♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし75 / 大嶋重徳

2018年10月11日 | Weblog
2018/9/6放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くためのことばなのです。十戒第六戒には「殺してはならない。」(出エジプト記20章13節 新改訳2017)とあります。

現在、世界では多くの戦争や紛争が絶えません。私たちの身の回りでも、「戦いの準備をしておかなければならない。」「最後的には戦争以外の解決の方法はない。」という声が聞こえて来ることがあります。しかし十戒第六戒は明確に「殺してはならない。」と語ります。

 ヨーダという平和に関する倫理学者は『愛する人が襲われたら』という書物の中で、「あなたの愛する人が襲われたら、あなたは銃を取らないのか?」という問いの設定自体に間違いがあると指摘します。ここにある設定には、銃を取って戦うか銃を取らずに自分と愛する家族も殺されるか、二つの選択しかないように見えるこの問いの立て方がすでに銃を取ることへの強い動機があると言います。つまり、やるかやられるのかという最終的で単純化された問いは、問いが問われている人たちに巧妙に暴力的な意思を引き起こそうとしているのです。

 しかし私たちはその問いの設定をしている側の意図を鋭く見抜く目を持たなければなりません。つまり物事はそんなに単純なことではないからです。そのような殺す殺されるという事態に入るまでに物事にはプロセスがあります。そしてそのような事柄は決して単純なものではなく、いつも複雑であることを私たちはよく理解しておかなければなりません。さらに非常に危機的な状況に陥ったとしても、その局面ですら、やるかやられるかという二つの道以外に必ず第三の道が存在していることを考え抜かなければなりません。

 聖書の記す神は平和の神です。イエス・キリストは「平和を作る者は幸いです。」と語られました。キリスト者はどこまでもこの第三の平和の道を考え、探すのです。自分を殺そうとする相手にも「殺してはならない。」という戒めを破ることのないように、どこまでもどこまでも生きる方向へ、互いを生かしあう方向を想像するのです。単純な問いで殺し合う準備をするのではなく、複雑な事態を諦めずに平和のために尽力する。平和の神ならばどうなさるだろうかと想像し、祈り続ける力を持ちたいのです。今朝もこの世界の平和のために一緒にお祈りをしましょう。

    ( PBA制作「世の光」2018.9.6放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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