駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『新・水滸伝』

2023年09月14日 | 観劇記/タイトルさ行
 歌舞伎座、2023年8月8日18時(八月納涼歌舞伎第三部)
 南座、9月7日11時(九月花形歌舞伎)。

 時は十二世紀初め、広大なる中国大陸。北宋の国は乱れていた。梁山泊に根城を構え、悪党を束ねて暮らす好漢の晁蓋(市川中車)は、役人たちの不正に憤り、「こんな国はぶっつぶそう」と思い立つ。牢を破り悪人たちを解放することで、毒をもって汚い国家を壊してやろうというのだ。そんな中、かつて兵学校の教官まで務めながら、数多くの罪で牢につながれた天下一の悪党である林冲(中村隼人)の噂を聞いた晁蓋は、彼を仲間に引き入れようと李逵(中村福之助)らとともにその牢を訪れ、今まさに打ち首の刑に処されようとしていた林冲を助け出す。林冲は襲い来る警護兵たちを容易くあしらうと、後日の再会を約束して、晁蓋に言われるまま逃げていくが…
 作・演出/横内謙介、演出/杉原邦生、スーパーバイザー/市川猿翁。中国の歴史小説「水滸伝」を原作に、2008年に二十一世紀歌舞伎組により初演された三代猿之助四十八撰の内、5度目の上演。全二幕。

 番付(歌舞伎では、特に関西ではプログラムのことをこう呼ぶそうな)の猿翁丈のコメントによれば、「新作・スーパー歌舞伎十番」でもあるそうな。「明治以降の“新歌舞伎”が歌(音楽的要素)と舞(舞踊的要素)に乏しい伎一辺倒になって楽しくないと感じていたので、“新・新歌舞伎”をつくろうと思った。隈取りなどの扮装やツケ入りの見得や立廻り、黒御簾的な音楽の使い方を積極的に取り入れたのだが、それが“スーパー歌舞伎”と呼ばれることになった」のだそうで、なるほどね、と思います。古典も勉強したいけれど、私のようにビギナーでミーハーな者にはやはりとっつきやすくわかりやすく、何よりエンターテインメントとして楽しいので、上演があればまずはここから観ていこう、と考えていて、お初のハコにも行ってみたかったので南座遠征までキメてきてしまったのでした。
 おかげさまでお友達にお誘いいただいて、先に歌舞伎座1階上手真ん中くらいの列のサブセンターブロックで観て、南座は二等席3階正面前方列どセンターを取りました。いいバランスだったと思います。南座の方がコンパクトで、芝居も密に仕上がっていて、音の抜けも良く、歌舞伎座ではくぐもって聞こえたりよく聞き取れなかった台詞も明瞭で、ややバタバタしていた芝居もまとまっていて、こちらもおちついて楽しく観られました。まあお隣がお茶の間感覚でちょいちょいボソボソしゃべるおばさま3人組だったのには閉口しましたが…薄暗い中でチラシと付け合わせて誰が誰かを確認しようとずっとしていましたが、だったらちゃんと番付買って? それか識別できるようになってから来て? てかその役を誰がやってるかなんて、作品を観る上ではあまり関係なくない? あとで、あの役をやってた人がよかったわ、誰だったのかしら、とか復習するんじゃダメなの? ボソボソガサゴソやってて台詞聞いてないじゃん、話の展開についてきてる? お話がわかんなきゃおもしろくなくない? …と、脳内でずっと呪いをかけていました。もうちょっとうるさかったら「静かに観てください」と言ってやったんだけどなあ…
 まあ私だってまだまだ誰が誰とか全然わからないし血縁関係もてんで覚えられていませんよ、でもキャラとストーリーはわかったし、楽しめました。とてもおもしろかったです。
 スーパー歌舞伎の何がいいかって、台詞がテレビドラマの時代劇程度のほぼ現代口語でわかりやすいとか、キャラクターやストーリー展開や演出がキャッチーで派手でわかりやすいとかもありますが、一番はその精神性なんだな、と思いました。根底にある、人間観とか、世界観といったもののまっとうさが、心地良いのです。そこが猿翁さんの素晴らしいところなんじゃないでしょうか。
 もっとスピーディーで鮮やかな場面展開をする舞台とか、複雑なキャラ、ドラマが絡み合う深遠な展開をする舞台とかは、外部にももっとたくさんあります。そのあたりは、比べれば正直、チャチだなとか拙いなとか子供っぽいなとかは感じなくもないわけです。暗転多いな、単調だな、とかね。でも、この精神性のまっとうさが本当に素晴らしいのです。
 原作小説にももしかしたら、多少はその素養があるのかもしれませんが…どうだろう? 私は多分、子供用の詳録版みたいなものも読んだことがない気がします。お上に逆らう悪党たちだけど、義侠心がある正義漢揃いで、腐敗したお上に逆らう荒事をやってみせるピカレスク・ロマン…なんだよね?というのが私のイメージです。たくさん出てくるだろうキャラクターや有名なエピソードから取捨選択し、上手いこと翻案したのが今回の舞台の脚本なんだろうな、という理解です。で、その取捨選択とかそもそもの作品の方向性とかには、脚本家の特性ももちろん出るだろうけれど、やはり猿翁さん自身のものの考え方が反映されているんだろうと思うのです。
 たとえば、お頭の晁蓋が、偉そうでふんぞり返っているようなタイプじゃないのがまずいいんですよね。もちろんリーターシップはあるし面倒見が良くて、みんなに慕われ懐かれているしみんなをよく束ねているんだけれど、それでいい気になっちゃうようなところはないし、むしろしょっちゅうみんなをおいて次のスカウトの旅に出ちゃってる、気ままなところがある人、という描写です。その自然体な好漢っぷりがとてもいいんですね。
 で、彼が留守居を頼んでいくのが姫虎(市川笑三郎)なんです。もとは居酒屋の女将、今は女親分という人ですが、彼女は晁蓋と義兄弟の契りを交わした、れっきとした腹心でありナンバーツーなのでした。単なる女房役、とかじゃないの。この時代の男性に女性と兄弟分になる、という発想があるとは思えないんですが、晁蓋はいいと思ったら相手の性別なんかに頓着せずただ仲間になる、そういう男だ、と描こうとする猿翁さんの性根が、たまらなく素晴らしいと思うのです。
 梁山泊には他にも女性の仲間たちがたくさんいて、それぞれ世間では悪人なんでしょうが、腐った世の中を嫌い晁蓋の理想に心酔してここに参加しているのは男性と同じなのです。腕力は男性には敵わないかもしれないけれど、気が強くて弁が立って、元気な女性たち揃いです。男たちに負けていないし、男たちの面倒を見たりもしていません。つまり煮炊きや掃除、洗濯をやってあげているような描写がないのです。ここでは男も女も自立して、自律してかつ自由に暮らしていて、同じことだから一緒にやるとか人の分もやるとかはあっても、性別で家事を役割分担しているようなことはないんだなと感じました。でも家事なんてそういうものです、大人になったら男でも女でも自分のことは自分でやるのが当然なんです。女たちは子供たちの面倒は見ているようでしたが、別に育児が女の仕事とことさらにされている感じもありませんでした。成人までは共同体全部で面倒を見る、という、あるべき社会の姿が梁山泊にはある、というだけのことなのです。
 この清々しさがたまらないのです…!
 梁山泊の対岸の村、独龍岡の女戦士・青華(市川笑也)も素敵なキャラクターで、跡取りの祝彪(市川青虎)の許嫁ですし、本来はいいところのご令嬢なのでしょうが、くわしくは語られないものの纏足がされていない、という設定です。なので祝彪は彼女を女のなり損ないだ、家同士が勝手な決めただけの縁組みだ、などと口さがなく言います。この男がまた、武芸は素晴らしいのですが朝廷の重臣・高俅(浅野和之)の腰巾着みたいな男で、いい悪役設定なのです。で、青華の方は、言い返すこともなくおとなしくしている…たとえば生理が来ない、あるいはいわゆる石女といった、妊娠・出産機能のない女性が男性と同じく戦士として働き手側になる、という文化の集団がかつては世界のあちこちにあったものだと聞いたりしますが、纏足はもっと小さなころからするものだろうから、青華の父親には何か娘の育て方に関して思うところがあったのかな…だから青華の身体にどんな事情があったのかなどはくわしくは語られないのですが、とにかく纏足されていないので、小さな歩幅で楚々と歩き歌い踊り宴席にはべるような女性の生き方をしていません。それで祝彪はそんなものは女じゃない、などと言うわけですが、しかし青華は男同様に大股に歩けるし、日々武芸を磨いていて男勝りの凄腕で、でも美人で、でも寡黙で、婚約者に悪し様にされるのに耐えている、美しく悲しい女性なのです。そんな彼女に一目惚れしてしまうのが梁山泊の山賊上がりの王英(市川猿弥)で、彼は髭モジャの豪傑で決して二枚目の色男ではないのですが、真っ赤になりつつ真摯に口説く、いじらしい恋心を展開させていくのです。たまらん!
 王英の恋を冷やかすやら応援するやら、と動くのが梁山泊の美貌の殺し屋・お夜叉(市川壱太郎)です。ピンクのべべ着てぴょんぴょんしてて可愛いんだけど凄腕で、これがもじもじへどもどする王英を焚きつけるやら唆すやらで、この男女の友情がまたいいんですよねー! ここでどっちがどっちかを好き、とかは全然ないの。対等な友人同士なんですよ。こういう設定ってなかなかないし、でもアリでしょ?って入れてくる猿翁さんの感覚が本当に好きだし信頼できるのです。
 少年漫画っぽい熱い仲間意識や敵とのバトルから、少女漫画的きゅんきゅんラブ、男女の友情、差別や貧困の問題、衣食足らないと礼節なんて知らないよという社会問題、権力の腐敗、本当に望ましい政治や社会の在り方、天に恥じない生き方、志、義侠心、友愛、勇気、理想…そういったことが真面目に描かれている作品です。その感覚がいちいちまっとうで、ツボで、「そう! そのとおり!!」と膝を打ちたくなるもので、清々しく気持ちよく、ノーストレスで観られるのです。
 現政権批判の視線ももちろんあります。エンタメですもの、そうでなくっちゃね! なんにも考えないでアタマ空っぽで観られておもしろおかしい…ってのがエンタメじゃないんですよ、おもしろい中に批評性があってしかるべきだと私は考えます。ニヤリとさせられるし、フィクションで観ているだけで満足するんじゃなくて現実を戦いがんばらにゃいかんな、と奮い立たされます。エンタメの力って、そういうことだと思うのです。
 そういうテーマを浮かび上がらせていくストーリー展開、そのためのキャラクター布陣とその造詣が本当に的確です。朝廷の重臣で、そのくせ裏で軍用金を着服し私腹を肥やし、それを見とがめた部下の林冲が邪魔で、濡れ衣を着せて処分しようとし、逃げられてどうにか捕らえて口封じせねば…とわたわたしている高俅の小悪党っぷり、たまりません。それに踊らされる祝彪も愚かで哀れだし、でも悪チームがそれで終わらないところがまたいいのです。高俅の側近・張進(中村歌之介)はまた素敵なキャラクターで、凜々しくもみずみずしい若武者っぷりが素晴らしく、ちょっと前までは高俅のお稚児さんだったのかな、とかも思わせます。でもやっと歳がいってそこからは解放されて、そんなことがなくても有能で敏腕で主君のために役に立ちたいと考えていて、本当はその主君が実はどうもたいしたことのない小悪党であるっぽいところも気づいていなくもないんだけれど、「俺はもう後戻りできないんだ!」(『太王四神記』@ヨン・ホゲ)とばかりに林冲と斬り結んでいく圧巻のクライマックス、素晴らしい…! 次の再演では團子たんにココやらしてください…!と思いましたよね…!! いやぁいいお役、いいお芝居でした。
 その團子たんは林冲のもと教え子・彭玘(市川團子)で、朝廷の兵士として働きつつも、かつての師の変節が信じられず、梁山泊に忍び込んで真意を質し、さらには師の窮地に飛び込んで身替わりとなって命を落とす、これまた美味しい役どころです。一幕も二幕も幕開け仕事を任されていて、今なら月組でわかがやらされるようなあたりですよねちょっと前ならありちゃんねわかります上げたいんですよね、ってなもんです。でもまた似合うんだこういう青いお役が! これまでは弘太郎だった青虎がやっていたお役、というのもまたたまりません。
 彭玘に慕われることといい、晁蓋に一目置かれむやみに悪党仲間に引き入れられないと遠慮されることといい、姫虎たちからは武術指南役になってくれと懇願されることといい、みんなから総受けのビッグ・ラブを向けられる林冲は本当にザッツ・ヒーロー!な主人公です。脱獄の際に素晴らしい立廻りを見せますが、あとは基本的にグレてスネて飲んだくれているだけの役なので、カッコよく見せるのがなかなかに難しいお役だとも思いますが、隼人さんはさすがでしたよね。タッパと華があって、いかにもセンターが似合うんだよなあぁ。これは誰でも惚れちゃいますよね。姫虎との友情や、李逵にむやみと懐かれるところなんかも微笑ましく、とてもよかったです。てか福之助さんはまたこういうお役が上手いですよね。
 盆も回るし、一幕ラストはイケコばりの全員集合で歌まで歌っちゃうし、正しい和製ミュージカルで、「歌舞伎」とは本来こういうものなのである、という主張も確かにビンビン伝わります。
 宙乗りは梁山泊の七つ道具・飛龍という大凧に乗る、という趣向。そこからの怒濤の、これでもかと言わんばかりの大団円と、パレードまでついたゴージャスさが本当に大満足でした。
 偉そうな物言いで申し訳ありませんが、中車さんは南座では格段に良くなっていたと思います。
 あとは青華の新しいお衣装が、桃や橙色だと姫虎やお夜叉と被るんで避けられたのかもしれませんが、それでもそういう娘っぽい色味、せめて山吹なんかがよかったかなと思いましたし、青や緑にするにしてももっと濃く鮮やかな色のものにしてほしかった、とは思いました。今の薄いライムグリーンみたいなお衣装だと、怪我の治療の間に着ていた寝間着みたいなお衣装とあまり差異が感じられなくてもったいなかったので。細かいところにうるさくて申し訳ない…
ヤマトタケル』の発表もありましたし、コロナで全公演中止となった『新版 オグリ』もどこかで上演の機会を探っていることでしょうし、これからもたくさん観ていきたいです。松竹座にも行ってみたい! 御園座でも歌舞伎が観たいし、あちこちの小屋に出かけてみたいです。夢が広がるなあ…
 千秋楽までどうぞご安全に。私も引き続き感染予防対策して、健康にすごします!






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