駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『ベント』

2009年12月14日 | 観劇記/タイトルは行
 パルコ劇場、2004年1月15日ソワレ。
 1934年、ベルリン。文化が爛熟した「黄金の20年代」が過ぎ去り、街全体にアドルフ・ヒトラーの弁説が鳴り響く、狂気への疾走と崩壊を予感する時代。欲望に身を任せて刹那的な生活を送るやくざな男・マックス(椎名桔平)は、ゲイ・クラブのダンサー・ルディ(高岡蒼佑)と暮らしているが、ある晩クラブで乱痴気騒ぎを起こし、そこで出会った男・ウルフ(永島克)を部屋に引っ張り込む。だが翌朝、部屋にナチス親衛隊が乗り込んできてウルフを惨殺する。ヒトラーが自らの右腕で同性愛者でもあったレームを粛正し、同性愛者狩りを始めたのだった…78年に朗読形式で初演、79年にロンドンで初演、86年日本初演の戯曲。作/マーティン・シャーマン、訳/青井陽治、演出/鈴木勝秀。

 どっしりとして、緊密な、いい舞台でした。私はじんわりしただけでしたけど、号泣している観客が多かったです。私はちょうどヴェトナム戦争をモチーフにした小説を読んでいたところで、人間がいかに戦争下において非人間的になれるか、みたいなことがテーマのひとつだったのですが、それに通じるものを感じました。今また世の中はきな臭くなりつつあり、人間は何ひとつ学ばず、いつもいつも愛を忘れて生きていくのかと思うと、その愚かな人間のひとりである自分が恥ずかしく感じられてなりません。

 観劇前に、ネタバレしない程度にパンフレットを斜め読みしたのですが、ルディの運命を先に知ってしまってちょっと残念でした。
 私にとってこの人は映画『青い春』で覚えた若手俳優さんですが(でも連ドラ『東京ラブ・シネマ』でのメガネのバイトくんも好きでした)、舞台でもがんばってくれていてうれしかったです。
「僕自身は彼と違って」とルディには距離を感じていたようなのに、マックスのことが好きで好きで、ひたむきで真面目でいじらしい青年、という姿を、ちゃんと舞台に現出させていました。冒頭のシーンがあまりに早口なのは、ウルフのことを怒っているという演出かもしれないけどちょっと早すぎ…と思いましたが。

 同様に、パンフレットでは聖人のように崇め奉られているホルスト(遠藤憲一)でしたが、彼は確かに辛抱強いし懐も大きい人だしいい人だけれど、別にごく普通の、ただまっとうな人だったんじゃないかなあ、とパンフレットにちょっと違和感。もちろんこの時代、この境遇において単なるまっとうさを貫くことがどれだけ大変なことだったか、それを成し遂げた彼がどんなに偉大だったか、ということについては認めるのにやぶさかではないのですけれど。パンフレットの裏表紙に掲げられたホルストの台詞こそ、この作品のテーマなのですからね。役者のパンフレットの写真はすごく精悍ですが、舞台ではほわわわんと温かい雰囲気を醸し出していて、それがまたホルストっぽくてよかったです。最後の、最後だけの、抱擁、泣きました。

 そしてそして、こういうちゃらんぽらんでいいかげんなあんちゃんをやらせるのにどうしてこうぴったりなんだろうという椎名桔平。マックスってもうちょっと悪い感じでもいいのかな?ともちょっと思いましたが、いややはりこの人はワルなんじゃなくてただいいかげんだっただけなんだな、と今では思います。そういう、何をするにもいいかげんで、ただ自分だけが生き延びられればいい、そのとき楽しければそれでいい、というようだった人間が、ピンクの逆三角形を胸に抱いて、石運びを続ける、という結論に意味があるのです。それは、同性愛者である自分を認めた、なんてことよりもっとずっと広く深い意味を持つことだと思います。それは、自分が人を愛したことの宣言です。自分が愛を知っている人間だという宣言です。人間らしさを失ってしまった収容所の看守たちに見せつける、人間の尊厳の証です。…泣きました。
 悲しいけど、後追い自殺なんて駄目、駄目、でもじゃあ彼はどうしたらいいの?とおろおろしていた私に、彼は、作者は、こんなにすばらしい答えを見せてくれたのでした。

 印象的だったのが、ウルフ役の永島克が言っちゃなんだけどホントにいかにもな下卑た色気がある容貌でぴったりだと思ったこと。もうひとつ、マックスの叔父・フレディ役の佐藤誓がまた最初は「マックスの昔の恋人?」とか思わせられるくらい訳あり感たっぷりで、監視の目を恐れつつもつい周囲のその気がある子を目で探しちゃうダメダメぶりがいかにもで、すごくよかったこと。
 それからナチス親衛隊の大尉とゲイ・クラブのオーナー・グレタの二役を演じた篠井英介について一言。グレタが店のショーの練習をするシーンで、ガーターベルトのついた黒のロングブラジャー(ボディスかな?)にずり落ち気味の黒のストッキング、といういでたちだったのですが、のぞく尻や太股が女性のやわらかなそれとちがっていて、また筋肉しっかりのマッチョ男性のものともちがっていて、妙にドキドキしてしまいました。異性装の男性に目覚めてしまったのかしら私…いや、もちろん演技もすばらしかったです。

 タイトルは、英語の「傾向」とかいう意味なんでしょうか…? お詳しい方いらしたら、教えてください。
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