』、 を権威をもってなさいます。

     『安息日は、人のために定められた。 人が安息日のためにあるのではない。』
                    マルコ福音書 2章27節

      イエス様は、あわれみの心をもって、
    安息日は、 悪を行うよりは善を行う日、 殺すよりは救う日、
                   であることを正当化しておられるのです。

  
  『安息日』は、 『主のあわれみの日』であり、 『神を敬うための日』 なのです。
           『人の子は安息日の主でもある』 
              マルコ福音書2章28節

                以上。『カトリック教会のカテキズム』より


ここで。
今日の福音に戻りまして・・・


     当時は、ユダヤ人たちは、
    『安息日』には、会堂に集まって、聖書の言葉を聞き、祈りをしました。

     その日は、会堂で、
     イエス様は、
     『聖書の言葉』をえて、 そこの場にいた『病人』をされたのです。
     すると、会堂長は、
     イエスの『行動』を見て、 腹を立て、
       イエス様に向かってではなく、その場の会衆に向かって、
     『安息日ではない六日間の間に、癒してもらいなさい。』 と警告したのです。


      イエス様は、 会堂長の考えは『偽善』である、 と言われました。
      安息日でも、喉が渇いている動物に水を与えるではありませんか。
        ましてや。
      安息日でも、癒やしを望む病人を救うべきではありませんか。 と。

          本当の『善』とは、
     自分の考えを通すことではなく、お人の救いのために働くことです。 
           『神の救いの業』 なのです。

私たちも、
神の考え方と救い方は、人間の考えの及ぶものではないことを知って、
謙虚な心で、『安息日』を大切にしたいものですね。


『今日の祈願』

  『聖なる父よ、
あなたはキリストによってわたしたちをあがない、神の子としてくださいました。
     あなたの愛を受けた民を顧み、 御子を信じる人々に、
       真の自由と永遠の喜びをお与えください。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
『挑戦の秋』ですね。 挑戦は希望です。生きる糧です。
今年も何か一つ、小さなことでも、挑戦したいものですね。 お元気で!
コメント

『No More ヒバクシャ』・・・『核兵器禁止条約』 そして 『愛神愛隣』・・・『あなたの神である主を愛しなさい。隣人を自分のように愛しなさい。』

2020-10-25 17:00:00 | 日々のこと。 世界のこと。
10月25日。日曜日。快晴。

今日は記念すべき日。
世界平和への第一歩の日。


  原爆投下後

           「亡き弟を背負った  『焼け跡にたつ少年』
    
        米占領軍カメラマン・米国の写真家ジョー・オダネル氏の『証言』
 
     原爆投下後の広島・長崎に入り、被爆した市内の様子を撮影しました。
    火葬場にいた2人の男が背中の弟を下ろし、そっと火の中に置いた。 と証言。


そして昨日。10月24日。

           『核兵器禁止条約』  批准国・地域が50に達成

                『国連安全保障理事会』

10月24日。 史上初めて核兵器を全面禁止する『核兵器禁止条約』を批准した国・地域が
                中米ホンジュラスが批准し
               発効に必要な50に達しました。
90日後の
来年1月22日。
    『核兵器禁止条約』・・・来年1月発効  国際規範で核軍縮迫る。


今日この『ニュース』を聞いたとき
私の脳裏に
歓喜の『聖歌』が鳴り響きました。

     『今日こそ神が造られた日  喜び歌え この日を共に
       恵み深い神に 感謝せよ そのあわれみは 永遠』



国連のグテレス事務総長は声明で強調しました。
   「発効は多くの被爆者や核実験の被害者に敬意を示すものだ。」
  更に。
      「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道的被害について、
      注意を喚起しようとする世界的な運動の集大成でもある」
  
                       と歓迎しました。

条約の批准を各国に働きかけてきた国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)
                     ↑2017年ノーベル平和賞受賞NGO
フィン事務局長
は指摘しました。
  「発効すれば(核軍縮を進めるべきだという)強い国際規範が生まれる」 
  更に。
     「条約の枠外にいる核保有国にも核軍縮を迫る圧力になる」 
                     と強調しました。

 今後は
   
批准国を増やし、 『核なき世界』を求める『国際世論』 をどこまで強められるかが焦点になる。

      米露などの核保有国 や 米国の「核の傘」に依存する日本など
        参加しておらず、 実効性の確保が課題になるが、
核兵器を『非人道兵器』とする国際規範が誕生することで核軍縮を迫る圧力になることが期待される。
                 以上。 ネットニュースより


            『今日こそ神が造られた日』
 

      日本に生まれた日本人であり そして 世界の中で世界人である私。
    『No More ヒバクシャ No More 核兵器』 運動のために私は何ができるのか?
       考え続けなければならない。 と考えた一日でした。 感謝!感謝!


そして。

今日は10月25日。年間第二十三主日。

『今日の入祭唱』

    『主を求める人よ、 聖なる御名を誇りとせよ。
 心に喜びを抱き、 主の御力を尋ね求め、 常に御顔を求めよ。』

        詩編 105章3&4節


『今日の第一朗読 神の御言葉』

       『主は言われる。
 寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。
     あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。

 寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。

もし、あなたが彼を苦しめ、彼がわたしに向かって叫ぶ場合は、わたしは必ずその叫びを聞く。
     そして、わたしの怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。
      あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは、孤児となる。

もし、あなたがわたしの民、あなたと共にいる貧しい者に金を貸す場合は、
    彼に対して高利貸しのようになってはならない。彼から利子を取ってはならない。


もし、隣人の上着を質にとる場合には、日没までに返さねばならない。
    なぜなら、それは彼の唯一の衣服、肌を覆う着物だからである。
      彼は何にくるまって寝ることができるだろうか。

   もし、彼がわたしに向かって叫ぶならば、わたしは聞く。
         わたしは憐れみ深いからである。』
 
           出エジプト記 22章20-26節


 旧約時代
 人々から除外される人。いじめられる人。寂しい生活の人。貧しい人。等々。沢山いました。
     イスラエル人は、エジプトで奴隷生活を送っていました。

イスラエル人は、エジプトから脱出後に、自分たちの経験から『律法』を決めたのです。
      『神を大切にすること』 同時に 『人をも大切にすること』
           『愛神愛隣』


『今日の福音書 イエスの御言葉』

   『そのとき、ファリサイ派の人々は、
 イエスがサドカイ派の人々を言い込められたと聞いて、一緒に集まった。
  そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。

     「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」
イエスは言われた。
「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
         これが最も重要な第一の掟である。
       第二も、これと同じように重要である。
       『隣人を自分のように愛しなさい。』

     律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」』
         マタイ福音書 22章34-40節

新約時代
   すでに、旧約時代から受け継いだ、 沢山の『掟』 がありました。
しかし、『掟』を守ることが中心となり、 『愛の実践』が忘れられがちでした。

   そんな時。
  イエス様は、 「愛の掟」 こそがすべての中心である』  とおっしゃったのです。
    『神を愛することは人を愛すること』 であり 『一つの掟』 である。
           『両者』は、 切り離すことはできない。


       『隣人を自分のように愛しなさい。』
   『新しい掟』『愛の掟』 をイエスは定められたのです。


私たちも、
私たち一人ひとりが、神から愛されていること。
私たち一人ひとり・すべての人が、価値ある存在であること。
また、すべての人において神を見いだすこと。
   を忘れずに、
すべての人と愛し合って日々を過ごしたいものですね。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
空気が乾燥して、換気がしにくくなる冬こそ、コロナ禍の正念場です。
心して毎日をご自愛下さい。 お元気で!
コメント

GO TO トラベル・・・『淡路島一周バイク・ライド』 そして 『言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、 皆同じように滅びる。』 

2020-10-24 10:00:00 | 息子と息子家族
10月24日。土曜日。快晴。

『Go To トラベル』
息子夫婦とその友人夫婦が
自分たちの住む東京から
私の住む神戸に来るという。

  目的は・・・
  『Go To トラベル』

             『淡路島一周バイク・ライド』 

淡路島1周は、 絶景の海岸線を走り、 山岳エリアの激坂をヒルクライムして、 走る距離は150km

           超アスリートの息子夫婦とその友人夫婦

コロナ禍のため、国内も国外も、トライアスロンもマラソンも、参加予定の『大会』が中止続きの今年です。
        日頃の練習成果を試すためにも、実力維持するためにも、
             『自主大会』 を開くしかない。
        今回は、『淡路島一周バイク・ライド』 を企画したようです。
      「お母さんは足手まといになるので今回の参加はなしだよ」 と前もって釘を打たれました。
      後半部分で待ち受けて・・・一部参加も勿論なしです!! 実力が雲泥の差、比べものになりません。



     最近のウイズコロナ生活事情・・・
     子どもたち家族と、『オンライン会話』 が日常となりました。
     そして、息子夫婦との『対面直接会話』は、 約10ヶ月ぶりほどになります。
 
  
もう一つの目的は・・・
 『Go To イート』

            『料亭旅館』
 
           『明石鯛づくし』 

      我が家から近いゆえに、 今までに『泊まり』はなかった料亭旅館です。
       『Go To トラベル』のお陰で、 今回は『お泊まり』付きだそうです。

        
         淡路島一周で疲れ切った後の食事後に、
     その同じ所で泊まれることは、体にどれだけ楽なことでしょう♡♡
 

  コロナ禍で落ち込んだ旅館業や交通機関への『応援策』としての政府の
      『Go To トラベル』&『Go To イート』 
       なるほどね。 こういうものなのですね。


         現実世界情勢は      
    ブラジルではワクチンの臨床試験をしていた参加者に死者が出た。
    イタリア北部のミラノでも、22日から夜間外出禁止になった。
    世界の感染者数は4千万人を超え、死者は112万人に増えた。
    COVID-19はまだ当分居座り続けるだろう。 とのことです。


    
     今日は、『Go To トラベル』&『Go To イート』が 
       政府の考える『経済政策』なのかと思いつつ・・・
  日本全国の「経済政策」を利用する若者たちの健康を祈リながら
       息子家族との再会を喜び待つ熟年者の母です。                  


そして。

今日は10月24日。年間第二十九土曜日。

『今日の入祭唱』

  『わたしたちの神は来られる。
神は御自分の民を裁くために、上から天に呼びかけ、又、地に呼びかけられる。』

         詩編 50章3&4節


『今日の福音 イエスの御言葉』

      『ちょうどそのとき、  何人かの人が来て、

          ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたこと
                をイエスに告げた。

イエスはお答えになった。
     「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、
    ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。
         決してそうではない。
  言っておくが、
     あなたがたも悔い改めなければ、 皆同じように滅びる。

   また、
      シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、
エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、 罪深い者だったと思うのか。
         決してそうではない。
  言っておくが、
     あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」


そして、
イエスは次のたとえを話された。
     「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、
        実を探しに来たが見つからなかった。
 そこで、園丁に言った。
    『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、
       見つけたためしがない。 だから切り倒せ。
        なぜ、土地をふさがせておくのか。』

園丁は答えた。
      『御主人様、今年もこのままにしておいてください。
        木の周りを掘って、肥やしをやってみます。
       そうすれば、 来年は実がなるかもしれません。
      もしそれでもだめなら、 切り倒してください。』」
          ルカ福音書 13章1-9節


今日は、まず。  イエス様の話す『たとえ』について考えました。

   ある御主人が、
       ぶどう園の中に、イチジクの木を植えました。
       3年間続けて、収穫時に『実』を探しにきても、実を付けていないのです。
       3年目の時、薗を世話する園丁に言いつけます。
   「実を付けないなら切り倒せ。 土地をふさがせておくのはもったいない。」 と。

       園丁は御主人様に申し上げました。
「御主人様、今年もこのままにしておいてください。手入れをしますので来年には実がなるでしょう。
     それでも駄目なら、切り倒してください。」 と。


   園丁は、毎日、イチジクを世話することで・・・イチジクが大好きになったのでしょう。
    切られるのは忍びない・・・もう一年間、十分な手入れをしようと考えたのです。

     同様に。

  イエス様も
  宣教を初めて以来、3年間、人々のための御自身の『十字架上の死』を迎える時まで、
      人々に話をし、病人を癒し、世話をなさいました。
       しかし、人々は、改心はしませんでした。
   それでも。
イエス様は、毎日、人々を世話をすることで・・・改心をしなくても、人々を大好きになったのでしょう。
     園丁同様に、人々の「改心」を諦めることはありませんでした。
        

  イエス様の『たとえ話』 は 『イエス様の忍耐深さ』 を意味しているのでしょう。


ローマ総督ピラトは、
  ガリラヤからの巡礼者が、エルサレムに上ってきて、神殿で捧げ物をしているときに、
                      彼らを虐殺してしまいました。

この事件をイエスに知らせに来た人は、
 「なぜ彼らは殺されたのだろう?
 殺されたガリラヤの人々は、他のガリラヤの人たちより罪深かったからだろうか?」 
                           と、考えました。
  すると。
イエスは、知らせに来た人の考えを見抜いて、言いました。
  『彼らが罪深いから、殺されたのではない。
    あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。』
 と。

    
 神様は、人の弱さのために罰するような方ではなく、人の幸せを望んでおられる方です。
 イエス様は、 世の中で事件があった時は、
   その原因を詮索するよりも、 『自分の改心のきっかけ』 にしなさい。
     『改心』ができない人は、 神の救いはなく、 滅びるのです。
              と、忠告なさるのです。


私たちも、
『もう一回、皆の改心を待ちましょう!』 と忍耐してくださるイエス様に、
     応えることができますようになりたいですね。



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今年の『旅行の秋』は、例年に比べて事情がさまざまに変わりますね。
御安全にお楽しみください。 お元気で!
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心の中の『心象風景』・・・『FRENCH  CONNECTION』 そして 『空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。』

2020-10-23 21:00:00 | 大河ドラマ。テレビ。ラジオ。新聞。映画。
10月23日。金曜日。晴れ。

心の中の『心象風景』
心の中にしまってある忘れられない「風景」。
それと重なる「風景」に
偶然に出会うことがあるものです。


          『FRENCH  CONNECTION』

         『イギリスのファッション・ブランド』

          数年前、ロンドンの町を歩いていた時、
           偶然に
          町中を外れた道の角で見つけた『店』です。


    その『ブランド名』は、 
    私の『心象風景』となって心に残っている『映画』と『同名』でした。
    『名前』が目にとまり、 大いに感動して店に入り、 試着し続けて、
        意地で『ブラウス』を一枚買ったのでした。
       イギリスらしいシンプルな紺色の半袖はMyお気に入りです


忘れられない『映画』があるものです。
私は好きな『映画』は
その映画の中の
ある『場面』と同時に『言葉・セリフ』
『二本立』で心の中に残っています。


          『FRENCH  CONNECTION』
 
    素朴で不器用な刑事を演じるジーン・ハックマン 
          彼の『場面』と『セリフ』が、私の心に残っています。
              彼の持つイングランド系の雰囲気も良い


        原作はロビン・ムーアによる同名の、『ノンフィクション映画』
        第44回アカデミー賞で、 ハックマンの主演男優賞をはじめ、
       作品賞、 監督賞、 主演男優賞、 脚色賞、編集賞の5部門を受賞、
   英国アカデミー賞 では5部門、ゴールデングローブ賞では4部門を受賞した映画です。
        
      この数日で、 その一部と二部がテレビで再放送され、 観ました。
       私の心の中の 『心象風景』 は 意味のある『記憶』 である。
          そのことが再確認できました。 感謝!感謝!


      英国ファッションブランド と アメリカとフランスを結ぶ麻薬密売組織
          同名の『FRENCH  CONNECTION』です。
        この『名前』のシンプルでクールな響きが好きです。
        余計なものをはぎ取った『大人の自信』を感じます。


     
   人の成長に大きく影響するものは、 両親であり、 人生で出会う多くの人々です。
      同様に、
映画の中の人物が人生の『模範』となり、人を一回り大きく成長させることがあるものですよね。


    今日も、 『神様の計らい』、不思議な嬉しい『ご縁』、 を思い出して、
         明日への勇気を頂きました。 感謝!感謝!



そして。

今日は10月23日。年間第二十九金曜日。

『今日の入祭唱』

   『神に感謝をささげ、 御名をたたえよ。
 神は恵み深く、慈しみはとこしえに、その真実は代々に及ぶ。』

          詩編 100章4&5節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、  イエスは 群衆に言われた。
 
 
       「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、
           『にわか雨になる』 と言う。

            実際そのとおりになる。

       また、南風が吹いているのを見ると、
           『暑くなる』と言う。

            事実そうなる。

  偽善者よ、 このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、
   どうして今の時を見分けることを知らないのか。

 あなたがたは、何が正しいかを、どうして自分で判断しないのか。

     あなたを訴える人と一緒に役人のところに行くときには、
       途中でその人と仲直りするように努めなさい。
    さもないと、
       その人はあなたを裁判官のもとに連れて行き、
       裁判官は看守に引き渡し、看守は牢に投げ込む。

言っておくが、最後の一レプトンを返すまで、決してそこから出ることはできない。」』
       ルカ福音書 12章54-59節


  人は、色々の『しるし』を見て、 これから起こることを判断したりします。

雲が西に出るのを見るとすぐに・・・『にわか雨になる』  と判断します。
   南風が吹いているのを見ると・・・『暑くなる』 と判断します。
          ”そのとおりです!” とイエス様はおっしゃるのです。


と同時に。
イエス様はおっしゃるのです。


 空や地の模様を見分けることは知っているのに、
           どうして今の時を見分けることを知らないのですか。
 あなたがたは何が正しいかを、どうして自分で判断しないのですか。 と。


   『イエスの言葉と業』 が 『時のしるし』 なのです


  『イエスの言葉と業』 が、
   『神の働きかけ』を、人々が見分けるための『しるし』 となるのです。
   イエスに無関心ではいられず、 『改心』の『きっかけ』 となるのです。

今の時代も。

 聖書の中での『イエスの言葉と業』が、『人類の救い』の『しるし』 なのです。
 人々の『優しい言動』から『神の姿』を認め、 『神の愛』の『しるし』 となるのです。


私たちも、
この世での色々の出来事の中に、
『神が共にいてくださること』等・・・『神の働き』を見分ける『しるし』
     を見い出すことができるといいですね。


『今日の祈願』

   『全能の神よ、主の過越を記念するたびに、
 救いの業がわたしたちの中に力強く実現していきますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
芸術の秋です。 皆様は映画がお好きですか?
素敵な映画との出会いで、人生を深め、芸術の秋を深めたいですね。 お元気で!
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DIY・・・『ヘヤーカット』 そして 『わたしが来たのは、地上に火を投ずるため、又 分裂をもたらすためである。』

2020-10-22 14:00:00 | 私のこと
10月22日。木曜日。曇りのち小雨。

外出自粛の日々。

   DIY。
          『フレンチ・ボブスタイル』 
    
                          こちらは勿論の『フランス人主婦』です

      STAY HOMEが推奨されて、2月以来9ヶ月が過ぎようとしています。
           ウイズ・コロナ生活にも慣れてきました。
          下手の横好きのDIYが活躍する日々です。

      
       STAY HOMEは、 髪は伸び、体重も増える、 増増の日々です。
           それでも髪の伸びにはストップをかけやすい。
      人様には ”うらやましい!” と言って頂ける程、毛量が多い私です。
      そんな私がDIYで施す『ヘヤースタイル』 は 『ボブスタイル』です。 
  至極簡単『スタイル』で、見えない部分を短く切って、見える部分を切りそろえるだけです。
          DIY手腕でまかない可能な『Myヘヤースタイル』です。

 
           コロナ禍に立ち向かう日々。     
   厳しい生活の中でも、 DIYで、 心身共に美しくありたいものですね。


 それにつけても、長年のかかりつけ『My美容院』はいかがお過ごしだろうか?
       『個人営業店』の応援が必要な、コロナ禍時期です。
          皆様に『エール』を送ります。


そして。

今日は10月22日。年間第二十九木曜日。

『今日の入祭唱』

   『わたしは主を愛する。
 主は嘆き祈る声を聞き、わたしに耳を傾けてくださる。
    生涯、わたしは主を呼ぼう。』

      詩編 116章1&2節


『今日の福音 イエスの御言葉』

      『そのとき、イエスは 弟子たちに言われた。

  「わたしが来たのは、地上にを投ずるためである。
   そのが既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。


     しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。

       それが終わるまで、 わたしはどんなに苦しむことだろう。

  あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。
     そうではない。
    言っておくが、むしろ分裂だ。


     今から後、 一つの家に五人いるならば、
  三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。
   父は子と、子は父と、 母は娘と、娘は母と、
    しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、
       対立して分かれる。」』
        ルカ福音書 12章49-53節


今日の『イエス様のお話』は、とても難しいです。
『分裂』をもたらすとか、
家族が『対立』するとか、
イエス様の『お言葉』とは、考えにくいですよね。


イエス様が地上に投じる 『火』は、『愛の火である聖霊』 のことではないでしょうか。

   神は、イエス様の『火』によって、 地上のすべての人を『信仰』に導きたいのです。
   イエス様は、地上に、その『火』が既に燃えていたらと、願っていたのです。


 イエス様は、地上に、『火』を投じるためにいらしたのですが、
       実際には。
      色々の所で、考えの違いが生まれて、『分裂』 が生まれたのです。


 ある家庭では、
   キリストの弟子になった者もいましたが、 そうでない者もいました。
  その結果・・・父は子と、母は娘と、しゅうとめは嫁との間に、『分裂』が生まれたのです。
 現代社会でも、
   キリストを信じる者が多い国があれば、 信じる人の少ない国もあります。
     その結果・・・互いの国が、敵対する危険もあります。

    
  何よりも、
  イエス様ご自身が、 
     『わたしには受けねばならない 『洗礼=十字架の受難』 がある。 
     それが終わるまで、 わたしはどんなに苦しむことだろう。』
 と。
  又。
  人々も、
     『イエスの火』 の呼びかけに応えた結果、
   信仰を選んだことに賛成しない家族や友人と 『分裂』 が生まれるかもしれません。
     その結果、『辛い事』 が起こるかもしれません。
 
    ・・・と、 『分裂』の結果の『苦しみ』 をイエス様はおっしゃるのです。


     イエス様は、それでも、決して諦めずに、今も、これからも、
        地上に、『火』を投じ続けていらっしゃるのです。


私たちも、
『火=愛の聖霊』に、導きと力を頂きながら・・・
『分裂』をなくするために、違う考えの人たちを受け入れてまいりましょう。
        イエス様の期待に応えて・・・
   私たちの心の中に、『火』 を燃やし続けてまいりましょう。


『今日の祈願』

  『救いの源である神よ、 わたしたちを強めてください。
    変わることのないあなたの愛のうちにとどまり、
    豊かな実りをもたらすことができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
STAY HOMEで、DIYをお楽しみになることも多いことでしょう。
それは見知らぬ自分を発見するような楽しみですよね。 お元気で!
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寒気の中の美しさ・・・『真っ青の空』 そして  『多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。』

2020-10-21 06:00:00 | ガーデニング・畑・自然
10月21日。水曜日。快晴。

朝ウォークの途中。

   朝7時。
                  『真っ青の快晴』

                                      その青さの美しさに大いに感動しました

         寒い日が数日続いた後の、少し寒さが緩んできた昨日今日です。
                冬はそこまできています。

             秋深く、寒くなると、空気が乾いてきます。
         空気の乾燥が、 晴れたときのが青くなる原因だそうです。
    秋・冬の乾燥により、青の光がより強く散らされて、空がより青く見えるのだそうです。
             大自然が織りなす『季節の美しさ』です。
 
                 人も自然の一つ。
      厳しい寒さの中で、 凜と立ち、 人も心身共に美しくありたいものですね。

       今朝も、大自然の美しさの中で、心身ともに整えられていく私でした。
                               感謝!感謝!
             


そして。

今日は10月21日。年間第二十九水曜日

『今日の入祭唱』

  『父がその子を憐れむように、
 主は主を畏れる人を憐れんでくださる。』

    詩編 103章13節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、  イエスは  弟子たちに(たとえ)を言われた。

        「このことをわきまえていなさい。
      家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、
        自分の家に押し入らせはしないだろう。


   あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」

そこでペトロが、
     「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。
          それとも、みんなのためですか」
  と言うと、
主は言われた。
          「主人が召し使いたちの上に立てて、
     時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、
             いったいだれであろうか。

  主人が帰って来たとき、 言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。
    確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。
 しかし、
       もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、
   下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、
    その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、
      彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。

         主人の思いを知りながら何も準備せず、
   あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。
 しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。

      すべて多く与えられた者は、多く求められ、
      多く任された者は、更に多く要求される。」』

             ルカ福音書 12章39-48節


私もペトロのように考えてみました。
『主よ、このたとえは
わたしたちわたしのために話しておられるのですか?』
 と。


     イエス様は、「たとえ」を用いて、
     『イエスの弟子たちの責任』 の重大さを説明なさったのでしょう。

      『イエスの弟子たち』は、
   最初の12人の弟子から始まり、その後の弟子たち、受洗した神の子全員、
          そして今ルカ福音書を読んだ人たち、 全員なのでしょう。

      『家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、
            自分の家に押し入らせはしない』 はずです。
 それ以上に。
     『主人(イエス)が召し使いたち(民)の上に立てて、
          時間どおりに食べ物を分配させることにした
           「忠実で賢い管理人=イエスの弟子たち」は、
             イエス様がいつ帰ってくるかを知らなくても、
           イエス様・ご主人様に忠実に働いているはずです。


        イエスの弟子となった私たちは、  
 イエスの福音を守り、イエスの福音を人々に伝える、 『責任』を持っているのです。
     すべてを与えられ、多くを任され・・・多くの求められ、多くを要求される
        『イエスの管理人』=『忠実で賢い管理人』 なのです。


私たちは、
力不足の、自分を認めながら・・・
私たちを応援し力づけてくださる、イエスを信じながら・・・
多くをまかせてくださった、神に感謝しながら・・・
忠実に『イエスの仕事』を果たしていきたいものですね。


『今日の祈願』

   『いのちの源である神よ、
     愛の霊をわたしたちの心に注いでください。
 わたしたちが、一つの信仰と愛に結ばれて生きることができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
明日も愛に満ちた穏やかな日でありますように。 お元気で!
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STAY HOMEの穏やかな一日 そして 『主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。』

2020-10-20 18:00:00 | 日々のこと。 世界のこと。
10月20日。火曜日。快晴。

暖かさを感じる快晴の一日でした。

   今日も無事に暮れて・・・      『夕焼けに三日月』

                                 色のグラデーションがなんとも美しい

         今日も一日、STAY HOME、穏やかな一日でした。

暖かい一日で、体は家中の大掃除で動かし、頭の中はあれこれ考えながら、フル回転でした。
     次第に考えることも忘れて、体を動かしながら、『無』の状態でした。
                 それがいとよし。 


      『人が自我を棄て、大我(神)に身をまかせるとき・・・
      大いなる命が動き出す。 万物と一つになっていく。』 
          と、一昨日の山川宗玄老師の『メッセージ』でした。

         一つ事(座禅でも掃除でも)に一心になると、
           『無』になれる経験でした。
                感謝!感謝!



そして。

今日は10月20日。年間第二十九火曜日。

『今日の入祭唱』

   『神よ、 あなたは命の道を教えてくださいます。
    わたしは御顔を仰いで満ち足り、 喜び祝い、
    右の御手から永遠の喜びをいただきます。』

         詩編 16章11節


『今日の福音 イエスの御言葉』


   『そのとき、  イエスは 弟子たちに言われた。

    「腰に帯を締め、 ともし火 をともしていなさい。

     主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、
  すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。

 主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。
はっきり言っておくが、
  主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。
主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、
      目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。」』

          ルカ福音書 12章35-38節


今日は『ヨハネ福音書』を思い出しました。

     イエス様は、御受難前に、弟子たちに話しました。
   『もうしばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、
    またしばらくすると、わたしを見るようになる。』
 
     ご自身の『十字架の死と復活』を、弟子たちに暗示されたのです。
その時
   弟子たちは、
『「イエスが言っておられるのは、なんのことだろう。」 と互いに言った。』 のです。
    以上。 ヨハネ福音書 16章16-24節 参照


   しかし、
   弟子たちの期待に反して、 『イエスの再臨』 はなかなか実現しなかったのです。
   そこで、
   弟子たちは段々分かってきました。
    
        『イエスの再臨』はすぐのことではないが、 
  いつでも『迎える準備』をして、注意していることが大切なことなのです。 

      今、現在、すでに毎日、イエスのお姿は見えなくても、
       『イエス・キリストの訪問』は、私たちに成されているのです。
           何も考えないで忙しさに追われていると
        『キリストの訪問』に気づかない危険があります。

  イエス様は、いつも、特に悲しいとき、辛いとき、迫害されるときには
         共にいて、支えになります、 とおっしゃるのです。


    イエスを信じ、イエスの生きておられることを信じ、
          常日頃から、『ともし火=信仰』 を灯して
        『主人の宴会からのお帰り』 をお待ちいたしましょう。
        


私たちも、
日々、祈りの中で、神様に出会うために、 
又、 『再臨の時』に神様に出会うために、 
いつも『心の準備』を怠りなく、目を覚ましていたいものですね。


『今日の祈願』

   『いつくしみ深い父よ、
       あなたの民の力となってください。
私たちが、古い人を脱ぎ捨て、新しい命に生きる事ができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様も、お仕事に、又 STAY HOMEと、穏やかな一日でしたか? 
明日も、穏やかな一日でありますように。  お元気で!        
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多彩な花々 そして 『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』。

2020-10-19 10:00:00 | ガーデニング・畑・自然
10月19日。月曜日。曇り。

          庭に咲く可憐な花々。

 
         ユリオプスデージー                     椿
           
                  秋明菊

          色も形も、主張も、それぞれに、多彩です。
             その魅力は甲乙つけ難く
            その命を全うする姿が美しい。

    この数日で緑豊かな木々は美しい紅葉に変わっていくのでしょう。
       美しい花々にも、終わりの『時』があるのだなと
         『今日のイエスの御言葉』を読みながら
           改めて思った次第でした。

     人も智恵を増やしながら次のステージを迎えなくてはならない。
      過ぎ去るものを惜しみつつ、新生を喜ぶことにしましょう。


そして。

今日は10月19日。年間二十九月曜日。

『今日の入祭唱』
  
  『いかに楽しいことでしょう、主に感謝をささげることは。
     いと高き神よ、御名をほめ歌います。』

        詩編92章2節


『今日の福音 イエスの御言葉』

     『そのとき、 群衆の一人がイエスに言った。
 
  「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」

イエスはその人に言われた。
  「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」

そして、一同に言われた。
      「どんな貪欲にも注意を払い、 用心しなさい。
         有り余るほど物を持っていても、 
    人の命は財産によってどうすることもできないからである。」


それから、イエスはたとえを話された。
       「ある金持ちの畑が豊作だった。
 金持ちは『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』 と思い巡らしたが、
やがて言った。
   『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、
          こう自分に言ってやるのだ。
      「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。
        ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』
しかし神は、
       『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。
お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』 
 と言われた。

    自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」』
          ルカ福音書 12章13-21節


思い出しました。
『使徒ヤコブの言葉』です。

『よく聞きなさい。
「今日か明日、商売をして金儲けをしよう」 と言う人たち、
あなたがたには自分のがどうなるか、明日のことは分からないのです。
あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行くにすぎません。

むしろ、あなたがたは、
「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです。 』
     ヤコブの手紙 4章13-15節


  イエス様は、おっしゃるのです。
        財産自体は悪いものではないのです。
 色々と知恵を働かせて、自分の為だけに財産を積むことは、 愚かなことです。
    明日の命も分からないのが人間です。 積んだ財産は誰のものになるのですか?
 沢山の財産が、命を守ってくれると考えるのは、 愚かなことです。
    命は『神からの恵み』で、命を守ってくれるのは『神』だけです。
 多くの財産は、大きな『責任』が伴う『恵み』なのです。
    財産をどのように使うかを決める『責任』が一人一人にまかせられているのです。
    自分自身のためだけに使うのか? 多くの人に役立つように使うのか?


   『明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないからだ。』
                   箴言 27章1節
        その『時』が来て・・・
        ”もうちょっと待ってください!” と言っても間に合わないのです。
        自分に宝を積むのではなく、天に宝を積む日常でありますように。

    『主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをいたします。 』


私たちも、
貪欲に負けることなく、
神から預けられた『財産』を、
お人にも役に立つものとなるように使いつつ・・・
『限られた命』を皆と仲良く過ごしたいものですね。


『今日の祈願』

  『すべてを治められる神よ、
 私たちを、聖霊によって導いてください。
口先だけでなく、行いと真実をもって、神の国の証しとなることができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
秋深まる美しい季節をお楽しみください。 お元気で!
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禅寺・・・『銅鐸』と『勇断』 そして オンラインミサ・・・ 『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。』

2020-10-18 06:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
10月18日。日曜日。曇り。

我が在所あたりは
午前中
濃霧注意報。

 午前6時。

   ウォーク途中の濃霧の中の・・・     『夜明け』
 
          空も太陽も木々も空気も・・・濃霧に包まれました。
 

   『濃霧』の経験を思い出しました。
   北アルプス縦走時:燕岳から槍ヶ岳に向かう途中の早朝、濃霧に包まれました。
   二人で縦走中でしたが、足元しか見えない、前を歩く相棒の姿が全く見えない。
   他のパーティーの一人が滑落・・・捜索のヘリコプターが飛んできた。
   高山の濃霧は一瞬のうちに始まり、しばらくの後に消えるが、油断すると命取りとなる。
   山は 自然は恐ろしい。 畏敬の念を忘れたら命取りとなる。牙を出してくる。
                            恐ろしい経験でした。
   

今朝も。
一連のジョグと散歩を終えて
最後のゴールは。

      中央公園内の・・・  『神戸市埋蔵文化センタ-』    
  
               『銅鐸の模型』    感謝の気持ちで鳴らしました。
        銅鐸の表面に鋳だされた絵画が分かりますか?

       『銅鐸は、今から約2300年~1800年前の弥生時代の人々
        「祭り」に用いた青銅の『鐘』と考えられています。
 昭和39年に神戸市灘区桜ヶ丘から発見された14個の銅鐸と七本の銅戈は国宝に指定され、
         神戸市立博物館に保管されています。
とくにこの銅鐸を作るに当って参考にした4号鐸の表面に鋳だされた絵画は全国的にも珍しく、
      古代人の生活のありさまや信仰を知る貴重な資料です。』
             『銅鐸』足元の『説明版』より


そして。
午前10時。

今日は主日。
母教会のミサ参加はなし。
そこで。
大好きな『心の時代』の録画拝聴です。


      今朝は・・・    『禅の知恵に学ぶ:「生かされて生きる」』
 
              山川宗玄老師のメッセージが続きました。

  そんな中。
  途中で気がつきました。

           書院甲板に『銅鐸』の飾り物があるではないですか!
            禅寺に『銅鐸』  確かに今朝公園で見たのと同じ『銅鐸』です 
             禅寺では『銅鐸』は何を意味するのでしょう?
           国際連合本部ビルに置かれている『平和の鐘』のように
             世界の平和を願っての『銅鐸』だろうか?
              意味を知りたいものです。 NHKに聞いてみようかな?
  もう一つ。
            床の間『掛け軸』 は 『勇断』
            『勇気を出して決断すること』
                なるほどね。
            人生は『勇断』ということでしょうか。
      

  今朝も、濃霧の中でのウォーキングで、自然の中に吸い込まれていくような感覚を覚えました。

        『自我を棄て、大我に身をまかせるとき・・・
      大いなる命が動き出す。 万物と一つになっていく。』 

          と、山川宗玄老師の『メッセージ』でした。
             正にその通りと納得です。 感謝!感謝!


そして。

今日は10月18日。年間第二十九主日。

『今日の入祭唱』

   『神よ、あなたを呼び求めます。 わたしに答えてください。
      わたしに耳を傾け、この訴えを聞いてください。
   瞳のようにわたしを守り、あなたの翼の影に隠してください。』

          詩編 17章6&8節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、  ファリサイ派の人々は出て行って、
 
        どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、
          罠にかけようかと相談した。
そして、
  その弟子たちをヘロデ派の人々と一緒にイエスのところに遣わして尋ねさせた。

   「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、
       だれをもはばからない方であることを知っています。
         人々を分け隔てなさらないからです。

      ところで、どうお思いでしょうか、 お教えください。
皇帝に税金を納めるのは、 律法に適っているでしょうか、 適っていないでしょうか。」


イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。
 「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。 税金に納めるお金を見せなさい。」

彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、
   イエスは、  「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。
    彼らは、     「皇帝のものです」と言った。
すると、
  イエスは言われた。
 「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」』
                マタイ福音書 22章15-21節


今日も
先週に引き続き。

           『オンラインミサ』
 
                              十勝カルメル会修道院

司式司祭様の『説教』です。 

     イエス様はおっしゃいます。
      『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。』と。

  では。 神様には、どうやって、何を、返せばいいのでしょうか?
        それは『証し』によって、返すのです。


  私たちは、キリストに結ばれて、神様から、沢山の「恵み」を頂いています。
   その頂いたものをとおして、
      『キリストの受難と復活』を『証しする』ことが、
        『神のものを神に返す』ことになるのです。

   頂いた・・・『命』を通して、心の『喜び』を通して、『救われたこと』を通して、
     人々に『福音の宣教』をしていくのです。
     その時、人々は神を知ることになるでしょう。
   これこそが、『神から頂いたものを神に返す』 ことになるのです。

   神は、いつも、「誰が私を現わしてくれるか?」 と探しています。

      『そのとき、わたしは主の御声を聞いた。
   「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか」
      わたしは言った
   「わたしがここにおります。 わたしを遣わしてください。」  』

               イザヤ書 6章8節


       イザヤは、 「私がいます!」 と神に言ったのです。
    私たちも、イザヤに倣って、
     『神のものは神に返す』ために『証し』、してまいりましょう。
                    以上。神父様の『説教』の一部でした。


私たちも、
神から頂いたものを独り占めするのではなく、
隣人と分かち合いながら、喜びを2倍に、3倍に、としていきたいものですね。


『今日の祈願』

 『すべてのものの主である神よ、
      頂いたキリストの命の恵みに感謝して祈ります。
  わたしたちがあなたの愛と正義に目覚め、
   一人ひとりのいのちが尊重される平和な世界を
      築くことができますように。』



皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今日の日曜日に英気を養うことができましたことでしょう。
今週も穏やかな一週間でありますように。 お元気で!
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