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心頭滅却すれば、恵林寺の三重塔

(恵林寺の三門)

長禅寺の後、甲州市(旧塩山市)の乾徳山恵林寺(えりんじ)に回る。ここにも三重塔があるからである。恵林寺は武田信玄の菩提寺で信玄の墓もあるとあって、長禅寺とは打って変わって、境内は観光客でにぎわっていた。

四脚門(赤門)というのが国の重要文化財になっているが、駐車場が奥にあって、参道の途中から入ったので、三門から入った。これも県の文化財に指定されている。

三門の左右に有名な「安禅不必須山水」「心頭滅却火自涼」という看板が掛かっている。

「安禅必ずしも山水を須(もち)いず、心頭を滅却すれば火も自ら(おのずから)涼し」と読み下す。

案内板によると、
天正十年(1582)四月三日、恵林寺は織田信長に全山焼かれる。近江の佐々木承禎らを秘かにかくまい逃れさせた快川国師に信長は怒り国師はじめ百余人の僧侶らを三門へ集め火をつけた。

火を掛けられた快川国師は先の言葉を言い放って、火中で壮烈な死を遂げた。日本歴史上、最大の「やせ我慢」である。三門脇に「天正亡諸大和尚諸位禅師安骨場」と刻まれた碑が立っていた。僧侶たちの遺骨が埋葬されているという。


(恵林寺の三重塔)

恵林寺の三重塔は三門を入った左手の方、木立の中に建っていた。昭和48年建立というから、由緒ある建物の多い中では目立たない存在である。観光客も遠目に見ることはしても、そばに寄る人は少ない。立て札があり、「仏舎利宝塔(納骨堂)第二次申込み受付中 開山夢窓国師・武田信玄公菩提寺である恵林寺で三重塔の下、安らかなる永眠の場所をお求め下さい」と書かれていた。

純木造で彩色はされておらず、一辺3.42m。屋根は銅板葺である。各重に白壁が塗られ、荘厳さには欠けるが、お寺の建物を三層に積み上げたという、親しみ易さがある。初重が位牌堂、地下が納骨堂になっているようだ。
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