♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■愛の伝道者 賀川豊彦 (1) / 岩井基雄

2017年11月27日 | Weblog
2017/10/23放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
 第四週の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日と来週は、神の愛を届け続けた賀川豊彦について学んでみましょう。

 賀川豊彦は兵庫県神戸市に回漕業者・賀川純一と、かめの子として生まれました。幼少期に相次いで父母と死別し、5才の時、姉と共に徳島の母親の実家に引き取られますが、兄の放蕩により15才の時に賀川家は破産してしまいます。豊彦は叔父の家に移りますが、旧制徳島中学校に通っていた時に日本キリスト教会徳島教会にてマヤス宣教師を通し自分の罪を示され、その罪のためにイエス・キリストが十字架にかかり圧倒的な愛を注いでくださったことを知り、キリスト教の洗礼を受けました。豊彦が15才の時でした。この時期に豊彦は多くの書物を通してキリスト教の愛に基づく社会的な活動に共感を覚えるようになります。特に戦争と平和を記したキリスト者作家トルストイに影響を受け、キリスト教の伝道者を志し、今の明治学院大学神学部に入学。卒業後、新設の神戸神学校でも学びを深めたのです。身体が弱かったという豊彦はひどい結核に苦しみ、また苦しむ中で信仰が揺るがされます。しかし、貧しさの中に来てくださったキリストの姿と愛を深く受けとめた豊彦は貧民問題の中にキリストの愛を届けたいと、明治42年に神戸市新川のスラム街に住み込み、路傍伝道を開始するのです。そして神戸神学校卒業後、「天国屋」を開業し、貧しい人たちにその日の食事を与えていくのです。女工のハルと貧民街で出会い、彼女もマヤス宣教師より洗礼を受け、大正2年に神戸の教会で結婚式をあげました。賀川は貧民街で貧しい人々を招いて披露宴を行い、二人はキリストの愛によって貧しさに苦しむ人々に仕え続けていったのです。

 聖書のことば
 「飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか。そのとき、暁のようにあなたの光がさしいで、あなたの傷はすみやかにいやされる。
                 旧約聖書イザヤ58章7節、8節

   PBA制作「世の光」2017.10.23放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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