駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『三月花形歌舞伎』

2024年03月27日 | 観劇記/タイトルさ行
 南座、2024年3月22日11時(桜プログラム)、15時半(松プログラム)。

 桜ブログラムの前半は、『女殺油地獄』。野崎の観世音への参詣人で賑わう徳庵堤に、大坂天満町の油屋・豊島屋七左衛門(尾上右近)の妻女・お吉(中村壱太郎)が娘のお光と乳飲み子とともにやってきて、夫が来るのを待っている。そこへ河内屋徳兵衛の倅・与兵衛(中村隼人)がやってくる。次男坊の気軽さもあって、放蕩のうちに暮らす与兵衛は、今日は新地の馴染みの芸者が自分の誘いは断ったにもかかわらず、会津の客と野崎参りに来ていると聞いて、喧嘩を売ろうと遊び仲間とやってきていて…作/近松門左衛門、監修/片岡仁左衛門。人形浄瑠璃として書かれた世話もので、1721年初演。1909年の上演後、歌舞伎のレパートリーになった。三幕。
 松プログラムの前半は『心中天網島 河庄』。大坂の色町・曽根崎新地の河庄に、天満の紙屋の丁稚の三五郎(上村吉太朗)が、遊女の紀の国屋小春(中村壱太郎)に手紙を届けに来る。手紙は紙屋の女房・おさんから小春に宛てたもので、おさんは夫の治兵衛(尾上右近)との間にふたりの子までなしている。一方で小春は三年前から治兵衛と深い仲となり、心中の約束を交わしていて…原作/近松門左衛門、改作/近松半二、指導/中村鴈治郎。『心中天網島』を改作した『心中紙屋治兵衛』の上の巻を歌舞伎に移した一幕で、1781年初演。
 二作とも近松門左衛門没後三百年を記念して上演。プログラム後半はともに舞踊劇『忍夜恋曲者 将門』で、桜は光圀/右近、松は光圀/隼人、ともに傾城如月実は将門娘滝夜叉姫/壱太郎。

 タイトルがキョーレツで有名な『女殺~』を観てみたいと思い、友会が当たっていた宝塚歌劇花組大劇場公演の前日に観ようとしたら、その日は昼の部でやっていて、なら夜も観るか、とさくっと二回とも三階正面席を取りました。南座へ初めて来たが楽前回しかったこともあり、どんどん腰が軽くなっている気がします…
 南座のこの月での花形歌舞伎は今年で四年目とのこと。コロナ禍が最も厳しかった頃、東京以外での上演機会を求めて企画されたものだそうですね。それがちゃんと続いているところが胸アツです。
 毎回、アタマに手引き口上がついていて、この日の昼の部は壱太郎さん。『女殺~』について、解題として「油の地獄で女が殺されるお話です」と言ってのけていて、笑っちゃいました。でも「歌舞伎ってすごいですね、タイトルでオチを言っちゃうんですね、でも何故そうなるか、というのを見せてくれるんですね」とも語っていて、さすがだな、と思いました。で、どうしてそうなる話なのかまったく知らずに、ワクワク観ました。
 結果として、朝11時から観る芝居なんかいな…とは思いましたが、一日通すとやはりこれが一番おもしろかった気がしました。なので組み合わせとしてはやはり夜の部で観るべきだったかもしれません(^^;)。まあでもいいのです、トータルで一日本当に楽しかったので!
 これは実際にあった事件がもとになっているそうで、その犯人はちゃんと捕まって処刑されているんだそうですが、歌舞伎では例によってのやりっ放しエンドです。与兵衛が逃げて終わり、オチてない。ただその事件の凄惨さとしょうもなさ、そこはかとなく漂ってしまう滑稽さと、それでも救われない悲しさ、虚しさが圧巻で、観客の心を揺さぶり、掴んで放さない作品なのでしょう…いやぁすごかったです。
 与兵衛とお吉に恋愛感情がある形の映画などもあるそうですが、今回はそうではありません。そこがいいな、と思いました。あくまで同業者で知人程度で、まあお吉は与兵衛に対してちょっと情けない近所のボンとして心配したり案じたりはしているし、放っておけない弟分くらいには思っているんだろうけれど、あだめいた気持ちはない。それは夫がちょっと嫉妬深いからでもあるし、当人の賢さ、たしなみ、慎み深さ故でもある。それなのに…
 与兵衛の方も、父親を早くに亡くし、母親が番頭と再婚して家を盛り立てて、父親違いの娘が生まれて病弱で手がかかり、優秀な兄はさっさと独立してしまい…で、肩身が狭いようなおもしろくないような、なのはわかるけれど、いつまでもグレていられる歳でもあるまいし、親の想いも身に染みただろうに、なのに…という、ものすごいこじれたドラマなのでした。
 しかしそれはそれとして借金もあって切羽詰まり、どうとでもなれと思ってしまって、優しい姉貴分だった人に無心を断られ、「夫が帰ってきたら不義だと誤解されそうだからとっとと出ていってくれ」みたいに言われて、かえって「なら不義になって金を貸してくれ」と迫れる神経ってホントなんなんだ…と人間の恐ろしさに震撼しますよね。与兵衛がだんだんヘンな意味でハイになっちゃってるのがビンビンに伝わりましたし、そこでまさかの帯クルクルがこんな形で観られるとも思わなかったし、その後与兵衛は床の油を避けるためにこの帯が作る道を踏んで逃げるんですよ、ホント人としてサイテー!とも思うし、当然の行為のようでもある…正気づいて怖くなって、でもやったったでー!みたいな興奮もあるし、狂乱したまま、奪ったお金もぽろぽろ落としそうな勢いで、震えながらどたどた去っていく男…その哀れさ、悲しさ、おかしさ、せつなさよ…!
 与兵衛の母・おさわ(上村吉弥)がめっちゃいいんですよ、めっちゃ泣かせるんです。最初の結婚や夫婦としての暮らしがどうだったかはあまり語られませんが、家のために再婚せざるをえなかったんだろうし、それで商売のことがよくわかっている番頭上がりの徳兵衛(嵐橘三郎)と…となったのでしょうが、もちろん当時も口さがなく言う人は周りにもいたことでしょう、今でもコソコソ言われているのかもしれません。でもそこから協力し合って家を盛り立てて、連れ添ううちにお互い愛情も湧いたろうし、なんならハナから実は好き同士だったのかもしれないし、そうやってがんばって長男も独立させて、末娘の看病をして、フーテンの次男もどうにかしたいと思いつつ上手く叱れないでいて…というその遠慮、気兼ね、でもあふれる情愛…深い、濃い。それは与兵衛にも伝わってはいるのだけれど、でも改心できないものなんですよねえぇ…
 というわけで壱太郎さんのお吉のちょうどいい感じのお姉さんっぷり、女房っぷりが素晴らしく、隼人さんの与兵衛の青さ、若さ、しょうもなさ、悪さ、でもちょっと色気が漂っちゃう感じも素晴らしかったのでした。隼人さんはこれが初役で、これから十年とかかけて何度か演じて、どんどん仕上げていくのではないかしらん…
 そして、観ていて何度「右近さん早く帰ってきてー!」と心で叫んだことでしょう…イヤこの人も商売熱心だからこそ掛け取りに忙しく出歩いているんだし、留守にしたのは別に彼のせいではないんだけれど…少しでも早く帰ってこられていたら、この惨劇を止められたかもしれないのにねえぇ…などと、また泣くしかなかったのでした。イヤしかしすごい話だよ…また観たいです!(笑)

 それからすると『河庄』は、上方和事芸を堪能する演目ということでしたが、私にはちょっとまったりしていたかな…こちらの隼人さんは『女殺~』の右近さんより出番があり、なんかまたおかしいようなしょうもないようなな兄弟を演じていておもしろいのですが、女性視点で観るとホント男ってやつぁ…って気持ちになるので。出てこないけれど、小春に手紙を書いたおさんに共感しやすい観客も多いことでしょう…
 で、どうまとめるんだと思っていたらこちらもやりっ放しの、三人があれこれああでもないこうでもないと言い合ってのその愁嘆場のままのエンドなのでした。ホント歌舞伎ってやつぁ…!
 でも右近さんの柔らかさが治兵衛の情けなさ、しょうもなさ、でもそれが愛嬌にもなっちゃうところに通じていて、よかったです。壱太郎さんもあたりまえですが『女殺~』とは全然違う小粋な遊女で、素敵でした。ふたりを別れさせようとして武士の振りまでしてわたわたする隼人さんもラブリーでした。おもしろかったです。

『将門』は、このネタは私ですらもう何度か観ている気がする…という(イヤ実際には滝夜叉姫に関して、ですが)人気、定番のキャラ、エピソードなのでしょうね。正直、常磐津連中の歌詞は私はちゃんとは聞き取れないし舞踊も読み取れないので、筋書(番附、とされていたのがいかにも関西でした)のあらすじ頼りでしたが、それでも演じられている情景や心情はよくわかったかと思います。壱太郎さん、素敵でした!
 右近さんの方が踊りっぽく、隼人さんの方が決めポーズっぽい感じ。蝦蟇に関する演出が桜と松でちょっと違っていて、姫が引っ込むと蝦蟇がどろんと現れる形もいいし、最後に蝦蟇と並んだ姫が赤旗ばーんと広げる形もいいな、とこれもまあやりっ放しエンドなんだけれど、大満足でした。ドリフ…じゃない、屋体崩しのスペクタクルも楽しかったです。てかこの蝦蟇の手乗りサイズくらいのぬいぐるみを出したら売れると思うんだけれど、どうでしょう松竹さん…(笑)

 恒例のお手製弁当も持ち込みましたが、幕間は30分、マチソワ間もきっかり1時間しかなくて、お茶やごはんするにも慌ただしく、周りのグルメその他は今後またじっくり攻めていきたいな、と思いました。てか頑丈、鈍感な私の腰とお尻をもってしても最後はさすがに…だったので、安易にマチソワせずゆっくり行って周りも楽しもうよ、ってことなんでしょうけれど、ついつい貧乏性なもので…
 古典はやっぱり難しいなあと思いつつも、引き続きいろいろ観ていきたいと思いました。楽しかったです!








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