平成18年に60歳を迎える。六十と縦に書くと傘に鍋蓋(亠)を載せた形である。で、「かさぶた(六十)日録」
かさぶた日録
峡中紀行下 16 九月十七日、篠籠(笹子峠)を越える
午前中、散髪に行く。午後、アクアの点検に出向く。散髪屋の主人とディーラーの担当に、「再び」を進呈した。両者ともに、前回も進呈していて、もう10年、20年と言った付き合いである。
荻生徂徠著の「峡中紀行 下」の解読を続ける。
十七日中夜、蓐食して迺ち発し、篠籠(ささご、笹子峠)に上る。半嶺(峰半ば)にして、天稍々明なり。深い谷底の人家、雞(鶏)声遙かに聞こう。山豈に岱山の崇に比するや。然ると雖ども、意(気持)日観の勝に渇け(渇望)ること甚し。従者をして轎を推して上ら使(し)む。
※ 中夜(ちゅうや)- よなか。夜半。
※ 蓐食(じょくしょく)- 朝早く外出するときなどに、寝床の中で食事をすること。
※ 岱山(たいざん)- 泰山。中国、山東省の中央部、済南の南に位置する名山。五岳の一。
※ 崇(すう)- 気高いさま。
※ 日観(にちかん)- 泰山の東南の峰を日観と呼ぶ。「日観の勝」はそこから出る日の出の景色のこと。
巓(いただき)に至るに及びて、遠い黛(まゆずみ)の中、往々逗(とどまる)紅、濃淡相暈(ぼか)し、来たる時より群山の豔(あでやか)なるを覚う。独り憾(うら)む、小仏(嶺)蔽虧し、その虹旌澤旗、後前導擁の繽紛たるを眺むることを得ず。鎔金の冶に在る、その大きさ、幾十余丈なり。
※ 蔽虧(へいき)- 覆い隠すこと。
※ 虹旌澤旗(こうせいたくき)-「澤」は「つや」光沢の「沢」。「旌」「旗」ともに「はた」。「虹旌澤旗」で朝日の光彩と雲気を表わしている。
※ 後前導擁(こうぜんどうよう)-(雲が)前後に引き回し押し寄せるさま。
※ 繽紛(ひんぷん)- 多くのものが入り乱れているさま。
※ 鎔金の冶 - 金属を溶かして、形に作ること。(昇る太陽のさまを譬えた)
この興と帰思と相壮(さかん)なり。歩して走り、飛びて嶺を下る。麓に至りて顧(かえり)みてこれを仰げば、省吾なお山腰に在り。喘ぎて吁々然たり。黒岱、初鴈、花崎の諸站(駅)を経て、猿橋に歇(いこ)う。
※ 帰思(きし)- 故郷に帰りたいと思う情。
※ 山腰(さんよう)- 山の中腹と麓との間。
※ 吁々然(ううぜん)- はあはあと喘ぐさま。
予が嚢中嚮(さき)に丐(乞)う所の杼実(とちのみ)を喪う。甚しくこれを索(さが)して得ず。省吾笑いて曰く、未だ公(先生)の狙公なるを聞かず。杼実、遂に何の用ぞ。(猿回しなら猿の餌にするが)
※ 嚢中(のうちゅう)- 袋の中。
※ 狙公(そこう)- 猿回し。
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