prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「気違い部落」

2024年06月22日 | 映画
すごいタイトルだけれど、公開された昭和32年(1957年)には放送禁止用語というのはなかったから「気違い」も「部落」もパスできた、というわけでもなく、誰がどういう根拠で禁止したのかよくわからないまま同調圧力的に自主規制しているというのが本当のところだろう。

冒頭、幕の前に森繁久彌が登場して口上を述べてから日本橋の川と橋が写るのだが、上を覆っている高速道路は影も形もない。昭和37年のオリンピックを控えて作られたのだからそういうことになる。

そこから十三里半=54キロしか離れていない田舎(に見えるが現在の八王子市西部 )を舞台に村人たちの群像劇が2時間14分かけて展開するわけだが、役者の揃いっぷりは今見るとすごい。芸術祭参加作品と出るから、当時とするとそれなりの格はあったのだろう。

伊藤雄之助が結核(というのがまた時代を感じさせる)にかかっている娘の水野久美のためのストレプトマイシンを駐在の伴淳三郎に用立ててもらったのを薬代のもとをとろうと闇で売ってしまったもので、一時期収まっていた水野の容態が急変して亡くなってしまうというのがなんとも貧しく愚かで悲しい。

村の有力者・山形勲に村八分にされた伊藤が猟銃を持ち出すのを組み付いて止める淡島千景の必死さ、雨の中の水野の葬式とそれまで猥談に興じていたおばさんたちが見かねて傘をさしかけに来る人情味、伊藤が山火事をつけたと思わせて実はという流れが、たんたんとした流れをラストで締める。

ウケ狙いみたいになってしまったタイトルに対して、中身はいまどきの社会と人間に比べればごくごくまとも。





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