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小夜中山夜啼碑7 十六夜の疵口より男子出産

(中山寺の夢幻和尚、観世音の霊夢を蒙る)

小夜中山夜啼碑の解読を続ける。

去る程に、この死骸を埋めし印の石の下にて、夜啼く赤子の泣声して、
上人の居間の内まで、手に取る如く聞えければ、峰の哀猿の叫びならんと、その夜は耳にも止め給わず、寝所に入りて休ませ給う。その夜の夢に観音菩薩、一人の赤子を抱き給いて、上人の枕辺に立ち給う、と見て夢覚めたり。
※ 哀猿(ましら)-「ましら」は猿の雅語的表現。「哀猿」とは晩秋の頃、猿が甲高い声を上げて叫ぶ求愛の声。芭蕉の「野ざらし紀行」に富士川で、「猿を聞く人捨子に秋の風いかに」という句がある。子供の泣き声を哀猿の声に譬えた例である。

かゝる夢を三夜つゞけて見給いければ、上人は心の内にいぶかしみ、泡沫夢幻と世の中の、はかなきことに説諭す夢すら、三夜に及びては大悲の霊想、疑うべからず。殊にこの頃女子を埋めし、石の夜な/\、声を出すは、人も知り我も聞いたり。
※ 泡沫夢幻(ほうまつむげん)- 水のあわと夢とまぼろし。はかないことのたとえ。


(小夜の中山、夜啼き石の古事、懐胎女の疵口より、男子出産す。)

かの死骸にこそ子細あらんと、その夜明けるを待ちわび給い、里人を呼び集え、さてしかじかと観音の、夢想三夜に及びしことを、皆々にもの語り、夜啼の石をとり捨てさせ、土を掘りて穴をうがち、女の死骸をとり出しみるに、不思議なるかな、疵口より赤子這い出し、乳房にすがり、乳を吸いてありしかば、上人はじめ里人等は、驚く事大方ならず。

上人は死骸に立ち寄り、やがて赤子を抱きとり、黒衣の袖におし包み、里人に宣(のたま)う様、
「この女子懐胎にして、人手にかゝり、非業の死をとげしといえども、是非の一念、孩児(あかご)にまつわり、疵口よりかく安々と出産をなせしをば、大慈の妙智力をもて救わせ給い、拙僧に前(さき)の霊夢のありしならん。寿なるかな、妙なりけり。」
と峰を仰ぎて、ぬかづき給えば、
※ 孩児(がいじ)- 幼児。嬰児(えいじ)。おさなご。

見もし、聞きもす奇瑞霊験、里人信心肝にめいじ、再び女の死骸を埋めて、子供を持ちたる里人は、家に走(はせ)て一つ身の、着類もて来つ赤子に着せ、乳汁余る女房等は、住寺にきたり乳房を与え、ひたすらに愛情すにぞ。それより赤子は、泣くことなく、いとおとなしく生長せり。
※奇瑞(きずい)- めでたいことの前ぶれとして起こる不思議な現象。吉兆。
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