マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

聖なる神の領域・・・『道をそれる。』・・・ 神の山ホレブ

2019-03-24 09:30:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

今日は3月24日。 四旬節第三主日。


 今年・4月19日・金曜日・・・   『主の御受難』
 
              『いばらの冠』            我が教会祭壇

          今日で、四旬節18日目です。

続いて・・・

   主日が3回。 四旬節第四主日(3/31)。 四旬節第五主日(4/7)。受難の主日(4/14)。
そして・・・
   聖週間。 聖木曜日≪主の晩餐≫(4/18)。  聖金曜日≪主の御受難≫(4/19)。 

     今日から、『主の御受難』まで、残り26日間です。
   恵みに満ちた四旬節の残りの日々を過ごしてまいりましょう。
 

そして。

 
『今日の第一朗読 神とモーセの出会い

 『モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、
   あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。

   そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。
   彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。
 
    モーセは言った。
    道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。
     どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

 

     主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。

   神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。
     彼が、「はい」と答えると、神が言われた。

    「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。
                あなたの立っている場所は聖なる場所だから。」

     

       神は続けて言われた。
  「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」
      モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。』
           出エジプト記 3章1-8&13-15節
 

    『道をそれる・・・』
  神に従うと決めること、信仰を持つということは・・・『道をそれる』ことです。
それは・・・
    神の世界は、聖なる土地・ホレブの山に、『分け入る』ことです。   

     
   神の世界と人間の世界は、聖なる世界と俗なる世界、全く異なる世界です。
     人間の世界から・・・『道をそれて…』・・神の世界を見ることです。

 

私は、『聖書100週間』の創設者のパリミッション・ルドールズ神父様と、運命的出会いを致しました。
   運命的出会い依頼・・・お病気で倒れる前日まで・・・多大なるご指導を頂きました。

そのルドールス神父様の『聖書100週間』のクラスで・・・
『神とモーセの出会い』で言われた、神父様の『感想』を、忘れることができません。  
            生涯の『宝もの』として、私の心に残る『感想』です。 

 

   『僕は、『道をそれて…』、フランスから日本に来ました。
家族を捨て、フランスのすべてを捨て、『人としての道をそれて・・・』、日本に来ました。
  神様を選び・・・『道をそれて・・・』・・・日本に来たのです。』

 
     『神を選ぶ』 『神に従う』 『信仰に入る』ということは・・・
 世間の考え方から、『道をそれて…』、神の考え方で生きるということなのでしょう。
           ・・・その覚悟がいることなのです。

 

 話は変わって・・・ 

  明日・25日は・・・  『私の誕生日』
 
      夫と二人で、『誕生日祝賀会』、二泊旅行です。

 大丈夫です。ご心配無用。
私は、『道をそれて…』、聖なる世界を選び取りました。
   でも・・・その後も俗的に生きていても、
         神に守られて、この年まで生きています!

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今年の聖金曜日は、昨年より20日も遅いです。待たれますね。 お元気で! 

コメント

年次総会とカテキズム・クラス・・・『夫婦の自立』 そして 『彼はそこをたち、父親のもとに行った。』

2019-03-23 19:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月23日。土曜日。 春めいていた気候が、一気に13度ほども下がり、冬に逆戻り。

    春到来を喜んだ・・・   『春の花々』
    
       『桃。かすみそう。そして チューリップ』
         寒さの再来に縮み込んだ。 私も・・・。

私たち夫婦の一日。
今日の午後。夫はスポーツクラブの今年度最後の『年次総会』 & 私は毎週土曜日の『カテキズム講座』。
  年を重ね…日常は、互いを尊重し、互いの好みに生きる午後…夫婦自立です。
     そして。
夕方6時。 夫婦共に、『夕食』 & 互いの『一日の分かち合い』。  
  年を重ね…食事は、互いを尊重し、自由に使える時間を融通して…夫婦一緒です。 


      今日も穏やかな一日の熟年夫婦でした。感謝!感謝!


そして。

今日は3月23日。 四旬節第二土曜日。

  今日は、有名な『放蕩息子の帰還』の『たとえ』です。

 

『今日の福音 神の御心

『イエスは次のたとえを話された。

        「ある人に息子が二人いた。
弟の方が父親に、、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。

それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、

     下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、

   そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。
  
何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。

    そこで、彼は我に返って言った。
 
『父のところでは、
あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。
    
ここをたち、父のところに行って言おう。

「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。
   
もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』

    
    そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。

       ところが、まだ遠く離れていたのに、
 
   父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

         父親は僕たちに言った。
  『急いでいちばん良い服を持って来て、
   この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。
 
    そ
れから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。
 この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」

            そして、祝宴を始めた。』
                  ルカ福音書 15章11-32節


     人は、待ってくれる人がいるから、その人の元に帰るのです。
   私たち・人類全員は、御父・神の元から離れて、『放蕩息子』なのです。
    帰りを待ってくれる御父・神がいるから、御父の元に帰るのです。

 

  今日のイエスの『たとえ』は、こういうことです。
息子は『人類・人間』。父親は『御父・神』。父の家は『神の国』。宴会は『天国』。です。

 

人祖アダムとイブは・・・
神が与えてくださった『自由』を使って、『神の家・エデンの園・天国』を飛び出し、地上に移り住みました。

ある人の息子は・・・
父親が与えた『財産』を持って、『大勢の雇い人のいる父親の家』を飛び出し、遠い国に旅立ちました。

 
  人は、成長したとき、故郷の幸せな生活を思い出し、『故郷』を思うようになるのです。
     人は、大人になって初めて、『父親の深い愛』を知るようになるのです。
私たち・人類全員は、『キリストの磔刑』によって、神が『人類の帰還』を待っておられるのを知りました。

  
     正に。 ふるさとは遠きにありて思ふもの ですね。

    

   アダムとイブも・・・ある人の息子も・・・人類全員が・・・
       我が身のわがままを改心して、
両手を広げて待っていてくれる『御父・神の愛』を信じて、『神の国』に帰還いたしましょう。

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
それぞれの仕事を終えて家に帰り、愛に包まれて一日を終える。素敵なことですよね。 お元気で!

コメント

聖書100週間・・・『霊的花束』 そして 隅の親石・・・『さあ、あれを殺そう。』

2019-03-22 14:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月22日。金曜日。 今週も金曜日は『聖書100週間』。

  最後は。
  コーヒーブレイク・・・ 『霊的花束』 と 『バチカン土産』
  

      今日の聖書通読範囲は、『レビ記6章~16章』。
         

  『旧約の捧げものの価値の大きさは、
  『人間の罪の大きさ』 と 『イエス様の贖罪としての犠牲の大きさ』 と重なり、
自分自身の罪の大きさを改めて自覚することができ…四旬節の回心の時期を過ごす私にふさわしい通読範囲でした。』
                                                                                    
今日の通読範囲の、私の『感想』の一部でした。お粗末様です


      頭を使った後は、

仲間のお一人の怪我の手術後の経過の良いことを願って、
      ”アベマリア・・・御子イエスキリストも祝福されています・・・”
     全員の祈りの連唱で、『霊的花束』を作りました。
       
 これで、”早いご回復が確実ね!”

更に。

仲間の一人の、『バチカン土産』
 お仲間は、娘さんと二人で、”母娘二人だけの旅は最高に楽しかったです!”、イタリア・バチカン中心に旅行されました。
    『CUCUA QUALITY EXTRA CHOCAVIAR Venchi 1878』
     
バチカンお土産のチョコ、”なんておいしく、高貴なお味なんでしょう!”


   今日も、お仲間と聖書を通読する喜びを、再確認しました。 感謝!感謝!


そして。

今日は3月22日。四旬節第二金曜日。

  『妬み心』は、いつの時代も、『殺人心』にまでも発展します。
                       
怖いですね。


まずは。
旧約時代。


『今日の第一朗読 ヨセフの兄たちの妬み

イスラエルは、ヨセフが年寄り子であったので、どの息子よりもかわいがり、彼には裾の長い晴れ着を作ってやった。
兄たちは、父がどの兄弟よりもヨセフをかわいがるのを見て、ヨセフを憎み、穏やかに話すこともできなかった。

      兄たちは、はるか遠くの方にヨセフの姿を認めると、
   まだ近づいて来ないうちに、ヨセフをしてしまおうとたくらみ、相談した。
  
  ヨセフがやって来ると、兄たちはヨセフが着ていた着物、裾の長い晴れ着をはぎ取り、
      彼を捕らえて、穴に投げ込んだ。その穴は空で水はなかった。

  ところが、その間にミディアン人の商人たちが通りかかって、ヨセフを穴から引き上げ、
銀二十枚でイシュマエル人に売ったので、彼らはヨセフをエジプトに連れて行ってしまった。』
                創世記 37章3-4&2-13a&17b-28節

 

     旧約時代。
ヨセフの兄たちは、父親の愛情がヨハネに注がれるのを妬み、ヨセフをそうとします。
      偶然から…
        兄から逃れたヨセフは、エジプトに連れていかれます。
  その後・・・
  『捨てられた石』のヨセフは・・・『イスラエル国建設の隅の親石となるのです。


更に。

もう一つ。
新約時代。


『今日の福音 イエスの御言葉

『そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに言われた。

  「一つのたとえを聞きなさい。
ある家の主人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して旅に出た。
   さて、

 収穫の時が近づいたとき、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところへ送った。
   だが、
農夫たちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。

  また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。

そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。

     農夫たちは、その息子を見て話し合った。
 『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』
 
  
そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。」

    祭司長たちやファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、
イエスが自分たちのことを言っておられると気づき、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。』
                   マタイ福音書 21章 33-43&45-46節

 

      新約時代。
  神は、『神のブドウ畑・イスラエル』に、『実り・信仰』が育つのを願い・・・
たくさん派遣した預言者たちが殺され、最後に、『独り子・イエス』を送り込みました。
   しかし。又。
 当時の指導者たちは、民の信頼がイエスに注がれるのを妬みイエスをします。

      その後…
 『捨てられた石』のイエスは・・・『神の国建設の隅の親石となるのです。

 

       今の時代。
『イエスの犠牲・贖罪』のお陰さまで・・・
    『罪の許し』を得、『神の国の一員』となるための『信仰』を得たのです。

 

  人間の『妬み心』は、いつの時代も、『殺人心』にまでも発展します。
     しかし、
    神は、いつの時代も、『人の弱さ』をご存じのお方なのです。
         
 いつも神を信頼していましょう。

  『神のはからいは限りなく、生涯、わたしはその中に生きる。』詩篇90章

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
1週間の早いこと!皆様のこの週末が穏やかで充実していますように。 お元気で!

コメント

”がんばってください!”・・・『ICHIRO引退』 そして 『今は、彼は慰められる。』

2019-03-21 19:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月21日。春分の日。

夜七時。
    
マリナーズⅩアスレチックスとの開幕2戦目。 

 2試合連続の先発出場・・・  イチロー外野手(45)』 
 

   私には、イチロー選手との忘れられない思い出があるのです。
   
その昔。10年ほど前。
アメリカから帰国中のイチロー選手 と イチロー・ファンの私。 
  両者ともにランニング練習中で、繁華街の交差点、すれ違いました。

すれ違い際・・・『がんばってください!』 、互いに声を掛け合いました。
     ”優しい人だな~!” 感動の思い出です。


 今日の・・・    『東京ドーム』
 

   満席です。 夫と私は『特別指定席』。 テレビ前での観戦。

  
    夫と二人で、『シアトル・マリーナ』のシアトルまで、

     イチローの追っかけをしたのは何年前でしたっけ?
 
        『シアトル土産』  
夫は『イチローのTシャツ』も買いました。


 東京ドーム・・・   『イチロー・コール』
 

     今日は、『9番・右翼』

 

    いつもの 『イチロー・フォーム』 です。
 

   7回戦あたりで・・・
  試合後に『イチロー・記者会見』があると、放送された。

  「いよいよがきたのかな?」 と夫と二人で・・・。

マリナーズのイチロー外野手。
アスレチックスとの開幕2戦目終了後。『現役引退』を表明されました。

         私の目から涙が流れた。

   「日本で9年、アメリカで19年目に突入したところでしたが、
    現役生活に終止符を打ち、引退することにしました。」

45歳での引退。
「最低50歳まで現役と本当に思っていた。
有言不実行の男になってしまったが、それを言っていたからこそここまでできたのかなと。」 

    
    「結果を残すために、自分なりに頑張ってきたと言えるので・・・。」

   
現役生活で今、思い出せるシーン。

「今日が一番真っ先に浮かぶことは間違いない。
それを除くとすれば、いろいろな記録に立ち向かってきたが、自分にとって目指してやってきたが、それは小さなことにすぎない。」


「去年の5月以降、ゲームに出られない状況になったが、それ以降もチームで練習してきた。
それがなかったら、今日という日を迎えられなかったと思う。誰にもできないことかもしれない。
それはささやかな自分の誇りになった。ほんの少しだけ誇りを持てたかもしれないです。」


    長年に渡って現役生活を支えた弓子夫人に対し
      「感謝の思いしかない」と、
    家族の支えに最大限の感謝を表したイチロー選手。


  オリックス時代には球場に出向き、シアトルに出向き、アメリカ戦を応援し、
      ラン中に出会い・・・
   『イチローと私との共有の楽しい時間』が終わった。 感謝!感謝!

 

そして。

今日は3月21日。四旬節第二木曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉

『イエスはファリサイ派の人々に言われた。

 「ある金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、
 

   その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。

やがて、
この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。
 

金持ちも死んで葬られた。
金持ちは
陰府でさいなまれながら目を上げると、

    宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。

アブラハムは言った。
『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。
    今は、ここでラザロは慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。
そればかりか、
    わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、

ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』
                  ルカ福音書 16章19-31節


この世で生活しているとき・・・
お金持ちは、贅沢な生活を送っていて、門前に貧しい人がいることに気づきませんでした。
        自分のことしか考えていませんでした。 
貧しいラザロは、金持ちの食卓から残った物でも、何でも食べたいと思いました。   
      誰からも援助を受けられない苦しみの中にいました。
          神様だけが慰めでした。


死んでからは・・・
お金持ちは、自分のこの世での報いを受け、陰府でもだえ苦しむ生活になりました。
      そこは、神様の憐れみのない、慰めのない世界です。
 
貧しいラザロは、死によって苦しみから解放されて、神の宴会に連なりました。
       そこは、神様の憐れみと慰めに包まれる世界です。


    この世は、見渡せば・・・
お人の助けを求める人たちがいっぱいいます。神様に助けを求める人たちがいっぱいいます。

    私たちは、この世で、周りの人たちと共に・・・
出来ることは小さくても、神様の愛を配って、互いに配慮しあって、生きていきたいものです。



皆様!
御報恩に感謝申し上げます。
イチローさんは、御自分の実力で、日本人の素晴らしさを世界に示してくださいました。
  私たちも、何かの得意分野で、お人の役位たちたいものですね。 お元気で!      

コメント

25年ぶりの再会・・・『生きるとは愛を知る営み』 そして 『皆に仕える者になりなさい。』

2019-03-20 10:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月20日。水曜日。

  我が家の和室にかかる・・・ 『生きるとは愛を知る営み』
  
        登明修道士自作の『言葉と絵』です。

 一日に何回眺めることでしょう。
 約25年程前に、夫と『聖コルベ記念館』を訪問した際に一目ぼれ、手に入れました。
   そのとき、
 登明修道士様直々に、記念館や園や学校や色々を案内していただき、お話も沢山しました。

 今日。
 約25年ぶりくらいでしょうか? 登明修道士に再会しました。 
 夫と”懐かしいね”と、話が弾みました。
 再会出来たのは、登明修道士様の『ブログ』に、偶然にヒットしたのです。

 小崎登明修道士様の、お声、お姿、物腰、お話し、等々、思い出されました。
   毎日『色紙』でお会いし、心に深く残っている登明修道士様です。

      又お目にかかりにお訪ねしましょうかしら?
  お人の心に残る人になりたいものですね。とも考えた今日でした。



そして。

今日は3月20日。四旬節第二水曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスはエルサレムへ上って行く途中、
ゼベダイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来て、ひれ伏し、何かを願おうとした。

イエスが、「何が望みか」と言われると、彼女は言った。
「王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃってください。」

イエスはお答えになった。
  「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、
 
    『弟子たちの足を洗うイエス』

 『あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと模範を示したのである。』
                           ヨハネ福音書 13章14&15節


   いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。 
    人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、

 また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」』
            マタイ福音書 20章17-28節


    『先生』とか『主』とか弟子たちが呼ぶ『偉い人・イエス』が、
      『偉い人』、『上になる人』の模範を示されました。 

       偉い人、人の上に立つ人は、
     皆に仕え、皆の僕になる人なのです。
   人の身代わりとなって、自分の命を差し出す人なのです。


 登明修道士様とお目にかかった『無原罪の聖母の園』と『コルベ記念館』は、
   正に、
アウシュヴィッツ強制収容所で、
死刑を宣告された家族を持つ1人の父親の身代わりを進んで引き受け自分の命を差し出した『偉い方』、
     『コルベ神父』が創立した修道院で、
    
       『コルベ神父』の記念館でした。  

登明修道士様は、コルベ神父を『模範』とし、信仰深く、偉い人になっていかれたのでしょう。
    私たちも、コルベ神父様や登明修道士様や 勿論 イエス様の模範に倣って、
      人に仕える『偉い人』を目指したいものですね。 
     


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
お人との再会は、思わぬ所で思いがけない時に、あるものですね。嬉しいですね。 お元気で!       

コメント

知人の第二の人生・・・『グレゴリアン聖歌』 そして 聖ヨセフの人生・・・『聖ヨセフ 祭日』

2019-03-19 22:10:46 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月19日。火曜日。

 午後の時間・・・     『グレゴリアン聖歌』
 
 聖モーリス及び聖モール修道院ベネディクト派修道士聖歌隊』

   間接的に存じ上げている方が、今月をもって退官なさるそうです。
          第二の人生の始まりです。
     
       好きなバイオリンを思い切り弾きたい。
       若かりし頃に歌っていた『グレゴリアン聖歌』
  ゆっくりと流れるラテン語の『聖歌』に身をゆだねて癒されたい。

これまでの半生の営みに区切りをつけて始められる『新たな人生』が、豊かでありますように!
                            お祈り申し上げます。

     
    私も今日の午後。
       自前の『グレゴリアン聖歌』に耳を傾けながら・・・

        これまでの第二の人生を振り返えってみました。
         豊かな午後の時間に感謝!感謝! 

 

そして。

今日は3月19日。
         『聖ヨセフ 祭日』
 
 『聖ヨセフと幼子イエズス』     グイド・レーニ作品

処女マリアの夫ヨセフは、聖家族の長としてイエスを守る務めをゆだねられていた。
1870年。カトリック教会では、教皇ピウス9世により、全教会の普遍的な『守護聖人』であると宣言。
     教会は、ナザレの聖家族の保護者であったヨセフを、
     キリストのからだである教会の保護者として崇敬している。 
                    『毎日の読書』より。

  カトリック教会では、聖ヨセフ様を、『義人で忠実な人である聖ヨセフ』と呼びます。
   私たち夫婦は、崇敬する『ヨセフ』を、我が息子の『洗礼名』に頂きました。

 

  今日は、神にささげた『ヨセフの人生』、をたどってまいりましょう。
                よろしくお願いいたします


まずは。
ヨハネの人生の始まりから。
ヨセフの人生の第一弾:『ヨセフの出生』

 『今日の第一朗読 主の御言葉

『わたしの僕ダビデが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、
    あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。
   
この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。    

       わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。

あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。』
                   サムエル記下 7章4-5a、12-14a、16節

 
 『主の約束』は実現し、ダビデの後27代目、イエスの養父・ヨセフが生まれるのです。

   
   『ダビデはウリアの妻によってソロモンをもうけ・・・・・十四代。

その後。 バビロンへ移住させられた後・・・・・十三代。
   
   ダビデから26代目のヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。

     このマリアからイエスがお生まれになった。
   こうして全部合わせると、
ダビデからバビロンの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。』
                       マタイ福音書1章8-17節

     ヨセフは・・・
     アブラハムから41代目、ユダ族の子孫として、誕生したのです。

 
次に。
ヨセフの人生の第二弾:『天使のヨセフ訪問』

    大工として生業を立てていた『義人で忠実な人である聖ヨセフ』の人生は、
    『天使ガブリエルのヨセフ訪問』から、一変します。
   
   『ヨセフの夢に現れる天使』

     『マリアはヨセフと婚約していたが、
二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことが表ざたにするのを望まず、
     ひそかに縁を切ろうと決心した。

    このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。
  「ダビデの子ヨセフ、恐れずに妻マリアを迎え入れなさい。
マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。
その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を救うからである。」

ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れた。』
          マタイ福音書 1章18-24節

 
   ヨセフは、神に選ばれ、”神に協力してほしい!” と神に依頼されました。
マリアに生まれる子を・・・
 ”我が子として…受け入れ、『イエス=神は救うの意味』と名づけ、育ててほしい。” 
       ・・・と、神に頼まれるのです。

     
  この『神の依頼』は、普通の人に、受け入れ可能な依頼でしょうか?
ヨセフは、神を信じて…受け入れたのです。ヨセフの信仰が、不可能を可能としたのです。

 
つまり。
こういうことです。

 『今日の第二朗読 使徒パウロの言葉』

 『彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じた。

    従って、信仰によってこそ世界を受け継ぐ者となるのです。
 つまり、彼の信仰に従う者も、確実に約束にあずかれるのです。』
          ローマの教会への手紙 4・13、16-18、22

 
   使徒パウロは、アブラハムの信仰について書いたのです。
    そして。
ヨセフは、アブラハムの信仰に従い…神を信じ、『神の約束』を受け継ぐ者となりました。
    同様に。
私たちも、アブラハム、ダビデ、ヨセフの信仰に従い…神を信じ、『神の約束』を受け継ぐ者となれるのです。

 
次に。
ヨセフの人生の第三弾:『マリアと結婚とイエスの誕生』

『今日の福音 イエスの誕生次第

 『ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。
   このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。
 
 『キリストの誕生』
  
    ヨセフは、主の天使が命じた通りにした。』
           マタイ福音書 1章6-17節

 ヨセフの信仰は、神の試練に出会い、益々、研ぎ澄まされていくのです。

 
次に。
ヨセフの人生の第四弾:『エジプト逃亡』

  『イエスの誕生を拝みに来た占星術の学者たちが帰っていくと、
        主の天使が夢でヨセフに現れて言った。

「起きて、子どもとその母親を連れて、エジプトに逃げ、私が告げるまで、そこにとどまっていなさい。
   ヘロデが、この子を探し出して、殺そうとしている。」

 ヨセフは起きて、
     夜のうちに幼子とその母親を連れてエジプトに去り、
 
        ヘロデが死ぬまでそこにいた。』
           
マタイ福音書 2章13-15節

ヨセフは、『旧約聖書』に精通していたことでしょう。
 そこに書かれている、
エジプト王の『イスラエルの男児殺害』の命令と、ヘロデの『イスラエルの男児殺害』の命令が重なり、
  更に、
『エジプトの男児・モーセ』『我が子・イエス』の、奇跡的助かりを、重ねたことでしょう。

 ヨセフは、その人生の間、実感なさっていたことでしょう。

    『神の計らいは限りなく、生涯わたしはそのなかに生きる。』
             
詩編 90章1-17節

更に。
エジプトから帰国後。
ヨセフの人生の第五弾:『少年イエスとの日々』
 
  『聖家族』
 

もう一つ。
『今日の福音 イエスとの日々

イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。
     
祭りの期間が終わって帰路についたとき、
 少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。

  
イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、

   見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。

  三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、
 
     話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。

     
聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。
両親はイエスを見て驚き、すると、イエスは言われた。

     「どうしてわたしを捜したのですか。
わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」
   しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。

 それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。』
  
  『父ヨセフの仕事を、光を照らし、手伝う少年イエス』 
                ルカ福音書 2章41-51節

 
      
ヨセフの人生は、理解できない、わからないことだらけです。
     それでも、ヨセフは、信仰心を失うことはありませんでした。


そして。
最後には。
ヨセフの人生の第六弾:『イエスの磔刑』
  
   
   『十字架を運ぶイエス』

           ヨセフは、この時はすでに、亡くなっていたのでしょう。
    神の世界から、わが子・イエスの姿を見守っていたのでしょう。

    
          聖ヨセフの生涯は、

   『神のみ旨』のままに、神に従う人生でした。
   それは、沈黙の中で神と出会い、神を確信する人生でした。

幼子イエスとその母を守り、イエスに背中を見せながらイエスを教え、神を証しする人生でした。

 
『今日の叙唱』

    『聖なる父よ、聖ヨセフの祝日に、感謝の祈りをささげます。
    義人ヨセフは神の母おとめマリアの夫に選ばれ、
      誠実賢明なしもべとして聖家族を守り、
聖霊によって人となられた御ひとり子、主イエス・キリストを養い育てました。』


               以上。聖ヨセフ様の人生をたどり、聖ヨセフ様への畏敬と感謝を表しました。
                長々とおつきあいくださいまして、ありがとうございました

 皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
お人の人生いろいろ。そして、皆様は『人生のお手本』をお持ちのことでしょう。
   聖ヨセフに倣えれば、きっと、聖人になること間違いなしですね。 お元気で!

コメント

最後の仕事・・・『椿』 そして 『憐れみと赦しは主である神のもの。』

2019-03-18 17:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月18日。月曜日。

 感動のスケッチ・・・   『薄桃色の椿』
 
       夕方の陽を浴びて輝き…薄桃色が白色に!

   夕方の自主トレの帰路。
   歩道に咲く『薄桃色の椿』が、太陽の光を浴びて、白く輝いている。
   その美しさに感動して、大急ぎ、脳裏に焼き付いた姿を再現・スケッチしてみました。

こんな『一輪』に感動したのは・・・
今朝の新聞の『高橋源一郎の人生相談』の『答』に大いなる感動を覚えたせいかもしれない。
   
    障害のあるお子様を持つ母への『答』
『あなたは、子どものために全力を尽くされたでしょう。それでいいではありませんか。それ以上のことは誰にもできないのだから。
わたしたちの最後の仕事は、世界に別れを告げる自分自身を励ますことです。心安らかにお過ごしください。』

  
   私も、『一輪の花』に感動する自分を励ましながら、心安らかに過ごしたいものです。

    私に起こるすべてのことは、一つとして無駄になることなく、『神の計らい』です。
      ・・・今日も、その『事実』を実感した一日でした。 神に感謝!

 

そして。

今日は3月18日。四旬節第二月曜日。

『今日の第一朗読 ダニエルの預言

『主よ、あなたは正しくいます。

    憐れみと赦しは主である神のもの。

わたしたちは神に背きました。

    あなたの僕である預言者たちを通して与えられた、
    律法に従って歩むようにという主なる神の声に聞き従いませんでした。』

                        ダニエル書 9章4b-10節


2019年四旬節。『教皇メッセージ』です。

   『被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。』
                 ローマの信徒への手紙 8章19節


メッセージは続きます。

  『罪は、自分のことを被造物の神、絶対的な君主であるという考えを抱かせ、
たとえ他者や被造物を傷つけても、創造主のみ旨のためでなく自分の利益のために被造物を利用するように人間を仕向けます。

    神の掟、愛の掟を捨てるなら、弱肉強食の法則を肯定するようになります。

四旬節は、とりわけ断食と祈り、施しを通して、個人、家庭、社会生活の中で、
更なる熱心さと具体性をもって過ぎ越しの神秘を体現するようにキリスト者を招いています。』

 

イエス・キリストも言われます。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスは弟子たちに言われた。

 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。 
        人を裁くな。赦しなさい。与えなさい。」』
                                              ルカ福音書 6章36-38節

 

教皇のメッセージの最後。

  『親愛なる兄弟姉妹の皆さん、
この四旬節の有益な時間を無駄に過ごしてはなりません。
自分だけを見つめる利己主義を捨て、イエスの過ぎ越しに目を向けましょう。
困窮している兄弟姉妹に寄り添い、霊的、物的な財を彼らと分かち合いましょう。
罪と死に対するキリストの勝利をこのように実生活で具体的に受け止め、
    その変革の力を被造物にも届けましょう。』


神の子となったキリスト者は、
  御父・神に似て、『慈悲深い者』とならなければなりません。
    お人を裁かず、赦し、更に お人に与えなければなりません。
    そして、初めて、
  私たちも、一人前の、『神の子』となれるのです。とイエスは言われます。

   難しいことですが・・・
    四旬節中。

  せめて、真心から、お人の幸せを祈ってまいりましょう! 頑張りましょう!

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
四旬節も9日が過ぎました。残りは、4月14日・受難の主日まで、27日間です。 お元気で!

コメント

息子の花・・・『カスミソウ』 そして 『神はわたしの光、わたしのすくい、わたしはだれもおそれない。』

2019-03-17 09:30:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月17日。日曜日。

朝7時。

 息子の一番好きな花・・・    『カスミソウ』
 
 今年も、我が家のフェンスで満開を迎えた。

今の在所には、夫は東京に単身赴任中&娘は米国留学中、息子と二人で引っ越しをした。
   中学生の息子と私の二人で、あれこれと、引っ越し作業をした。

新しい庭を作成するにあたり・・・
息子が『カスミソウが一番好き』と言ったので、息子と一緒に、家の周りのフェンスにカスミソウを植えた。

  毎年、清楚で美しい花を咲かせてくれるカスミソウを見るたびに・・・
     
あの二人で過ごした『貴重な時間』がよみがえってきて、なぜかが流れる。
   懐かしく、嬉しく、忘れられない『二人の時間』です。

それから年月が流れ・・・
息子は、自分の結婚式の最後に、『感謝の気持ちです!』と『カスミソウの花束』をくれた。

   私には、母と子の『永遠のつながり』を象徴する、『カスミソウ』です。

 

そして。

朝9時半。御ミサ。

今日は3月17日。四旬節第二主日。

『今日の答唱詩編』

  『神はわたしの光、わたしのすくい、わたしはだれもおそれない。
   神はわたしのいのちのとりで、わたしは誰の前におののくことがあろう。

      一つのことを主に願い、それだけを求めよう。
 
命ある限り主の家に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを。

   神よ、呼び求めるわたしの声を聞き、憐れんで、わたしに答えてください。
      心よ、主はお前に言われる「私の顔を尋ね求めよ」と。
       神よ、わたしは御顔を尋ね求めます。
              詩編 27章1、4、7、8節


  今日は主日ミサ。
私は聖体奉仕者として、祭壇上で、朗読台の真横の椅子で、ミサに預かった。

  今日の『先唱奉仕者』は、若い女性、私の大好きな声の持ち主のお方です。
 
  神はわたしの光、わたしのすくい、わたしはだれもおそれない。

先唱者の女性は、朗読台の前で、両足を踏ん張って力強く、穏やかで深い声で美しく、歌い始めた。
    女性の真横で、そのお姿を見、その歌声を聴く私の目からが溢れた。

      心に染み入る『歌詞』と『歌声』は、
     最初から最後まで、私の涙を呼び覚ました。

 

不思議でした。
  なぜ私は、人の歌声を聴くことで感動し、これほどまでに涙を流してしまうのか。
  なぜ私は、息子の好きなカスミソウの開花に感動し、毎年涙を流すのか。

    
    それらが、『本物』だからでしょう。心に訴えかける『真実』だからでしょう。

    『御言葉』も 『つながり』も 『歌声』も、私の心の奥深くに働きかけるのです。


     『御聖体』をお手渡しする今日の私の心は、神に占領されていました。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様はお歌がお好きですか?お人を感動させることができるほどに歌えたら素敵ですね。 お元気で! 

コメント

健康の元・・・『市民特定健診』 そして 『あなたをあなたの神、主の聖なる民にする。』

2019-03-16 08:30:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月16日。土曜日。

   年に一回・・・     『市民特定健診』
 
市民特定健診は、
私にとって、年一回の、血液・尿・体の各部分の検査となる。
年一回、強制的に、自分の体の調子を知ることになる。
 有り難い『人間ドック』であり、大切な『健康の元』となっています。感謝!感謝!

     今日は、グッドアイディアー を思いついた。

 どの検査も前日からの絶食なので、”一回の絶食を有効利用しよう!” と思いついた。

    朝8時半~12時までに、スニーカーで大移動、3医療機関を回った。
     問診と血液と尿の採取、胃がん検診、婦人系がん検査を終了!

 結果は神に任せて、今年も『健康の元・市民特定健診』の終了です。感謝!感謝!


 

そして。

今日は3月15日。四旬節第一土曜日。

『今日の集会祈願』

『永遠の父よ、罪深い民をあなたに立ち帰らせてください。
私たちが、ただ一つの必要なものを絶えず求め、愛のわざを通して、ひたすらあなたに仕える者となりますように。』

 
そして。

『今日の第一朗読 モーセの言葉

『モーセは民に言った。
  
     
今日、あなたの神、主はあなたに命じられる。

『あなたは心を尽くし、魂を尽くして、それを忠実に守りなさい。』 と。

     今日、あなたは誓約した。
『主を自分の神とし、その道に従って歩み、掟と戒めと法を守り、御声に聞き従います』 と。

     今日、主もまた、あなたに誓約された。
『既に約束したとおり、あなたをあなたの神、主の聖なる民にする』 と。』
                   申命記 26章 16-19節



    モーセは、神の命令に忠実に、
   イスラエルの民(成人男子で60万人。全員で120万人以上?)をエジプトから連れ出し、
  
      40年間かけて、カナンの地まで誘導しました。


  神は、イスラエルの民をエジプトから連れ出す『理由』を仰せになりました。
      それは、モーセの『使命』でもありました。
   
    『わたしは主である。
私は、アブラハム、イサク、ヤコブに『契約』を立て、彼らが寄留していたカナンの地を与えると約束をした。
    
    『信仰の父・アブラハム』

それゆえ、わたしはエジプトの重労働の下からあなたたちを導き出し、奴隷の身分から救い出す。  
そして、わたしはあなたたちを私の民とし、わたしはあなたの神となる。

                      出エジプト記 6章2-7節


      神は、もう一つ、『理由』を仰せになりました。

    『わたしは主である。
   私の民を去らせ、荒れ野でわたしに仕えさせよう。
 
 荒野に建設した『幕屋』           砂漠で、主の臨在に仕えたイスラエルの民

 このことによって、人々は、わたしが主であることを知る。
                     出エジプト記 7章16&17節


       神は、『約束』を必ず守る方です。 
   イスラエルの民は、神の約束通りに、カナンの地に入国しました。
   人々は、神と民の姿を見て、”主こそ神である” と知りました。

そんな時。

    モーセは、イスラエルの民に、教え諭します。
 『神から選ばれた民として、シナイ山で神と結んだ『律法』を忠実に守りなさい。
   神から選ばれた民として、主なる神を愛しなさい。』 と。


    私たちキリスト者も、
『カナンの地』=『神の国』への入国を、イエスを信じることにより、許されたものです。

イスラエルの民と同様に、
  私たちの生き方によって、人々に『神を証しする使命』が与えられているのです。

      『愛神愛隣』の姿で、証ししてまいりましょう! ファイト!

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様の健康の元は何ですか?快眠快食が大切ですね。 お元気で!    

コメント

台風にも負けず、命の開花・・・『桃の花』 そして 『あなたのほかに助け手を持たないわたしを助けてください。』

2019-03-14 05:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月14日。木曜日。

早朝。
昨年の夏の台風で
 大木がぽっきり折れてしまった・・・  『桃』
  
     残った小木が、台風にも負けず、力強く、命を咲かせた。
           満開。すばらしい。


午前。
『聖書通読会(聖書100週間)』

先週金曜日の聖書100週間の、旧約聖書で学んだ
       モーセが完成した『幕屋』
 

  今日の木曜日の聖書100週間の、新約聖書では、
     『地上の聖所』ヘブライ人への手紙9章 と呼んで、詳しく書かれている。
        旧約と新約のコラボが面白い。すばらしい。

 

そして。

今日は3月14日。四旬節第一木曜日。

  『永遠の神に近づく四旬節』 
      今日は、教皇フランシスコの『メッセージ』です。


『今日の第一朗読 エステルの祈り』

    『エステルは死の苦悩に襲われて、主に寄りすがった。
       そして、イスラエルの神である主に祈った。
   
   『イスラエルの国を救ったエステル』

     「主よ、わたしたちの王よ、あなたは唯一なるお方、
 あなたのほかに助け手を持たない、ただひとりでいるわたしを助けてください。
         危険が身近に迫っています。

      この悩みの時、あなた御自身をお示しください。
  神々を支配し、すべての主権を握る王よ、わたしに勇気をお与えください。
      御手をもってわたしたちを救ってください。

 主よ、あなたのほかに頼るもののない、ただひとりでいるわたしを助けてください。
      あなたはすべてをご存じです。」』
             エステル記(ギリシャ語)C章・12、14-16、23-25節

    
      死を迎えた王妃エステル・・・
  『神々を支配し、すべての主権を握る王』エステル記C-23 と信じる主なる神に、何を祈るのか?



教皇フランシスコの『メッセージ』は続きます。


 
 『灰の水曜日のミサで、頭に灰を受ける教皇フランシスコ』  (CNS)

   『富、権力、財産。地上の現実は風に舞う塵のように消え去ります。
神、兄弟姉妹、私のいのち。消え去ることのない実在で、だからこそ心を注ぐ必要があるのです。
  
      四旬節は恵みの時で、虚栄から心を解放します。
     それは私たちをそそのかす依存からの癒しの時です。
   私たちのまなざしを変わらずに残ることへ向ける時なのです。』


  四旬節を迎えた教皇フランシスコ・・・
  世界中に呼びかけ、そして 世界中の人のために祈ります。

 

そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『そのとき、イエスは弟子たちに言われた。

 「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。
      門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

  だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」』
                 マタイ福音書 7章7-12節

  
      人は、何を求めて・・・
  探すのか。ドアをたたくのか。 富か?財産か?権力か? あるいは 神か?

 

教皇の『メッセージ』は続きます。

    『四旬節は、「私に立ち帰れ」という主の呼びかけです。
 いつも忙しく、行き先も定まらない私たちの生活の歩みを緩めさせようとしているのです。
             立ち止まるようにとの呼びかけなのです。
  本当に必要なことに向かって進み、気をまぎらわすだけの余計なことを慎むのです。
       魂に向けた目覚めへの呼びかけなのです。』

 

『今日の叙唱』

『聖なる父よ、あなたは悪い習慣を節制によって改めさせ、
        精神を高めて、霊の力とたまものをお与えになります。』

 

教皇は続けました。

 『祈りは私たちを神と一致させます。慈善を隣人に。断食は私たち自身に。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
水仙、梅。かすみそう。桃。と、我が家でも春は進みます。嬉しいですね。 お元気で! 

コメント