鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

小池百合子の総裁選惨敗が小泉元首相の引退の引き金に

2008-09-26 | Weblog
 25日は、夕方から小泉純一郎元首相が引退する、とのニュースがかけめぐった。そんなに大騒ぎすることはないのに、NHK午後9時のニュースではまずそのニュースから始まった。後援会での会合で語られたということであるが、次回の総選挙には出馬しない、ということで引退ということになった。テレビカメラが車に乗って後部座席にいる小泉元首相に確かめている姿が映り、本人も認めていた。年齢はまだ65歳と政界ではまだまだ若い方で、引退には早いと見る向きが多いが、首相の時と同じように我流を貫いた、ということなのだろう。
 小泉元首相は1972年12月の総選挙で30歳の若さで衆院議員に初当選して以来、12回連続当選している。88年の竹下内閣時代に厚生大臣として初入閣するが、何といっても01年4月に第87代首相に就任し、06年9月まで5年5カ月、首相在任日数といsては佐藤栄作、吉田茂に次ぎ戦後第3位に記録を作った。在任中は「聖域なき構造改革」を掲げ、規制改革を推し進め、自らの持論であった郵政民営化を推進し、05年8月の総選挙では郵政民営化を旗印に戦い、自民党296議席を獲得した。
 しかし、在任中の構造改革で様々な歪みが生じ、功罪相半ばといった感じで、バトンタッチした安倍晋三、福田康夫と2代続けて政権を放り出したのも小泉改革の負の遺産に押しつぶされた、と見ることもできる。続いての総裁選には小池百合子を推して、影の総理として活躍しよう、と思ったが、予想を上回る惨敗で、一部にあった小泉待望論も潰えた、として引退を決意したのだろう。
 もちろん、引退の真相は本人の心の中にしかないので、推測の域を出ないが、小泉改革を前面に押し立てた小池百合子の惨敗が大きくこたえた、のは間違いないところだろう。それと、小泉首相時代には飯島勲という名秘書がいて、本人以上にうまく立ち回ってくれたが、お膝元を去ってしまっては手足をもがれた蟹のようにやること成すこと、時を得ず、ピントはずれとなっていたことも引退へのレールを敷いたのかもしれない。
 様々な規制改革もさることながら、郵政民営化総選挙で初当選したいわゆる小泉チルドレンの面々は梯子をはずされたような気持ちでいることだろう。刀を持って方々を切り崩し、そのままにして自分1人だけ格好よく去っていくのは、どう考えても身勝手、無責任としか見えない。
 加藤鉱一元幹事長がインタビューに答えて「あの人は政治をやっていたというより、人生ドラマを演じていたのだろう」とうまいことを言っていたのが印象的だった。神奈川11区の選挙区は現在秘書であり、次男でもある進次郎氏に地盤を譲るようであるが、松沢成文神奈川県知事が「派閥政治を否定し、政治を変えようとした人が世襲政治をするのはいかがなものか」と皮肉っていた。
 26日付けの新聞では日経、毎日とも1面トップは麻生内閣に対する世論調査の結果で、それによると麻生内閣の支持率は日経が53%で、毎日が45%となっていて、小泉元首相引退の記事はその脇になっている。朝日新聞も同48%、読売新聞も同49.5%と似たりよったりの数字で、小泉元首相の出番はない、ということを物語っている。
 本人は「政治家はやめても政界は引退しない」と言っているようだが、残された道は評論家か、タレントくらいしかないだろう。
 
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