世の光の時間です。お元気でしょうか? 村上宣道(のぶみち)です。今日はいよいよクリスマス・イブですねえ。どのように過ごされるでしょうか。
クリスマスというと、ちょっとこうロマンティックな、そしてファンタスティック(素敵)な、何かそんなようなイメージがある訳ですけれども、最初のクリスマスというのは、とてもそういうようなものとは懸け離れた、本当は臭い汚(きたな)い場所でのキリストの誕生という場面なんですねえ。聖書を見ますと、「マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。」(ルカの福音書 2章7節 )と書いてあるんですねえ。
何かこう今は、クリスマス、クリスマスと騒がれていますけれども、本当に人々の心の中にキリストは迎えられているかなあというふうに思ったりするんですけれども、その当時も、居る所が無くって、しかたがなくってですね、馬小屋っていうんでしょうか家畜小屋の、そして飼葉桶の中に寝かされた。それが神の子の誕生の場面な訳ですねえ。
で、家畜小屋ですから、もうそこはまあ垂れ流しって言いますかね、本当に臭いが立ちこめて、それは決して清潔な場所ではない、不衛生な汚(よご)れに満ちた場所、そこにキリストが宿られたというのは不思議な感じがしますよねえ。ですけれどもそれは、むしろ象徴的にですね、神様がそこに一つの意図をもってそのような場所にキリストを誕生させたというふうにも言うことができるんではないかなと思うんです。
で、私の好きなクリスマスの賛美歌の一つに「馬槽(うまぶね)のごとき我(わ)が心に救い主イエスは宿りませり」(聖歌 731番)という。 神の御子であるお方が何でそんな汚(きたな)い所に、臭いのする所にお産まれになったのかと思うんですけれども、実は人間の心というものをもしも本当に見ることができたとするならば、それは汚(よご)れた汚(きたな)い鼻持ちならないものなのではないか。でも敢えてその飼葉桶の中に宿ってくださったイエス・キリストは私のその汚(よご)れた心の中にも宿ってくださる方なんだということをそれは表している。
クリスマス、それは、私は本当は罪深い人間だけどもというそういう人の心にこそ宿ってくださる日なんだと覚えたいですね。
( PBA制作「世の光」2007.12.24放送でのお話しより)
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