駒子の備忘録

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高橋克彦『火怨』(講談社文庫)全2巻

2017年08月11日 | 乱読記/書名か行
 辺境と蔑まれ、それゆえに朝廷の興味から遠ざけられ、平和に暮らしていた陸奥の民。八世紀、黄金を求めて支配せんとする朝廷の大軍に、蝦夷の若きリーダー・阿弖流為は北の将たちの熱い思いと民の希望を担って遊撃戦を開始した…吉川英治文学賞受賞作。

 とてもおもしろく観た宝塚歌劇星組『阿弖流為』の原作小説です。観劇にはごく淡い歴史の知識とプログラムの人物紹介を読んだだけで挑んでしまったため、どうしても冒頭は設定を追うのに精一杯になってしまい、ああ予習しておけばもっとスムーズに作品世界に入れただろうに…と後悔したので、あとからになりますが読んでみました。とてもおもしろかったです。
 舞台はコンパクトにまとめていましたが、実際には30年に渡る長い戦いだったこと、ここまで史実として判明しているとは思えないから多分に創作の部分も大きいのでしょうが戦闘の戦略的・戦術的な部分の話がとても興味深かったことなど、小説ならではの部分もとてもおもしろく読みました。でもなんと言ってもキャラクターがいいし、人間関係がいいですよね。ロマンがあります。宝塚歌劇化にも向いていましたね。
 北から渡ってきた人たちと南から渡ってきた人たちと、確かに種族がなんらか違っていたのかもしれないし、同じ日本語だとしても今以上に伝わりづらい方言をお互いしゃべっていたのでしょう。知らないから怖い、自分たちと違うものだ、人間ではなく獣だ、と遠ざけようとする心理もわからなくはありません。都人はその罠にはまり、一方でおおらかな蝦夷は頓着しなかった。攻め込まれるわけではないし、不干渉なら問題ない。自分たちに用がない金をありがたがって掘るというなら、それも許諾する。お互い独自に独立して共存すればいい…というその大人な思想を、自分たちへの侮蔑だと取ってしまうところが都人の幼さであり、悲劇の元となったのですね。これは現代にも未だある人種差別、民族差別の問題にも通じる心理です。
 私利私欲やプライドがメインの争いは不毛なものです。そんな理不尽な戦いを一方的に挑まれながら、誇りと未来のために戦い続けた蝦夷を、応援しないではいられません。そして、そんな蝦夷を対等に扱い尊重してくれる敵将・田村麻呂が現れたからこそ、後の世のために降伏を選んだ、阿弖流為の潔さたるや、涙しないではいられません。
 寿命が短い時代のことでもあり、老い先と子供たちの世代の未来を十分に考えた、効率的な「命の使い道」だったのかもしれませんが、だからといってやはり無念ではあったことでしょう…舞台では、阿弖流為が仲間たちに降伏を言い出すところの細かい機微を私はつかみきれないままに観てしまったのですが、そこからの鮮やかな展開と見せ方には感心しましたし、泣きました。田村麻呂とともに阿弖流為の魂が故郷に帰り、佳奈と息子に出会う…という流れも美しかったです。
 決めセリフの「死ぬ日は同じと決めていた」がけっこう何度も出てくるのにはちょっと微笑ましさを感じてしまいましたが、作家の男の子パワーがいい方に出た佳作だったのではないでしょうか。
 舞台では私はあやなが好きでせおっちには興味がないため田村麻呂には萌えなかったのですが、本当はこうして残され後の世を託される者の方がつらいしそこにこそ萌える私なので、小説ではそのあたりも楽しく読みました。あと鮮麻呂さまとか天玲さんとか御園とか、みんなとにかくめっちゃカッコ良くてよかったです。
 他の作品も読んでみたくなりました。
 
 



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