マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

聖書100週間・・・『霊的花束』 そして 隅の親石・・・『さあ、あれを殺そう。』

2019-03-22 14:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

3月22日。金曜日。 今週も金曜日は『聖書100週間』。

  最後は。
  コーヒーブレイク・・・ 『霊的花束』 と 『バチカン土産』
  

      今日の聖書通読範囲は、『レビ記6章~16章』。
         

  『旧約の捧げものの価値の大きさは、
  『人間の罪の大きさ』 と 『イエス様の贖罪としての犠牲の大きさ』 と重なり、
自分自身の罪の大きさを改めて自覚することができ…四旬節の回心の時期を過ごす私にふさわしい通読範囲でした。』
                                                                                    
今日の通読範囲の、私の『感想』の一部でした。お粗末様です


      頭を使った後は、

仲間のお一人の怪我の手術後の経過の良いことを願って、
      ”アベマリア・・・御子イエスキリストも祝福されています・・・”
     全員の祈りの連唱で、『霊的花束』を作りました。
       
 これで、”早いご回復が確実ね!”

更に。

仲間の一人の、『バチカン土産』
 お仲間は、娘さんと二人で、”母娘二人だけの旅は最高に楽しかったです!”、イタリア・バチカン中心に旅行されました。
    『CUCUA QUALITY EXTRA CHOCAVIAR Venchi 1878』
     
バチカンお土産のチョコ、”なんておいしく、高貴なお味なんでしょう!”


   今日も、お仲間と聖書を通読する喜びを、再確認しました。 感謝!感謝!


そして。

今日は3月22日。四旬節第二金曜日。

  『妬み心』は、いつの時代も、『殺人心』にまでも発展します。
                       
怖いですね。


まずは。
旧約時代。


『今日の第一朗読 ヨセフの兄たちの妬み

イスラエルは、ヨセフが年寄り子であったので、どの息子よりもかわいがり、彼には裾の長い晴れ着を作ってやった。
兄たちは、父がどの兄弟よりもヨセフをかわいがるのを見て、ヨセフを憎み、穏やかに話すこともできなかった。

      兄たちは、はるか遠くの方にヨセフの姿を認めると、
   まだ近づいて来ないうちに、ヨセフをしてしまおうとたくらみ、相談した。
  
  ヨセフがやって来ると、兄たちはヨセフが着ていた着物、裾の長い晴れ着をはぎ取り、
      彼を捕らえて、穴に投げ込んだ。その穴は空で水はなかった。

  ところが、その間にミディアン人の商人たちが通りかかって、ヨセフを穴から引き上げ、
銀二十枚でイシュマエル人に売ったので、彼らはヨセフをエジプトに連れて行ってしまった。』
                創世記 37章3-4&2-13a&17b-28節

 

     旧約時代。
ヨセフの兄たちは、父親の愛情がヨハネに注がれるのを妬み、ヨセフをそうとします。
      偶然から…
        兄から逃れたヨセフは、エジプトに連れていかれます。
  その後・・・
  『捨てられた石』のヨセフは・・・『イスラエル国建設の隅の親石となるのです。


更に。

もう一つ。
新約時代。


『今日の福音 イエスの御言葉

『そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに言われた。

  「一つのたとえを聞きなさい。
ある家の主人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して旅に出た。
   さて、

 収穫の時が近づいたとき、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところへ送った。
   だが、
農夫たちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。

  また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。

そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。

     農夫たちは、その息子を見て話し合った。
 『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』
 
  
そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。」

    祭司長たちやファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、
イエスが自分たちのことを言っておられると気づき、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。』
                   マタイ福音書 21章 33-43&45-46節

 

      新約時代。
  神は、『神のブドウ畑・イスラエル』に、『実り・信仰』が育つのを願い・・・
たくさん派遣した預言者たちが殺され、最後に、『独り子・イエス』を送り込みました。
   しかし。又。
 当時の指導者たちは、民の信頼がイエスに注がれるのを妬みイエスをします。

      その後…
 『捨てられた石』のイエスは・・・『神の国建設の隅の親石となるのです。

 

       今の時代。
『イエスの犠牲・贖罪』のお陰さまで・・・
    『罪の許し』を得、『神の国の一員』となるための『信仰』を得たのです。

 

  人間の『妬み心』は、いつの時代も、『殺人心』にまでも発展します。
     しかし、
    神は、いつの時代も、『人の弱さ』をご存じのお方なのです。
         
 いつも神を信頼していましょう。

  『神のはからいは限りなく、生涯、わたしはその中に生きる。』詩篇90章

 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
1週間の早いこと!皆様のこの週末が穏やかで充実していますように。 お元気で!

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