goo

「慶應四年日録/徳元」を読む 56

庭のガーベラ姉妹

暑すぎる八月も終る。この一月、自分は冷房を遠慮なく効かした部屋で、江戸時代三昧の日々を過ごして来た。ブログの「慶應四年日録」以外に、午前中は江戸中期、駿府商家の隠居が記した「硯屋日記」を解読して過ごした。もちろん、それ以外にも読まなければならない古文書も多数ある。昼寝の後は「鬼平犯科帳」や「雲霧仁左衛門」など、テレビ時代劇のビデオ鑑賞を専らにする。就寝前には、当ブログの最後に読了書として挙げる時代小説を、一晩か二晩で一冊のペースで読んでいる。年間200冊以上、主に文庫本だが、図書館利用でふところはまったく痛まない。

江戸時代の世界には、何もしがらみがない。人の生き死にを読みながら、気に病むことも何もない。登場人物も、死者も皆んな死んだ人である。コロナも、円安も、ウクライナも、原発の排水も、熱中症も、思いなやむことは何もない。知れば知る程、江戸時代は楽しい。

*******************

「慶應四年日録/徳元」の解読を続ける。

  十五日  雨
昨日、当所寺院中、永々
(ながなが)の大雨に付、明十五日より三日の間、
祈祷致したく、これによりその段相届け候旨、会所へ申し出候間、その段
持ち廻り、参り候間、右取り計い向きの義は、一作殿へ頼み遣わし候処、
壱町、三、四人づゝ呼び立て、右の次第申し聞き、町内へもそれぞれ
行渡り候様、申し聞き候間、右の者ども、今日寺院へ出で候由。
諸瓦不足に付、当春、五郎兵衛殿よりも、弐拾四枚借り候処、今日、新瓦にて
相返し申し候。

  十六日  晴れ、曇り、雨
休息。

  十七日  曇り、雨
長通井見分致す。奥津川端、越し場見分。

  十八日  雨
右越し場の処、先ず川瀬の処も相分らず候間、当分は先ず、畑損じざる様
致し、越え立ての積り。もっとも、地主松蔵参り候に付、治三郎へ談ず。
弥増(いやまし)大雨に付、見合わせの由。
※ 弥増(いやまし)➜ ますますもっと。さらにいっそう。

  十九日  大雨
川、出水見廻り。

  廿日  雨曇晴
昨夜より引続き大雨にて、殊の外の大水。同役とも一同出張
(でば)り致す。
あおり致す。もっとも、追々田畑欠所出来(しゅったい)に付、右様致す。
※ あおり ➜ 暴風のこと。
※ 欠所(けっしょ)➜ 欠けているところ。 
また昼後より水刎
(みずは)ね、小組み入れ。
※ 水刎ね(みずはね)➜ 杭、蛇籠、石塊などを用いて、河川が河川敷の中で蛇行したり流路を変えたりしないように河岸から河身に設けた工作物。
※ 牛(うし)➜ 水防用の聖牛(ひじりうし)のこと。
(つづく)

読書:「茶葉 交代寄合伊那衆異聞 19」 佐伯泰英 著
読書:「高楊枝 素浪人稼業 14」 藤井邦夫 著
読書:「がんこ煙管 取次屋栄三」 岡本さとる 著
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )