書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

工藤美代子 『スパイと呼ばれた外交官 ハーバート・ノーマンの生涯』

2008年07月19日 | 伝記
 この伝記――ソ連スパイ否定説に傾く――で知ったこと。

1. ハーバート・ノーマンが、1942年11月(日本へ帰国した都留重人のアパートへあとに残された書籍もしくは所持品を引き取りに行った時期)の時点でカナダ政府のために諜報活動を行っていた、つまりカナダのスパイだったらしいこと。 (本書150頁にひくRCMP(カナダ連邦騎馬警察)の資料)

2. 府中刑務所から志賀義雄と徳田球一を釈放したのは、GHQ上層部の決定に従っただけのことであること。(本書182-184頁に引くジョン・K・エマーソンの回想録ほか)

3. ハーバート・ノーマン関係の公文書は、公開されていても部分的に削除されているもの、現在でも解禁になっていないものが多いこと。たとえば敗戦後日本に赴任した直後の1945年10月からの3ヵ月間、また朝鮮戦争勃発(1950年6月)前後など。

4. 1952年10月、カナダ国防省はハーバート・ノーマンの尋問終了に際して、外務省奉職後のノーマンの行動について「不忠誠を示すようなものは、なにもない」という結論のメモランダムを作成していること。(本書331-332頁)

5. 1990年4月、カナダ外務省はハーバート・ノーマンについて、「再調査したとして、彼がソ連のスパイであった事実はないと、あらためて声明を出している」(本書409頁)こと。
 この声明は本欄7月10日、加藤周一編『ハーバート・ノーマン 人と業績』で言及された「ライアン報告書」に当たると思われるが、残念なことにこの工藤女史の伝記でも原文は紹介されていない。

(筑摩書房 2007年3月)