北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

紙のチラシでは情報量が足りない ~ でも探す気にも慣れない

2021-06-03 23:14:16 | Weblog

 

 二日連続で在宅勤務にして、家で資料作りに励みました。

 会社側もコロナの緊急事態宣言を受けて、「とにかくやれる限り在宅勤務にしてほしい」という方向になり、特に会議でもない限り在宅が奨励されています。

 明日は会議があるので三日ぶりに職場に出ようと思っていたら、「その会議もリモートでやれるならリモートにしませんか」という提案があり、三日連続で明日も在宅勤務になりました。

 在宅だとそれはそれで気楽な面と、やはり朝のルーチンのリズムが狂うというのが気になるところ。

 また、通勤時間がないのは楽だと思う反面、浮いた時間もさほどのことはできていないという反省も。

 職場ではすれ違う際の世間話などからヒントを得られることもありますが、在宅でのリモートだと本当に用事だけしか済ませられないというのも、出勤との大きな差です。

 コロナを機会に、こうやって無駄な時間を削ることは果たして生産性が向上するということになるのでしょうか。

 大きな時代の変化の真っただ中でまだ翻弄されているというのが正直な気持ちです。


 昼休みに、近くの〇ンタッキーへランチを買いに行きました。

 新聞に入っていたチラシを見て、「じゃあこれにしよう」と事前に考えて注文をしたのですが、突然「サイドメニューを5つの種類から選べますがどういたしますか」と訊かれて当惑。

(サイドメニューが選べるなんて、チラシのどこにも書いてないじゃないか)

 どぎまぎして適当にチョイスをして家に帰ると、「あらそうだったの?」という妻の反応。

 娘はすかさずスマホを見て、「なるほど、5つから選べるんだ」という反応。

 紙のチラシの情報量の限界は、スマホで調べるとそれ以上のことが分かるのですが、わかったところでせいぜい注文の一品の種類が変わるだけか。

 じゃあまあ適当で良いか、という気持ちで済ませてしまうのはもう心が若くない証拠かもしれません。

 若い人たちはすぐにスマホで見ちゃうのに、(もういいや)と思う情報への執着のなさはもう老化の一歩なのかも。


     ◆


 そういう心理状況が分かってくると、大規模接種会場ではコロナワクチンの予約に空きがある、という報道があったところで義父母がコロナワクチンの予約に一向に焦らず、時が来るのを待っているということへの理解もできようというものです。

 義父母にすれば大規模会場でのワクチン接種の予約をするのも煩わしいのかもしれません。

 情報にどん欲でいるのも疲れることだなあ、と思うのでした。 

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