マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

甘酒とちらし寿司・・・『雛祭り』 そして 『言葉こそ人を判断する試金石である。』

2019-03-03 18:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

3月3日。穏やかな午後。 雛祭り。

 夫の手作り・・・   『甘酒』
 
 酒蔵から購入の酒粕から作るので、逸品です。        おいしい。

  ”孫娘の幸せを祈って、カンパイ!”  ”世界中の女児の幸せも祈って、カンパイ!”

 私の手作り・・・   『穴子ちらし寿司』
 
 酢レンコンは夫が作った。           おいしい。

 ”おいしいね!” ”ママさん(私たちの娘)も、ちらし寿しを作っているでしょうね。”

    じいちゃんとばあちゃんの家では、
   世界の子供たちの幸せを祈る雛祭りです。


そして。

今日は3月3日。年間第八主日。

『今日の第一朗読 シラ書』

  今日も、シラ書の作者・ベン・シラの『教訓』が続きます。

『ふるいを揺さぶると滓が残るように、人間も話をすると欠点が現れてくるものだ。
陶工の器が、かまどの火で吟味されるように、人間は論議によって試される。
樹木の手入れは、実を見れば明らかなように、心の思いは話を聞けば分かる。

  『言葉と心の思い』
 
 『シラ書 27章4-7節』
 
      話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。
     言葉こそ人を判断する試金石であるからだ。』


  

人は、注意していても、心からあふれる言葉を語るのであるから、
    根本的なことに目を向けなければならない。

    注意すべきは、言葉の注意するだけでなく・・・
   私たち自身が『善い木』になることに、最高の気を配るべきなのです。
私たちは、ぶどうの枝として、ブドウの木のキリストに結ばれていれば、『良い実』を結びます。
                     以上。 今朝の主日ミサの司式司祭の言葉の一部です。

 
  
  自制して、舌をよく抑え、慎みを持って、注意深く・・・

  大人の信仰者として、いかなる場合も軽はずみは、許されることではない。
 ”常に正しくありたい!”という気持ちに、必ず、神が力を貸してくださるはずです。

私たち信仰者は、キリストにつながっていて、『良い実』を結べるのです。大丈夫!


皆様!

御訪問に感謝申し上げます。
言葉は、人をあらわすのかもしれません。人の持つ、人相応の品格ですね。 お元気で!

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