2013/8/26放送
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
新約聖書ヨハネの福音書8章31節から32節のことばを今日、ご紹介します。
「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
ま、このようにイエス・キリストは言われました。自由にします、とイエス・キリストが言われましたけれど、この話を聞いた当時のユダヤ人たちは「いやー、私たちはアブラハムの子孫であって、決して誰の奴隷になったことなんてありませんよ。」と反論したんですね。でも実際はどうかというと、そうでなかった事はすぐに分ります。なぜなら彼らは昔エジプトで奴隷生活を強いられていましたし、またバビロニア帝国の時代には国が滅ぼされ、捕虜となって連れて行かれてしまったこともありました。イエス様が語られたこの時代にはローマ政府の属国にもなっていた訳ですよねえ。ですから正直に過去を見つめるならば自分たちが奴隷のように束縛されてきた姿を認めることができるはずです。しかし彼らは決して誰の奴隷になったこともありません、と言ってですね、実際の姿を素直に認めようとしなかったんです。
そこでイエス・キリストはそうしたことの本質、事の本質をズバリこう語られたんです。「罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。」(ヨハネ 8章34節) つまりあなたがたは、自分たちはアブラハムの子孫だって言ってるけど、自分をよく振り返ってみなさい、実際には罪を行なっているではないか、それは罪の奴隷になっている状態なのだ、と指摘なさったんです。ですから、イエス・キリストがいわれる自由とは罪からの自由、罪からの解放ということを意味しているんですね。
それでは罪とは一体なんでしょう。それは「的外れ」という意味があります。本来のあるべき姿からずれてしまっているという状態ですね。
私は先月咳がなかなか止まらなくて説教するのが大変でした。体のバランスがずれてしまうとどうなるか、こっちが痛いあっちが痛いと言ってですね体は不自由になりますね。ずれというものは不自由さを生じさせるものです。それと同じで罪とは神様と私たちの関係がずれてしまってる状態のことを指しているんです。神様との関係がずれると神様のことが分からなくなる、神様の豊かな愛や恵みが分からなくなってしまい正しい道を見失ってしまう。自分の生きる目的が分からなくなってしまう。罪は私たちを不自由にするんです。
しかしイエス・キリストは私たちを束縛している罪の問題を解決するために来てくださいました。イエス・キリストによって私たちの罪が赦され、神様との関係が回復し、神様の愛と恵みの中に自由になることができるのです。本来の生き方を回復する道がここにあるんです。
(PBA制作「世の光」2013.8.26放送でのお話しより)
***
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
***
このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info が使えます。
***
世の光/さわやか世の光/ジェネレーションXの東海地方での放送に協力してくださるキリスト教会・キリスト者の皆様の献金は、
郵便振替 00890-3-111071 東海福音放送協力会 まで
お問い合わせは、
電話 052-762-2196 (自由ケ丘キリスト教会内) 東海福音放送協力会 へ
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
新約聖書ヨハネの福音書8章31節から32節のことばを今日、ご紹介します。
「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
ま、このようにイエス・キリストは言われました。自由にします、とイエス・キリストが言われましたけれど、この話を聞いた当時のユダヤ人たちは「いやー、私たちはアブラハムの子孫であって、決して誰の奴隷になったことなんてありませんよ。」と反論したんですね。でも実際はどうかというと、そうでなかった事はすぐに分ります。なぜなら彼らは昔エジプトで奴隷生活を強いられていましたし、またバビロニア帝国の時代には国が滅ぼされ、捕虜となって連れて行かれてしまったこともありました。イエス様が語られたこの時代にはローマ政府の属国にもなっていた訳ですよねえ。ですから正直に過去を見つめるならば自分たちが奴隷のように束縛されてきた姿を認めることができるはずです。しかし彼らは決して誰の奴隷になったこともありません、と言ってですね、実際の姿を素直に認めようとしなかったんです。
そこでイエス・キリストはそうしたことの本質、事の本質をズバリこう語られたんです。「罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。」(ヨハネ 8章34節) つまりあなたがたは、自分たちはアブラハムの子孫だって言ってるけど、自分をよく振り返ってみなさい、実際には罪を行なっているではないか、それは罪の奴隷になっている状態なのだ、と指摘なさったんです。ですから、イエス・キリストがいわれる自由とは罪からの自由、罪からの解放ということを意味しているんですね。
それでは罪とは一体なんでしょう。それは「的外れ」という意味があります。本来のあるべき姿からずれてしまっているという状態ですね。
私は先月咳がなかなか止まらなくて説教するのが大変でした。体のバランスがずれてしまうとどうなるか、こっちが痛いあっちが痛いと言ってですね体は不自由になりますね。ずれというものは不自由さを生じさせるものです。それと同じで罪とは神様と私たちの関係がずれてしまってる状態のことを指しているんです。神様との関係がずれると神様のことが分からなくなる、神様の豊かな愛や恵みが分からなくなってしまい正しい道を見失ってしまう。自分の生きる目的が分からなくなってしまう。罪は私たちを不自由にするんです。
しかしイエス・キリストは私たちを束縛している罪の問題を解決するために来てくださいました。イエス・キリストによって私たちの罪が赦され、神様との関係が回復し、神様の愛と恵みの中に自由になることができるのです。本来の生き方を回復する道がここにあるんです。
(PBA制作「世の光」2013.8.26放送でのお話しより)
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info が使えます。
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郵便振替 00890-3-111071 東海福音放送協力会 まで
お問い合わせは、
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