駒子の備忘録

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『滝の白糸』

2014年02月16日 | 観劇記/タイトルさ行
 新国立劇場、2014年2月16日。

 真夏の昼下がり、金沢・浅野川の川原の芝居小屋。楽屋の隅で鏡台の前に座る一座の看板女優・滝の白糸(中嶋彰子)は物思いに耽っている。『夢か現かまぼろしか、私を攫って消えた人…」
 原作/泉鏡花『義血侠血』、作曲/千住明、台本/黛まどか、演出/十川稔。全3幕の新作オペラ。

 原作は未読。『唐版 滝の白糸』とはストーリーが違うことはわかっていましたが、ちょっと興味があったので出かけてきました。
 日本語オペラなのに字幕があって、私はちょっと気が散りました。字幕、苦手なんですよねー、どうしても見てしまうので。原語オペラのときは我慢しますが、来日ミュージカルは基本的に行きません。字幕を見ちゃって舞台のダンスや演技を絶対見逃すので。オペラはそこまで歌手が動かないからまだいいのだけれど…
 でも今回は耳で聴きたいのについつい先に歌詞を目で見ちゃって、なかなか難儀しました。
 それはともかく、日本語のオリジナル・オペラなるものを思えば初めて観たのかもしれませんが、すごくよくできていたと思います。何度かリプライズされるアリア「君は今、奈辺にいるや…」には泣かされました。
 アンサンブルの具合や装置もとてもよかったです。欣弥(高柳圭)の母(鳥木弥生)も南京出刃打ち(清水那由太)もすごくよかったです。ところで「南京出刃打ち」ってナニ?(^^:)

 しかしこれは原作が読みたいな。原告は小説なんですよね、それを戯曲にした『滝の白糸』というのは誰が書いたものなんだろう? それが映画になったり新派の舞台になったりしているそうですが…
 白糸太夫と欣弥の出会いの場面がないのは問題だと思いました。宙組版『風共』か!と脳内でつっこむワタクシ。恋物語において相手ヒロインと相手役男性キャラクターの出会いを描かないなんざ下の下です。原作はどうなんだろう?
 今回の舞台は回想の形で語られます。百歩譲って回想でもいい、でもせめてここに欣弥を出そうよ。出てくんなきゃ白糸が彼のどこにどう惚れたかわかんないって。
 さらに何故馬方だった彼が白糸を乗せて馬で逃げ出し、かつ彼女を置き去りにしたのか? 説明してほしいんですけど…人力車にただ勝つため? たまたま美人を選んだだけ? なんで捨て去るの? 気絶した女を?
 白糸は何故気絶したの? 馬の相乗りがそんなに激しかったの? でも欣弥がカッコよく見えて惚れちゃったんだよね。
 なんかそのあたりの経緯が漠然としか語られないので、白糸は馬方に売られて太夫になったのかとかいろいろ考えてしまいました。私が不勉強なだけで例えば金沢市民にはこの筋はすべて承知のものなのかもしれませんが、ちょっと引っかかりました。
 ともあり白糸は欣弥に惚れた。なにやら学問がありげな凛々しい若者に…
 で、再会する。相手はこちらを忘れていたけれど、話しているうちに思い出す。で、学資がなくて勉強が続けられず、馬方になって母親を養っているが、太夫と相乗りして馬車を置いて走ったことが問題になってクビになり、今は行く当てもないという。
 で、白糸は仕送りを申し出る。ここ、欣弥はどういう意味で受けるんでしょうね。
 テレながらも最後の最後に白糸は言っているんですよ、女房にしてくれとは言わない、可愛がってくれるだけでいい、と。要するに妾とか囲い者にしてくれってことですよね、というかあなたの愛情が欲しい、と言っているのです。
 それに対し欣弥は恩に報いることができるだろうか、というような悩み方しかしていません。彼からしたら彼女との男女のことは考えられないということなのかなあ?
 でもだったらこんな申し出受けちゃダメだよね。いやわかってますよ、彼が切羽詰っていたことはね。でも家族でも親友でも、どんなに親しい間でもお金のやり取りは軋轢を生みます。まして色恋がからむとあっては…彼にそのあたりの覚悟はあったのか?
 私はむしろ彼は白糸の援助をいいことに遊び呆けるダメ男に成り下がる話なのかな、と思ったのですよ。だめんずヒロインの話ならまだわかりやすい。
 でも彼は白糸の援助に感謝してせっせと勉強するし、彼女の恩義を決して忘れない。そして「兄だったら彼女にどうしてあげるだろう」みたいなことを歌うのだけれど、でもこの「兄」って妹背の兄じゃないんだよね、あくまで肉親チックなの。でも何故「兄」なんだ、おまえの方が年少者だろう!
 白糸が「姉だったらあなたにどうしてあげるだろう」みたいに歌うのは、彼女の方が年上だからだし母性愛みたいなものもあるからわかるんですよ。妻だったら、とは歌えない。身分(階級というより社会的階層?)違いだから一歩引いているのです。
 でも彼女は彼に愛を求めているし愛ゆえに金を工面している。では彼は彼女に何を捧げていたのだろう? ただの感謝? 立身出世の暁に、彼は彼女に対して何をどうするつもりだったのだろう?

 あらすじとして、検事になった欣弥と容疑者の白糸が法廷で再会する、ということは知っていました。だから白糸が犯す犯罪とはどんなものだろう、とと思って観ていました。
 絶対に早晩のうちにお金に困ることになるから、金をタテに関係を迫るヒヒオヤジとかが出てきてもめているうちに刺しちゃう、とかかな、とか思っていたら、南京出刃打ちが大金持ちの話を持ち出すのでこれか!と思いました。
 ところが話は意外な方向に転がり出し…結果的に白糸は、なんの罪もない老夫婦を殺めてしまうのでした。これはけっこうしんどかったなー。

 で、法廷で再会するふたり。容疑を否認していた白糸は真実を告白し、欣弥の母親は情状酌量を頼むような証言をする。彼女に「あなたは私の娘です」みたいなことを歌われて、白糸はどれだけ嬉しかったことでしょう。それは「嫁」と呼ばれることとは違っていたのかもしれません。でもおそらくこのとき白糸には身寄りがいなかったのだろうし、好きな人の母親ということ以上に自分の母親に思える人を欲していたのでしょう。
 欣弥は泣いて、しかし死刑を宣告するしかない(というくだりはなかったのですが、そういうことだと思われる)。白糸も罰を受け入れる。

 牢獄で柵を挟んで再会するふたり。
 実は最終的に欣弥は自殺する、ということもあらすじを読んで知ってしまっていました。
 しかし私は、それは白糸が縛り首なりなんなりになったあとにしてほしい、と思っていました。少なくとも白糸に彼の死を知らせないでほしい。白糸の犯罪を自分の責任に感じ、白糸の死刑を自分の責任に感じ、彼が死んでケリをつけようと考えるのは理解できなくはない。死ぬ気で生きて働け、それが贖い、償いというものだ、ということもできるけれど、お話としてはこういう流れになる、ということもわかる。
 でも白糸は彼のために何もかもやったのだから、彼が死んで何もかも無に帰するのを見たくはないだろう。だからせめて彼女には見せないでやってください世、彼女の死後のことにしてくださいよ、と思っていたら…
 舞台下手に牢獄の白糸、舞台上手に自分の執務室らしき場所に帰った欣弥を置き、欣弥が銃を取り出して(どうしてこの時代には銃がゴロゴロしているのか。銃がないということだけでも現代日本の素晴らしさを痛感する)自分の頭につきつけ…暗転し…終わりました。
 銃声が響くことはなかった。すぐ拍手になっちゃいました。
 え? それでいいの? 銃声が入らなきゃダメじゃない? だって彼が自殺したんだってわかんなくない? それても金沢市民はみんな知っていることだからいいの? ええええ???
 でも私はやっぱり、せめて暗転は白糸の方を早く、そしてそのあと頭ふっ飛ばして倒れる欣弥を見せてから暗転…でもよかったのでは、と思いました。

 というわけでラストに歌われる二重唱はとても美しいのだけれど、やっぱり白糸は愛を歌っていて近弥は恩義を歌っているので、なんかもうせつなくて悲しくてやりきれなかったです。
 女が男の犠牲になる、という意味では『ミス・サイゴン』に近いやりきれなさ、後味の悪さもあるかもしれません。もう少し説明があれば、でも仕方なかったのかもしれないな、でもせつないな、という感じで泣けたかもしれません。客席からはけっこう啜り泣きが聞こえました。
 でもなあ…これを古いとは簡単には言いたくないのだけれど…今なおもてはやされるのはなんなんでしょうね…
 女だって男に無償の愛を捧げているわけではないんだと思うんですよね。女は彼が若くて男で勉強が出来る東京の学生さん、だったからこそ愛したのでしょう。要するに彼は自分がなりたかった自分だったのです。彼が優しかったからとかハンサムだったからとかは後回しなんですよ。彼女は彼に自分の嫁を託したのです。それで愛したのです。だから男女の愛としては不順だったと言える。
 だから申し出を受け入れた男を安易に罵倒することはできません。彼は常に感謝し恩義に報いようとしていたのですから。そして彼が立身することで彼女は十分報われていたのですから。
 だから恋愛的にハッピーエンドに至る道などそもそも最初からなかった関係ではあったのです。ただそこに途中に、余計な事件が起きてねじれてしまっただけで…でもそれはある意味で必然なことだったのでした。
 そして罪を犯した白糸とともに欣弥もまた死ななければ、確かに殺された老夫婦への贖罪とはなりえなかったでしょう。彼らは本当に無辜の人間だったからです。そんな悲しい、しんどいお話なのでした…

 ううーむ。しかしこれがどうして唐版になるのだ。みんなそんなに水芸人が好きなのか。とりあえず今回の水芸には本物の水は使われていず、何がどう水芸で滝の白糸なのかわからなかったのではないかと思いました。その点では勝っていたよお甲さん!(笑)





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