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峡中紀行中 2 九月十二日、大士洞に詣づ

(散歩道のオステオスペルマム)

荻生徂徠著の「峡中紀行 中」の解読を続ける。

立談の間、肌膚(きふ)已に栗す。忙しく轎に上る。路復た西に転じて、轎復た欹(かたむ)きて、日色漸くなり。復た頭を蒙(おお)わず。幻谷村を経るに、皆屠家なり。烟(煙草)を想いて、一星(一点)の火を乞うことを得ず。
※ 栗(りつ)す - おののく。寒さで震える。
※ 日色(にっしょく)- 日の色。また、日の光。転じて、太陽のこと。
※ 午(ご)- 真南。昼の12時。
※ 屠家(とけ)- 被差別集落。


村を出て潮河(塩川)を踰(こ)す。橋有り、頗る危うし。風転じ急にして轎愈々欹く。迺(すなわ)ち轎を下りて橋を過ぎる。身、数領(枚)の綿衣を著る。風来たる時、殆んど支吾せざるなり。韮崎の駅に入りて、風始めて柔ぎぬ。
※ 支吾(しご)-(寒さを)やり過ごす。

これよりは信駿の孔道駅、頗る佳(よ)くて、甚だ寂寞ならず。駅右の人家、竹林の間に小逕(径)有るに似たり。逕(径)口、一小碣有り。則ち大士洞に走る(通じる)の道なり。轎を下りてこれを訪うに、歩すること僅かに半町許り、洞処に至る。
※ 孔道(こうどう)- 交通の要路。
※ 小碣(しょうけつ)- 円柱形の小さい石碑。
※ 大士洞(だいしどう)- 現在の韮崎市中央町、窟観音。


懸崖数十、崖腹を鑿(うが)ちてを為す。凡(すべ)て二つ。左は地蔵を安じ、右迺ち大士(観音)の像なり。皆空海造る。中間に銅鐘一つを懸けり。別に奇観無し。ただ磴(石段)径屈曲、迺ち龕所に至ることを得。甚だ峻にして登り難し。磴口、一大石下垂するもの有りて、磴それが為に蔽(おお)われ、入る処無きが如く然り。右の石と龕址連なり、俯僂して石下より進む。始めて磴を得、磴尽きる処、右龕にして左に洞有り。
※ 仭(じん)- 中国古代、高さ、深さの単位。八尺・七尺・四尺・五尺六寸など諸説ある。
※ 龕(がん)- 断崖を掘って造った、仏像などを安置する場所。
※ 龕址(がんし)-「址」は 建物の土台。龕址は土台となる岩壁を示す。
※ 俯僂(ふろう)- うつむきかがむ。


始め、洞に入り、黒暗、左右壁を摸りて、前に陟(のぼ)り降り、幾級(段)、躓かんと欲するは再び。洞腹稍(やや)(ひろ)し。右に転じて洞後の口を得。豁然として迺ち明なり。始めて横に嶺身を穿つことを識るなり。口甚だ窄(せま)く、縦横三尺ばかり、頭を出して以って望めば、新府城蹟、前に在り。下皆田疇なり。郷兵郷道の者を召して、これより以って青城に詣るべきやと問わば、則ち曰く、太(はなは)だ迂(遠回り)なり。迺ち(元の道を)還る。
※ 豁然(かつぜん)- ぱっと開けるさま。視野が大きく開けるさま。
※ 嶺身(りょうしん)- 嶺の中。
※ 田疇(でんちゅう)- 田畑。
※ 郷兵郷道の者 - 郷士の道案内。
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