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「田中氏道中記」を読む 2


庭のグラジオラス
球根を御近所に分けて頂いたものらしく、
御近所に同じ色のグラジオラスをよく見る。

「田中氏道中記」の解読を続ける。

  五月三日泊、晴
      知内
知内出し抜けに川あり。舟にて渡る。広野
※ 出抜に川(だしぬけにかわ)➜ 現、知内川。「だしぬけ」は、突然であること。いきなり。
にて道はよし。野放し馬、所々群居(むれい)、折々
乗馬を追い来たる。心得べき事なり。河岸、風寒
し。木古内(きこない)村まで二里五丁。同村、家数八十
軒。ここより本馬(ほんま)軽尻(かるじり)の馬に別なく、一疋
※ 本馬(ほんま)➜ 江戸時代、幕府公用者や諸大名が一定の賃銭で使用できる宿駅の駄馬。その積荷量は軽尻の倍で、約四〇貫目であった。
壱里四拾文ずつ、よって本馬壱疋へは弐疋ずつ出す。

  四日昼食、晴
      泉澤
泉沢まで二里、虎杖(いたどり)多し。同村家数百

軒余、家並宜しき。これより膳(ぜん)・器(うつわ)など結構なり。毛織
縫い包(くる)み、共重(ともがさね)、外に綿入れ、三っ着。

  五月四日泊、晴寒し
      当別
※ 当別(とうべつ)➜ 現、北斗市当別。石狩郡当別町とは別。
泉沢より二里廿八丁、家数弐拾軒余。海岸
通り、風寒し。皆以って漁家なり。かすべばかり
※ かすべ ➜ 主にガンギエイ科の魚を指した方言。ガンギエイ科でなくとも、北海道ではエイ類をカスべと呼んでいる。
捕れ候由。

  五日昼食、晴
      有川

當別より有川まで三里弐拾八丁、山道よし。
※ 有川(ありかわ)➜ 現、北斗市中央。
野故(ゆえ)馬多し。この間に松前の台場あり。
※ 台場(だいば)➜ 要害の地に土・石で築いて、大砲の台をすえつけたもの。砲台。
家並みも當分。殊に節句に付粽(ちまき)を配り、子供
ら衣服相改め、遊び歩き行き候。箱館へ進み候。この節、
異国船弐艘参り居り候。遠見致し候所、曇り候
て相分らず、弐千石位の舟。

(つづく)

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