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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

佐藤実 「現代中国における回儒の著作に対するまなざし」

2014年09月11日 | 人文科学
 『近代中国における回民コミュニティの経済的・文化的活動』、2013年6月12日水曜日

 インタビューや現地調査の部分ももちろん興味深いが、金天柱『清真釈疑』の内容に関する言及もじつに興味深い。

 そのなかで、アッラーを上天に比定しているくだりがある。本書は非ムスリムにたいして、イスラームが奇異なおしえではないこと、むしろきわめて中華の伝統に親和的なおしえであること、さらには儒家よりも、より儒家的であることを説く内容である。儒家よりも儒家的であるというのは、アッラーを上帝とみなし、その上帝ことアッラーに毎日跪拝していることによって担保される。儒家といえども毎日、しかも複数回、上帝に跪拝することはまれであろう。

 このくだりには驚いた。なぜなら筆者も指摘するように、「真宰を無極でかたることはそれ以前の回儒、たとえば王岱輿、馬注、劉智いずれにもみえないかんがえかたである」からだ。「『清真釈疑』にみえる無極こそが真宰の実証であるとする」金天柱の主張にたいして、「王岱輿は無極を数一レベルのものとみなして、真一の下位概念においているし、劉智はいわば『有論』として存在論を展開する」。

佐藤実 「アッラーは上帝か?」

2014年09月11日 | 料理
 『「第1回次世代学術フォーラム 境界面における文化の再生産」報告書』、関西大学文化交渉学教育研究拠点、2009年所収、同書107-124頁。

 『天主実義』が創造主を「天主」と翻訳したのにたいし,イスラーム漢籍では神を「真主」「真宰」「主宰」「主」などと翻訳する。とはいえ最もよく使われるのは真主である。真主は辞書的には,賢明な主,皇帝をひろくさす普通名詞であり,最高審級に真主という語をもってくるのはイスラームの特徴とみてよいだろう。それにたいして真宰は『荘子』に,主宰は『荀子』などに典拠をもつ語で,天地を主宰する者,事物をつかさどる者をさす。天主や真主とはちがい,真宰,主宰はもともと主宰者性を帯びた語である。また神を指示する場合,イスラームでは天という文字をつかわない。つまりほんらい天と結びつけて考えられていないのである。 (「一 イスラームの神をどう翻訳し,解釈するか」同書108頁)

 柴田篤代表 『「天主実義」とその思想的影響に関する研究』も参照すること。(重要)

湯浅幸孫 「Ⅳ 社会政治思想 2. 社会と道徳」

2014年09月10日 | 東洋史
 赤塚忠/金谷治/福永光司/山井湧編『中国文化叢書』2「思想概論」(大修館書店 1978年4月)所収、同書293-323頁。

 その302-303頁。『大学』の「修身斉家治国平天下」に示される中国の社会道徳観について論じられている。

 この場合,天下も国家も,質的には家族を範型とする家族の拡大形態にほかならない。それに照応して,家族生活に固有な個人道徳は,その適用される領域を空間的に拡大することによって,そのまま社会道徳となると考えられた。そのため,社会道徳は個人道徳の中に解消されてしまい,却っていわゆる社会的精神、公共心の発達を阻礙したのである。 (303頁)

 きわめて分かりやすくかつまた腑に落ちる説明であり書き方である。のみならず中国社会の構造についても示唆するところ大であると感じた。

小泉仰 「中村敬宇における『天』と『神』の出会い」

2014年09月10日 | 日本史
 小泉仰ほか編『比較思想のすすめ』(ミネルヴァ書房 1979年6月)、同書211-236頁。

 しかし敬宇の言う天は、朱子学者の言うような自然法的原理と道徳的原理を統一させた非人格的原理ではなく、〔中略〕人格的存在である。 (215頁)

 朱子学の天は自然法的だろうか。また非人格的原理と言い切ってしまえるだろうか。

高良倉吉 『琉球の時代 大いなる歴史像を求めて』

2014年09月10日 | 地域研究
 第三章「大交易時代」から。

 従来の研究ですでに明らかとなっているが、琉球は数多い朝貢国の中でも中国〔引用者注・明〕との進貢貿易にとくに熱心であり、また、中国も琉球に対してはとくに優遇策をもって臨んでいた。〔中略〕進貢回数の面で琉球が諸国に対して超越していたということは、中国を除く東アジア諸国(日本・朝鮮など)はもとより東南アジア諸国との交易においても琉球の地位をはなはだ有利に導くものであった。というのは、朝貢貿易体制・海禁政策の状況下で、すぐれた中国産品、たとえば陶磁器類を海外に転売しうる優位さを琉球がもつことになったからにほかならない。 (92頁)

 明との冊封関係、そしてそれに付随する朝貢貿易あっての貿易立国だったということ。

(筑摩書房 1980年12月)

今中司 「江戸時代の倫理思想 儒教的人道主義の系譜」

2014年09月10日 | 日本史
 日本思想史研究会編『日本における倫理思想の展開』(吉川弘文館 1965年12月)所収、同書169-197頁。

 戴震(1724-1777)の気一元論は伊藤仁斎(1627-1705)にならったという青木晦蔵の説が存在することを知る。時間的には、仁斎の『語孟字義』は戴震の『孟子字義疏証』に約70年先行する。

ウィキペディア「非理法権天」項を見て

2014年09月10日 | 日本史
 2013年08月16日、笠松宏至校注「御成敗式目 付 北条泰時消息」より続き。

 「非理法権天

 よくわからない。

 非理法権天は、中世日本の法観念としばしば対比される。この時代において基本的に最重視されたのが『道理』であり、『法』は道理を体現したもの、すなわち道理=法と一体の者として認識されていた。権力者は当然、道理=法に拘束されるべき対象であり、道理=法は権力者が任意に制定しうるものではなかったのである。

 ここまではわかる。だが、

 こうした中世期の法観念が逆転し、権力者が優越する近世法観念の発生したことを『非理法権天』概念は如実に表している。

 これがわからない。

 1. その権力者の上に「全てに超越する『抽象的な天』の意思」が新たに現れた事をどうして指摘せずその意味や意義の説明を行わないのか。
 2. 行わない理由は何か。
 3. その欠落と中世期の法観念が逆転し、権力者が優越する近世法観念の発生したことの間には何らか関係はあるのか。

これらの諸論点が欠けているがゆえに論旨が理解できない。

胡適 『国語文学史』

2014年09月09日 | 東洋史
 『胡適全集』11(安徽教育出版社 2003年9月)収録。もと北京文化学社から1927年4月出版。

 第1章が「古文是何时死的?」と、激烈な題で始まっている。だが「战国时,各地方言恨不统一」(25頁)と胡適自身章の冒頭で認めているではないか。古文、すなわち文言文は、その成立の最初から、人工的に作りだされたものであり、方言すなわち各地方で実際に使われていた言語とは乖離、もしくは異なる言語であった。つまり最初から生きてはいなかったのだ。
 この著で興味深いのは、「文体が書き手の思考と書ける内容を規定する」事を、はっきり指摘している点である。

  《封禅札》说的确更是荒诞无根本的妖言,若作案朴实的散文,便不成话了;所以不能不用一种古董的文体来掩饰那浅薄昏乱的内容。 (「第四章 汉朝的散文」 253頁)