駒子の備忘録

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『薔薇と海賊』

2022年03月10日 | 観劇記/タイトルは行
 シアターウエスト、2022年3月8日18時。

 薔薇の探検をかざして海賊たちに斬りかかるユーカリ少年の冒険物語を書いている童話作家の楓阿里子(霧矢大夢)は、現実を拒否して幻想の夢の世界で一切を避けて生きている。阿里子の家では娘の千恵子(田村芽美)、夫の重政(須賀貴匡)、海外から帰ってきた重政の弟・重巳(鈴木裕樹)が暮らしていた。ある日、阿里子の童話のファンで30歳の知的障害のある青年・帝一(多和田任益)が後見人の額間(大石継太)に付き添われてやってくる。自分をユーカリ少年だと思い込んでいる帝一はここに住みたいと言い出すが…
 作/三島由紀夫、演出/大河内直子、音楽/阿部海太郎。1958年初演、全3幕。

 大河内さんの演出作品は『楽屋』『メアリー・ステュアート』『I DO! I DO!』と観ているのですがすべて赤坂RED/THEATERでの公演だったので、それ以外のハコで初めて観ました(笑)。タイトルからユリちゃんが劇団☆新感線でやった『薔薇とサムライ』みたいなものを勝手に想像していて、それにしちゃハコが小さいなとか思っていたら三島でした(笑)。毎度うかつにもほどがある私ですが、おもしろかったからいいのです。
 最近観た中だとワイルドの『理想の夫』とか、先日同じ建物の二階の劇場で観たばかりのシェイクスピアふうの『冬のライオン』とかと同様に、実際にこんなふうにしゃべる人間はいないよって過剰で膨大な台詞で紡がれる、ほぼワンシチュエーションみたいな舞台の、戯曲らしい戯曲による作品でした。『冬のライオン』はその台詞をいたってナチュラル発声でしゃべるのが作品に合っていておもしろかったように思えましたが、それからするとこちらはぐっと明晰でパキパキした口調の、それこそあえて芝居がかった発声でみんながみんなクリアすぎるくらいにしゃべって進めるお芝居で、そのなんとも言えない異様さが、ちょっと前の時代であれ同じ日本を舞台にしていてもっと身近に感じてもいいはずの作品世界に対して上手く距離を作っているような、謎のファンタジー感が醸し出されているような、そんな演出になっていたように思いました。またみんな声が良くて、声に味があるんだ! そして妙に色気がある…! それからするとやはりきりやんはこの役にはややからっとしすぎではあるまいか…同じ年代のOGならコムとかミズとかの方が似合いだったのではないかしらん、とはちょっと思ってしまいました。でもそれは私に先入観があるからかもしれませんが…この女優さんに関してまったく予備知識のない人が観たら、この阿里子はどう見えていたのかしらん?
 しかし圧巻だったのはラストかな。その直前、「祝祭」「饗宴」のくだりがどうも私にはあまり響かなくて、このオチはちょっと嫌かもな…とか思っていたところへの、阿里子のバサッとすべてを切り捨てる最後の一言! そしてバサッと降りる幕! 暗転、終演! からのその幕がまたバサッと落ちて明転したらみんな笑って立っていてお辞儀しておしまい、という、それはそれはあざやかな終わり方でした。これは私は大納得でしたし、役者が役を降りる瞬間をわざわざ見せないカテコもとてもよかったです。
 阿里子が「世界は薔薇だ」と書く世界をそのまま「世界は薔薇だ」と信じる帝一。阿里子もまた「世界は薔薇だ」と書くことでそう思い込もうとし現実を締め出そうとし抗い戦い目を背けている。でも本当は阿里子は一瞬たりともそんな夢を見たことはなかったのです。そもそも世界が薔薇なら阿里子がそう書く必要もない。阿里子がそう書かなくてはならなかったのは世界が薔薇ではないからで、それは何故かといえばもちろん重政と重巳の兄弟に陵辱された日から世界が薔薇でなくなったからです。彼女はニッケル姫などではなくむしろユーカリ少年になって、薔薇の短剣を男たちの胸に突き刺したかったのです。それほどまでに阿里子の傷は深く、男たちの罪は重いのです。男たちはいずれものんきでそのことがまるでわかっていないようですが、だからこそいっそうその罪は重いのです。
 プロクラムに「生命の祝祭と鎮魂」とあるけれど、阿里子は未だ血を流したままで鎮魂どころか傷も癒えていないのだと私は思います。帝一を得てもそれは何も変わらないでしょう、帝一はなんの役にも立たないからこそ帝一なのです。むしろ救いになりえたのは千恵子だったのかもしれませんが、彼女は阿里子の娘なので、それはさすがに…ということなのでしょう。そして彼女にとっては男と結婚してこの家を出ることが幸せでしょう、せめて救われた女がいるのなら、まだいい。そして阿里子はここで書き続ける、「世界は薔薇だ」と…寂しく、虚しい、怨念の物語。男の作家が書いた、男によって傷つけられた女の悲劇の物語。お伽話を思わせるタイトルをつけられた、無残な涙の結晶…
 そんな作品だったように、私には思えました。国際女性デーに観るにふさわしい演目だったのかもしれません。




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