駒子の備忘録

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『眠れる森の美女』

2016年09月18日 | 観劇記/タイトルな行
 シアターオーブ、2016年9月16日13時半。

 1890年、あるところに子宝に恵まれない王様と王妃様がいました。ふたりは藁にもすがる思いで闇の妖精カラボス(この日はアダム・マスケル)に助けを求め、オーロラ姫(アジュリー・ショー)を授かることができました。けれど王はカラボスへの感謝を忘れ、怒ったカラボスは「姫は成人すると、薔薇の棘に刺されて死ぬ」という呪いをかけます。妖精王ライラック伯爵(クリストファー・マーニー)は、「呪いを解くことはできないけれど、死ぬ代わりに100年の間眠り続け、運命の相手からのキスで目覚める」という魔法をかけてくれました…
 演出・振付/マシュー・ボーン、音楽/ピョートル・チャイコフスキー、出演/ニュー・アドベンチャーズ。全2幕。

 マシュー・ボーンとニュー・アドベンチャーズ(とその前身)の舞台はけっこう観ていて、例えば『ザ・カーマン』、『愛と幻想のシルフィード』、『くるみ割り人形』、『ドリアン・グレイ』、そして二度観た『白鳥の湖』など。
 今回は非常に少女漫画みの強い、スッキリしたストレートなお話に仕立て上がっていたかと思いました。久々のチャイコ、コンテに近いけれど立派なバレエ、堪能しました。
 お祝いに訪れた魔女を両親が無視したために姫が呪いをかけられて…みたいな設定なのだとばかり思っていましたが、この両親は不妊だったのですね。でもオーロラがカラボスの娘ってわけではないんですよね? 不思議な気もするなあ。ともあれこのオーロラは活発な赤ん坊で、童話ではリラの精始め妖精たちに「のんき」「優雅」「勇気」みたいな美徳をひとつずつ授けられるんだと思ったけれど、今回はゴッドマザーならぬゴッドファーザーでリラの精はライラック伯爵になり、妖精たちからは「情熱」「再生」「豊穣」「鋭気」「興奮」が授けられます。
 なので成長したオーロラは成人の祝いに白いドレスを着るのを嫌がり、裸足で踊り出しちゃうような元気な女の子。イサドラ・ダンカンのイメージが重ねられているそうです。そして窓から忍び込んでくる狩猟番のレオ(クリス・トレンフィールド)とすでに恋仲です。もちろん両親には内緒。成人の祝いに訪れた求婚者たちとも一応すまして踊ってみせますが、にわか雨でお開きになったのを幸い、レオとローズ・アダージョを踊ります。ふたりの踊りは素晴らしいリフトはもちろんの子と、いじらしくて生き生きしていて愛と命の喜びにあふれていて、泣きそうになりました。
 カラボスはライラックは伯爵たちに退治されて追放され、死んでしまいましたが、実は息子のカラドック(カラボスと二役)がいて、彼が成人の祝いにやってきてオーロラを誘惑し、薔薇を渡します。母の復讐のためです。オーロラは危険だと思いつつも彼に惹かれてしまい、薔薇を受け取り、棘に刺されて倒れます。レオに疑いがかかり、大騒ぎになるところを、ライラック伯爵が救います。童話では確か両親や宮廷の人々も眠りにつくんだったと思いましたし、今回もそんなふうに見えたけれど、彼らはのちには出てきませんでしたね。とにかく伯爵は眠るオーロラを茨の城の奥深くに隠します。
 で、この妖精というのが実はヴァンパイアでもあって、オーロラの目覚めを待つと言うレオを、伯爵が噛んで不老不死のヴァンパイアにしてあげるのです。だから100年後でも大丈夫、というミソ。ただ、ここがあまりセクシャルなシーンになっていなくて、私としては残念でした。期待しすぎたか…というか海外ダンサーあるあるなんだけれどレオ役が王子様然としていなくて、単なる大柄なお兄さんにしか見えなくて、それくらいでないとあの超絶リフトはこなせないと思うんだけれど、ときめけなかったのですよね。カラドック役も大柄で、でも対峙して戦うのは小柄なライラックで、ここもなんか不似合いで萌えませんでした…
 というワケで100年の休憩を挟んで、2011年、観光客が集う城の奥深くで未だオーロラは眠り、その傍らにはカラドックがいます。彼はときおり彼女に触れてみて、キスしてみたりもする。でも彼女は目覚めず、ただ死体のようにだらんと眠り続けるばかり。カラドックはいつしかオーロラを愛し、死体のような彼女を抱き、けれど何も得られずに悶々と100年を過ごしてきたのでしょう。うわあヘンタイ、萌える。もはや彼が待つのはレオの訪れです。レオがオーロラにキスして彼女を目覚めさせたら、レオを殺して彼女を娶る。それしか考えていないのです。
 ここで、音楽の都合だとは思いますが、何故か「昨夜」になってカラドックのサバトが描かれ、レオとオーロラの逃避行とカラドックとライラックの決闘が展開されるのですが、この「昨夜」はなくてもよかったのではないかな…
 ともあれカラドックは滅ぼされ、オーロラは目覚めました。でもレオはヴァンパイアだよね、どうするの? オーロラは人間だからこのあと歳をとっていっちゃうよ?
 とか思っていたら、あっという間のラストシーンで、オーロラは妖精(かつヴァンパイア)であることを示す小さな羽根を肩甲骨のところにつけて現われ、レオとともに小さな活発な赤ん坊の手を引いているのでした。「そしてふたりは永遠に幸せに暮らしました、めでたしめでたし」ってことです。
 確かに人間だったら結婚なんてゴールじゃないし、「永遠に幸せに」なんてありえません。だからこれは正しい。レオが吸血鬼であることをやめ人間に戻れる道はあるのか、オーロラが人間でいることを捨てられるのか、みたいな葛藤のドラマはなかったけれど、まあそこまでは踊りでは表現しきれないものなのかもしれません。
 ヒロインを目覚めさせるのは実際にどこかの国の王子である必要はなくて、彼女にとっての「王子様」、要するに恋人、という解釈は正しい。恋人でもないのにデジレ王子が眠るオーロラにキスするなんてレイプも同然だし、それでオーロラが目覚めてデジレに恋するなんてホントはちゃんちゃらおかしいわけですからね。まあ童話やおとぎ話に現代的な整合性をつけようとしても無理なことも多いし無粋でもあるのでしょうが、今回はきれいにはまっていたと思いました。観ていて心地よく、楽しかったです。


 
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