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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■日本で最初に孤児院を創設した石井十次 / 岩井基雄

2017年04月24日 | Weblog
2017/4/24放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 月の最後の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯を取り上げたいと思いますが、今日は「児童福祉の父」とも言われている石井十次について学んでいましょう。

 高鍋藩、今の宮崎県の藩士の長男として生まれた石井十次は、小学校の教師や警察署の書記を経たあと、難病を患います。その時に彼を診察したキリスト者、荻原医師の勧めと援助で十次は岡山県医学校、今の岡山大学医学部に17才で入学し、19才の時に岡山キリスト教会牧師金森通倫から受洗し、信仰に生きる決心をするのです。22才の時、彼は岡山の診療所で四国巡礼途上のある母親から預かった一人の男の子をきっかけに孤児救済の事業を始めます。医学への思いを断ち切り、児童福祉と教育に専心する覚悟を決めた十次は神の教えに反するとの思いから賛助会員からの会費を断り全額寄付金による運営を始めていったのです。明治24年に名古屋地方を襲った濃尾地震でも多くの孤児を引き受け、明治25年、26年と続けて岡山市で起こった大洪水ではその孤児たちが活躍します。東北地方一帯の冷害による大凶作が起こった明治39年の時の人員数は1200人にも達したというです。十次は子どもたちに腹いっぱい食べさせましたが、そのための1ヶ月の経費は現在のお金で数千万円も必要だったそうです。これらや妻に先立たれるそのような経験の中でも彼の思いは断たれることはありませんでした。十次が組織した孤児たちによる音楽幻灯隊(※音楽会に続いて幻灯で十次が孤児院のスライドを見せながら孤児たちの生活を紹介)は国内はもとより、韓国、台湾、中国大陸でも講演をしました。またルソーのエミールに感化を受けた十次は故郷の宮崎県に農場を開き、茶臼原の分院に子どもたちを移住させ、自然の中で遊び学ばせる教育を実践していったのです。親の愛を知らない3000人を超える子どもたちは石井十次の背中にキリストの愛を見て育っていったのです。

 キリストはあなたにも語られます。
  「あなたがたは、この小さい者たちを、ひとりでも見下げたりしないように気をつけなさい。
  マタイの福音書18章10節
 PBA制作「世の光」2017.4.24放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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