マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

  赤ちゃんが目を開いて 「世界」を見ました!!

2007-04-30 10:00:00 | 父の日。母の日。結婚記念日。
     「赤ちゃんの目が開くのに何日かかるのかしら?」

産まれて後、赤ちゃんがお目々を開くのは何時かな~って楽しみにしていました。
薄く片目をを開いた時に、もう一方の目を私達の手で開いてみようととしても、赤ちゃんは閉じたまま。  

そして今日、産まれて二日目、4月30日午前10時、初めて 両目をしっかりと自分で開けました!!! 

赤ちゃんが、自分の目を開いて、この「世界」をしっかりと初めて見たのです!!!
な~んておばあちゃんが云うと、誰かに云われそう・・「赤ちゃんの目が見えるのは、まだずっと後よ。 ただ単に、目が開いただけよ」って。

この美しい瞳で一杯、この世界の 「美しい自然」を 「美しい色」を 「楽しいもの」をしっかりと見てね!  
いろいろの経験を重ねて、目を肥やしてね! 
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携帯電話で宴会!!

2007-04-28 19:00:00 | 父の日。母の日。結婚記念日。
テレビ会議は,今の時代当たり前のこと。
私は今日は、宴会を携帯電話で催しました!!

会議というのは、人が人の心を、又考えを推し量り、同意点を見つけていく作業。相手の目を見ながら、又相手の反応を直接目で見ながら、同意点を探る。 それには遠く離れていて同席出来ない場合、せめてテレビで相手の様子を見ながらでなければ作業が進められない。  

宴会というのは、同席する人の心を探る必要がない。参加する者の心はすでに結ばれている。 多くの場合、同席の者は、同じ時間を過ごし、同じ共感を持ち、同じ感動を分かち合うために宴会を開く。 一緒にマラソンを走り、又プロジェクトを完成し等と、共通の感動を分かち合うのが宴会。相手の心を探る必要はなく、感動の分かち合いだけである。 相手の顔が見えなくても、分かち合える。  

今日,私は「今日、孫が産まれた」という感動を経験した。
同様に、夫も「今日、孫が産まれた」という感動を経験した。
二人は共通の「感動」を分かち合いたかった!! 余計な言葉も、さぐり合いも全く必要なかった。遠く離れていて、目と目を見合わせて感動を分かち合うことが不可能だったので「携帯電話での宴会」となった。   
言葉は同じことを繰り返すのみ!! 「嬉しいね」 「良かったね」と・・・
そして繰り返した。 「乾杯!」 「カンパ~~イ」と・・
顔の見えるテレビ電話でなくても、充分に共通な感動の分かち合いが出来た。
夫はビールで・・私はお婿さんの用意してくれたワインで・・  
乾杯を重ね、いささか飲んで 「酔っぱらったね!!もう寝ようか!!」となって 「携帯電話宴会」のお開きとなった。  
今日は娘婿さんも、娘と婿さんの出産までの10ヶ月を見守ってくれた友人と二人で、「共通の感動」の分かち合いの「宴会」を催した!!   

「人生最高の宴会」を今日は娘婿さんも、私も味わったのです!!
「新しい生命」の誕生は、喜びそのものである。 「カンパ~~イ」 

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    おばあちゃんデビュー (長い出産までの日々)

2007-04-28 16:28:00 | 父の日。母の日。結婚記念日。
女三代(産まれて10分後のベービーと娘と私の 「出来たてほやほやの三代」)
28日の娘の出産に付き添い、貴重な経験をしました。


4月23日(月)午後7時 娘は破水で29日の出産予定日6日前に緊急入院
午後5時頃スーパーへ買い物に娘と出かける。買い物の途中、娘が「破水だ!」と立ち止まる。「おしっこなら、おしっこしたい気持ちがあるけど、突然のお漏らしだ!これはおしっこではない!破水だ!」との判断で二人急いで帰宅する。
様子を見ようということになるが、しばらくして「絶対破水だ。病院に行く」との娘の判断で病院に電話をする。「直ぐに来て下さい。」と病院の判断。 娘が自分で運転して(!)私と病院へ。 「分娩室」への入院となる。 痛がる娘の腰をさすりながら、最後の陣痛の来るのを待つ。 「破水したのに、何故か本格的陣痛になる様子もないので、お母さんいったんお帰りいただきましょうか。変化があったら直ぐに連絡します」との病院の言葉で、私はいったん10時半過ぎに病院を出る。

4月24日(火)朝6時  眠れぬままに朝を迎え病院へ
破水をしたというのに、最後の陣痛が来ぬ状態が続く。 陣痛が起こる度に、強い腰の痛みがあり、娘の腰を指すっているうちに、午前、午後、夜と時が過ぎていく。 陣痛の合間を見て「スクワットをするのが良いのよ」との看護婦さんの言葉に、娘はまじめに「うんうん」とうなりながらスクワットを一日100回もする。 ここに至っても娘の超まじめな性格が現れて驚きました。

4月25日(水)スクワットを続ける娘   
昼間に、本格的陣痛が来ないということで、分娩室から産婦病室に移される。  又スクワット100回! 夜に陣痛が来て、自分の身体の感覚で子宮が開いて来てるのではないかと感じていたが、看護婦さんは「そんなことはないでしょう」と。

4月26日(木) 夜中に本格的陣痛到来    
夜中に、激しい陣痛が来たようだが、同室の人は産後の妊婦のみだから、うるさく声を出しては申し訳ないと娘は思い、廊下の手すりを持って一人苦しんだとのこと。 我が娘ながら、彼女の辛抱強さには、もう頭の下がる思いがする。 
 
4月27日(金)朝  娘の気持ちが少し落ち込む
昨夜の陣痛の様子から、再び陣痛室へ移る。 昨夜の陣痛が嘘のように、又陣痛の間隔が開く。 「痛いと云って声を出してももいいの?」「声を出したからって、痛みが変わる訳でもないし、回りに迷惑だしね」と痛みの中でも、娘の性格から我慢を続けるので、身体が「参った」の信号を出したのでしょう・・又長い戦いの疲れもでたのでしょう・・娘の精神状態が少し落ち着かなくなったように感じる。 「痛ければ痛いと云わなくては。むしろそうしてやっと看護婦さんもあなたの様子がどの辺まで来てるのかと分かるのではないのかしら?」と慰める。 「じゃあ痛いと声を出してもいいのね。」と娘の安心した様子に私も一安心する。 涙が出る。

4月28日(土)午後12時 陣痛促進剤の投与が始まる
23日の緊急入院以来,一般の常識とおり「破水したら即促進剤」ではないかしらとの私の気持ちがあった。 病院側は[最後の最後まで普通分娩で行きます」との言葉どおり、今まで,促進剤の投与無し。 12時少し前に診察があり、「もう10cm以上子宮が開いているので促進剤を投与しますか」とやっとの病院側の言葉。  促進剤投与の承諾書に迷わず、一時も早くと、娘と婿さんがサイン!

28日午後2時  本格的陣痛の始まり  
間隔が1分程に縮まって来る。 「無事に出産が出来ますように!」「母子共に元気にこの痛みを乗り越えられますように!」等と私は祈りながら、最後の痛みの苦しみの娘をさする。

4月28日 午後4時  分娩台に移動
ストレチャーにベットから乗り換えて移動するのかと思ったが、「歩いて下さい」と。
出産に立ち会うのを、娘婿さんは辞退。 出産に立ち会ってみたい私だったが、立ち会いは夫のみとのことで、私は断念。大学病院なので、産科の実習生二人の初めての出産見学を依頼される。娘は快諾。将来の良い産婦人科の先生の卵である。
廊下で、娘婿さんと私は、安産を祈りつつ、じっと待つ。

4月28日  午後4時18分 女児出産 
1.8Lの大量の出血があったようだが、母子共に元気な出産となる。破水して以来五日間、赤ちゃんも狭い産道を出ようと戦い、娘も陣痛と闘い、二人力を合わせて出産の大事を無事やってくれました。 二人とも本当にお疲れさまでした!!
無事の出産を神に心より感謝する。 本当に嬉しいことである。
一人の生命がこの世に産まれて来ることは、何と神秘であり、奇跡であり、大変なことであるかを、娘の出産に付き添い実感させてもらいました。

私の娘が子供を産んで、私はいよいよ「おばあちゃんデビュー」を果たしました。   
赤ちゃん!!産まれてくれて有難う!!  
おばあちゃんとして愛しい孫娘と、豊で素敵な交わりを重ねて行きたいと思います。 皆さん、おばあちゃんの私も宜しくお願い致します。 私のブログは孫ちゃんのことも書かれて行くことでしょう。改めて宜しくお願い致します。

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孫娘誕生!!  2007年4月28日午後4時18分

2007-04-28 16:18:00 | 父の日。母の日。結婚記念日。
         初孫が生まれました。  生まれて10分後の赤ちゃん

娘が分娩室に入り、娘婿さんと私が廊下で待つことになりました。
10分ほどで看護婦さんが廊下に顔を見せます。うまれたてのあかちゃんをおくるみにつつんでだっこしています!!
「おめでとうございます。生まれました。4時18分でした。健康な女のお子さんですよ。」  
娘婿さんと私「ありがとうございました。写真撮ってもいいですか?」
婿さんと私は夢中で生まれたてのあかちゃんとツーショットを撮りました!!
看護婦さん「ではちょっとお待ち下さい。」と言い再び分娩室へ。

私は待つ間に、一人神戸で娘の安産を祈りながら知らせを待つ夫に携帯電話をする。
「生まれましたよ。元気な女の子ですって!」 夫「良かった!!母体も元気か?」
私「母子ともに元気ですって。嬉しいですね。」  夫「うん。」
私「神様に感謝しましょうね。」  夫「うん。」
私「どんな子に育って欲しい?」  夫「う~ん。優しい子!!」
私「優しい子になるには、その子の周りの者がまず優しくなくてはね。」  夫「うん」
私「少なくても、私達おじいちゃんとおばあちゃんは、喧嘩を一生しないと誓いましょうか?」  夫「了解。」
私「神様への感謝の印の祈願よ」  夫「了解」
携帯電話の便利さを使った、「忘れられない会話」となりました。

赤ちゃん!! パパとママの所にようこそ!! 
赤ちゃん!! 健やかに育ち、幸せな人生を歩んでね!!
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若いシェフを応援する会

2007-04-17 20:00:00 | 父の日。母の日。結婚記念日。
  「山田シェフを囲む会」  大根に乗せたフォアグラ(シェフの創作)

最近の若い夫婦は子供の将来を考える時、「職人」になって欲しいというのがトレンドらしい・・
一昔前の「三高」をトレンドとして育てた時代は終わったらしい・・
何がこうさせたのでしょうと、私は非常に興味深い!!!

「職人」は「三高」とは全く逆の発想ではなかろうか?
「高い収入」を望むのではなく、その反対に、たとえ収入が少なくとも自分の信条を貫くという「自己実現」を果たす人が職人であろう 
「高学歴」を望むのではなく、「高手腕歴」目指すのが職人であろう
「高身長」を望むのではなく、職人としての重労働を支える鍛えられた肉体を要するのが職人であろう

こう考えていくと、「職人」を目指すことは非常に難しいとであり、
それに比べ、今まで難しいと思っていた「三高」を目指すことの方が、ずっとたやすく思えてくる。

今日の山田シェフは、東京大学を中退して、料理の世界に飛び込まれた若い青年です。お姿は少年のように、あどけなく、おとなしく、小柄でした。あの小柄の体のどこにそれほどの情熱が潜んでいるのでしょうと思いました。

「職人」を目指し、ひた走る若い現代の青年を見させて頂きました。
「職人」を応援し、青年を支える山田シェフ出身地の地元の人々を見させて頂きました。

わたしの結論です。
「三高」より「職人」!!  「自己埋没」より「自己実現」!!
こんな世の中になったのは、ひとえに日本が本当に豊かな社会に成長した証拠!!
自己実現していける人と、自己実現など夢の夢の日々の生活に終われて生きなければならない人との、「溝」「格差」が大きくならないようにとひたすら願う。
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