マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

GW四日目・・・『御代交代』&『再宣教150周年の巡礼』 そして 『人の子は上げなければならない、信じる者が永遠のいのちを得るために。』

2019-04-30 17:00:00 | 休日(GW。夏休み。冬休み。休暇。)

4月30日。火曜日。曇り時々晴れ。


  『象徴としての私を受け入れ支えてくれた国民に心から感謝します』

 

      平成天皇在中『最後のおことば』を述べられました。

       天皇陛下さまと皇后さま共に『日本国の象徴』
          としての最後のお姿とお言葉に
           尊敬と敬愛の心を込めて、
     ひざをかかめて、正座、襟を正して、拝聴した私たち夫婦でした。

           平成時代に感謝申し上げます。
       平成天皇と皇后さまのお働きに感謝申し上げます。

 
そして。

    今日も、『巡礼の旅』です。
   
   今日は、二つの『巡礼指定教会』への巡礼でした。

一つ目。

          『カトリック三田教会』
    

         『再宣教巡礼帳』を掲げて・・・  
祭壇に掲げられた御言葉の聖板『わたしは復活であり生命である』と、記念撮影

     
    三田教会の守護の聖人は『聖ヨハネ・ビアンネ』でした。
 
私たちの属する教会の、『聖ビアンネ』の洗礼名を持つ今は亡き、I神父様を忍びました。
    そのお優しさ や 頂いた沢山のご指導を、振り返りました。
     I神父様と聖書100週間の仲間と共に
 聖書完読の記念に『大原美術館』を訪ねた楽しかった時間なども思い出しました。

 

   『巡礼』は、聖なるものにより接近しようとする宗教的行動。です。
     三田教会の巡礼により、
今は亡き慈愛のお心をお持ちだった神父様を忍ぶ時間を持てたことに感謝しました

 


二つ目。

       『カトリック神戸中央教会』
    
       『再宣教巡礼帳』を掲げて・・・    
 『私があなたがたを愛したように互いに愛し合いなさい』←当教会の大聖堂入り口に刻まれています
  との『新しい律法』を遺した、気高いイエス像と、大聖堂で記念撮影

 

   『聖櫃』の安置されている『小聖堂』に席を移し、
『聖体訪問』 と 『3つの祈り』:『巡礼課題』 を果たしました。
  更に、平成の御代に感謝し、令和の御代の平和を、祈りました。
    

  『巡礼』によって、心が浄化されていく私たち夫婦です。 
                感謝!感謝!


そして。

今日は4月30日。復活節第二火曜日。

 
『今日のアレルヤ唱』

アレルヤ、アレルヤ。
 『人の子は上げなければならない、信じる者が永遠のいのちを得るために。』アレルヤ、アレルヤ。


『今日の福音 イエスの御言葉

          『そのとき、イエスはニコデモに言われた。

  「天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。
   
そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。
       それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」』

                   ヨハネ福音書 3章7a&8-15節

 
  イエスの時代。

      イエスは、ご自分は天から来た者、ご自分以外に天に上った者はいないと、
       ご自分は神であると明確に言われるのです。
          又、ご自分の命を棄てることで、
        人々が『永遠の命』を得ることができる、 と話されます

  それでも。
  
    ニコデモ 他たくさんの人たちは、イエスを信じることができません。

 

その昔。旧約時代。

        モーセは、蛇にかまれて命を失う民のために、
     『蛇』を上げて、その蛇を見上げる民は救われたのです。
  

 『モーセの蛇』は、神の命令によってモーセが作った、『イエスの磔刑』の前表です。
        『真の癒し』は、神から来ることの前表でした。

    
    『蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。』
民数記21章4-18節


 そして今の時代。

   
   イエスは、
    『モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。
        
それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。』

      ・・・と。ご自分の十字架上での『磔刑』を預言なさるのです。


   私たちは、
        『信じない者ではなく、信じる者になりなさい。』と、
     イエスの『御言葉』を信じて、信じる者になりたいものですね。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
今夜が明けると…そこは『令和』時代です。平和の御代になりますように祈ってまいりましょう。 お元気で!

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GW三日目・・・『夏山縦走登山特訓Day』 そして 神の救いの歴史・・・『だれでも水と霊によって生まれなければならない。』

2019-04-29 16:00:00 | 休日(GW。夏休み。冬休み。休暇。)

 今日は4月29日。月曜日。曇りのち雨。 10日間の『GW第三日目』

     今日は、『巡礼の旅』はお休みです。

 

 娘からの5年前の母の日プレゼント・・・  『巨峰』
 
                             大切な宝物です。

                        
今年は、豊作で、亡き母が作っていたように、『自家製ワイン』を作りたいものです!
         一昨年は豊作、昨年は不作。
    小さな苗も5年目を迎え・・・今年は豊作でありますように!

 

      素晴らしい生命力です・・・   『花芽』 
    
       今年は、気合を入れて、育ててみよう。


今日は。
夫は、友人と『飲み会』。 巡礼はパスです。
私も巡礼相棒・夫がいなくては、二人とも巡礼満願を目指す以上、巡礼はパスです。

  というわけで・・・

   『GW三日』『夏山縦走登山Special特訓Day』となりました。


    午前中速歩・・・・・・・・いつもの7000歩程を、8107歩。
  午後。SOGOの階段の上り下り・・いつもの20回往復を、25回往復。


        『SOGOデパートのらせん状階段の上り下り』
     
14段×2=28段で一階段あがる。×5階=140段で・・・一回目の上りが終了。

      同じ140段を下がって・・・一回目の下りが終了。
     一回の上り下りで、140階段×2=280段を歩く。

          
        今日は、25回の上り下りで・・・

 280段×25回=7000階段を歩いた、ことになりました やったね!

              終了時は、汗汗汗汗


        巡礼も、登山訓練も、体力勝負です。


そして。

今日は4月29日。月曜日。復活節第二月曜日。

  人は、肉から生まれ、新たに霊から生まれるのです。


『今日の福音 イエスの御言葉

   『さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。
      ある夜、イエスのもとに来て言った。

 「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。
        神が共におられるのでなければ、
  あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」

        イエスは答えて言われた。

「はっきり言っておく。
    人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」

        ニコデモは言った。

    「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。
    もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」

        イエスはお答えになった。

         「はっきり言っておく。
      だれでも水と霊とによって生まれなければ、
         神の国に入ることはできない。
    
    『友人の洗礼式』         於。9日前の復活の聖なる徹夜祭
     『水と霊とによる洗礼式』で、友人は新しく生まれました。

        
    肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。
      
『あなたがたは新たに生まれねばならない』

                 ヨハネ福音書 3章1-8節


 『神の救いの歴史』は、超シンプル、『人間を神の国に戻す』ための歴史です。


まずは。
      帰るべき『神の国』はどこにあるの?

       それは『エデンの園』です。
  
      神が、自分の似姿で人祖・アダムを造り、住まわせた所です。
                     御三位であられる、神のお住まいになられる所です。

ところが。

    アダムは、『神への背信の罪』で、神から『エデンの園』を追放されます。
  

    それから。 人類は、地球上に住み、
         限りある『この世の命』を生きる者になったのです。


それでも。
     
   神の人間への愛は、海よりも深く、天よりも高く、変わることがありませんでした。
        そこで。
   神は、『エデンの園』に人間を呼び戻すための『救済方法』を考えました。


『神の救済方法』その①
神による『旧約(聖書)時代』です。

      
       
       神は、人間に、『律法・十戒』を与えました。

  
     『十戒』    神はモーセに託しました。

        『十戒』を守り実行することで、
    ”人間を『神の国』に戻すこととする!” と決めた神です。


ところが。

   人間は、弱い者で、『十戒』を守ることができません。
      どうしても、『エデンの園』に、自力では、戻れません。


それでも。
        
  神の人間に対する愛情は、深く、大きく、人間の弱さをも許してしまうほどなのです。
        そこで・・・
 神は、弱い人間のために『罪の許し』を与える、第二の『救済方法』を考えました。

 

『神の救済方法』その②
キリストによる『新約(聖書)時代』です。

  
  神は『我が独り子・イエス』を、人類の罪の『贖罪』とする、と決めました。

  

    神は、『人間の罪の許し・贖罪』として、『御子・イエスの命』を、
        人類にお与えくださったのです。
     御子・イエスを、この世にお送りくださったのです。

 

ということで・・・

   『人は、だれでも、イエスの『贖罪』を信じ、水と霊によって洗礼を受け、
        新たに『霊』において生まれ変わることによって、
      『神の国』に入ることができる。』 ようになったのです。


『神の救いの歴史』は、超シンプル、『人間を神の国に戻す』ための歴史です。
    
   
   『聖書』は、旧約と新約の二本立の長編で、難しそうに思えますが、

      その内容は超シンプル、
   『人間を神の国に戻す』ための、『神の救いの歴史』が綴られているのです。
    

       ぜひ一度。お手に取って、読んでみてください
           お勧めします。面白いですよ。


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
明日一日で『平成の御代』の最終日です。皆様にとって豊かな一日となりますように! お元気で!

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GW二日目・・・『再宣教150周年の巡礼』 そして 『信じる者になりなさい。見ないのに信じる人は、幸いである。』

2019-04-28 15:00:00 | 休日(GW。夏休み。冬休み。休暇。)

今日は4月28日。日曜日。一日中薄曇り。 10日間の『GW第二日目』

     今日も、昨日同様に『巡礼の旅』です。

   
   今日は、『巡礼指定教会』のうちの 『カトリック姫路教会』を訪問しました。
 

         『再宣教巡礼帳』を掲げて・・・
 『カトリック姫路教会 復活のイエスの御絵の祭壇刺繍布』と、記念撮影

    姫路教会から我が家の『聖書100週間』に通って下さった後に、 
     カナダに派遣された、今は亡きシスターを偲びました。            


『巡礼』
とは、
         
       日常的な生活空間を一時的に離れて、宗教の聖地や聖域に参詣し、
 
     聖なるものにより接近しようとする宗教的行動のことです。
 
    

   
    基本的に、ラテン語の「peregrinus ペレグリーヌス」を語源としており、
 
   その基本的な意味は「通過者」とか「異邦人」でも明らかなように、      
   巡礼の根本的なかたちは、『遠方の聖地に赴く』、というところにあります。

つまりは。

        日常空間あるいは俗空間から離脱して、         
       非日常空間あるいは聖空間に入り、そこで聖なるものに接近・接触し、    
 
    その後ふたたび、 もとの日常空間・俗空間に復帰する行為、
と言うこともできる。  
     
                         ウィキペディアより。

 

   今日は、       
       私は、朝の『復活節第二主日ミサ』に参加後、電車で姫路入り、姫路城あたりの散策・・・
    夫は、朝7時出発、ゴルフの一日・・・              
              その後。   3時。カトリック姫路教会に集合。巡礼でした。
             

     
       3時。姫路教会では『英語ミサ』の時間でして・・・
   
         夫と二人で、久しぶりに英語ミサに参加、『御聖体』を頂戴して、
    『聖体訪問』 と 『3つの祈り』:『巡礼課題』 を果たしました。

 

   『巡礼』により、
    信仰心が整えていかれる、そんな気のする私たち夫婦です。
      
    12教会の訪問で、巡礼の満願を果たしたのちは、
             
    私たち夫婦は、何を感じるのでしょう?何を悟るのでしょう? 楽しみです。
 
                          神に感謝!感謝!

 

 

   『今日の姫路城』  
          
   
GWを楽しむ人々、
      
   家族連れ、恋人同士、老カップル、欧米やアジアの観光客、私は一人、等々、 
          お人があふれていました。


そして。
 
今日は4月28日。   
        『復活節第二主日・神のいつくしみの主日』
 復活のイエス様は、復活の八日の後、弟子たちに二度目の顕現です。
 
今日の福音 イエスの御言葉』
 
     『その日、すなわち週(復活の週)の初めの日の夕方、  
     弟子たちは自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。
      
  そこへ、   
  イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。      
 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。
         
イエスは重ねて言われた。
      
     「あなたがたに平和があるように。
 父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」

     十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、
     イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。

   そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、
         トマスは言った。          
     「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
 
    また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」

        
      
さて八日の後
       弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。

 イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた

    それから、トマスに言われた。  
     「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。
       
          また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。
                   
             信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
 
 
        

    トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。     

    イエスはトマスに言われた。     
  「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」』
 
                      ヨハネ福音書 20章19-31節

 

今日の説教。

            「復活したイエスは、今も生きておられます。  

  イエスは、私たちの『一言一句』まで、お聞きになられているのです。 
     イエスは、生きておられるので、聞き逃されないのです。   

その証拠に、         

            イエス様は、その席にはいなかったにもかかわらず、
   

   トマスの『あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
     また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。』          
     ・・・との『つぶやき』を聞いておられたのです。

     
     復活の八日の後に、
          
     イエス様は、再び、弟子たちの真ん中に現れ・・・

             トマスに言ったのです。 

     『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。
  
      また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。    
      信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
と。

  更に。  

  トマスの わたしの主、わたしの神よ』 の言葉に応えて、イエス様は言いました。 
  「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」と。  
 

        『復活した神は今も生きておられる』 のです。        

   復活節の間、     
  『信仰』が深められますように、『イエスの命』が与えられますように、 

                 父なる神にお祈りしてまいりましょう。」    
      
              以上。今日の司式司祭の説教の一部でした。  

   
   イエス様は、トマスを愛し、大事に思っておられた、のがよくわかりますね。

   イエス様は、トマス同様に、世界中の人々を愛されているのです。感謝!感謝!


『今日の拝領祈願』

    『全能の神よ、          
     主の死と復活を記念する秘跡にあずかったわたしたちが、   
      いつもその恵みによって生きることが出来ますように。』

皆様!   
御訪問に感謝申し上げます。
いかがなGWをお過ごしですか?穏やかな日々でありますように。 お元気で!

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GW一日目・・・『再宣教150周年の巡礼』 そして 『全世界に行って、福音を宣べ伝えなさい。』

2019-04-27 06:30:00 | 休日(GW。夏休み。冬休み。休暇。)

4月27日。土曜日。10日間の『GW:第一日目』

   
 はじまりです・・・    『プラチナ・ウイーク』
 
  GWではなく、10日間となると、『プラチナ・ウイーク』と言うそうですね。

      ”プラチナ・ウイークの始まりはラジオ体操からですね!”
    今朝は、私もいつもの速歩の最後に、夫のラジオ体操に合流しました。
            ”10日間…元気に楽しく過ごしましょう!”


『プラチナ・ウイーク 第一日目』

      大阪大司教区『再宣教150周年の巡礼 第一日目』
     
        『再宣教巡礼帳』を掲げて・・・
『カトリック明石教会 モニュメント』『夫の車』で、記念撮影

 

 夫と二人。『再宣教巡礼期限:6月16日』が近づいてきて、おしりに火が付いた!
    大阪府、兵庫区、和歌山県の指定教会のうちの
      12教会を大急ぎで訪問することにした。


   1549年。 キリスト教の日本への最初の伝来。  490年前。
 カトリック修道会:イエズス会のフランシスコ・ザビエルによる
       日本でのキリスト教布教の始まりです。
  
   『イエズス会士と日本人』           1600年頃
    
  それから、いろいろありまして、日本でのキリスト教禁止令にまで至りました。

そして。
    フランシスコ会・ザビエルの日本での布教開始から219年後。

1868年(慶応4年)。パリ外国宣教会・ピエール・ムニクウ神父による、『日本での再宣教』が始まる。


そして。

  パリ外国宣教会・ムニクウ神父による、日本での再宣教から150年後の昨年。

2018年(平成30年)6月17日。『再宣教150周年』祝年を制定。
    
    
  大阪教区では、『再宣教150周年の巡礼』が設定されました。

    巡礼指定16教会のうち、12教会を訪問し「教会のしるし」を頂く。
    ②3つの府県(大阪教区)を訪問する。
    巡礼指定教会の聖体訪問をし、3つの祈りを唱える。
      Ⅰ:「再宣教150周年の祈り」Ⅱ:「主の祈り」Ⅲ:「信仰宣言」

 
  夫と二人。『巡礼期限:6月16日』が近づいてきて、おしりに火が付いた!
      
      というわけで・・・


         私たち夫婦の『プラチナ・ウイーク』は、
       『聖なる巡礼ウイーク』となりそうです。


そして。

今日は4月27日。『復活の土曜日』

  復活のイエス様も『宣教』を訴えます。


『今日の福音 復活のイエスの遺言

     『イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、
    
     まずマグダラのマリアに御自身を現された。
    
マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。
     しかし彼らは、イエスが生きておられること、

  そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。


    その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、

  
      イエスが別の姿で御自身を現された。
この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。


    
 その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、

 
       不信仰とかたくなな心をおとがめになった。
  復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。

       それから、イエスは言われた。
「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」』
                       マルコ福音書 16章9-15節

 

弟子たちは、
婦人たちや仲間の2人から、『イエスは生きておられる』と聞いても、信じませんでした。

     弟子たちにとって、『復活』を信じることは、
  ”この目で見なければ信じない!” と、簡単ではありませんでした。

   
  イエスは、かたくなな弟子たちの前に現れ、彼らの『信仰』を深めました。


イエス様は、
 「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」

    そんな、かたくなで『復活』を信じるに時間を要した弟子たちに、
          『宣教』を託されたのです。

     
    イエス様は、

       簡単に信じなかった経験を生かして、
  なかなか信じれない人々を理解でき、その方々の気持ちがわかる弟子こそが、
        『宣教者』となれると信頼されたのです。


  今の時代も、
  見えない神、イエスの復活、を信じることは、簡単なことではありません。

   
    そして。
  今の時代も、多くの人が・・・
    信仰者の『証し』によって、キリストに出会うのです。
   毎日の生活の中で、『神の働き』を感じて、キリストに出会うのです。


 
 私たち・キリスト者は、

   イエスの『遺言:福音を宣べ伝えなさい』を受け継いで、
     『再宣教』に励みましょう! ファイト!

 

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
プラチナ・ウイークのスタートは順調でしたか?穏やかで幸せな10日間をお祈り申し上げます。 お元気で!   

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聖書100週間・・・『三種の神器』 そして 『今とった魚を何匹か持って来なさい。』

2019-04-26 14:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

4月26日。金曜日。晴れ。 『聖書100週間』

今朝も、いつものように、ランニング速歩。

 私と共に歩く・・・   『青空の一つの雲』
 
                                美しい!
 
  ”今日も、聖書100週間の仲間に、聖霊の豊かな恵みを注いでください!”   
  私の祈りを共に祈ってくれかのように、私といつまでも歩いてくる聖霊 雲。


『御言葉』
を思い出しました。

   『旅路にある時はいつも、主の雲が幕屋の上にあり、
      イスラエルの民を導いた。』出エジプト記40-37


     今日の通読範囲は、『民数記13章~24章』


 ユダヤ教の『三種の神器』の一つ・・・  『アロンの杖』   
 795ery
 『芽を吹き、つぼみを付け、花を咲かせ、アーモンドの実を結んでいた アロンの杖』
                          民数記 17章23節

   
      『契約の箱』に収められたユダヤ教の『三種の神器』
(十戒の刻まれ)契約の石板』 『(神が砂漠で民に与えた)マンナの入った金の壺』『芽を出したアロンの杖
                                              ヘブライ人への手紙9章4節
    

    三種の神器が納められた『契約の箱』『神の臨在の象徴』です。
       『神の臨在』の箱を見ることは許されません。

 

日本でも。
あと5日後には、
  
     『平成の御代』から『令和の御代』へと、御代替わりです。
 
 『剣璽等承継の儀』                         1989年(昭和64年)1月7日

        日本の『三種の神器』の継承式です。
    
      
                    画像は予想図です。

         『鏡・玉・剣』
    天孫降臨の際に天照大神が瓊瓊杵尊に授け、
    日本の歴代天皇が継承してきた三種類の宝物です。
          現物は非公開。
天皇でさえもその実見はなされておらず、多くの面が謎に包まれているのです。


 『令和の御代』が『平和の御代』でありますようにと祈りながら、迎えましょう!

 

そして。

今日は『復活の金曜日』

   復活したイエス様の弟子たちへ三度目の顕現です。

『今日の福音 イエスの顕現


『その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。
       その次第はこうである。

 シモン・ペトロ、トマス、ナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が、
    出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。 

     既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。
    だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。

  イエスが「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、
     彼らは、「ありません」と答えた。

 イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」
そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。

   イエスの愛しておられたあの弟子(ヨハネ)がペトロに、「主だ」と言った。
 シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。
      

イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。』
                  ヨハネ福音書 21章1-14節


    イエスの三度目の顕現は、漁師のペトロたちの『仕事場』でした。
       師・イエスを無くし、魚も捕れない、食べ物もない、
           明日への希望が見えない場でした。


         そんな弟子たちの前に現れたイエスは、
            希望のない弟子たちに、
   もはや網を引き上げることができない『大漁』をもたらしてくれました。

            『大漁』を見た弟子たちは、
       目の前に立っている方は、『イエス!』と、わかりました。
  イエスが、いつもともにいてくださり、助けてくれることを、確信できたのです。

     その時から・・・
  イエスの姿を見なくても、希望に満たされ、揺るぎのない『信仰』が生まれたのです。

   
   私たちも、

       ”私たちにも、お声をかけてくださ~い!”
  「イエスが岸に立っておられた。」の画像検索結果
 『イエスが三度目に顕現なさったあたり:ガリラヤ湖』     
昨夏の巡礼地  

   イエスのお姿を見なくても・・・揺るぎのない信仰に生きる仲間です。

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
明日から10日間の『プラチナ・ウイーク』です。素敵な日々をお過ごしください。 お元気で!

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規則正しい生活・・・『亭主の好きな赤烏帽子』 そして 『あなたがたに平和があるように。』

2019-04-25 04:30:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

4月25日木曜日。曇り。

規則正しい生活をする私たち夫婦。

   4時半・・・    『起床』
 
 『お隣さんの藤』      お隣さんは夢の中。       我が家のガレージの横。
       
        美しい藤を眺めながら、深呼吸。

 
 10時:午前中・・・   『聖書100週間 聖書通読会』
   
     今日は我が教会まで足を運ぶ  

          12時終了と同時に、帰宅ダッシュ
         夫と二人の昼食時間を狂わせない。互いに時間を守る。

              
            午前中に一つ。午後に一つ。
      『何か』一つづつ。 『する!』と、意識的に、決めている。
      『今を生きている!』という実感がする。老後の充実感がある。
     勿論、『録画ビデオ鑑賞』の『リラックス・タイム』の時も多々ある。


        午後・・・   『手紙書き』
   病に臥せっている友へ『見舞状』。個展を開く友へ『励まし状』。
         高校クラス会幹事への『感謝状』。

 

  18時。夜・・・    『野球観戦』
 
 『亭主の好きな赤烏帽子』

 

    夜は、ゆっくり食事で早寝、『予定』を作らないようにする夫婦です。
 ところが野球シーズンになると、夫の好みに合わせて、『野球観戦』が夜の時間に加わる。

  

       この三日間は、『我が西武 対 ロッテ戦』
   一昨日は・・・11回延長戦で  11時まで。 『9対9』。引き分け。
    昨日は・・・ふつう対戦で9時半終了。 『4対1』。勝利。
     
       そして。

    今日は・・・10回延長戦で10時半まで。『9対8』。勝利。


    試合のない日は、10時前に就寝、『早寝早起き老人夫婦』です。
    試合のある日は、試合は楽しいが、就寝時間が大幅に遅れる。


      『規則正しい生活』に、修正例外 が多々起こる。 
    ”楽しい例外は良しとしましょう!” 自分には甘い老人夫婦です。

 

そして。

今日は『復活の木曜日』

  復活後のイエス様は、あっちやこっちや、顕現なさいます!

『今日の福音 イエス様の顕現

     『そのとき、(エマオから)エルサレムに戻った二人の弟子は、
(エマオの道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

   こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、
 
     「あなたがたに平和があるように」と言われた。

     彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。
        
そこで、イエスは言われた。

   「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。
  
わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。

亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」

    イエスは言われた。

  「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、
       必ずすべて実現する。
 これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」

     「次のように書いてある
   『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。
また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる
と。

    エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。
      
わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。

 
 『主の昇天』                   ジョット作品


   高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」』
                ルカ福音書 24章35-48節

  
   イエスは、復活後の四十日間、『神の国』について語り続けました。
     そして。
 イエスは昇天なさり、約束通りに、『高い所からの力』=『聖霊』を与えたのです。

 

   イエス様は、
復活の朝・・・婦人たちに現れ、『おはよう!』『恐れることはない。』と声をかけました。
復活の日・・・『エマオへの道』途中の2人の弟子に現れ、『何を話しているのですか❓』と声をかけました。
  そして。
復活の日・・・弟子たちが集まる真ん中に現れ、『あなたがたに平和があるように。』と声かけ、
    更に。疑う弟子たちに、『どうして心に疑いを起こすのか。』と声かけられました。


       神様も、イエス様も、
   間違えることなく、用意周到、『計画』を立て、実行なさる方です。
 
 『モーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。』
・・・と。おっしゃるとおりに、『旧約の約束』を『新約において実現』なさったのです。


  復活後のイエス様は、まず、あちこちで、『ご自分の復活・顕現』を実行なさり、
     次は、『高い所からの力』を送ると約束なさるのです。
         その『力』は、
  『エルサレムから始めて世界中に、『復活の証人』となるための『力』なのです。

 

   神様とイエス様は、成功のために、『用意周到』の方でいらっしゃいます。
     そんなお二人に信頼して、生涯ついていこうじゃありませんか!

 


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
一日をどのようにお過ごしになりますか?お仕事の一日ですよね。お疲れ様です。 お元気で!

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聖書100週間予習 そして 『エマオへの道』  

2019-04-24 15:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

 4月24日。水曜日。一日中降ったりやんだり。

一日中、明日と明後日の2クラス、『聖書100週間』の予習です。

  
 霧雨の中の・・・  『新緑』
 
                             
2階のMy書斎で勉強中。


明日の範囲は新約聖書:『使徒言行録1章~8章』。明後日の範囲は旧約聖書:『民数記13章~24章』。
   
  新約聖書と旧約聖書を同時に読むので、両者のつながりがよく分かる。
    『これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。
     ナザレのイエスこそ、神から遣わされた方です。』使徒言行録2-15

        新約は、旧約の預言の成就である。
・・・と。『神の御計画』の壮大さを、聖書を読むたびに、垣間見ますよね。面白い。

 

そして。


今日は4月24日。復活の水曜日。

 復活の朝に、3人の夫人たち・女性に、御自分を顕現されたイエス様。
 今日は・・・
 復活の翌日に、『エマオへの道』を歩む2人の弟子・男性に、御自分を顕現されるイエス様です。


『今日の福音 イエスの顕現


   『ちょうどこの日は週の初めの日であったが、
二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン(11,1㎞)離れたエマオという村へ向かって歩きながら、
       
この一切の出来事について話し合っていた。

    話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、
 
 『エマオへの道』              ロバート・ズント作品

           一緒に歩き始められた。
    
しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。

  イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。
      二人は暗い顔をして立ち止まった。
       
その一人のクレオパという人が答えた。
「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」

    イエスが、「どんなことですか」と言われると、
      二人は言った。
   ナザレのイエスのことです。
   この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。
 
それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、

    十字架につけてしまったのです。
 
わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。

    しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。

    ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。
    婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。
  そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。

      仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、
   婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」

 そこで、イエスは言われた。
「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、
  メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」
    そして、
モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

   一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。
二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」

   と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。

    一緒に食事の席に着いたとき、
 
 エマオのキリスト』             レンブラント作品。ルーヴル美術館

  イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。

すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

二人は、
「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、
    わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

   そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、
  十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。

二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。』
         ルカ福音書 24章13-35節 

 

     『エマオへの道』は、何を意味するのでしょう?

私なりに考えてみました。

 

 イエス様は、最後の晩餐の席で弟子たちの足を洗うほどに、弟子たちを愛し抜きました。
 弟子たちは、そんなイエスを尊敬し、イエス同様に、イエスを様を愛していたことでしょう。


  エマオへ向かう二人の弟子は、
    尊敬するイエスが殺されたことで、失望し、これから先への希望を失くし、
 悲しみの心で、エルサレムを離れ、それほど遠くではない故郷に帰ろうとしたのでしょう。


 ところが、

   復活したイエスは、
   失望して、エルサレムを離れる弟子たちを、更に愛されたのでしょう。
     二人に、どうしても、ご自分は『生きている』ことを知らせて、
      再び、信仰に燃え、希望を持ってほしかったのでしょう。

そこで。      


   イエス様は、そんな二人の話し合いの中に、割り込んで近づいてきたのです。
しかも。 
    イエスは『やり取りしているその話は何のことですか?』と質問して、
 イエス様は全部ご存知の『事件』を改めて尋ねて、弟子たちに『事件』を振り返させることで、

    二人に『事件の真意』を悟らせよう と意図なさったのではないでしょうか?


     イエスは、
     なぜ、苦しみ:『受難』があるのかを説明なさいました。
モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明されました。

     二人は、
 イエスからもっと話を聞きたかったのでしょう、泊まってくれるように頼みました。
 イエスと共に『食事』をするときに、同歩者はイエスであったと気づきました。

    
    エマオに向かう二人は、
     復活したイエスの話を聞き、復活したイエスと食事を共にして、
           『信仰』ができました。
    現代に生きる私たちも、
     イエスの御言葉を聞き、イエスの体を頂く、ミサにおいて、
   イエスは私たちと共におられ、私たちの『信仰』が強められるのです。

 

二人に、確実な『信仰』が生まれた時に、イエス様は二人の前から姿を消されました。
    イエス様は、安心して、二人の元を離れたのでしょう。


 『信仰』を持つ者に、『見える姿のイエス』はなくてもいいのです。
    『どんな時にも、復活なさったイエス様は共にいてくださる』
   との信仰があるので、イエス様の見えるお姿がなくても大丈夫なのです。


    復活するとは、霊的体に生まれることです。       
   イエス様は、霊的な体で、いつも共にいてくださるのです。

 
時を移さず・・・

   二人の弟子たちは、
   ”イエス様は生きておられる!” との信仰を確信した時に・・・
 時を移さず出発して、弟子の仲間たちに知らせたくて、エルサレムに戻りました。
                                                               時を移さず、信仰生活に戻ったのです!

   
    すると。
十一人とその仲間も集まって、『本当に主は復活してシモンに現れた!』 と言っていたのです。
    二人も、
『道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。』のです。
                           信仰の喜びの分かち合いをしたのです!

 

  『エマオへの道』の二人の姿は、
     私たち信仰者の姿を現しているのではないでしょうか?

 

       つらいこと、悲しいことに直面した時・・・
  私たちは『希望』を失いそうになります。 『信仰』すら揺るぐかもしれません。

      
      私たちは弱い者です。
    日々、『信仰』を強め、『信仰』を更新していくために、
聖書を読みながら『神の御言葉』を聞き、ミサにあずかり『御聖体』を頂くことが必要なのです。
  信仰者同志で、初代の弟子たちのように、『信仰の喜び』を分かち合うことが必要なのです。
     人々に『信仰の証し』をしていくことが、求められるのです。

 

                     以上。つたない私の考えでした。お粗末様です。

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
何事も極めていくには努力が要りますね。でもそれが人生の醍醐味ですね。楽しみましょう。 お元気で!

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春爛漫・・・『夏日』 そして 『わたしは主を見ました。』

2019-04-23 05:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

4月23日。火曜日。全国的に夏日の到来。

午前中いっぱい庭仕事。草木の剪定や草ぬき等。

   After・・・   『バック・ヤード』
 
 
     暖かくなって、つつじも咲き始め、やっと腰を上げた。

  

   夫と二人で。
   朝5時~7時半 & 8時半~11時。
   2人で合計・・・10時間仕事で、ごみ袋8袋分の仕事となりました。

  
   ご近所さんの・・・ 『フロント・ヤード』

 

     ご近所さんも、あちこちで、『庭仕事』の一日でした。
     

午後4時。
夫と二人で、美しく手入れされたご近所さんを眺めながら、『春爛漫』の街並みウォークを楽しみました。
     5時間もかがみこんだ作業後の、ストレッチになりました。

 

そして。

今日は4月23日。復活の火曜日。

『今日の福音 復活なさったイエスの御言葉

  『そのとき、マリアは墓の外に立って泣いていた。
       泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、
  
イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。

       一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。

    天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、
      マリアは言った。
「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」

 こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。
    
     しかし、それがイエスだとは分からなかった。

イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」
     イエスが、「マリア」と言われた。

マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げた。』
                       ヨハネ福音書 20章11-18節


昨日のマタイ福音書では、3人の婦人たちが、イエスの墓に行ったと書かれていました。
        3人は、イエスから『おはよう』 と声かけられました。

今日のヨハネ福音書では、マグダラのマリアだけが、イエスの墓に行ったと書かれています。
        一人のマリアは、イエスから『マリア』 と声かけられました。

  『週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。』20-1のです。
        
 
 『まだ暗い』とは、光のない、まだ見えない、『信仰の光』のないという意味でしょうか?

  
  イエスが「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」と言われるように、

     マリアは、一生懸命に、いなくなったイエスを探していたのです。

   
 イエスを探しているマリアは、イエスに会っても、イエス様だとは分かりませんでした。

     イエスに『マリア』と呼ばれて、初めてイエス様だと気づきました。

   
   これからは、私たちは、肉体:『肉』では、イエスを見ることはできないのです。

     これからは、信仰の目:『霊』で、イエス様を確認するのです。

  
  『信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。』
                    ヘブライ人への手紙 11章1節


     私たちキリスト者は、
マリアが『わたしは主を見ました』と、主が生きておられることを、弟子たちに伝えたように、
     『霊』に導かれて信仰を深めて、主をお人に伝えたいものですね。

 

            『主の復活』の朝を、3人の女性と、マグダラのマリアと、共に、
        迎えることができたことを、神に感謝します。
    私も、四人の女性と同様に、お人に『主のおわします事実』を伝えることに
     自分の人生をかけていけたらいいな! と考えた次第です。頑張ります!


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
町中をつつじが美しき彩る気候になってきました。春爛漫です。 お元気で!

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復活の祝杯・・・『イエスが婦人たちの行く手に立っていて、「おはよう」と言われた。』

2019-04-22 18:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

 4月22日。月曜日。夕餉。

  イエス様が復活なさいまして・・・  『祝杯』

      主は、仰せのとおり死者のうちから復活された。
  アレルヤ。『喜び歌え、主はとこしえに治められる。』アレルヤ。

  
  『祝酒』は、娘婿の友人が始められたボジュール農園『Pinot Noir』です。
     
      神に感謝! 神に感謝! かんぱい!かんぱい!


神の御子でありながら、その身に固執せず、この世を救済するために命を懸けられたイエス様。
  そして。
医師の身でありながら、その身に固執せず、長野県に11年前に移住しワイン作りに命を懸けた男性
     
     それぞれの人生に栄光あれ! かんぱい!かんぱい!

 

 アレルヤ、アレルヤ。『きょうこそ神が造られた日、喜び歌え、この日をともに。
     しあわせな人、神の恵みを受け、その喜びに生きる人。』アレルヤ、アレルヤ
                      

     信仰の喜びに感謝!感謝! かんぱい!かんぱい!

                おいしいワイン。喜びの祝杯。いいものですね。

     

 

そして。

今日は4月22日。復活の月曜日 。                                          

        イエス様の復活の朝の出来事です。

『今日の福音 イエス様の御言葉

『そのとき、婦人たちは(天使の話を聞いて)、恐れながらも大いに喜び、
  急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。

     すると、イエスが行く手に立っていて、
       「おはよう」と言われたので、
 

   婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。』
                マタイ福音書 28章8-15節


    
    イエスが亡くなり埋葬した翌日の朝の出来事ですよね。

 婦人たちは、朝一番、イエスを埋葬した墓に行きました。
      すると、そこに、イエスはいなくて、
         天使がいて、婦人たちに告げたのでした。
  

   「イエス様は復活なさったのです。ここにはおいでになりません。」

そして、
  婦人たちが、『イエスの復活』を弟子たちに伝えるために、急いでいる道で、
      イエス様は、婦人たちにご自身をお見せになったのです。
            「おはよう!」
        と、婦人たちに、ご挨拶をなさったのです。
 

   婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏したのです。


   イエスの復活を一番最初に知ったのは、3人の婦人でした。
      そして。
     復活のイエスが、一番最初に現れたのも、
    復活のイエス様が、一番最初に話しかけれれたのも、
                 3人の婦人たちでした。
       更に。
  イエスの復活を伝えるようにとイエス様から『使命』を最初に与えられたのも、
                           3人の婦人たちです。

 

   復活なさったイエス様の『第一声』は、『おはよう』でした。
        しかも。弟子たちにではなく、婦人たちにでした。

 
 あまりにも当たり前の、普段の朝の通りの『挨拶』を、ご婦人たちになされました。
      それは、何を意味するのでしょうか?

考えてみました。

 イエスを亡くした夜から・・・皆の心は、朝を迎えても、暗黒の中にあったことでしょう。
   そんな時。
 イエスの当たり前の『おはよう』の挨拶で、暗黒の心に、一気に『朝の光』が訪れたのです

   
    イエス様の『おはよう』『一言』で、

凍りついたようになってしまっていたマリアたちの命に、再び『生命』が取り戻されたのです。
    昨夜までとは全く違う『新しい命』が生まれたのです。

  
    いつものようにやさしく微笑んでいるイエス様のお姿を見て、
  その事実が、何よりもマリアたちの心に『喜び』がもたらされたのです。


    婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏したのです。
  足を抱きしめて、イエス様は『生きておられる』と、体で確かめたのです。

  

    3人の婦人たちは、
迷うことなく、蘇られたイエス様と『共に生きる』、『新しい生き方』を始めたことでしょう。

 

   暗闇は過ぎ去り・・・
     『朝の光』が、マリアたちの心も体も照らしてゆきます。      
 この『朝の光』は、『復活の朝の光』『永遠の命の光』 なのです。


    どうして?
   復活の始まりは、婦人たちから始まったのでしょう?
     イエス様は、婦人たちの揺るぎのない信仰を。知っておられたからでしょうか?

 

                  以上。考えました。お粗末様でした。

 
『昨日・復活の主日ミサの説教』 一部です。

『イエスさまの復活を通して、「死は終わりではない」ということが知らされました。
   私たちはいま、よみがえられたイエスさまの命の中を生きています。
   すでに亡くなった人々も、その命の光の中を、共に生きています。
       イエスさまはいまも生きておられます。
   どんなときも、私たちは独りきりで生きているのではありません。』

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
朝の太陽の光も、朝の「おはよう!」の挨拶も、その日一日の元気の元になりますよね。 お元気で!

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親から子へ孫へ三代・・・『きょうこそ神が造られた日、喜び歌え、この日をともに。』

2019-04-21 09:30:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

4月21日。復活の主日。

 復活の喜びの善き日。
 喜びの行事が盛り沢山です。

 

まずは。

         『きり子ちゃんBabyの洗礼式』
 
  ママときり子ちゃんを抱っこするパパと代母のおばあちゃん(私の友人)

     『水と聖霊により、新しい命が与えられました。』

 神父様の祈りが続きます。
 『この子が、ご両親の喜び、教会の宝となりますように。』
  『きり子さんが原罪を逃れ、聖霊の住まいとなりますように。』
 『光を受けなさい。信仰のうちに育ち、信仰の光を世に輝かす者となりますように。』


   信仰が・・・親から子へ。子から孫へ。三代と続く。
        
おばあちゃん・私の友人は先祖代々続く信者家族です。で…信仰は何代続いているのでしょう!?

                 素晴らしい。有り難い。立派なことです。


   ”孫9人目で、孫の九回目の洗礼式よ。マゴマゴしちゃうわ。”
             ・・・と、友人は微笑んでいらした。


次は。

          『小学生の初聖体授与式』
 
         花の冠を被った4人の女児と1人の男児。

   『今日のために、神父様とリーダーと準備をしてきました。
      嬉しいです。これからはイエス様と一緒に歩んでまいります。』
           ・・・と。代表者が『祈願』の言葉を述べられた。

 

  信仰が、代々、親から子へ、子から孫へ、その先へ、と続きますように。
    私も昨年の孫たちの洗礼と初聖体授与の式を思い出しながら、
               信仰の伝承を心から祈りました。


『今日の答唱詩編』

  きょうこそ神が造られた日、喜び歌え、この日をともに。

     恵み深い神に感謝せよ。 そのあわれみは永遠。
  
イスラエルよ、叫べ。 神のいつくしみは絶えることがない。

     神の右の手は高く上がり、 その右の手は力を示す。

 わたしは死なず、わたしは生きる。 神のわざを告げるために。』
                詩編 118章1+2、16+17、22+23節


 

 最後は。

  『聖体拝領』 
 
  ご復活の主日。 御聖体拝領の列は続く続く。 喜びの長蛇の列です。

      『キリストの御体!』 『アーメン!』
司祭と信徒の、語り継がれてきた『信仰宣言』が聖堂に響き渡りました。感謝!感謝!

 

最後に。

皆で頂戴しました・・・  『イースター・エッグ』 
   イースター卵は、『復活の象徴』 であり 『新しい命の象徴』 です。

 

 イエス・キリストの昇天後、
  当時のユダヤ人には鶏卵を贈る習慣があり、
 
 『ユダヤ人家族の過ぎ越しの晩餐』 鶏卵がありますよね。

    信仰と伝統は、綿々と続いているのです。
                素晴らしい。有り難い。立派なことです。 


今日も、夫と二人。
イースターエッグを頂きながら・・・
    信仰が伝承される素晴らしさを話し、
      『主の過ぎ越し・主の復活』 を賛美しました。

           神に感謝!

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
暖かい今日。イエス様に『新しい命』を頂き、新しい信仰の一年の始まりです。 お元気で!

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