マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

台風の一日・・・『アトリエの友人たち』 そして 『七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。』

2017-09-17 22:03:23 | 絵画。写真。

台風で、朝のランニングと教会への外出だけ。
台風接近で、ミサ参加者は、いつも(2~300人位)の、1/3?
司祭は、『ミサ参加は、信徒の都合によるものではない、神の御心である。』と言われた。

家に閉じこもっている。
アトリエ(兼書斎)で、読書をしながら、ゆったりした時間を過ごした。


アトリエの友人たち・3人。

 
理知的な女性でした。

私の描いた『友人たち』が、私を見つめている。 話しかけてくる。
モデルの人たちを描いた時に、互いに交わしたおしゃべりが、よみがえってくる。思い出す。

 
美しい人でした。

美しさも、それぞれの年代の美しさがある。としみじみ思ったものです。 年代らしく美しくありたいものです。
また画いてみようかな? 『肖像画』
美しさにも、絵を描くことにも、孤高の気高さが要求される。 厳しいものである。

 
堂々とした人でした。

潔いショートカットとミニスカートが、小気味好い女性でした。
堂々とした姿に、彼女のすべてが語られているように思えた。 『堂々』を描き出したかった私でした。

壁にかけられた『3人の女性』は、画いた『私自身』が描がかれているのかもしれない。と思ってみたり。


そして。

今日は9月17日。年間第二十四主日。

 『今日の福音 イエスの御言葉』

『ペトロがイエスのところに来て言った。
 
使徒ペトロの肖像画

「主よ、兄弟たちがわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」

イエスは言われた。
「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」』
            マタイ福音書 18章21-35節


お人を赦すことは、どうして、難しいのでしょう。
傷つけられたことを許せないということは、自分のプライドが邪魔するからでしょうか?

使徒ペトロは、
”人はきっと、2~3回しか許せないでしょう。”
でも、私は、”寛大に、7回までは赦すことにしましょう。” と考えたのかもしれません。

イエスは、
”私は、今まで、あなたたちを七の七十倍までも赦しているのですよ。 私に倣う者になりなさい。” とお考えだったのでしょう。
神は、
その独り子・イエスを、私たちの罪の『贖罪』としてお与えくださるほどに、無限の回数で、私たちを赦してくださるのです。

お人を赦すことは、どうして、難しいのでしょう。
私たちは、
『神の慈悲』私たちの罪を無限に許す慈悲=を理解した時に、

お人に対して慈悲深い人になれるのです。 七の七十倍までも赦せる者になれるのです。

  何事も、人との比較で決めるのではなく、神と私の対峙で決めるのです。

まず、赦してみる! 
赦すことで、自分の内面に、『心の充実感』を味わうのではないでしょうか?

『神の慈悲』 や 『心の充実感』の体験が、私たちを『赦す人』に変えて下さるはずです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様のお住まいのところの台風状態はいかがでしょうか? ご安全に! 被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

***********
9月17日。今日の走距離 15㎞。

5時。ラン開始。 台風前の静けさ。21度。雨無し。風強く、向かい風はしんどい。ひたすら前進あるのみ。

9月の運動: ランニング142㎞(今週:15㎞。今週目標:63㎞)  階段上り下り 0回  登山 0回   

コメント

『ヤコブと神の格闘』・・・『お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と戦って勝ったからだ。』

2017-07-11 04:00:00 | 絵画。写真。

  ヤコブ

 今日は、ユダヤ民族の3番目(アブラハム、イサク、ヤコブ)の族長・ヤコブの生涯の検証です。
                                                
 興味津々です

     
           ヤコブは、
         
           天使と格闘したことから
神の勝者を意味する『イスラエル』 (「イシャラー(勝つ者)」 「エル(神)」) の名を与えられる。
         これが後のイスラエルの国名の由来となった。

      双子の兄エサウをだまして『長子の祝福』を得たため、
          兄から命を狙われることになって逃亡する。 
      逃亡の途上、天国に上る階段の夢:『ヤコブの梯子』を見て、
 
               自分の子孫が偉大な民族になるという『神の約束』を受ける。

    ハランに住む、母方の伯父ラバンのもとに身を寄せ20年間、ラバンに仕える。
      その娘・レアとラケルと結婚。 そして 側女:ビルハとジルパ の4人の間に、
           娘1人と12人の息子をもうけ、財産を築いて、独立する。
  その息子たちが『イスラエル十二部族の祖』となる。『神の約束』の成就です。

そして。

今日は7月11日。年間第十四火曜日。

        『今日の第一朗読 ヤコブと神との決闘

聖書でヤコブの生涯が語られます。

       逃亡20年後。
   兄エサウとの和解を志し、会いに行く途中、ヨルダン川支流のヤボク川にさしかかりました。

『その夜。ヤコブは起きて、二人の妻と二人の側女、それに十一人の子供を連れて、ヤボクの渡しを渡った。
       皆を導いて川を渡らせ、持ち物を渡してしまうと、ヤコブは独り後に残った。

          そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。』
  
                 『天使とヤコブの格闘』    4人の妻が見守る ゴーギャン作品

 
       ここで一休み。

         美術作品: 『天使とヤコブの格闘』  鑑賞いたしましょう。
     このテーマで、『天使とヤコブの力のこもった格闘の様子』が描かれます。

    
    ドラクロア作品。
    
                                 『ヤコブの天使との格闘』      

         『ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、
  ヤコブの股の関節を打ったので、格闘しているうちに腿の関節がはずれた。』


  モーリス・ドニ (象徴主義) の作品 
  
                            『天使と格闘するヤコブ』

  『ナビ派』の画家モーリス・ドニ(1870-1943年)は、抒情的な表現を用いました。
    二人の人物は、闘うというより、まるで踊っているように見えます。
    どちらが天使かヤコブか? 二人は女性のような可愛らしさです。

   『ナビ派』のドニの興味は、
聖書の物語を描くことではなく、彼の目指したものは、『魂の世界』の表現だったのです。

       「ナビ」とは、「預言者」を意味するヘブライ語です。
 『ナビ派』は、色と線を崇拝し、美術界の新しい風たらんとして結成されたのです。
彼らは、自然の模倣をやめ、美術家の『主観的感情』をこそ表現すべきだと考えた、『新派』なのです。


聖書の言葉は続きます。

      『「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、
       ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」

   その人は言った。
「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と闘って勝ったのだからだ。」
         と言って、ヤコブをその場で祝福した。』
                                   これも、『神の約束』の成就です。

                                            以上。 創世記 32章23-33節

                  めでたし!めでたし!

  一説には、
     『天使徒ヤコブの格闘』 は 『ヤコブ自身の自我との闘い』であったと言われます。
   天使に関節を外されたとき、ヤコブのかたくなな心も砕かれたということなのかもしれません。

       初期キリスト教美術においては、ヤコブの相手は『神自身』でした。
         
   
後には、
        『天使』として描かれるようになり、

     『格闘』 は 『地上におけるキリスト教徒の魂の苦闘』 を象徴するものとされました。


  
 晩年。
     ヤコブは、寵愛した息子のヨセフが行方不明になって悲嘆にくれるが、
 数奇な人生を送ってエジプト王・ファラオの宰相となっていたヨセフとの再会を遂げ、
         やがて一族をあげてエジプトに移住した。

エジプトで生涯を終えたヤコブは、遺言によって故郷・カナン地方のマクペラの畑の洞穴に葬られました。

            めでたし!めでたし!

                             以上。今日は、Wikipediaの資料から、『ヤコブの生涯』の検証でした

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人の数だけ、色々の人生がありますね。 先人達の人生に学びながら、自分なりの『美しい人生』を全うしましょう!

*********
7/11。5時。 早朝。野良猫にエサをあげる御婦人がいる。どこから来るのか野良猫が群がってくる。10㎞。

7月の運動: ランニング 72㎞  階段上り下り 0回  登山 1回

コメント

友人の個展&私も絵が大好き・・・『ぶどう』 そして 『惜しまず豊かに種まく人は、刈り入れも豊かなのです。』

2017-06-21 13:30:00 | 絵画。写真。

友人は、美術学校卒業の、画家。

       今日は友人の『個展 墨 彩展』に行ってきました。

                  『ぶどう』
    

      和紙に墨と色素材で画く。 
      消え入りそうな淡い画相』に、作者の雰囲気が出る。


私は、一日一時間スケッチの、素人画家。
   
      昨年の我が家        『葡萄 赤ちゃん』
  

          パステル画。
          粗野な『堅いつぼみ姿』に、初々しさを現した。

   今日も『学び』がありました。
   一人で画いていると、自分の枠の中に閉じこもり、画法に偏りが出てくる。

   私の荒削りの画法も、友人の繊細さと比較してはじめて、深みが出てくる。
   何事も、専門馬鹿に突き進みながらも、時に自分流を開放して、さらに一歩前進です。
                                     そんな風に思えた今日でした。


そして。

今日は6月21日。年間第十一水曜日。

      『今日の第一朗読 使徒パウロの言葉』

     『惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、
       惜しまず豊かに種まく人は、刈り入れも豊かなのです。』
 
                   『種まく人』                巨匠・ミレー作品

『各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。
            喜んで与える人を神は愛してくださるからです。

神は、あなたがたに種を与え、それを増やし、あなた方の慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。』
                                              コリントの信徒への手紙 9章6-11節


      『愛の種』を、惜しまずに、豊かにまき散らす、『ミレーの青年農夫』
            すがすがしく、解放され、気前よく、素敵な青年ですよね。イエスの存在ですね。

 『青年の愛の種』を増やし『慈しみの実』に成長させてくれる、背後からの太陽の暖かさ。
                      いつも、共に一緒に、見守って下さる、神の存在ですね。

  豊かに種まく人は、『すべてのことに富む者とされて惜しまず施すようになる』 のです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
画家は画家の、素人は素人の、あなた様はあなた様の、育て上げた独特の『種』がありますよね。
     種・愛を惜しみなく与えながら・・・葡萄のように、素敵な実をつけてまいりましょう!

コメント

『ピカソ展』・・・ピカソの絵の変貌はピカソの日記でした。 そして 『新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。』

2016-07-02 19:52:10 | 絵画。写真。

 天才ピカソ 23歳


外目にも、好男子だったのですね。知りませんでした。

天才の秘密を解く鍵・・・そのⅠ『名前がユニーク』

洗礼名が、パブロ、ディエゴ、ホセ、フランシスコ、デ・パウラ、ファン・ネオムセノ、
マリア・デ・ロス・デメディオス、クリスビン、クリスビニアノ、デ・ラ・サンティシマ、トリニダーノ、11個。
そして 父方の姓・ルイス と 母方の姓・ピカソ。 熱心なキリスト教徒でした。
天才といえども、自分の名前のすべては覚えられなかったとか?


『ピカソ、天才の秘密』  -ピカソ芸術の根幹に迫るー
『ピカソ絵画展』に行ってきました。

天才・ピカソの秘密を解く鍵…そのⅡ『その創造の秘密』


皆様!天才ピカソの絵というと、皆様はどんな絵を思い浮かべますか?

①色々の形がパズルのように組み合わさった絵。
②まるで福笑いのように、目や鼻や口がおかしな位置についている絵。

そんなイメージがあるかもしれません。
天才だから、普通の人には分からない絵が描けるのだ。という人もいるでしょう。
でも、ピカソは最初からそのような絵を描いていたのではありません。


皆様!
今日は、『年代順ピカソの世界』をお楽しみ下さい! 
  『The Secret of Picasso's Genius ピカソの天才の秘密』 『本』を参考にしました。

第1章:『少年時代』:1874年~1901年:13歳~20歳

美術教師だった父の手ほどきで、みるみるうちに早熟の才能を発揮したピカソ。


『自画像』     1896年(15歳)作品 

美術学校の教育に飽き足らず、美術館で先達の作品に学びながら成長していく。
10代にして、多彩な作風、人や社会への鋭敏なまなざし。 驚嘆するほかありません。

ピカソ曰く:
『私は子供らしいデッサンを描いたことが全くない。決してね。どんな幼い時もだ。』


天才・ピカソの秘密を解く鍵…そのⅢ『私の作品は日記のようなもの』

ピカソの創造の秘密は、『ピカソの日記』を読み解くようなものです。

ピカソは、子どもの頃から、早熟な才能を発揮はしていましたが・・・
天才が天才と呼ばれるようになるまでには、人生の様々な道のりがあり、
そのつど一人の人間として、悩み、苦しみ、歓び、そして挑戦するという日々の積み重ねがあったのです。


第2章:『青の時代』:1901年~1904年:20歳~23歳

1901年、ピカソの『青の時代』が始まります。

親友の自死によるショックや、無名画家としての貧しい生活は、
ピカソのカンヴァスを、メランコリックな青い色調で覆います。


『青い肩掛けの女』   1902年(21歳)作品 

同時に、
社会的弱者へと目を向けさせ、『人間に対する深い洞察力』を培っていきました。


『海辺の人物』  1903年(22歳)作品
痩せ細った家族。目が見えないのか?息子の頭に手を任せる父親。

『青の時代』の作品からは、
ピカソの制作の原動力というべき、
『人間への共感』そして『生へのあくなき関心』 が伝わってきます。

ピカソ曰く:
『カザンジェマスの死について考えながら青色の絵の具で描くようになったんだ。』


第3章:『バラ色の時代』:1905年~1906年:24歳~25歳

1904年の春から、ピカソはパリに住み、技術仲間と共同生活を送り始めます。
美しい恋人もでき次第に心の安定を取り戻したピカソの絵は、
ピンクを主調色としたものに変わり、
道化師や市井の人々を、繊細な叙情性をもって、描くようになりました。


『青の時代』から、『バラ色の時代』へ。
『技法』も『被写体』も変わって行くのです。


『扇子を持つ女』  1905年(24歳)作品

『バラ色の時代』の初期の作品は、
色彩は女性の服の青緑が一番強く、全体的に青っぽい印象を受けます。
『青の時代』の作品と見間違いがちです。
しかし、
同じ女性像であっても、描かれる対象は、
『青の時代』を特徴づけていた社会の下層に生きる女性ではない。


『パンを頭にのせた女』   1906年(25歳)作品
恋人・フェルナンドとピレーネ山脈の小村・ゴゾルに滞在。
『恋人が村の衣装を着た作品』。

『バラ色の時代』の作品に・・・
自らの人生のリアルな体験や感情を制作の本質とし続けた
『人間』ピカソの足取りをみることができます。

ピカソ曰く:
『私の内面は、否応なく私の絵画に表れる。』


第4章キュビズム時代』:1907年~1920年:26歳~36歳

1907年、ピカソのとどまるところを知らない創作意欲は、
美術界を震撼させる『新たな作風』を誕生させます。 『キュビズム』の始まりです。


『頭部』   1909年(28歳)作品

描く対象を、さまざまな視点から分析・解体して、再構成した奇妙な絵。
しかし、
それもまた、ピカソにとっては必然であり、生涯続く挑戦のワンステップでした。


『ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙』  1913年(32歳)作品

人生の新たな展開とともに、ピカソの作品はその後も、更なる変貌を遂げていったのです。

ピカソ曰く:
『あらゆる創造活動は、まずなによりも破壊活動である。』

そんな中・・・


『オルガ・ピカソの像』  1918年(37歳)作品
美しいロシアの貴族の娘と結婚。

幸せな結婚生活の中で・・・『新古典主義の時代』へと向かうピカソ。
画法が、又、進歩していきます。


『母子像』   1921年(40歳)作品

第5章:その後・・・ピカソは91歳に至るまで、変貌の創作活動をつづけました。

以上。
楽しみいただけましたか? 長々と。お粗末様でございました。

色々の形がパズルのように組み合わさった絵。とか
福笑いのように、目や鼻や口がおかしな位置についている絵。等。
と、考えていた私の『ピカソへのイメージ』が、まるで間違っていたことに気づいた感動を、
皆様にお伝えしたかった次第でございます。 

『ピカソ、天才の秘密』をお知らせしたかった次第でございます。
ありがとうございました。


そして。
今日は、7月2日。年間第十三土曜日。
 『今日の福音書 イエスの言葉』

『新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。
そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。

新しいぶどう酒は、新しい革袋へ入れるものだ。
そうすれば、両方とも長もちする。』  
マタイ福音書 9章14-17


 こういうことでしょうか?

キリストは、
それまでのユダヤ教を、更に進展させて、新しい精神、新しい考え方をもたらしました。
それは、救い主の到来がもたらした、『救い主の時代の喜び』です。

私達は、
キリストのもたらした『新しい救い主の時代の喜び』を受け容れるためには・・・

今までの精神や考え方に捕らわれれていては、
イエスの考えは私達の理解を超えているので、私達の心は破れてしまうのです。

全く、新しい気持ちで、イエスの良い知らせを受け容れなければなりません。

ピカソも、
自分の今までの心の在り方を変えて、新しい自分になった時に・・・
『新しい日記』が生まれ、『新しい技法』が始まったのです。

私達も、
新しい自分になるために・・・
今までの考え方を否定するのではなく、
『新しい心の定規』を持つことが問われるのではないでしょうか? 頑張りましょう!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様は、美術館や博物館の訪問がお好きですか?
私は大好きです。
そこで、自分の感性や美意識が高まり・・・『新しい心の定規』が育っていくのが分かるのです。

*****
本日のランニング:8㎞    7月ランニング合計距離:8㎞

コメント

初めての『嫁入り』 そして 『憐れみと祈りの霊を注ぐ。』

2016-06-19 23:24:16 | 絵画。写真。

初めての嫁入り。

私のつたない絵が嫁入りです。

友人のご主人様が、体調を崩されて入院中。
友人は、
ご主人様の病棟を毎日訪問なさって、おしゃべりしたり、

病院の昼食を召し上がるご主人様と、友人は持参の昼食で、『昼食会』をしたりの日々です。

そんな友人が、
私のつたない『ヒメジオン』の絵を見て・・・

「お分けいただけないかしら?
藻草の研究者だった夫は、ヒメジイオンが大好きな花なの。
病室の壁に飾ってあげたいの。」 と言われました。

6月5日の『1時間絵画』

少し手直しして。額に入れて。

今日、私の絵が、初めて、お嫁入りいたしました。 有難く嬉しいことでした。


そして。
今日は6月19日。年間第十二主日。
  『今日の第一朗読 ゼカリアの預言』

『主は言われる。
「わたしはダビデの家とエルサレムの住民に、憐れみと祈りの霊を注ぐ。」』  
    
ゼカリア書 12章10-11


友人が、病気の夫の回復を願って・・・
ひたすらに、ご主人様に憐れみを注がれ、ご主人様のために祈っておられるお姿は、
高貴で美しい。

人が人のために憐れみ祈れるのは、神から頂いた霊のお蔭様で、最高の行為ですね。

私も、友人のご主人様の回復を願って、今朝の教会でお祈りしましたよ。

 
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
自分の『仕事』が、お人のお慰みの一端となれるのは、嬉しいですね。 
二枚目のお嫁入りはいつかな? ないかな?

コメント

『仮装したフランス人形』 そして 『人がなすべき善を知りながら行わないのは、その人にとって罪です。』

2016-05-18 22:52:42 | 絵画。写真。

 カーニバルへ行くの?


優しい目。
今にも話しだしそうな、フランスの男の子。
私の感動を伝えることのできる絵を描きたい。


今日は、我が家で絵画教室。
私は、『仮装したフランス人形』。まだ未完成。

描く者に任せて、あれこれとは教えない先生が、
「限られた時間で描き上げることも大切です。」
そして
「限られた時間なので、描き終わる前に背景を塗るのですか?」とも言われた。

描くことが目的の私。
ていねいにていねいに、絵に命を与えていきましょう。
今日も無心に、自分自身に戻る楽しいけれども苦しいひと時でした。
今日もまた、力足らずの我が身を思い知ります。


そして。
今日は5月18日。年間第七水曜日。

   『今日の第一朗読 使徒ヤコブの言葉』 厳しく そして正しい言葉です。

『(愛する皆さん、)よく聞きなさい。
あなたがたは誇り高ぶっています。そのような誇りはすべて、悪いことです。

人がなすべき善を知りながら、それを行わないのは、その人にとって罪です。」』
                           ヤコブの手紙 4章13-17

厳しく・・・
愛するがゆえに、
『あなたがたは自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。
あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えていく霧に過ぎません。』
(同4-14)


手遅れにならないように・・・と。

人々に警告する・・・   『ヤコブ』

             エル・グレコ作品。ニジニ・ノヴゴロド美術館

ヤコブ自身は、
ユダヤ人の歓心を買おうとしたヘロデ・アグリッパ1世によって捕らえられ、44年に殉教。  


絵が上手になるためにも、人生の達人になるためにも、
先生や師との忠告を、
我が身に言われたことと自覚し、素直に忠実に聞き従うことが大切なのですね。

 
『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
上野の国立西洋美術館が、世界文化遺産登録の推薦を受けたようですね。 
そんなに素晴らしい建築物だったとは知りませんでした。
世の中知らないことばかり。手遅れになる前に、再訪の日が楽しみです。

コメント

絵画教室の開室・・・『クリスマスローズ』 そして 『御父の御心は、皆を終わりの日に復活させること。』

2016-04-13 13:00:00 | 絵画。写真。

   制作中。          『クリスマスローズ』


高齢化の現状が見えてくる。

長年日本画を描いている友人 そして 水彩画の友人。 私よりちょい年上の友人達です。
「沢山の画材を教室に持ち込むのが大変になってきた。日本画技法が大変になってきた。」
「あなたがなさっているパステル画は、画材は少くない、画法も簡単のようなのでパステル画を始めたい。」 
等と言われる。

友人たちの高齢化による変化を受け止めなければなりません。おせっかい性の私です。
パステルの先生に相談して、出前教授を願って、快諾して頂いた。
てことで・・・
       今日から、我が家で・・・『絵画教室の開室』 お部屋提供のみですが…。

それにしても、友人たちはお上手です! 
やはり、全ては長年の努力の積み重ねが花咲くのですね。


そして。

今日は4月13日。復活節第三水曜日。

    『今日の福音 イエスの言葉』 イエスは『神の御心』を行う人です。

『イエスは人々に言われた。
わたしが、天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、
わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。

私の父の御心は、
子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、
わたしがその人を終わりの日に復活させることだ。」』
                             ヨハネ福音書 6章38-40節

イエスを信じるとは、
イエスが神から遣わされた方。 そして 神の業をなさっている方。であると認めることです。

つまり。

私達がイエスを信じるのは、
イエスの教えが素晴らしいからだけではなく、イエスが神から遣わされた方だからです。
そして、イエスが、『神の御心』・『神の愛』を示して下さったからです。

    神は、イエスを通して、『御自分の心・愛』を示して下さったのです。
    そして。
    私達は、イエスを通して、『神への信仰』ができるのです。
   
     
私達は『神の心・愛』を知って・・・『希望』が持てるのです。
    信仰によって頂いた『永遠の命』を、復活させて頂けるのです。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
絵も信仰も、大事なことは地道な学びですね。 皆様は何の道で花咲かせておいででしょうか?

コメント

竹かご  そして  『神の言葉を聞き、それを守る人』

2014-10-11 20:51:22 | 絵画。写真。
    半年振りの市民講座: 『絵画教室』。 参加しました。
       非常に緊張しての参加でした。

半年前。
自分の絵画が好きな気持ちとは裏腹に…日々絵を描いて絵の練習をしない自分は、『絵を描く資格がない』 と、強く悩みました。
    "好きなら、描くはず!” と。 単純にまじめに思いました。 そして 『絵画教室』 をやめました。
やめた後の半年間。
まったく筆を持ちませんでした。 筆を持たない私は、確信して、思いました。 『絵を描く資格がない』 と。
    ”でも、描きたい!” との思いは消えませんでした。  迷う心は…あっちへこっちへと・・・。
そして6ヵ月後の今日。
絵を描くことへの憧れを忘れられない私がいました。 ”私は描くべきだ!” と、自分に言い聞かせました。

   見たものを客観的に描くことには、興味がない。 
      写実に興味はない。
  これだけが、私のはっきりした、『私の絵への思い』 です。
      こんな思いを、私は実現できるだろうか? 描けるだろうか?

そして。
今日。
午前中。 絵の道具を、きれいに取り揃えて、準備しました。
午後。  心に鞭打って、緊張して、『絵画教室』 に参加しました。

    題材: 『竹かごに入れられたドライフラワー』
     

新しい先生でした。
先生は、私の描いた下絵を違う紙で描き直おすようにと、私の技法の基礎からひっくり返しました。 直されました。きびしい。 それが有難い。
 『全体を平均に描かないように。』 『自分が一番描きたい部分だけを強調しなさい。』 『強調で奥行きを表現しなさい。』
              ・・・『私の絵への思い』 が実現する。 そんな思いでした。 でも難しい。

    非常に緊張して描きました。 緊張した時間でした。

帰宅後。
クラスで2度描き直した作品を、再び、全部消して、描き直し始めました。 
   まだまだ未完成です。 出来上がったら見てくださいね。
 
そんなこんなで、今日は疲れ果てました。 
   今日のブログを、書きかけでUpしてしまい、寝てしまいました。 失礼いたしました


今日・10月11日。土曜日。
               『今日の御言葉』
    『イエスは言われた。
「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」』
                          ルカ福音書 11章28節

     幸いと分かっていても・・・
   御言葉を聞き、それを守ることは、難しいことです。 

そこで、他の御言葉を、思い出しました。

『イエスのところに母と兄弟が来たが、群衆のために近づくことができなかった。
そこでイエスに、「母上と兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます」との知らせがあった。
   するとイエスは、
「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになった。』
                                ルカ福音書 8章19~21節

     これって不思議なイエスの言葉ですよね。
  「あなたに会いたい」 という母に 「神の言葉を聞いて行う人たちが私の母です。」 と答えます。
           わけ分からない 『母への返事』 ですよね。


    お互いに、顔と顔を合わせて、本物に出会うことがなくとも・・・
   『神=息子・イエスの言葉を聞いて、そのとおりに受け止めるマリア』 と 『息子』 は、心と心で強くつながっていますよ
           ということでしょうか?  イエスの母マリアへの 『愛情深い返事』 ということでしょうか?
      それは、
       同時に、私たちへの、『愛情深い返事』でもあります。
   お互いに、顔と顔を見合わせなくとも・・・
   『僕の言葉を信じて守る皆様』 と  『僕イエス』 は、兄弟です。親子です。 心と心でがっちりつながっていますよ!
                         と。キリストからの 『愛のメッセージ』 ですよね!

    こんな御言葉もあります。
   『エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに(母マリアに)言った。
   「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」』
                                          ルカ福音書 1章45節 
    
    つまり。
        『幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。』
      幸いなのは
        マリアに倣って、マリア同様に、
      神の言葉は真実である。神の御言葉は必ず実現する。 と信じて・・・御言葉を守れるようになった人。 なのでしょうね!


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
皆様は、自分の力を出し切る緊張の時間をお持ちですか? どんなお時間ですか? 穏やかな週末をお過ごしください!
 
コメント

『写真講座再開』 そして 『明日のことまで思い悩むな』

2014-06-21 22:52:37 | 絵画。写真。
皆様! こんばんわ!
突然ですが・・・
今日撮影した、下の二枚の写真をご覧ください。 よろしくお願いいたします。

どんな風に違うか??
左の写真は『普通の写真』ですよね。  右の写真は『ピンボケ写真』?と思いますよね。

種明かしをしますね。                        我が家のバラ。次々と咲いてかわいい
左は普通に撮影。 右は、カメラレンズをサランラップでおおい 更に ラップにクリームを塗って、撮影です。
    右は、写真教室の先生の、「面白い写真になりますよ。試してみて下さい」、言葉通りに撮影しました。
        皆様! いかがですか? 確かに面白い! どちらがお好みですか?


私は、腕は伴わないのですが、写真好きです。
2007年と2008年と二年間。 写真撮影が少しでも上手になりたいと、『写真講座』に通いました。

そして・・・
今日。
思いついて、6年ぶりに、『写真講座』に参加しました。 以前と、同じクラス。同じ先生です。
   デジカメや携帯で簡単に写真が撮れる。写真を簡単に楽しめる。写真ブームです。
 クラスは満席。皆さん高級カメラ持参で、熱気に満ちています。 20台の若い人も一人。

当時の2007年。写真教室の課外授業。     『雨の日のバラ』

                                   いかがでしょうか? 
次の二枚は・・・
2008年1月。 寒い夕方~夜の課外授業。   『明石海峡-1』

           明石海峡に浮かぶ『飛ぶ鳥と船』です。

もう一枚。              『明石海峡ー2』

           幻想的な 『六角堂』です。

以前の写真教室から、8年が流れました。  8年間で…写真の腕は上がったのだろうか?
再び、写真教室に入部。 写真教室入部で…私の写真の腕は上がるのだろうか?  大いなる疑問です。

久しぶりに・・・
入部すべきか否か?   
『教室代金』でワンランク上の写真機を買って毎日100枚位撮影するほうが、写真教室より、腕が上がるのでは??
   今日も、先回同様に、カメラの専門用語が並びます。 覚えられるだろうか?
     『To be or not to be, that is the question.』  悩む私です。


6月21日。土曜日。     『今日の御言葉』
             『明日のことまで思い悩むな。』

       『イエスは弟子たちに言った。
「だれも、二人の主人に仕えることはできない。
一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。
あなたがたは、神と富に仕えることはできない。

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、必要なものはみな加えて与えられる。
だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。」』
                      マタイ福音書 6章24&33&34節

今日の御言葉。
慣れ親しんだ、どなたもご存知の言葉ですよね。 
     『明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。 その日の苦労は、その日だけで十分である。』

   その通り。 神にゆだねて思い悩むな! 私もそう思います。

  『野の花は、働きもせず、つむぎもしない、しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。』
                       マタイ福音書 6章29節   
  『髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできない。』
                        マタイ福音書 5章36節

    神が、必要を満たしてくれると信じなさい。と。

 あなたにとって、一番価値ある物、信頼できる物は何ですか?
   価値が少なくなっていくのを恐れる 財産ですか?  
     それとも
 野の花のように、あなた様を必ず着飾らせてくれる、神に信頼をおきますか?

イエスは言うのです。
   神を信頼し、神に希望を置いて・・・ 
      『明日のことまで思い悩むな』。 と。
     大いなる そして 価値ある チャレンジです!

私は何を悩むのやら??
  『To be or not to be, that is the question.』  

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
思い悩む時って…すでに自分の中に答はあるのかもしれません。誰かに自分の意見の後押ししてもらいたいのですよね! きっと!


****************
記録  
今日・21 日の ラン距離:12km

早朝ランでも汗汗  熱中症対策をお忘れなく! 
  6月走行合計距離:26km
コメント

諸先輩方の教訓  そして 『僕は主人にまさらず』

2014-05-24 16:00:00 | 絵画。写真。
土曜日は絵画に親しむ日。
絵画教室はなし。 長谷川義史の『絵本原画の世界』に行きました。

優しさがあふれる。   『ウーー ワン!』

独特の世界が良い。好き。          Paperホルダー 378円                             

 会場の大きなパネルに長谷川氏の自筆で書かれてあった。
  『忘れられない小学校の時の絵の先生の教訓』
             今の私を育てた教訓です。

 チマチマのテクニックで描くな。
 ぬるのでなく描く。
 大きくきもちを描け。
 きもちを画面にのせる。
 小さなこまかい所も大きな筆でこまかい気持になって描くこと。

         なるほどね~!
  しっかりメモして・・・私への『教訓』としました。  
   犬も歩けば棒に当たるワン!  大収穫でした。


5月24日。復活節第五土曜日。
                『今日の御言葉』
『イエスは弟子たちに言われた。
「『僕は主人にまさりはしない』と、わたしが言った言葉を思い出しなさい。
人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたをも迫害するだろう。」』
                                ヨハネ福音書15章20節 
復活後に帰点する前に、弟子たちに言われた今日の御言葉。 こちらも『教訓』です。
  ”私にも迫害がおよぶのか!”と。 弟子たちは怖かったことでしょう。

御言葉を理解させるために・・・
イエスは言います。
『僕は主人にまさりはしない』と、わたしが言った言葉を思い出しなさい。』 と。

以前に…イエスの言った言葉を思い出すことにしましょう!
で・・・
聖書を繰ってみると
三つ見つけました。 もっとあったのかな? 

①今日の御言葉と同様に、最後の晩餐での言葉。 弟子たちの足を洗った後での言葉です。

『主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなた方も互いに足を洗い合わなければならない。
わたしがあなたがたにしたとおりに、あなた方もするようにと、模範を示したのである。
はっきり言っておく。
僕は主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりはしない。
このことが分かり、そのとおりに実行するなら、 幸いである。』
           ヨハネによる福音書13章14~17節
そして
②最後の晩餐よりも以前。12人の弟子を選んだ時の言葉もありました。

『「わたしはあなた方を遣わす。
それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。
だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。
人々を警戒しなさい。あなたがたは地方院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。
弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない
弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。」』
                             マタイ福音書 10章16&17&24節
この言葉には続きがあります。

『人々を恐れてはならない。
体を殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。』   

③イエスは、弟子達と共に生活する時には、弟子達を励ましました。

『イエスは、たとえを話された。
「盲人が盲人の道案内をすることができようか。 二人とも穴に落ち込みはしないか。
弟子は師にまさるものではない。
しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる。」』
                               ルカ福音書 6章39&40節

   イエスは、死を迎える時の最後に・・・
愛する弟子たちを、これから弟子に振りかかる苦しみを思って、励ましたかったのではないでしょうか?
   幸いである十分である恐れるな師のようになれる。  と。
    イエスの優しさのこもる言葉ですよね。 大丈夫だよ! と。


    イエスは、最後の晩餐を終え・・・
 弟子たちとゲッセマネに来て祈り、『死ぬばかりに悲しい。』と。
そこへユダと大勢の群集が来てイエスを捕らえます。その夜にローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督:ピラトに逮捕され。
   翌日には、御自分の予告通りに、十字架上での死を遂げられました。


    イエスは知っていたのです。
 イエスが迫害を受けるように、弟子達も、同様に、迫害を受けることを。

  イエス亡き後宣教に向かう弟子達に、イエスは言い遺したのです。
        『必ず、伝道は迫害を招く。』 
師であるイエスが迫害を受けたのなら、その弟子たちもまた迫害を覚悟しなさい。
          それでも
   体は迫害を受けて殺されても、魂は滅びることがない。 
天の父は、師である主人イエスを守る 同様に必ず 僕である弟子たちをも守る と。

    イエスの弟子たち。
 最初の12人。→マティアの選出。→ステファノ。→サウロの改心。 その後も次々と・・・。
    そして今となって・・・あなた様も私もイエスの弟子です。 僕です。

 師である主人のイエスに倣って・・・私達も、何事も恐れずに、主の道を歩いていきましょう!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。 土曜日はいかがお過ごしでしたか? 日曜日も良い日でありますように! 
私は明日は登山月例会です。

**********
高山登山訓練記録 
まじめに続けています。 5階ビルのSogo階段の10往復。 登山時に使う筋肉の鍛錬です。

      昨夜TVで、ヒマラヤ制覇登山家の『教訓』
『どんなに厳しい斜面を上る時も、地球の中心に向かって、体をまっすぐに、一歩ずつ。
     決して、何かにつかまったりして、体を傾けないこと。
   地球の中心に向かってまっすぐを確かめてから、一歩前進です。』
 早速・・・今日の訓練は、体幹を意識して、地球に向かってまっすぐに。
       明日は・・・山で、実地訓練です!  
コメント