マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

紅葉真っ盛り・・・『立冬』 そして 『恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。』

2018-11-07 06:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

11月7日。水曜日。
                    『立冬』
 
 『紅葉真っ盛り』                            今朝ウォーク途中の公園。

              今日は立冬。
          いよいよ冬本番です。 木枯らし一番もまじかです。
       免疫力Upを計って・・・風邪なしで・・・冬を乗り越えましょう!

         皆様!お体ご自愛ください。 お元気でいらしてください。


そして。

今日は11月7日。年間第三十一水曜日。

『今日の集会祈願』

            『聖なる父よ、あなたをいつも敬い、愛する心をお与えください。
 
 『アブラハム』                             信仰に生きた信仰の父。

      あなたを愛して生きる者は、見捨てられることがないからです。』

        アブラハムのように、信仰に生き、神を愛する。

そして。


『今日の第一朗読 使徒パウロの励ましの言葉』

『わたしの愛する人たち、
いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、
      
    恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。
 
 『目的地に向けて…ひたすら走る』           ↑私!?

あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。』


 使徒パウロは、獄中から、愛するフィリッピの信徒へ、励ましの『遺言』を贈ります。


『キリストと一致して生きることは、どんな境遇に置かれても、消えることのない喜びです。』
       神を畏れつつ・・・迷うことなく、ひたすら走りなさい!

       
         何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。
 
 『目的地に向けて…苦しみも乗り越え、ひたすら歩く』

          
そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、

非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう。』


       『信仰生活は、自分との闘い、絶え間ない闘いです。』
   神の子であるプライドを、たとえ投獄されても、いついかなる時も、見せましょう!


      『更に、信仰に基づいてあなたがたがいけにえを献げ、礼拝を行う際に、
  
  『キリストの器・パウロ』                   我が身をいけにえとして捧げます。
 
     たとえわたしの血が注がれるとしても、わたしは喜びます。

 『僕の身分までへりくだり、十字架に至るまで従順であった、神の子・イエスの心は、キリスト者の心なのです。』
          キリストに倣い、キリストにおいて、皆一つの心になりましょう!

 

           あなたがた一同と共に喜びます。
  
 ひたすら走って、歩いて・・・ 『ゴール到着!』
 

         同様に、あなたがたも喜びなさい。わたしと一緒に喜びなさい。」』
                           フィリッピの教会への手紙 2章12-18節

    
     『信仰者のアイデンティチーは、揺るぎない喜びです。信仰です。』
       
いけにえとして身を捧げたパウロの喜びを、忘れてはなりません!


そして。

『今日の拝領唱』  

      『わたしの魂よ、再び安らうがよい。 主はお前に報いてくださる。
      命あるものの地にある限り、わたしは主の御前に歩み続けよう。』
                                 詩篇 16章7&9節


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
秋から冬へ。厳しさは喜びへの通り道ですね。寒い冬を楽しみましょう。 お元気で!                                 

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グループ絵画展と映画・・・『芸術の秋』 そして 『宴会の用意ができましたから、おいでください。』

2018-11-06 10:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

11月6日。火曜日。 夫と二人で『芸術の秋』三昧。

午前中。
           『第35回 「光彩会」 絵画展』

 
 『明石公園風景』                     お歳を重ねた方の優しい色使いです。

 夫の働いた会社の現役時代の『サークル・絵画会』の『OB会』の、年2回の『発表会』

夫の会社のOBたち…定年後も、現役時代のからの『サークル活動』『OB会』が続き皆さん仲が良い。
『写真会』、『旅行会』、『囲碁会』、『登山会』、夫の『ゴルフ会』、『飲み会』、等々、多種多様です。
現役時代の社長も平も関係なく、奥様同伴可、男女年齢問わず、和やかな熟年の皆様です。


  『モンスターを超えて』       『ある午後のページ』     『わが友、山よ!』 
  スイス人とご結婚の御嬢さんのお住いのスイスを訪問した、山好きの方の絵です。

      
              『絵』は、描く人の心を現す。
      『趣味』を持つことはいいことですね。『趣味』は人の心を解放します。
   ”奥様も一緒に描きましょう!” ”展覧会にも出して下さい!” と誘そわれた。

     仲間っていいな! 趣味っていいな! 私ももう一度描こうかな!

 

午後。

アメリカ映画鑑賞。 

     『Paul, Apostle of Christ パウロ、キリストの使徒』 
 
 『使徒パウロと医者ルカはネロ皇帝に対抗した』
                           
日本語題名:『パウロ 愛と赦しの物語』

    紀元67年。 ローマ皇帝ネロによるキリスト教徒迫害が行われているローマ。
  『マメルティヌスの牢獄』に捕えられて処刑を待つ使徒パウロの姿とその生涯を、
      監獄の看守マウリティウス医者の使徒ルカの目を通して描く。

       この『牢獄』には、聖ペトロが、殉教前に収監されていて・・・
看守だったウリティウスとプロケッスス をキリスト教に入信させたという。2人も後に殉教した。

                   
                    『悩むルカを説得するパウロ』

            

             信仰者として、どうあるべきか?
    戦いか?愛か? キリストに倣って無抵抗か? 逃走か?死か?


使徒パウロは、『肉において生き続ければ、実り多い働きができる。』フィリピ1-22 と悩むが、キリストに倣い、斬首となり、殉教。
   『私にとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。』フィリピ1-21 と、『無抵抗の愛』を貫いた。 

医師ルカは、パウロと共に布教宣教に同行し、パウロが投獄された後は、パウロの牢を訪ねて教えを乞う。
    パウロの死後・・・生涯独身で、『ルカによる福音書』及び『使徒行伝』を書き、84歳で没。


         キリスト者は、”いかにいきるべきか?” と、悩みます。
              
使徒パウロは『結論』を出しました。

   『これまでのように今も、
生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。』
                                            フィリピの信徒への手紙 1章20節

     私たち・キリスト者は、この身の生き方によって、神の栄光を現すのです!
                               頑張りましょう! ファイト!


そして。

今日は11月6日。年間第三十一火曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

   『イエスは、僕に、『もう宴会の用意ができましたから、おいでください』 と言わせた。
   
 『イエスの宴会』
『私が命のパンである。私のもとに来る者は決して飢えることなく、私のもとに来る者は決して渇くことがない。』
                                                    ヨハネ福音書 6章35節

(イエスは更に、)僕に言った。
『急いで町の広場や路地へ出て行き、貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人をここに連れて来なさい。」』
                                                 ルカ福音書 14章14-25節


         イエス様が御準備下さる『宴会』とは、『神の国』のことです。
    イエスは、『神の言葉』を語り・・・『神の国は近づいた。悔い改めよ。』と、説いて回りました。

 イエスの言葉を聞いて・・・悔い改め、信じた者は、
   前もって、神に『招かれていた人々』ではなく、
      『神の国』に入る資格がないと思われていた、『貧しい人たちや異邦人たち』でした。

    イエスは、昔も今も、いつも、すべての人を、『神の国』に招いておられるのです。
             イエスの招き、呼びかけに応えるか? 否か? 
          それを決めるのは、あなたです。神の恵みなのです。
               
         私たちは、いつも、神の恵みを祈り求めましょう!


皆様!

御訪問に感謝申し上げます。
『芸術の秋』。でも、『食欲の秋』にも、心惹かれますね。 お元気で!

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主日の今朝も陽は又昇り・・・『早朝ウォーク』 そして 『愛神愛隣』

2018-11-04 06:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

11月4日。日曜日。

 朝6時・・・       『夜明け』
 
 まともに見ることができない『夜明けの輝き』      
                             前を歩く夫が輝きの中に溶け込むよう・・・。

     輝く陽を見ながら・・・ 
        不思議な感覚=『陽は永遠 そして 人は一瞬』=を覚えた。
            一瞬は永遠の輝きの中に組み込まれていく。

ともかく。
今朝も、無事に、早朝ウォークを終えることができました。 7204歩。 感謝!感謝!


そして。

今日は11月4日。年間第三十一主日。

『今日の第一朗読 モーセの言葉』

               『モーゼは民に言った。

          「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。
  
あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
       
今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留めなさい。」』

                              申命記 6章2-6節


    神は、同じ『申命記』で、イスラエルの民『選民』とした理由を語ります。


          『あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。

  あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。
主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたがたが他のどの民よりも数が多かったからではない。
          あなたたちは、他のどの民より貧弱であった。

ただ、あなたに対する主の愛のゆえに主は、力強い御手をもってあなたたちを導き出した。』
                                               申命記 7章 6-8節


    それ故に・・・
わたしの掟を忠実に守りなさい。わたしは主であって、あなたたちを聖なる者とする。』 レビ記20-8
あなたの神を畏れなさい。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。』 レビ記19-14&18

    
                
                    『愛神愛隣』

      
      我が娘の母校・講堂入口     
              『神の門・掟は揺るぎ難し。固し。』

      『掟』を守ることで…『聖なる者』になるのです。なれるのです。
       

更に。
イエスも、『モーセの言葉』を引用して、語ります。


『今日の福音 イエスの御言葉』

『一人の律法学者が進み出て、イエスに尋ねた。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」
              イエスはお答えになった。

              「第一の掟は、これである。
       『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』

               第二の掟は、これである。
           『隣人を自分のように愛しなさい。』

            この二つにまさるはほかにない。」』 
                  マルコ福音書 12章28-34節


       私たち人間は皆、イスラエルの民に限らず、小さな者、惨めな者です。
そんな私たちだからこそ、『親は出来の悪い子ほどかわいい』と言われるように、神は私たちを愛して下さるのです。

    人は、そんな『神の愛、親の愛』に目覚める時・・・”そんな愛に応えたい!” と改心するのです。

          どうやって? 神と親の愛に応えましょうか??

         それは、唯一の方法があるのです。『愛神愛隣』です!
 神や親から頂いた小さな小さな『自分の能力』を使って・・・お人を愛するのです!お人の役に立つのです!
                            『聖なる者』となるためにも、頑張りましょう! ファイト!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今日の日曜日は、気持ちよくお過ごしになれましたか?今週も1週間、楽しく過ごしましょう! お元気で!

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友との別れ・・・『我らの国籍は天にあり』 そして 死者の日・・・『不滅への大いなる希望が彼らにはある。』

2018-11-02 05:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

11月2日。金曜日。

  
 『夫の親友の葬儀』

            『我らの国籍は天にあり』 

        亡き父の晩年の日々はみなさまお祈りに支えられつつ 
        天のふるさとに帰る心構えをしておりました。
        こうして本日 故人の願いのとおりに心から愛した教会で
        信仰に満ちた葬儀を営むことができましたのは
    ひとえに神様のあわれみと皆様の愛の賜物と思い心から感謝申し上げます

       御葬儀の際の、参列者への、喪主の長男さんの『御挨拶』でした。

夫の親友が、数日後に夫とゴルフの約束もあった1月前、突然に帰天なさった。

       長男さんは、『御挨拶』に、『使徒パウロの言葉』を選ばれました。

    
          『わたしたちの本国は天にあります。

  そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。
        キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、
     わたしたちの卑しい体を、栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。』
                             フィリッピの信徒への手紙 3章20-21節


   愛する人との別れはさびしい。
   そのぽっかりとあいた、故人の空間を埋めてくれるのは、
   この世の旅を終えての『故郷への帰還』 と 又ね!と『再会への希望』 の思いであろう。

   夫は、親友との別れに、涙した。
   『天の御国』の前味を味わうような、『豊かなこの世の友情』への、感謝の美しい涙でした。


そして。

今日は10月2日。

            『死者の日』
   
   『諸聖人の祭日』の翌日にすべての死者を記念する日です。

『今日の入祭唱』

『イエスが死んで復活されたように、神は、イエスのうちに眠った人々をイエスと共に連れて来られる。
アダムによってすべての人が死ぬ者となったように、キリストによってすべての人が生きる者となる。』
                        テサロニケ信徒への手紙4-14 コリントの信徒への手紙 15-22


  恵み豊かな神が、
  復活された御子キリストに従う『私たちの信仰』を強め、死者の復活を待つ『私たちの希望』を、
                                不動のものとして下さいます。


そして。

『今日の第一朗読 励ましの御言葉』

   『神に従う人の魂は神の手で守られ、 もはやいかなる責め苦も受けることはない。

愚か者たちの目には彼らは死んだ者と映り、この世からの旅立ちは災い、自分たちからの離別は破滅に見えた。

       ところが彼らは平和のうちにいる。
  人間の目には懲らしめを受けたように見えても、不滅への大いなる希望が彼らにはある。

     主に依り頼む人は真理を悟り、信じる人は主の愛のうちに主と共に生きる。』
                                  知恵の書 3章1-9節


  人は、死によってすべてが”無”になるのではなく、死後、不滅の世界に移っていくのです。


『今日の叙唱』

       『キリストのうちに、わたしたちの復活の希望は輝き、
       死を悲しむ者も、とこしえのいのちの約束によって慰められます。
       信じる者にとって、死は滅びではなく、新たな命への門であり
       地上の生活を終わった後も、天に永遠の住みかが備えられています。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
別れにもいろいろあり、そのすべてが悲しいです。でも別れは『新たな出発』でもあるのですね。慰められます。 お元気で!

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『諸聖人 祭日』・・・『心の貧しい人は幸いである、天国はその人たちのものである。』

2018-11-01 04:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今日は11月1日。 『諸聖人 祭日』

  『聖人』とはどなたでしょう?

『聖人』とは、生存中にキリストの模範に忠実に従い、その教えを完全に実行した人たちのことであり、
神と人々のために、またその信仰を守るためにその命をささげるという殉教もその証明となります。

     教会が聖人として公に認めるということは、
        天国の栄光の中にいること、
        全世界の人々がその聖人に取り次ぎを願ってよいこと、
        崇敬するに値し、
        世界中の全教会で公にこの聖人の日を祝うことになること、を意味します。
                                         『カトリック中央協議会』より。

   『聖人』と私たちの関係は?                        

       すでに今、神のもとにいる聖人が私たちのために執り成し、
       やがてはこの世を去るわたしたちが、神のもとで永遠の喜びにあずかるように祈る、
           ・・・という、『聖徒の交わり』でつながっている関係なのです。


   『諸聖人 祭日』は、
   今は神のもとに迎えられ、すべての人のためにとりなす聖人たちに心を向ける祭日である。
                                                  『毎日の読書』より。


  『今日の集会祈願』
  『聖人たちの取り次ぎを願う私たちが、あがないの恵みを豊かに受けることができますように。』


そして。

『今日の福音 イエスの御言葉』

 『イエスは群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。
 
              そこで、イエスは口を開き、教えられた。

  
「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。


    
    『天の国』
 
義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」』
                            マタイ福音書 5章1-12節

    イエスはおっしゃるのです。

 「天国の栄光=天の国に迎え入れられる人とは・・・
 聖人だけではない。心の貧しい人々 や 義のために迫害される人々が迎え入れられる。」と。
                   もちろん、信じて、諸聖人に取り次ぎを願う人々も入れます。」 とも。


そこで。又。疑問です。


   『心の貧しい人』とはどなた? 『義のために迫害される人』とはどなた?

『心の貧しい人』とは、自分の弱さを知っている人。自分の力だけでは天国に入れないことを知っている人です。謙遜な人です。
『義のために迫害される人』とは、神に従うことを理解されず、受け入れられず、馬鹿にされたり、殉教までする人です。真の信仰者です。


  『神』と私たちの関係は?                          

   神は、私たち一人一人の弱さをよく知っていて下さり、ありのままの私たちを受け入れてくださる方です。
   神は、お人に理解されないことでも、私たちを理解して下さる方です。
           ・・・『天国の私たちの家』を準備していて下さる方なのです。

  
          『イエス・キリスト』は、ご自分の命を神に捧げて、殉教者となり、
           『救いの神秘=天の国の家』を完成なさったお方なのです。


     
     『救いの神秘』

 『キリストが歩まれた十字架の道行:第9留 イエス、三度倒れる』地点から見える『聖墳墓教会』 
                        イスラエル巡礼の時に、『イエスの十字架の道』を私も歩きました。恵みの時間でした。 


『今日の拝領祈願』

     『聖なる父よ、すべての聖人のうちに現されたあなたの栄光をたたえて祈ります。
 わたしたちが豊かな愛に強められ、あなたの家で永遠のうたげにあずかることができますように。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
昨日の『ためしてガッテン・免疫力Upの方法』を御覧になりましたか?
         秋の夜長…『冥想』で、免疫力Upを計りましょう! お元気で!

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諸聖人の祭日・前夜・・・『ハロウィン』 そして 『後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。』

2018-10-31 09:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

10月31日。水曜日 は 『ハローウィーン』 

まずは。
日本のカトリック小学校の『ハローウィーン』

 今日。孫たちが仲良しに配る・・・    『ハロウィーン・クッキー』
 
 孫たちのパパの注文で、パティシエが作った・・・  『特注クッキー』

 カトリック小学校に通う孫たちは、
 ハローウィーンの今日、仲良したちと、『ハローウィーン菓子』の交換をするそうです。
                                       いくつもらえるかな? 

つぎは。
アメリカのカトリック小学校の『ハローウィーン』

アメリカの『ハローウィーン』は・・・
キリスト教の『諸聖人の祝日:万聖節』(11月1日)前日におこなわれる、『西洋の年中行事』です。
  
                          於。私の子供たちが通ったアメリカの小学校校庭。
 
       『諸聖人の祝日の前日の仮装大会 ハローウィーン』
            全員が、『聖人』の仮装をしました。

 

                 メキシコ系お嬢さん と 我が娘。

               
                        数十年前の『天使』です。

『ハローウィーン』の原型となる行事は、古代ケルト人のドルイド教』でおこなわれていた。
古代ケルト人は、その夜になると、死神サムハインが邪悪な霊をよびおこすと信じていた。
こうした不吉な霊を撃退するために、ドルイド僧たちは、ハローウィーンに『大きなたき火』をおこすことを習慣にしていた。
この伝統は今日もスコットランドやウェールズにの残っており、ハローウィーンに幽霊や魔女が姿を表すとされている。
      又、その夜には、『死者の魂』が家族のもとを訪れるともいわれていた。
                                 Wikipediaより。


   日本の、最近の『ハローウィーン』は、街中で行われる、若者の『仮装行列大会』ですね。
         文化の違いというか・・・日本らしいのかもしれませんね。 

 日本のカトリック教会では、明日・11月1日は、西洋の年中行事と同様に、『諸聖人 祭日』です。
       すべての人のためにとりなす聖人たちに心を向ける祭日です。


そして。

今日は10月31日。年間第三十水曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

    『「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。
         イエスは一同に言われた。
 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。
あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、
   自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。

  そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。
  
そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」』

                                 ルカ福音書 13章22-30節


   イエスの時代の人たちは、
          救われるのか? 救われないのか? どういう人が救われるのか? 
神に選ばれた『選民』で、律法を守る私たちは救われるはず。 と・・・イスラエルの人々は思っていました。

        そんなイスラエルの人々に、イエスは話しました。
    救われるためには、『狭い戸口』から入るように努力しなさい。 と。

 
 『狭い戸口』とは、『イエスの呼びかけ』に応えて、『イエスの言葉』を受け入れて、『イエスに従う』ことです。

    
    東から西から、また南から北から来る、異邦人たちは、
『神の呼びかけ』と『神の働き』をイエスの中に見いだし、『イエスの良い知らせ・福音』を受け入れていきました。


      『救い』は、『イエスの良い知らせ・福音』を信じる人の上に成就するのです。
 救いには、『選民・イスラエル人』であるか、『外国の人・異邦人』なのかは、関係ないのです。
        

         『救い』は、『福音』を信じるか否か、だけに、かかっているのです。
        『救い』は、イエスを『神の独り子』と信じることにかかっているのです。
               ・・・と。イエス様はおっしゃるのです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
ハローウィーンで10月も終わり、明日から11月。今年も残すところいよいよ2カ月になりましたね。 お元気で!

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自然と人との共存・・・『生姜御飯』 そして 『神の国は、からし種に似ている。それは成長して木になる。』

2018-10-30 19:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

10月30日。火曜日。 『自然と人との共存』

 この秋三度目・・・    『生姜御飯』
 
 『生姜とあげの千切り』                            出し汁で炊くだけ。

    息子お嫁さんの『四万十川100㎞ウルトラマラソン完走』高知土産の新生姜。
        生姜の香り高くおいしく…今日で3度目の『生姜御飯』

  
   シンプルでおいしいご飯に感謝しながら、『人と自然の共存』を考えさせられた。

『自然の歓迎』

   ”おいしく食べてね!” と。 香り高い生姜は、喜んで、自然を提供してくれる。
                  人は、自然を享受する。味わい楽しむ。

一方。

『自然の拒否』

 以前。夫と登山の途中に迷い込んだ・・・    『けもの道』
 
 『山野において獣(野生動物)が通る道』

 夫と二人。ルンルンと先に歩いていくと、突然に道は消え、道の先は断崖絶壁となった。
     獣が出て来そうで…二人は真っ青…足音を消しながら引き返した。

  
        ”これ以上は、私たちの陣地に分け入らないでね!” と。 
      山野の住民の獣は、誇り高く、人の進入を拒否する。自然を守る獣たち。
            人は、自然に敬意を払う。畏敬の念を持つ。


『自然と人との共存』 
互いの侵入が許される『境界線』を知ることは、自然と人との関係において忘れてはならないことであろう。
       ・・・な~んて。 おいしい『生姜御飯』の教訓でした。


そして。

今日は10月30日。年間第三十火曜日。

『今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスは言われた。
 「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。それは、からし種に似ている。
 
 『からし種の木』

人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」』
                                              ルカ福音書 13章18-21節

 
『からし種』は、
地中海沿岸原産で荒れ地などに自生している野草だが、現在では世界的に分布している。 
聖書や西洋文学では、『最小の単位』、最も小さいものをあらわし、そこから『大きな成果が育つことの喩え』として使われる。 そうです。

   
   イエス様は、御自分が宣教なさる『神の国』を、『からし種』にたとえられました。

     
   小さな小さな『イエスの宣教』の始まりは、やがて、大きな大きな『神の国』となる。
  全世界の人が、『心地良い日陰』で安らぎ、神から守られる『平和』を味わうようになる。


小さなちいさな『人の信仰心』も、神から恵みの水を注がれて、大きな大きな『揺るぎない信仰心』へと育つのです

   私たちも、心に蒔かれる『神の御言葉』を、大きく成長することを信じて、大切にしてまいりましょう!
       私たちの『信仰心』が、お人の『憩いの場所』となるように、頑張りましょう! ファイト!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
紅葉も深まり、『ハイキングの秋』に最高の時期になってきました。くれぐれも『獣道』にお迷いになりませんように! お元気で!

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健康長寿のカギ・・・『3・3・7睡眠法』 そして 『あなたがたも愛によって歩みなさい。』

2018-10-29 03:04:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

10月29日。月曜日。 『健康調整』

 人は、体と心が整って、健康でいられるのかもしれない。美しくもあるのかもしれない。

 
                   ひっそりと咲く庭の椿
          その健康そうな、楚々と美しい姿に、我が目が奪われる。

まずは。

    『体の調整』

私の実践は、成長ホルモンがぐいぐい出て代謝や免疫力が高まる『健康長寿のカギ』、『3・3・7睡眠法』

 夜中の3時には眠っている     夜10時~夜中の3時は、成長ホルモンが最も分泌されやすい時間帯。
 眠り始めの3時間はまとめて寝る 眠りについた直後の3時間にまとめて成長ホルモンが分泌される。
 1日トータルで7時間睡眠      トータル7時間が健康を維持でき、長生きできることが分かっている。
                                                  『免疫力を高めるコツ』より。

      私の今日・29日の実践は、『就寝時間:夜9時半~目覚め時間:夜明けの4時
夫と夕方のウォーキング後のワインが美味しく夕食直後にコテンキュ、お眠んね~新聞配達の音でパッチリ、お目覚め。
           特別ではなく、だいたいのいつもの『My睡眠パターン』です。
      現役時代を離れた熟年ゆえに実行できる『睡眠パターン』です。感謝!感謝!


つぎは。

    『心の調整』

私の実践は、生命維持のための体内環境を整える自律神経バランスを高める『健康長寿のカギ』、『心の自由法』

     『心の自由』で、『自我からの解放』=『自律神経のバランス』 が得られるのです。
  『心の自由』 は 『互いに親切にし、赦し合う』:『信仰心』で確保できるものです。保証しますよ。


こういうことです。

今日は10月29日。年間第三十月曜日。

『今日の第一朗読 使徒パウロの励ましの言葉』

        『皆さん、互いに親切にし、憐れみの心で接し、
  神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。

キリストがわたしたちを愛して、御自分をいけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、
    
             あなたがたも愛によって歩みなさい。

             あなたがたの間では、聖なる者にふさわしく、
  みだらなことやいろいろの汚れたこと、あるいは貪欲なことを口にしてはなりません。
      
卑わいな言葉や愚かな話、下品な冗談もふさわしいものではありません。

                それよりも、感謝を表しなさい。

あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。』
                                      
エフェソの教会への手紙 4章32節ー5章8節
    
  いつもニコニコ。 いつも感謝感謝。 いつも好き好き。 いつもOKOK。 いつも大丈夫大丈夫。
                     『心の自由』 で 『健康調整』
           

『心の自由』 は、
互いに親切にし、憐れみの心で接し、互いに許し合い、愛によって歩み、貪欲なことを口にせず、下品な冗談を言わず、感謝を表す・・・と。
『キリストの言葉』に従い、『キリストの生き方』に倣う『信仰心』で確保できるものです。保証しますよ。


皆様!

御訪問に感謝申し上げます。
心のバランスを保って、今週も楽しい1週間を過ごしましょう。 お元気で!     

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『「主よ、あなたの民をお救いください。』 『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。』

2018-10-28 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 今日は10月28日。日曜日。 年間第三十主日。

       今日の主日の『テーマ』『祈りに応える神』です。

旧訳では・・・60年間のバビロンの捕虜となっているユダヤ人たちの必死な祈りを聞きとげられる神が語られます。
新約では・・・進み行かれるイエスに必死に追いすがる一人の盲人へのイエスのいやし語られます。

    『祈り』は、『心のほとばしり』、『心の願い』です。
         ”主よあわれみたまえ!”と叫び続ける、『天に向ける素朴なまなざし』です。


『今日の集会祈願』

『いつくしみふかい神よ、
苦しみや悲しみの中から救いを求める声に耳を傾けてください。
あなたにより頼むわたしたちが、この集いをとおして、主の導きを確かに受け止めることができますように。』


 私たちは、日々いやされながら、イエスに付き従う『信仰の道の最終地点』を見る恵みも願いましょう。
                                                         
『毎日のミサ』より。


まずは。
旧約聖書。 バビロン捕囚の民の『祈り』です。


『今日の第一朗読 エレミヤの預言』

    『主はこう言われる。
「ヤコブのために喜び歌い、喜び祝え。諸国民の頭のために叫びをあげよ。声を響かせ、賛美せよ。そして言え。
  「主よ、あなたの民をお救いください イスラエルの残りの者を。」
   
    『ユダヤ人のリーダーたちに、エルサレム帰還と再建を許すキュロス2世』     ジャン・フーケ作品

見よ、わたしは彼らを北の国から連れ戻し、地の果てから呼び集める。
その中には目の見えない人も、歩けない人も、身ごもっている女も、臨月の女も共にいる。
    彼らは大いなる会衆となって帰って来る。彼らは泣きながら帰って来る。
       わたしは彼らを慰めながら導き、流れに沿って行かせる。
         彼らはまっすぐな道を行き、つまずくことはない。』
                              エレミヤ書 31章7-9節     

『バビロン捕囚』は、
ユダ王国のユダヤ人たちが新バビロニアの王ネブカドネザル2世により、
    バビロンを初めとしたバビロニア地方へ、捕虜として連行され、移住させられた事件です。

  ネブカドネザルは、ユダ王国の首都エルサレムを攻略し、ユダの他の都市も征服ました。
    更に。
  ネブカドネザルは、生き残った人々の大半をバビロンに、強制移住させ捕囚としました。

捕囚は、1回目は西暦前598年。2回目は西暦前587年。 598年~538年の帰還までの60年間に及びました。


 民は、主の勧める通りに、主よ、あなたの民をお救いください、イスラエルの残りの者を。』と祈りました。
  

   
   
   神は、民の祈り・叫び』を聞きいれ・・・
         キュロス2世の心に働きかけ、ユダヤ人の『エルサレム帰還』実現されました。

  ユダヤ人は、流刑の後に、解放され、故国に戻って、エルサレムで神殿を建て直す、ことを許されたのです。
      

 祖国帰還の人数は、目の見えない人も、歩けない人も、身ごもっている女も、臨月の女も、約20万人に達したとか!

            神は、『民の祈り』を聞き、偉大な業で、助ける方です。


『今日の答唱詩編』

   『神が捕われびとをシオンにもどされたとき、わたしたちは夢を見ている思いがした。
 
        わたしたちの顔がほほえみ、口には喜びの歌が浮かれた。

      国々の民も叫んでいった、「神は彼らに偉大なわざを行われた」と。
     神はわたしたちに偉大なわざを行われ、わたしたちは喜びにあふれた。」』
                                           詩編 126章1ー3節


 『祈りの基本』は、祈りのたまものを神から無償で頂くために必要な心構えである、謙虚さ』です。
          祈る者は高められるのです。人間は神の物乞いなのです。
                                 『カトリック教会カテキズム』より。


次に。
新約聖書。 一人の盲人の必死な『祈り』です。

 
『今日の福音 イエスの御言葉』

   『イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、

ティマイの子で、バルティマイという盲人が道端に座って物乞いをしていた。

  
   『盲人とイエス』

         ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、
    「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。
 
       多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、
  ますます「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。

    イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。
  人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」
   盲人は上着を脱ぎ捨て躍り上がってイエスのところに来た。
 

イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。
 
そこで、

     イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
       盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。』
                                     マルコ1福音書 10章46-52節

 
盲人は・・・

     最初は、道端に座って、物乞いをしていました。

  イエスが通りかかるのを見て、『ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください』と叫びました。
 周りの人が押さえつけても、『ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください』 と、
                                イエスを見つめながら叫び続けました。

   次に、イエスに呼ばれると上着を脱ぎ捨て躍り上がって、イエスのもとに走り寄ります。

      
イエスの質問に答えて『先生、目が見えるようになりたいのです』と言います。
   イエスは盲人の答を聞き、『行きなさい。あなたの信仰があなたを救った』と言います。


 信仰は、大事な上着を脱ぎ捨てるように大事な自我を捨てて、『イエスの御言葉』に従うことで始まるのです。
 

 
   
人は、物事がはっきり見えないときは、暗やみの中を歩くがごとく、心までやみくもに動くことになります。

      『盲目』とは、自分の行くべき道がはっきり見えていない、『無明』の状態なのです。
  ”あれも欲しい!” ”私の気持ちはこう!”と・・・『執着の世界』に閉じこもっている状態なのです。

  『盲人』は、イエスに呼ばれると、”見えるようにして下さい!” ”信仰ができるようにして下さい!”と・・・
    心が無執着となり、執着心の証しである上着を捨てて、『光・イエス』の元に走り寄りました。
 盲人の信仰を見抜いたイエスは、あなたの信仰があなたを救った。』と、盲人をいやします。
       その後・・・盲人は、上着 自分を捨てて、イエスに従ったのです。


 人は皆、盲人のような者ですが、
      イエスに目を向けながら、『祈りの日々』で・・・見えるようにしていただけるのです。


          人は信じて、祈る。 神は、祈りに応えられるのです。
                   日々・・・祈りましょう!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今日の主日・日曜日はいかがでしたか?我が家は、夫はゴルフ妻は教会、充実の一日でした。 お元気で!

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ミサと能・・・『伝統の世界』 そして 『キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長する。』

2018-10-27 13:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

10月27日。土曜日。 『伝統の世界二つ』

朝7時半。伝統の世界。

 毎朝・・・      『ミサ 聖体祭儀』
 
                                               今朝のミサ。

      『皆、これを受けて飲みなさい。これはわたしの血の杯、
 あなたがたと多くの人のために流されて罪のゆるしとなる新しい永遠の契約の血である。
         これをわたしの記念として行いなさい。』
                        ミサ祭儀 奉献文

       『ミサ 聖体祭儀の聖なる秘儀』 : 『永遠の伝統』
 
         『われらの救い主は、引き渡されたその夜、
   最後の晩餐で、御からだと御血による聖体の犠牲を制定された。
 
 『最後の晩餐』                          レオナルド・ダ・ヴィンチ作品 

      それは、十字架の犠牲を主の再臨まで代々に永続させる。』
                             第二バチカン公会議『典礼憲章』より。

『ミサ 聖体祭儀』
イエスの『最後の晩餐』以来~2000年程後の今日の『教会の朝ミサ』まで。2000年程続きました。

         この後も、変わることなく、代々永遠に続く。
               『伝統の世界』です。


そして。 
もう一つ。


午後2時。伝統の世界。

 友人が出演・・・      『能』
 
                                               感動でした。

        『能』は、日本の伝統芸能である能楽の一分野。
奈良、平安時代から庶民の間で親しまれてきた歌舞音曲や、神への奉納の舞が集大成され、
    『能』となったのは、鎌倉時代(1185年 – 1333年)後期から室町時代前期。


               『能』 : 『永遠の伝統』


          1330年頃~今まで。700年程続きました。
          この後も、変わることなく、代々永遠に続く。

               『伝統の世界』です。


      『伝統の世界』は、私もその一部である、普遍』に気づかせてくれる。
二つの『伝統の世界』に参加し、神の天地創造以来~神の世の完成まで、『普遍』について考えた今日の私でした。


そして。

今日は10月27日。年間第二十九土曜日。

『今日の第一朗読 使徒パウロの言葉』

『皆さん、ついには、わたしたちは皆、
     神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、
        キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。

        わたしたちは、もはや未熟な者ではなくなり、
愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます。
                エフェソの教会への手紙 4章7-16節


   使徒パウロは、今日も、キリスト者の成長を励まし、応援します。

キリスト者は、
信仰と知識において、一つの教会共同体に集められ、神の民となり、、キリスト・イエスの体を構成する。
愛に根ざして、真理を語り、成熟した者として、キリストの満ちあふれる豊かな人間となる。


      変わることのない『伝統・典礼』において、日々、信仰を新しく成長し続けるのです。
  変わることのない『伝統・教会』の信仰と共に、日々、『キリストに満たされた人間』に成長するのです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
秋の一日、『伝統の世界』に身を置いて、自分のルーツを振り返ってみるのも素敵ですね。 お元気で!

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