マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

熱中症対策・・・『大量の飲料水』 そして 『聖母の被昇天 祭日』

2018-08-15 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 8月15日。水曜日。

 我が家で楽しんだ・・・    『7月に飲んだワイン 22本』
 
                                       どれも、それぞれにうまい。
 
    猛暑が始まった7月。
    『熱中症予防に、水分補給を忘れないで!』 と『忠告』が繰り返された。

      忠実に『忠告』を守った私。 同じ水分でも『ワイン』ではだめ?


 日本の原産品・・・      『エールを送り続けたい 7本』
 
 『獺祭』…この度の水害で蔵が泥をかぶった。
              『AWAJI BEER』…地元淡路の20年の歴史の地ビール。
                   婿殿の友人が医者と兼業で長野で始めてしまった…『a.et.Y』

    『地場産物』の努力に感銘する私。 飲むことが『応援』につながるのが有難い!


 大好きな・・・        『赤ワイン 13本』

  土の香りがする『地酒』の、ワインや純米日本酒。 『高貴』な味わいがある。

 年を重ねるて『高貴』を目指す私。 『高貴』を飲むことで『高貴』になれますよね!?

  
      夏といえば・・・    『白ワインと泡ワイン 3本』
      
       日本の白ワイン。 フランスとオーストラリアのスパークリン。

 娘と二人だけで、2年半前に、旅したオーストラリア。持ち帰った『熟成ワイン』を飲み終わった。

互いに年を重ねる娘と私。 ワインのように『ビロード』のような『熟成』の間柄になってきた。



そして。

今日は8月15日。  
            『聖母の被昇天 祭日』
     
     『聖母の被昇天』    エル・グレコ作品

五世紀のエルサレムで、八月十五日に祝われていた神の母マリアの記念は、
六世紀には、マリアの死去の日として、東方教会で祝われるようになった。
七世紀半ば に、西方教会にも受け継がれ、
八世紀になってから、マリアの被昇天の名で知られるようになった。

1950年。 ピオ十二世教皇は、マリアが霊肉ともに天に上げられたことを『教義』として宣言した。
教会は、キリストと最も深く結ばれたマリアが、真っ先にキリストの復活と栄光にあずかっていることを祝っている。
                                          『毎日の読書』より。

『今日の第一朗読 ヨハネの黙示』

『天に大きなしるしが現れた。
一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。
   
  女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。

女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。

    わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。

 「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。神のメシアの権威が現れた。」
                                       ヨハネの黙示録 12章1-10節


  女とは、『神の民イスラエル』です。 生まれる子は、『メシア』です。
       最後に勝利をおさめるのは、
『神の子羊・メシア・イエスキリスト』で、すべては新しくなり、『エデンの園』の調和は回復されるのです。 


更に。

『今日の福音 マリアの讃歌

『マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
         そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。

 
 
    マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。
      エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。
 
   「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。
    
主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。

                        ルカ福音書 1章39-56節

 「聖霊によりて身ごもり、男の子を産む。神にできないことは何一つない。」 と告げられたことを、
  「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。 と受け入れたマリア。

マリアの信仰が、『メシア』をこの世で見せてくれ、更に、メシア・イエスの『復活と栄光』『被昇天の姿』で見せてくれたのです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
熱中症対策をしっかりと怠らず、夏を乗り越えたいものです。 お元気で!

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『聖マキシリミアノ・マリア・コルベ司祭殉教者』・・・『友のためにいのちを捨てる、これにまさる大きな愛はない。』

2018-08-14 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

8月14日。 年間第十九火曜日。

    聖マキシリミアノ・マリア・コルベ司祭殉教者 記念日』
  

  1894年。 ポーランドで生まれる。
   若くしてコンベルツアル聖フランシスコ修道会に入る。
 1918年。 ローマで司祭に叙階。24歳。
   神の母マリアに対する子としての愛に燃え、『無原罪のマリアの騎士会』 と呼ばれる信心会を作り、
   ポーランドをはじめ他の国にも広めた。
 
1930年~1936年。36歳~42歳の約6年間。
日本訪問。
 宣教師として、無原罪のマリアの保護のもとに、キリスト教信仰を宣べ伝えることに努めた。

   
   『コルベ神父祈念館 聖母の騎士修道会』

         
          『コルベ神父銅像』      長崎    夫と訪問したのは15年ほども前になる。


ポーランド帰国。 クラクフ地方のアウシュビッツの強制収容所に入れられて多くの難関を耐え忍んだ。
  
  『アウシュビッツの強制収容所』

1941年8月14日。 第二次世界大戦のさなかに、死刑を言い渡された同僚の身代わりになることを願い出て、
   愛の殉教者として、休むことを知らない人生を全うした。 47歳。
      
               以上。『毎日の読書』より。

『今日のアレルヤ唱』

『アレルヤ、アレルヤ。わたしはやさしく、へりくだる者。わたしのくびきを受けて、わたしにならいなさい。アレルヤ、アレルヤ。』
                                      マタイ福音書 11-29

  マキシミリアン・コルベ神父は、戦前こ、長崎の本河内にある聖母の騎士修道会で活動されました。


『今日の奉納祈願』

『聖コルベの模範に力づけられ、わたしたちも自分のいのちをあなたに捧げることができますように。』

 第二次世界大戦の最中、
マキシミリアン・コルベ神父は、ナチスドイツによって400万人以上のユダヤ人が殺害されたアウシュビッツ収容所に捕らえれたのです。
ある日、
脱走した囚人への見せしめに10名が処刑されることになり、
「私には家族がいる。死にたくない・・・」と叫んだ若い男性の身代わりを自ら申し出て、飢餓監獄の中に入れられ、他の囚人を励まし、
最後の一人を看取った後、ついに毒物注射を受けて召されました。


『今日の拝領唱』

    『友のためにいのちを捨てる、これにまさる大きな愛はない。』
                                  ヨハネ福音書 15-13

 戦後、コルベ神父によって助けられた男性の証言により、
「人がその友のために命を捨てること。これよりも大きな愛はない」とのイエス・キリストが語られ実践された信仰の道を歩んだ人として、
多くの人に感銘を与えています。


そして。
今年。

 2018年8月9日。   『長崎原爆記念日 式典』
 
     国連のグテーレス事務総長が国連事務総長として初めて出席。

   グテーレス事務総長は、核兵器廃絶に取り組む姿勢を強調した。

  「核廃絶は国連の最優先課題。長崎から全ての国に、目に見える進展を求める。
           保有国には特別な責任がある。
   長崎を核の惨禍で苦しんだ地球上最後の場所にしよう。」 と呼び掛けた。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
世界の平和を希求しましょう。平和な時代の喜びを希求しましょう。一人一人の心からの希求が世を変えます。 お元気で!

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バッタンバン友の会の精神・・・『5+2=5000』 そして 『少年は持っているものを全部差し出した。』

2018-08-13 20:00:37 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今日は8月13日。月曜日。

今夏のカンボジア巡礼は、『バッタンバン友の会 の主宰でした。

 バッタンバン友の会の精神は・・・     『5+2=5000』   
 
  会のTシャツの前身頃。        『5+2=5000』         

    算数が間違っていますよね。

             いいんです。 間違ってないんです。

   
       『後身ごろ』
 

  ご覧ください!

     『五つのパン+二匹の魚』 で 『5000人の笑顔』 が生まれるのです。

 バッタンバン友の会の『5+2=5000』は、算数ではなく、『イエス様の心』 なんです。


『イエスの心』 を、イエス御自身が、福音書で、私たちに説明なさるのです。

 『大勢の群衆がイエスの後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。
     イエスは目を上げ、大勢の群衆が自分の方に来るのを見て、
 

フィリッポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばいいのだろうか」と言われたが、
      御自分では何をしようとしているかを知っておられたのである。

フィリッポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオンの分のパンでも足りないでしょう」と答えた。
弟子の一人のアンドレが、「ここに大麦のパン五つと魚二匹を持っている少年がいます」 とイエスに言った。
 
          
         少年が差し出した 『五つのパンと二匹の魚 5+2』
 
 
 
      
     イエスはパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてから、
 

座っている人々に与えられた。そこに座っていた男たちの数はおよそ五千人であった

 

  人々が満腹したとき、
イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンのくずを集めなさい」と言われた。

 

集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンのくずで、十二に籠がいっぱいになった。』
                                          マタイ福音書 6章1-15節

   
イエス様が下さるパンは、お金では買うことができない、『イエス様御自身』:『朽ちることのないパン』なのです。

 『人はパンだけで生きるのではない、神の御言葉によって生きる。』マタイ4-6 とイエスが言われたように、
    『神の御言葉であられるイエス』が与えるパンは、すべての人を満たすことができるのです。

  最後の晩餐の席で・・・
     
  『取って食べなさい。これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。』
 
                                           ルカ福音書 22-19

      と言われて・・・弟子たちに与えられたと同じ 『パン』 なのです。
 

実際には。

   少年が持っていた 『五つのパンと二匹の魚』 をイエスに渡したお蔭で・・・
      5000人の男とその家族、皆のために足りるものとなりました。

更に。

       イエスは、皆が満腹するほどにお与えになりますが・・・
         その場にいない人達のことを忘れることなく
  弟子たちに、残ったパンくずを集めさせ、他の人に配るように、と望まれたのです。

同様に。

        私たちは、余るほどに、神からの恵みを頂いています。
    私たちが頂いている恵みを、少年が神に差し出したように、人と分ちうなら・・・
        その恵みが増えて、皆に足りるものとなるのです。

    『5+2=5000』 の算数が、正しい、間違っていない、と知るのです!

                    一件落着! めでたし!めでたし!


         不思議な算数の 『Tシャツ』  『5+2=5000』
   
        おばあちゃんの孫たちへの 『カンボジアの土産』 です。
孫たちが、感性が豊かに育ち、既成概念にとらわれることなく、『自分の価値観』を育ててくれますように!
 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
算数のマジックいかがでしたか?私はカンボジアで青年から『マジック』を習いました。御披露したいものです。 お元気で!

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教会のお盆。 そして 『あなたがたも愛によって歩みなさい。』

2018-08-12 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

8月12日。日曜日。教会のお盆。

暦上では、明日13日が盆の入り(迎え火)。明後日14日が中日。明々後日・16日が盆明け(送り火)ですね。
お盆は、浄土から地上に戻ってくると考えられている先祖の精霊をお迎えして供養する期間です。
ご先祖様を1年に1回、家にお迎えしと共ににひと時を過ごして、ご冥福をお祈りし、先祖の霊を供養します。

我が家では。

 茄子の『精霊馬』ではなく・・・・・    『揚げなす』
 
   夏になるとよく食卓に並んだ『母の味』で、亡き家族を偲びお迎えしました。一日早い。


我が教会では、主日の今日が 『教会のお盆』 でした。

先祖を供養するために・・・里帰りの方も多かったようで、教会の3階まで、沢山の方が集いました。
新盆の故人を迎えるお盆の方々も多く、涙の乾かない方も多く集いました。
教会で過去二年間に亡くなったお方の名前全員を記した『パネル』を『お写真』代わりにして、祭壇前に掲げました。

ミサの中で。
過去二年間に亡くなったお方全員のお名前を、一人づつ、お読みあげして・・・
    その度に、全会衆で 『安らぎを!』 と唱和して、お一人お一人を偲び、供養しました。

ミサの後。
それぞれのお宅の故人のお名前を一人一人書いた『御芳名』 を奉納し・・・
    司祭の祈りの後、全員が焼香して、お一人お一人を偲び、供養しました。

  『司式司祭の言葉』

『亡き故人をいつも心の中に思い、故人と共に、『遺された者の時間』 をきちんと一生懸命に生きる。 
      これこそが何よりの故人への供養となります。』


そして。

今日は8月12日。年間第十九主日。

『今日の第二朗読 使徒パウロの言葉』

『皆さん、 神の聖霊を悲しませてはいけません。
   無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい。
互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。

キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、
    あなたがたも愛によって歩みなさい。』
               エフェソの信徒への手紙 4・30~5・2


使徒パウロは、信徒を励まします。

キリスト者の『新しい生き方』は、キリストの生き方を模範として、『愛によって歩むことです』 と。
 キリスト者は、『光の子』として、信仰の武器を持って、日々希望を持って生活するようにと、励まします。


亡き先祖も、年に一度家族の元に天国から帰って来て、この世に残る家族を励ますのです。

   天国とこの世の交通手段・・・      『精霊馬』
 

  先祖に結ばれた『家族』は、先祖から『愛』をもらって、『愛によって歩む』 のです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
『お盆』の習慣はすばらしいですね。明日から三日間、先祖をお迎えしてお見送りして、先祖と共に過ごしましょう。 お元気で!

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日常の有難さと喜び。 そして 『神に従う人は信仰によって生きる。』

2018-08-11 05:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

8月11日。土曜日。

朝5時半。
いつものように・・・ランニング速歩スタート。

 近所の公園で、早朝の景色・・・        『夜明け』
 

      なぜだろう? 朝焼けを眺める私の目から涙が流れた。
    穏やかな日常が繰り返される喜びが、心から湧き出てきた。

 『喜び』は、外から与えられるものではなく、内面から湧き出る『感情』だと、改めて覚える。


   早朝に・・・       『鍵を閉めて・・・』
 
 『キーホルダー三つ』
                  ランニングに Go! Go!

      どちらの『キーホルダ―』も手作りです。
 『革のキーホルダー』:革細工が趣味の我が息子が、一針一針、作成した『キーホルダー』です。
 『パッチワークのキーホルダ―』:車椅子のカンボジアの青年が、一針一針、作成した『キーホルダー』です。

 トライアスロンの『IRON MAN/鉄人』の[称号』を持つ息子に、車椅子の青年が作った『キーホルダー』をプレゼントしよう!
泳げること、バイクに乗れること、走れること、そんな『日常』が、どんなに『幸せ・喜び』であるかを、再確認してもらおう!


そして。

今日は8月11日。年間第十八土曜日。

                『聖クララおとめ 記念日』
 

  1193年。イタリア・アシジに生まれる。
  同郷のフランシスコに従って、清貧の生活を送り、女子修道会・クララ会を創設した。
  愛といつくしみの業に輝く厳しい生活を送った。
  1253年。 死去。60歳。

『今日の集会祈願』

『いつくしみ深い神よ、聖クララは、主キリストに従い、貧しい者となりました。
聖女の取り次ぎに支えられて、わたしたちも貧しさを愛し、あなたの国の喜びにあずかることができますように。』


『今日の第一朗読 ハバククの預言』

『岩なる神よ、あなたは人の労苦に目を留めながら、捨てておかれることはない。
         神に従う人は信仰によって生きる。』   
                 ハバクク書1-12~2-4

  
                               信仰の人となって…友人たちの洗礼式

信仰者には、自分の不幸の理由を神に問うが、神の正義により、必ずいつか不幸から解放されるという信頼がある。
     神に従う人は、信仰によって生きるのです。


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

  『ある人がイエスに近寄り、ひざまずいて、言った。
 
    「主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。」

     イエスは言われた。
   「はっきり言っておく。  もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、
 
    この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。
          あなたがたにできないことは何もない。」
                     マタイ福音書 17章14-20節

  息子のために、イエスに息子の回復を願ったお父さんは・・・
     イエスに向かって ”主よ!” と、信仰のあるしるしで、呼びかけ、頼みました。

     お父さんには信仰があったから、その子供はいやされました。

  人には、大きく立ちはだかり動かすことができない『山のような大きな問題』に、出くわすことがあります。
     そんな時。
イエスの言葉を信じ、信仰によって、大きな問題が動き出し、変わっていくことを信じることができますように!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
どんな時にも、朝が来ると陽が上り新しい一日が始まる、『当たり前』に感動することがありますよね。 お元気で! 

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過ぎゆくものを正しく用い、永遠のものに心を向けることができますように・・・『いのちあるすべてのものに、主は食物を恵まれる。』

2018-07-29 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今日は7月29日。年間第十七主日。

『今日の集会祈願』

『信じる人の希望である主よ、いつくしみを豊かに注ぎ、「わたしたちを導いてください。
  過ぎゆくものを正しく用い、永遠のものに心を向けることができますように。』


『今日の第一朗読 神の人・エリシャの御言葉』

   『ギルガルの地が飢饉に見舞われていたとき、一人の男がバアル・シャリシャから
初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人〔エリシャ〕のもとに持って来た。
  
  『初物のパン と 大麦』

    神の人〔エリシャ〕は、「人々に与えて食べさせなさい」 と命じたが、
  
召し使いは、「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう」 と答えた。

     エリシャは再び命じた。
   「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。『彼らは食べきれずに残す。』」

  召し使いがそれを配ったところ、主の言葉のとおり彼らは食べきれずに残した。』
                                            
列王記下 4章42-44節


    神様は、人々が満腹になって、更に『残す』程に、与えて下さる方です。
       その時。
神様は、『一人の男』の善意で差し出された『大麦パン二十個と新しい穀物』を増やして、人々を満足させたのです。

 

『今日の答唱詩篇』

    『いのちあるすべてのものに、主は食物を恵まれる。』
 
                                      詩篇 145-15

   神は、人間の生活に必要なものを、天地創造の時に、まず造られました。
    光。大空。水。海。草。種。果樹。太陽。月。星。魚。鳥。地の獣。家畜。
      そして。準備完了。
 神は、最後に、『御自分の似姿』にかたどって人を創造し、『男と女』を造られました。
      その男と女を、神は祝福して言われたのです。

   『産めよ、増えよ。地に満ちて地を従わせよ。生き物をすべて支配せよ。』 創世記 1-28

      神は、被造物を、どこまでも愛して守る方なのです。

       


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。 
大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。

  イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。
 

 イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、
 
フィリポに、この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」 と言われたが、

こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。

フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」 と答えた。

   弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。
    「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。
 

      けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」
    

  イエスは、「人々を座らせなさい」 と言われた。そこには草がたくさん生えていた。
     男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。

    さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、
  

座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。
  

      人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、
   「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」 と言われた。

集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。
 

そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。』  
                                      ヨハネ福音書 6章1-15節

   
      イエスは、神様と同様に、不思議な業をなさいました。

 ある少年が持っていたパンと魚をイエスに渡したお蔭で、『イエスの奇跡』 を見ることができました。
イエスは、少年のパンを取り、それを使って、感謝の祈りを唱えてから、余るほどに皆に配られました。奇跡を起こしました。

    イエスは、神様と同様に、民の善意と信仰を利用して、民の希望を実現なさる方です。

 そして・・・

     この『山上のパンの話』 は 『最後の晩餐』 を思い出します。
『最後の晩餐』の席でも、イエスはパンを取り、感謝の祈りをして、『パンの形で御自身』を弟子たちにお与えになりました。
     
    『これは、あなたがたのために与えられるわたしのからだである。』 ルカ福音書 22-19


    イエスがお与えになる『パン』は、お金では買えない、『イエス御自身』なのです。
      この『パン』は、すべての人々満たすことができるパンなのです。

更に・・・

   イエスは、最後の晩餐の席で、弟子たちに、おっしゃるのです。
    
      『わたしの記念としてこのように行いなさい。』 ルカ福音書 22-19


    イエスは、余るほどにお与えになりますが、余ったパンとパンくずを捨てません。
    イエスは、弟子たちに、それらを集めるようにおっしゃいました。

『残ったパン』は、そこにいなかった人々に役に立つのです。イエスの弟子たちが世界中の皆様に配るのです。

  弟子たちは、イエスから、派遣されました。
    『イエスの体であるパン』 と 『イエスの御言葉』 を全世界に配るように! と。
      
  『人はパンだけで生きるのではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。』 マタイによる福音書 4-4

  私たちも、イエスから、派遣されているのです。イエスの弟子なのです。
    私たちは、神から、余るほどの恵みを頂いています。
 神から頂いた恵みを、少年のように、人々と分かち合うなら、その恵みはどんどんと増えていくのです。


私たちが、『私たちの最高の恵み:イエス』を人々に紹介していくなら、その恵みもどんどん増えていくのです。 ファイト!

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
日本列島が色々の災害に遭っています。 お見舞い申し上げます。
出来ることは小さくても、できる範囲で互いに助け合ってまいりましょう。 お元気で!

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台風接近 そして 『信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。』

2018-07-28 16:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 7月28日。猛暑。大風接近。

 台風で応援チームの野球中止・・・        『前菜』
 
                                               食卓で夕食。                         
 
        最近は野球観戦に合わせてテレビ前での夕食が多い。
           我が子教育時代では考えられないスタイル。
     だいたい、我が家の教育時代は、我が家にはテレビと漫画がなかった。
    テレビに勝る美食?と 尽きないおしゃべりで、子供の心を満足させていた。

         年代に合わせて、ライフスタイルがあるものですね。
   『林住期』の私たち夫婦は、人生の黄金期、心の求めるままのライフスタイル時代です。
『家住期』真っ只中の我が娘は、人生の収穫期、テレビと漫画を置かず、心と戦いながらのライフスタイル時代です。

     
     それぞれの年齢にふさわしい心構えと知恵をもつことは、人生を充実させる。


そして。

今日は7月28日。年間第十六土曜日。

土曜日は、金曜日に続いて、『聖書通読会・聖書100週間』

『今日の通読 使徒パウロの言葉』

『信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。』
                                     コリントの信徒への手紙Ⅰ  13-13

50~52年頃。
           使徒パウロは、ギリシャの港町・コロントに来て、  
 
 『ギリシャ・コリント』

      一年半ほど滞在して宣教し、コリントにもキリスト者の共同体ができた。
56年頃。
パウロは、コリントの教会に起きている問題を聞いて、新赴任地・エフェソから、この手紙を書き送った。


       イスラエルとは全く異なる社会環境や文化の、異教の地で、
     福音に従って生活する者が、いろいろの困難や誤解に直面しても、
       確かな教えに基づく確固と信仰を持つようにと励ましました。


『信仰』
  

  私たちの『信仰』の基本は、『キリストの受難、十字架、復活』 にある。
 
 『わたしたちは、今は、鏡におぼろげに映ったもの(神の姿)を見ている。
     だがその時には、顔と顔を合わせて見ることになる。
わたしは、今は一部しか知らなくとも、その時には、はっきり知られているように、はっきり知ることになる。』
                                        コリントの信徒への手紙Ⅰ  13-12

      今は、信仰により、神のお姿を見ています。
その時、神に出会う時は、神のお姿を顔と顔を合わせて見ることになり、『信仰』は消え去る。必要なくなる。



『希望』
 

私たちの『希望』の基本は、自らの望みの源泉であられる神に対していだく、『救い』 にある。

      『知識はすたれよう。 わたしたちの知識は一部分だから。
    完全なもの(神・キリスト)が来たときには、部分的なものは廃れよう。』 
                    コリントの信徒への手紙Ⅰ  13-8

      今は、信仰により、『神の救い』 を望んでいます。
     この世の苦しみの中で、必ず、『苦しみの同伴者・イエス』がおられて、共に歩んでくださるという『希望』。 
            神の慈悲に『希望』を抱く私たちです。

     そして。

その時、神が来られる時は、人間は『その中』に住みうる現実が訪れるので、『希望』は消え去る。必要なくなる。

 

最後に。

『愛』
 

   神と人間について言われる事柄のうち、最も深く、究極的なことが、『愛』 です

『神は愛である』(ヨハネⅠ8-16)。 『神の愛・アガペー』『自己否定的で、喜んで自己を他者に与える愛である。』(ヨハネⅠ3-16) 
 
     十字架上で、人類の救いのために、ご自分の命を差し出すイエスの愛です。


     『愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
         礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みをいだかない。
  不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。』
                          コリントの信徒への手紙Ⅰ  13-4~7

愛は、決して滅びない。神と顔と顔を合わせて神を見るその時には、『信仰』も『希望』も消え去り、『愛』だけが残るのです。  

   『信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。』

           『愛を追い求めなさい。』 コリントの信徒への手紙Ⅰ 14-1   

  神の愛と同様に、神なる霊から与えれる兄弟愛も、最大の賜物であり、いつまでも、残るのです。

                                                 以上。 今日の聖書100週間の私の発表でした。お粗末様でした


皆様!

御訪問に感謝申し上げます。
先日の水害の大被害に続き、今日は台風による大被害が日本列島を駆けめぐっています。
皆様の御当地はいかがでしょうか? 心からお見舞い申し上げます。 お元気で!

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二つの道・・・『神の道』 そして 『あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶ。』

2018-07-27 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 7月27日。金曜日。今日も猛暑。

 友人の道・・・     『神の道』
 
 『神の国に続く道』

友人は、長年考えていたことを、迷いに迷って、いよいよ始めようと決めました。『自分の決めた道』。
そんな時。
友人の母親が病を得て、一人住まいができなくなり、友人の家に越してきた。

友人は、『自分の決めた道』を実行できなくなり、母親の看病を最優先する道を取らざるを得なくなった。『神の決められた道』。

             『人の道』 と 『神の道』

友人は、一時は『自分の道』を歩めずお顔が沈んだが・・・今では生き生きと笑顔『神の道』を歩んでおられる。
                                        教えられる私です。友人を応援したい私です。


そして。

今日は7月27日。年間第十六金曜日。    

『今日の福音 イエスの御言』

『イエスは弟子たちに言われた。

「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。

だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。

          道端に蒔かれたものとは、こういう人である。
石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、
  
自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。
茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、

      世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。

良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、

 あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」
  

                                マタイ福音書 13章18-23節

   イエスは、福音宣教に励む弟子たちを、励まされておっしゃった『言葉』でしょうね。
  弟子たちが大勢の人に『神の言葉』を伝えても、信仰ができる人は少なかったのでしょう。

信仰に興味のない人がいます。信仰につまずく人もいます。信仰をあきらめる人もいます。
        一方。
     信じる人には、『神の言葉』はすばらしい結果をもたらすのです。
        信じる人において、深い信仰ができるのです。
       
       『太く強い穂。 深い信仰。』

 人は、すぐの実りが見えなくとも決して諦めず・・・『神の道』を信じることが信仰ですね。
    日々の信仰生活は、必ず、何倍もの実りをもたらします。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
猛暑の毎日。更に台風も来るようです。ご自愛ください。 お元気で!

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熱帯夜・・・『野球一筋』 そして 『見ても見ず、聞いても聞かず、理解できない。』

2018-07-26 18:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 7月26日。木曜日。今日も猛暑。

午後6時。
 
 暑さに負けず・・・   『野球一筋』
 
 『旬の野菜で健康一番』          ゴーヤチャンプル

            野球も佳境に入り、
      6時の開始と同時にテレビ前に陣取る。
         一筋、夢中は、健康に良い。

   『1対1』のまま次の1点を争う試合に熱の入る夫。
       熱帯夜に負けない熱い応援団。
          『2対1』で勝利
         勝利は、精神安定に良い。


そして。

今日は7月26日。年間第十六木曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスはお答えになった。

「持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。

      見ても見ず、
 
 『癒してほしいとイエスに近づく女の信仰を見て、奇跡を起こし、癒すイエス』

      聞いても聞かず、
 
 『人々に、神の権威を持って、神の国の到来を話すイエス』

        理解できないからである。
しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。」』
                       マタイ福音書 13章10-17節


 イエスの『持っている者は更に与えられて豊かになる』と言われる『持っているもの』とは何?

     それは 『信仰』 です。
イエスの行いを見てイエスを信じる『信仰』です。 イエスの話を聞きイエスを信じる『信仰』です。

イエスの時代。

大勢の人は、イエスを見てもイエスの話を聞いても、本当の信仰のできる人は多くはなかったのです。
大勢の人は、イエスにおいて、『神の国』、『神の働き』を見ることができなかったのです。
立派に生活をしている人ほど、自分の努力と力を信じて、心はかたくなかもしれません。
 
    
  人は、イエスの話を聞き、反省し、改心する時に、本当の信仰が与えられるのです。

            
      
     信仰は神の恵みです。 神の国は神の神秘です。

信じたい人は更に恵まれますが、神に何も見出さない人や神に何かを探そうとしない人は、持っているものも取り上げられるのです。

  神の神秘は、人間の理解が及ぶものではなく、見出すことができるように、祈り求めるものなのです。

『求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。』

                                        マタイ福音書7-7

『今日の拝領唱』

    『主はそのような人を祝福し、救いの神は恵みを与えられる。』 詩篇24-5


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
好きなことに夢中になって、猛暑に立ち向かいましょう。 お元気で!

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暑中お見舞い申し上げます。 そして 『聖ヤコブ使徒 祝日』

2018-07-25 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

7月25日。水曜日。猛暑。

     御訪問下さいます皆様へ

 
 
                 暑中お見舞い申し上げます。
                 猛暑の折 お体ご自愛下さい。

早朝。
ひんやりとした空気の中に、『清々しい朝顔』を見つけました。美しい。
朝顔に励まされて、速歩を早々にすませました。爽快。
日中。
今日も猛暑日となり、一日家に引きこもり、暑中見舞いを書きました。大切な友の顔が浮かぶ。嬉しい。
夕方。
書いた葉書を投函するために、幸いに自宅近くにあるポストまで外出。まだまだ暑く走り帰りました。心が充たされました。満足。


そして。

今日は7月25日。 『聖ヤコブ使徒 祝日』

   
   『ヤコブ』                     エル・グレコ作品

ゼベダイの子で、ベトサイダに生まれ、イエスの使徒の一人で、使徒ヨハネの兄弟である。
彼は、キリストが大切な奇跡を行う場所に居合わせた。
42年頃。 ヘロデ・アグリッパ1世によって捕らえられ、殺害された。殉教。

スペインのコンポステラには、聖ヤコブに捧げられた立派な教会があり、
  
  『コンポステラ』

 有名な巡礼地:『サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の終着地になっている。
 
 『
サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダへ向かう道』               厳しく険しい巡礼路。
 
                            以上。 『毎日の読書』より。

  
  今日は、『聖ヤコブ』に関して、あれこれと考えてみたいものです。


まずは。

聖ヤコブの召し出し。召命。


     『イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、
 
シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師であった。
イエスは、わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。2人はすぐに網を捨てて従った。

また、
少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、船の中で網の手入れをしているのを御覧になった。
この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に船に残して、イエスの後に従った。』
 
                                 マルコ福音書 1章16-20節

 ヤコブと兄弟ヨハネ、『雷の子ら』とよばれていた。
 ヤコブ、エルサレム教会においても、一貫して中心的な立場を占めていたが、
 ユダヤ人の歓心を買おうとしたヘロデ・アグリッパ1世によって捕らえられ、殉教した。
                                    使徒言行録 12ー2

  
     イエスは、公生活・宣教活動の最初の場にガリラヤを選びました。
まず。
イエスは、その活動の始まりに、共に働く弟子4人、シモンとシモンの兄弟アンデレとヤコブと兄弟ヨハネ、を召し出したのです。

   4人は、イエスに呼ばれたとき、すぐに応えたのです。 すぐに従っていきました。
今までの仕事と生活を捨ててしまい、イエスの呼びかけを無視できないで、全くの未知の『新生活』に飛び込みました。

      
       4人の決断と行動は、すごいことですよね。
   声をかけて下さったイエスに、一瞬にして信頼が生まれたのでしょう。
    イエスは、その存在に、『神の栄光』が輝いていたのでしょうね。



今も、イエスの弟子として、イエスの仕事を続けるために、神は呼びかけておられます。
イエスの呼びかけに応えて、イエスに従う人が多く出ますように、祈ってまいりましょう!


『今日の叙唱』
『永遠の牧者であるあなたは羊の群れをお見捨てにならず、使徒を通して絶えず守り、
御子の代理者と定められたこの牧者を通し、いつもわたしたちを治められます。』

 
次に。


調べてみました。

『サンティアゴ・デ・コンポステーラ』 とは?

9世紀。『ヤコブの遺体』が、遥か遠くスペインの、現在のコンポステーラの地で、奇跡的に発見されました。
その頃。 スペインは、キリスト教が熱狂的に崇められており、『聖ヤコブ』のスペイン語:『サンティアゴ』に敬意を払い、
  聖ヤコブのコンポステーラサンティアゴ・デ・コンポステーラ』と名付け、聖ヤコブをスペインの守護聖人としました。

その後。
『サンティアゴ・デ・コンポステーラ』は、カトリック世界における代表的な巡礼地となり、三大巡礼地のひとつになった。
巡礼路の中核をなすものは、隣国フランスに発し、ピレネー山脈越える巡礼路で、世界遺産ともなりました。

 

 『巡礼』 とは?
神聖な場所,寺院などをめぐって巡拝すること。
聖地に到達することによって,人は 『俗から聖へ』、『死から生へ』 というように,
   古い身分として死に、新たな身分として再生できる。 とする宗教的感情を背景としている。

キリスト教はエルサレムへ。 イスラム教はメッカへ。 ヒンドゥー教はワーラーナシへ。
仏教では、ゴータマ・ブッダの生涯に関係の深い土地へ。 日本は西国三十三所、四国八十八ヵ所へ。
       などの、聖地への巡礼は、その種類もきわめて多い  
                                  ブリタニカ国際大百科辞典より。

聖地』 とは?
なんらかの意味で聖なるものと特別な関係を有すると考えられ、又 そこに近づくことによってなんらかの効験があるとされるような場所。
仏教では霊場、霊地などと呼ばれる。 イスラムではメッカが聖地といわれる。
『The Holy Land』の意味で『聖地』がいわれるときは,主として旧・新約聖書の主要舞台であった『パレスチナ』をさす。
                       ブリタニカ国際大百科辞典より。      

    
       『聖ヤコブ』の検証はここまで。 以上です。 お疲れさまでした。 
     
私も、今夏は『2ヶ所の巡礼・カンボジアとイスラエル』に参ります。
    『俗から聖へ』、『死から生へ』 と、新たな身分に再生を目指します。 ファイト!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
猛暑で、外出は危険で、家中で何をしましょうか?  お元気で!               

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