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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■アカン言うたらアカンねん

2006年02月16日 | Weblog

 お元気でいらっしゃいますか。世の光の榊原 寛(ひろし)です。

 ユーモアや笑いは生きる活力となり治癒力ともなるということが言われています。ま、実際にこのユーモアや笑いについて医学の世界でも真剣に取り組まれるようになったと聞いてもいます。大阪大学の教授を経て名古屋の金城学院におられる柏木哲夫先生は『柏木流ほのぼの川柳』(※)っていう本をまあ出していらっしゃるんですが、その川柳の中にこんなものがあるんですね。

 お医者さん、様子見るとは ちとずるい

もひとつ、
 
 腹割って 話して分かった 腹黒さ

 ま、腹割ってってこれ手術なさったんでしょうかねえお腹の。そしたら腹黒かった。・・・そんなことはないでしょうけれども。

 腹割って 話して分かった 腹黒さ

 先生の患者さんでガンの患者さんがいらっしゃってある日こんなことをおっしゃったそうです。「先生、私ね、毎日トロトロトロトロしてどうしようもないんです。」そうすると先生は、「何か食べたいものがありますか?」とお尋ねになりました。そうするとその患者さん、「できればトロが食べたい。」と言ったそうです。柏木先生、すかさずですね、「そうですか、トロがトロトロって口に入ればいいですねえ。」って言いましたらですねえ、その患者さん、ケタケタっと笑ったそうですね。ま、おじんの駄洒落を聞いてお笑いになった。そして何とトロを一切れ食べたって言うんですよ。

 ある病院の外来診療を受けにきた二人のおばあさんの会話です。「こないだねえ、骨の検査をしてもろうてん。そしたらねえ、骨がねえ、スカスカでねえ、骨粗鬆症やて。トイレ行きとうなっても歩くのが遅いやさかい、こないだもそそうするとこやったんでえ。もうあかんねん。」「チヨちゃん、もうあかん言うたら死んだ時言うこっちゃ。あかんねん。あかんねん言うたらあかんで。」「ほならあんたの今言うたあかんではあかんのとちゃうか。」何か明日の朝までこの会話が続くような感じがしてなりませんが・・・。

 さて、イエス様にもユーモアがありました。マタイ6章。御覧になりますと、イエス様はこうおっしゃいました。「空の鳥を見なさい。野の花を見なさい。野の草を見なさい。」「見てるわい!」と返事が返ってきそうです。日本流に言えば、「そら見なさい。腐るんじゃないよ、思い煩っちゃ野の花よ。」なんてくるのかも知れませんねえ。でもこの天地万物を造られた神様は、空に一羽の鳥を飛ばし、野原に一輪の花を咲かせ、野の草--もう摘み取っても摘み取っても来年は必ず出てくる野の草--、美しさやいのちを与えてくださる神様は実はあなたにも豊かないのちを与えてくださいます。「思い煩うことはないんだよ。」今日もこの神様が御一緒だってことを受けとめてまいりたいと思います。


※『癒しのユーモア -- いのちの輝きを支えるケア』三輪書店,2001  のことか?


  (PBA制作「世の光」2006.02.16放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせて日曜日の朝、教会に行ってみましょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として http://yonohikari.biblical.jp 
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■わきまえる

2006年02月15日 | Weblog


 世の光の時間です。お元気でしょうか? 羽鳥 明です。さあ今日の世の光は皆様からのお便りの紹介です。神奈川県鎌倉市にお住まいの篠崎さんから戴きました。

 いつも美しい放送ありがとうございます。股関節の痛みで聖日の集会・礼拝にまったく出られなくなっている私にとって電話世の光・ライフラインは私の魂の救いです。

 ・・・篠崎さん、いつも熱心にお聞きくださって嬉しく思います。どうぞお大事になさってください。

 さあ今日の神の知恵のことばです。旧約聖書箴言は知恵の書と言われていますが、毎週各章から一つのことばを選んでお話ししてまいりましたが、今日はその14回目、箴言14章15節のことばです。

 「わきまえのない者は何でも言われたことを信じ、利口な者は自分の歩みをわきまえる。

 多くの場合、大切な決断をする前に、「私は神様、何をどうすれば賢いことでしょうか。あなたの御心にかなうことでしょうか。」と神様に申し上げ、神の御心、神の導きを求めます。聖書の中に思慮・分別ということばがよく使われていますが、思慮・分別とは知恵のことです。神の知恵を見い出し、それに寄り頼むことによって不必要な混乱や失敗・失望を避け、神の祝福を得ることができます。このことに必要なことは神のことばと祈りです。

 モーセに派遣された12人のスパイたちはいろいろな情報を収集して報告しました。正しい報告つまり神の御心に従った情報・報告はヨシュアとカレブからのものだけでした。彼ら二人の報告は神の約束、神のことばに照らしての報告でしたから正しい判断をして報告が出来ました。

 わきまえるということについて聖書はこう言います。「神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」新約聖書ローマ人への手紙12章2節のことばです。

 それではまた聞いてください。

 (PBA制作「世の光」2006.02.15放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会に行ってみるというのもいいんじゃないかなあ。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■聖書が聖書と言われる訳

2006年02月14日 | Weblog


 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興(せきねひろおき)です。今日も爽やかに一日を過ごしていきたいですね。

 今私の手許に聖書があります。ま、聖書は英語でバイブルと言いますよね。最近はでもこのバイブルということばの見出しのつく書物がよく出てきます。例えば「受験生のバイブル」。これはですね、受験生のための素晴らしい参考書と言いたいんでしょうね。「主婦のバイブル」なんてのがありましてね、なんてことはない、時間をかけず調理できるクッキングブックだったりする訳です。本屋さんに行くと何とかのバイブルと謳われている書物をたくさん目にします。今はバイブルということばを使う時、その分野で最も重要かつ権威のある必読の書物をバイブルというふうに表現することもある訳ですね。でももちろんパイブルとは本来は旧約聖書と新約聖書の総称な訳です。

 このバイブルということばはギリシャ語のビブロスということばから来ているんです。このビブロスということばは「書物」とか「本」という意味なんですねえ。ですからバイブル・聖書とは「本」という名前がつけられた本ということになる訳です。ま、聖書が本の中の本ということを自らが表わしていると言っても過言ではありません。

 では聖書が聖書と言われる訳は一体どこにあるんでしょうか。第一は、聖書は、愛と真実と正義に満ちた、天地を創造された神様が多くの記者たちの能力そして才能を用いて書かせた神様からのことばだから聖書なんです。そして二番目は、聖書は私たちの永遠の救いを与えることのできる道を示している書物だから聖書なんですねえ。そして第三は、聖書は私たちのこの人生を導く、足下を照らすともしびとなってくださる書物だから聖書なんです。

 アメリカの大統領で、奴隷解放に力を尽くしたアブラハム・リンカーンは聖書についてこう語りました。「私は聖書をこれまでに神が人類に与えた最上の贈り物と信じる。世界の救い主から発する一切の良きものは、この書を通して我々に伝達される。」聖書が伝えるメッセージはあなたの人生に大きな影響を与えるばかりかあなたの人生に救いと平安を与えるものとなるんですね。だから聖書が聖書である訳なんです。

 聖書のことばを紹介しましょう。第二テモテ3章15節(から)。「聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

 (PBA制作「世の光」2006.02.14放送でのお話しより )

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■時には寒さも

2006年02月13日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道(のぶみち)です。

 えー、先週は温もりが欲しい、暖かいのがいいというふうなお話しをしたんですが、これはまあ本当だと思うんですけれども、こういう文章がありましてですねえ、『読むクスリ』という本の中に出てたんですけれども、「山の北斜面と南斜面に同時に木を植えるとします。無論、日当たりのいい南斜面の木の方が早く育つでしょう。しかし北斜面の木の価値を決して低く見てはいけないというのが私の管理論です。」これは、オリンパス光学の○△□(※聞き取れず)さんという方が言っていることばなんですけれども、「北斜面の木は細くて見栄えもしない。だが内に秘めた年輪はびっしりと締まり、木質は硬くて強い。」ということをまあ言ってるんですけどね。

 誰だって日当たりのいい所、そういう所の方が好きで、その方が順調に伸びていくというふうに思うんですけれども、でも北斜面の、つまり日が当りにくい、時には寒い・冷たいと感じるその場面で育つ木も決して捨てたものではない。むしろ、内に秘めた年輪はびっしりと締まり木質は固くて強いというふうに言われていますように、ずうっと日の当る所で育った木よりははるかに強い・たくましい・硬い、そういうものが育つということを考えるとですね、私たちは今こう冬を過ごしておりますけれども、ああ寒いなあ、冷たいなあというふうに思う訳ですけれども、私たちの人生もいつも日の当るような所にばかりいられる訳はないし、日の当る毎日を過ごす訳ではなくてですねえ、様々な冷たいと感ずるような場面に出くわす事もある訳ですねえ。

 でも聖書の中に、「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。」って詩篇の119篇という中にあるんですけれども、苦しみに誰もわざわざ好んで会いたいとは思いませんけども、振り返ってみるとあの苦しみがなかったら今日の自分はないかなあ、苦しみに会ったから人の苦しみを理解することができるようになった、その優しさが生まれた、とかそういうふうな事があると思うんですねえ。私たちに思いがけない困難や厳しさやいろんなものがきますけれども、これも私にとって決してマイナスにはならない、プラスになるのだと信じてですね日々を過ごしていくことができればなと思いますねえ。

 ( PBA制作「世の光」2006.02.13放送でのお話しより )


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■神に願いなさい

2006年02月11日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。

 さ、今日の世の光は皆様からお寄せいただく「心に残る聖書のことば」の御紹介です。東京都世田ヶ谷区にお住まいの石黒さんは二つのことばをお寄せ下さいました。

 第一に、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」新約聖書のテサロニケ第一の手紙5章16、17、18節のことばですねえ。石黒さんのことばです。

 まわりの人から、いつもあなたは嬉しそうね、と言われます。雨が降っても、ああ良かった。晴れると、ああ神が天を支えてくださりハレルヤ、と。この世に血縁者がいなくなって20年の現在ですが、でも一つ一つが喜びであり、嬉しい、感謝しますの一日なのです。

 ・・・すばらしい事ですねえ。すべての人がそうありたいです。石黒やす子さんのお届けくださった第二のことばは、新約聖書ヤコブの手紙1章5節です。「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。

 よく教会の講壇に立たされスピーチを求められても私、本当は足が震えているのです。でもこの聖書のことばによって立つことができます。

 ・・・石黒さん、あなたがいつも喜んで感謝一杯の人なので牧師先生、あなたにスピーチを頼まれるんでしょうねえ。あなたの足が震えるお気持ち、ようく分ります。でも、このみことばを思い出してスピーチを無事にやってのけるということができるんですねえ。石黒さんの心には聖書のことばが一杯詰まっているんでしょう。その時その時、聖書のことばが出てくるんですねえ。

 石黒さんの心に残る聖書のことば。
あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」新約聖書ヤコブの手紙1章5節のことばです。

 それではまた聞いてください。

 ( PBA制作「世の光」06.02.11放送でのお話しより )

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■ストレスへの対処

2006年02月10日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気ですか? 安海靖郎(あつみ・やすお)です。

 今日はストレスへの対処ということについてお話しいたします。えー、ストレスの恐さって時々考えさせられますね。昨年の11月、滋賀県と大阪で12件の連続放火事件を起こしてしまったNHKの放送記者のことが大きな話題になりました。ま、典型的なストレスから来た行為だったと言われています。そして彼を取材した、かつての記者仲間によると、彼は明るく勉強熱心でごく普通な若者だったって言うんです。そして、一歩間違えば他の誰かが同じことを起こしても不思議ではないと強く思ったと報告しています。ストレスの恐さですね。ま、ストレスというのは忙しいからって感じますけれども、実はストレスというのは忙しさからだけではないのですね。心の中にある不安とか恐れ、未来に対する不確かさ、そんな所に強く起こる症状だと言われています。ですから例えば会社を経営している人が、経営が順調にいっている時はどんなに忙しくてもストレス症状にならない。むしろ忙しさを楽しんでいるふうにさえ見えることがある。ところが会社の経営や人間関係に問題が起こると急にストレス症状が起こる訳です。ま、ストレスの原因は不安とか不安定さ、恐れにある訳ですね。何よりもストレスはそのような心の中にある不安や恐れ、それをですから取り除くことが大切だということになる訳ですね。

 聖書によると、人間の初め、アダムとエバが神に背を向けて身を隠した時に恐れたと書いています。恐れや不安の感情というのは人間が神に背を向けた時から、いやそれゆえに起こったと言うのです。ですから聖書では、神様が語られた、あるいは現われたという時、「恐れるな」と言われています。

 イエス・キリストは嵐の中で、沈みそうな舟の中の弟子たちに、「恐れるな。わたしだ。」(マタイ14章27節参照)と言って嵐を静めました。私たちの人生・生活の中にも、嵐のようなまた仕事や人間関係うまくいかなくなるような時もあります。ストレスも溜ります。でもそんな時にこそ、「恐れるな。わたしだ。」と言われるお方、イエス・キリストのことば、この神様のことば、これを心に留めていく時に心の深い所にストレスの解消・癒しがあるのではないでしょうか。
 
(PBA制作「世の光」2006.02.10放送でのお話しより )




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■杞憂(きゆう)

2006年02月09日 | Weblog

 お元気でいらっしゃいますか。世の光の榊原 寛(ひろし)です。

 中国で紀元前に成立されたという列子という書物があるんですが、そこに 杞(き)という(国の)人が出てきまして、この人が、天が落ちては来はしまいかということをとても心配したそうです。この故事によってですね、あり得ないようなことを心配することや無用な心配をすること、取り越し苦労するなどというようなことを「杞憂」というようになってですね、このことばは今でも使われているようなんですね。ま、今では天が落ちてくるような心配を真剣にしている人はいないかもしれませんが、大きな隕石が落ちてきたり、UFOがやってくるんじゃないかというふうに思っている人もいるかもしれません。

 ところで日常においてあり得ない事を心配したり無用な心配をすること、取り越し苦労をするようなことは、それこそ無用だと思いますが、毎日の事件や事故を見ていますとね、あり得ないことが起きているんですね。高架の道路からクレーン車が落っこってきたりですねえ、ビルがもう倒れてきたり、小学校の同級生がカッターで喉元めがけて切りつけたり、床下に実の母を殺して埋めたりですねえ、それこそ何があるか分らない時代だっていうふうに思います。そして予測がつかない時代でもあると思いますよねえ。ですからまあ心配をし始めるときりがない訳です。心配のあまり思い煩ってしまって、鬱になってしまって、病気になってしまっている人が少なくありません。極度の心配は心ばかりか、体にも生活にも影響があります。また周囲の人々にも決していい影響は与えません。そんな時、私たちは、「天にいます私たちの父なる神様。」こんなふうに祈ることができたらどうでしょうか。神は天をも地をも支配されているお方です。

 その神様への祈りについて、新約聖書ペテロ第一の手紙の5章の7節には、こんなことばが書かれています。「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」ま、思い煩いっていうのは文字通り無用な心配や取り越し苦労のことですよねえ。忘れよとか、くよくよするなとかってそんなふうに言うのは無理かもしれません。しかし聖書は、「いっさい神にゆだねなさい」って言うんですねえ。この「いっさい」というのは、こんな小さなことと思われるようなことも含めて、こんな大きなことをどうにもならないじゃないかっていうことまでも含んで「いっさい」なんですねえ。祈りは独り言ではないんです。宇宙大の神がその祈りを聞いてくださっているのです。神様が御心配くださるから大丈夫だよ、そうおっしゃってくださっている神様にいっさいを打ち明けて祈ることができるこの一日でありましょう。
 

  (PBA制作「世の光」2006.02.09放送でのお話しより )

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■知恵ある者と共に歩む

2006年02月08日 | Weblog


 世の光の時間です。お元気でしょうか? 羽鳥 明です。さあ今日の世の光はまず皆様からのお便りの紹介です。長野県小布施町にお住まいの詩人・原たけしさんからいただきました。

 書く 
 ありがとうございますと 書ける 喜びです
 またありがとうございましたと 書いている 喜びです 
 小さな想いです
 でも生かされていると 書く

 私は85歳ですが、でも原さんは私よりももう少し年老いているらしいですね。またまた短い詩をありがとうございました。

 さ、今日の神の知恵のことばです。聖書の中で箴言は知恵の書と呼ばれています。今日はその箴言の13章20節のことばです。
 「知恵のある者とともに歩む者は知恵を得る。愚かな者の友となる者は害を受ける。

 私はチャールズ・スタンレーという人の本を読みました。その中にこう書いてありました。
 「私は祖父から私の人生に大きな影響を受けました。祖父と共に座り、語り合って彼の神との歩みについて聞いたことは、私の人生の土台石となりました。キリストとの関係、私の働きの方向づけとなりました。私は、以来それからそれた事はありません。それは単に神の話ではなく、神の彼との体験でした。」

 神の人との交わりは神の知恵を深める大切な道具です。神を心から慕い求め聖霊の実を豊かに結んでいる人、神についてのインフォメーションを持っているだけではなくて、神様の誠実さを身を持って体験した人との交わり、これは非常に価値あることなのですねえ。鍵ことばは「成長」です。長い年月の中にキリストに似る人となる歩みを続けられた人と共に歩むことは私たちに成長を与えます。良き友と共に歩むこと、それは重要です。

 今日の神の知恵のことば。
 「知恵のある者とともに歩む者は知恵を得る。愚かな者の友となる者は害を受ける。
 旧約聖書箴言13章20節のことばです。

 それではまた聞いてください。

 (PBA制作「世の光」2006.02.08放送でのお話しより )

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■世界のベストセラー

2006年02月07日 | Weblog


 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興(せきねひろおき)です。今日も爽やかに一日を過ごしていきたいですね。

 この世の光ではいつも聖書からお話しをしています。一体、聖書というのはどんな書物なんでしょう。ま、簡単に説明しておきましょう。聖書は旧約聖書と新約聖書に分かれています。そして旧約聖書は39の書物からなり、新約聖書は27の書物からなっているんです。合わせて66の書物が一冊にまとめられて聖書と呼んでいるんですね。聖書の初めの書物は創世記と呼ばれるものですが、創世記から新約聖書の最後の書物・ヨハネの黙示録が書かれるまでには約1600年間に渡っているんです。そして多くの人々が記してきました。その中には王様もいますし、農民もいる。漁師もいれば医者もいる。政治家もいれば学者もいるし、詩人もいるといった具合。いろんな階層の出身者によって書かれているんです。

 聖書が聖書であるゆえんはどういう所にあるんでしょう。それは初めから終わりまで一貫性があるということなんですね。考えてみてください、例えば、日本で今から1600年前と言えば飛鳥時代の、ま、聖徳太子の更に前の時代ですよね。その頃記された書物が今この21世紀にようやく完成したって考えると、とてつもなく不思議な感じがしますね。そしてその間、いろんな人が別々な場所で打ち合わせ無しに書いたとするなら、一貫した流れなど生まれるはずがありません。でも聖書はそんなに長い年月かけて記されてきているのに一貫した流れがあり、初めと終わりがちゃんと調和がとれているんですねえ。

 聖書がこうして手許にあること自体、奇跡中の奇跡といっても過言ではありません。聖書自体がこう語っています。第二テモテの3章16節。「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」聖書は神様の霊感によって書かれたってあるんです。これは決して聖書を記した人々の手が勝手にまるで自動筆記のようにして動いて書いたということではありません。聖書を記した人々の文学的な才能や能力が用いられて神様がそれらの人々の一人一人を守られ、神様の思いを知らせ、書かせたということなんです。聖書の内容のすべての責任者は天地の創造者なる神様がその内容をちゃんと保証しているということなんですね。だから聖書は信頼することができますし、私たちは聖書から人生の様々な教えを受けることができるんです。あなたも聖書を読んでみてはいかがでしょうか。

 (PBA制作「世の光」2006.02.07放送でのお話しより )

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■ぬくもりが欲しい

2006年02月06日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道(のぶみち)です。

 えー、私の友達に柴犬を飼っている人がいて、そこんとこの犬が暮れに子犬を二匹産んだんだそうです。えー、ところでこのおちゃめないたずら好きの子どもたちもじっとして動かなくなる時があることに気がついたんですねえ。廊下で飼ってたそうなんですけど、寒い間は親子が体を寄せあってじいっとうずくまっているんだそうです。ところが、ちょっと日が射して暖かくなると子犬たちは所狭しと走り出す訳ですね。当たり前と言えば当り前ですけれども、私の友達は、動物たちの活発さは温度との関係が大きいっていうのに今さらながら気付いたって言うんですね。

 えー、いつかの新聞にこんな記事が出ていました。北海道の屈斜路の近くにポンポン山と言われている山があるそうです。山の表面がちょっと空洞になっているらしく、飛び跳ねるとポンポンと音がする所からポンポン山という風に言われているらしいんですけれどもね。この山に厳しい北海道の冬の間でもたくさんの虫が棲息してしているってことが分かったんですね。この辺は火山帯で土の中は地熱でポカポカしているかららしいんですよ。まあさっきの友達の子犬も、また虫たちも、やっぱりあったかいのが好きなんですねえ。

 現代はあまりにも寒々とした出来事が多過ぎますよね。本当に心が凍るような思いがするような事件が続きます。そんな中で今人々が求めているもの、必要なものは、やはり暖かさでしょうねえ。普通なら死に絶えるはずの虫でも、熱のある所なら生きることができるんですよね。その暖かさはどこから来るのでしょうか。人々の暖かさというものにもある程度限界があるかもしれません。聖書を見ますならばその愛は神から出ている。やっぱり上からの、神様からの愛の暖かさ、それが必要なのではないかという風に思うんですね。

 聖書の中に、「この希望は失望に終わることがありません。なぜなら・・・神の愛が私たちの心に注がれているからです。」(とあります。)(ローマ人への手紙 5章5節 ) 私たちに赦しを与えてくださる神様の愛の暖かさ、やる気を起こさせてくださる神の愛の暖かさ、希望を私たちに与えてくださる神の愛の暖かさ、イエス・キリストを通して与えられる神様の愛、これを本当に心に受けとめながら、私の心から暖かさが他の人に対しても生まれてくるようにと願ってやみません。
 
 ( PBA制作「世の光」2006.02.06放送でのお話しより )


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