映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

ミモザの島に消えた母(2015年)

2018-12-30 | 【み】



以下、公式サイトよりストーリーのコピペです。

=====ここから。

 西フランスの大西洋に浮かぶノワールムティエ島は、冬に咲くミモザの花から『ミモザの島』と呼ばれている。30年前、この島の海である若い女性が謎の死を遂げた。

 その女性の息子であるアントワンは、40歳になってもなお喪失感を抱き続けていた。母の死の真相を追い始めるが、父と祖母は口を閉ざしてしまう。家族が何か隠していると察したアントワンは、恋人のアンジェルや妹アガッタの協力を得て、ミモザの島に向かった。

 そこで彼は、母の別の顔や衝撃の事実を次々に知っていく……。
 
=====ここまで。
 
 あの『サラの鍵』の原作者タチアナ・ド・ロネのベストセラー小説を映画化。

 
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 公開当時、劇場に行きたかったのだけれど、なんやかやで先延ばしにしていたら終映してしまったのでした、、、。まぁ、劇場で見ても後悔しないけど、DVDでも良かったかな、という感じ。(上記のあらすじではアントワン、アガッタとなっているけど、字幕ではアントワーヌ、アガットだった気がするので、アントワーヌ、アガットで表記します。)


◆家族の秘密を暴いたら、、、

 アントワーヌは離婚したばかりで、娘2人を引き取った妻に未練があるみたいだけど、彼にはどこか翳がある。あんまり笑顔がないしね。まぁ、離婚したばっかだから仕方がないとはいえ、、、。仕事もクビになるし、何だか人生上手く行かない様子。そして、それがどうやら、30年前の母親の死に原因がありそうだ、、、。

 という出だしで始まり、母親の死の真相を明らかにしていく物語である。

 アントワーヌが真相を探ろうとして働き掛けても、アガットは乗ってこない。むしろ、鬱陶しそう。アガットは恐らく、母親は本当にただの事故で亡くなったんだと信じているから、アントワーヌがそこまで拘ることが理解できないみたいだった。

 母親が亡くなったとき、アントワーヌが10歳、妹のアガット5歳。この5歳差は大きいよなぁ。10歳と言えば、小学5年生くらい? 5年生ともなれば、イロイロ覚えているから、あんまり記憶のない5歳だった妹と、母親の死に対する受け止め方が違うのはムリもない。

 しかし、少しずつアントワーヌは核心に迫っていき、その展開はムダがなく、かといって真相究明だけの単調なものでもなく、人物描写も丁寧で、なかなか素晴らしい脚本だと思う。

 以下、ネタバレです。

 母親の事故は、もちろん、事故に違いなかったのだが、そこに至る過程に非常に哀しい事実があった。

 アントワーヌの父親の家は名家らしく、非常に裕福で、今も父親は裕福な老後を送っている。そんな父親が若い頃に選んだ妻は、その名家には歓迎されない嫁だった。父親の母、つまりアントワーヌの祖母は、その嫁に辛く当たり(というか、ほとんど嫁いびり)、父親は仕事で不在がち、、、とくれば、若い母親が陥るのは、不倫である。

 ここまではありがちだが、その母親の不倫相手が、芸術家の女性だったのだ。今でこそ同性愛は市民権を得つつあるけれども、30年前では世間の反応は推して知るべし。アントワーヌの祖母に知られることとなり、「家の恥!」と罵られ、不倫相手と子どもと共に駆け落ちしようとしていた母親は、姑に力尽くで駆け落ちを阻止されそうになる。けれども、母親は意を決し、姑の力尽くの阻止を払いのけようと行動に出た結果、事故に遭った、、、という次第。

 まぁ、さほど驚くような“真相”ではないけれども、ここで鍵になっていたのは、真相究明に興味がなかった妹アガットの記憶である。アガットは、それまで完全に忘れていたあるシーンを、ふとしたことから思い出すのである。これがアントワーヌが真相に近付いた直接のきっかけにはなっていないが、観客には、そのシーンが見せられる。

 アントワーヌが真相を知り、それを30年間ひた隠しにしてきた父親と祖母に突き付け、迫るシーンが、本作の最大の見どころでしょう。クリスマスで、親戚一同が集まり、皆が楽しそうにプレゼントを開けている、その真っ最中に、アントワーヌが爆弾を落とすのだから。その場は一気に凍り付き、荒れ、修羅場と化す。もともと心臓が弱いと言っている祖母は、ショックのあまりか倒れてしまうが、アントワーヌはそんな祖母に対しても「都合が悪くなったら発作か!!」と、容赦ない。彼の怒りは、それくらい凄まじく、その場にいる人々にはその怒りが理解できないが、観客たちには分かる。このシーンは、見ていて辛い。

 蓋を開けてみれば、祖母が原因であった、、、ということだが、終始、クールだったアガットが、祖母の葬儀で父親に見せる怒りが、また哀しい。父親も、自分を正当化するのに必死なのが醜さを超えて哀れでしかない。

 どんなに幸せな嘘よりも、どんなに悲惨な内容であっても真実のみが人を救うことになる、、、ということは、当然ある。嘘も方便は、やはり、軽い嘘だろう。真相が重大であればあるほど、隠す(あるいは嘘をつく)ことは、より重大な結果を招きかねない。本作は、そういう、「致命的な嘘」による悲劇を描いているのだ。


◆その他もろもろ

 実は、本作の原作がタチアナ・ド・ロネの小説だとは、知らずに見て、見終わってからネットで検索して初めて知った次第。でも、知ってみて納得だった。『サラの鍵』と、非常に話の雰囲気が似ている。

 どちらの作品も、家族の秘密がテーマであり、その秘密が暴かれていく。秘密の内容は、どちらも悲惨だが、真相を知った後の、真相を知った人々は決して不幸ではないし、むしろ、ようやく心置きなく現実に向き合うことが出来るという意味では、幸せになっている。

 『サラの鍵』も原作本を買ったまま、積ん読状態なので、早く読まねば、、、。

 アントワーヌを演じていたのは、 ローラン・ラフィットで、終始“どこかで見た顔だなぁ、、、”と思っていたんだけど、見終わってからふと気付いた! そうだ、あの『エル ELLE』で、イザベル・ユペールを襲う男を演じていたあの人だ! と。かなり雰囲気が違うので分からなかったけど、私は『エル ELLE』の方が、何となく好きかなぁ。

 アガットは、メラニー・ロラン。彼女はすっかりフランスを代表する女優さんになりましたねぇ。相変わらず美しいです。

 実はラスボスだった祖母は、終盤まで、割と存在感が薄い。ただ、要所要所で出てくるので、終盤、真相が明かされてみれば、“ああ、なるほど、、、”という感じではある。演じていたのは、ビュル・オジエという方で、あの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』に出ていたとのこと。え、、、ゼンゼン分からない。そもそも、作品自体、記憶があやしいし、、、。いつか再見してみよう。

 印象的だったのは、途中からアントワーヌと親密になる女性アンジェルを演じていたオドレイ・ダナ。何か強そうな女性という印象だけど、嫌みがなく美しい。アントワーヌの実の母親を演じていたアンヌ・スアレスも、出番がものすごく短いんだけど、なかなかインパクトがあってステキだったな。

 



 




タイトルが素敵だ、、、。




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