不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■真の希望に生かされた中田重治(1) / 岩井基雄

2018年02月26日 | Weblog
2018/1/22放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。第四週の月曜日は歴史の中歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日は真の希望に生かされた中田重治について学んでみましょう。

 明治3年陸奥の国弘前で津軽藩の足軽の三男として生まれた中田重治は4歳の時に目の前で脳溢血で倒れた父の死と出会います。寂しさを抱える重治はかなりの暴れん坊でした。彼の行動が少しでも変わるようにと母は重治をキリスト教会の弘前公会に連れて行くようになりました。その頃弘前公会の牧師をしていたのが以前学んだ本多庸一で、本多は生涯にわたり重治に大きな影響を与えていきます。次男である兄貞作が最初に救い主イエス・キリストを信じますが、貞作はわずか14歳で亡くなります。その死をきっかけにして母が救い主キリストのよみがえりを心から信じ、死に勝利する希望に生かされていくようになったのです。15歳となった重治も長男と同じミッションスクール東奥義塾に入学します。そして18歳の時に自分の罪を認め、キリストが自分の罪のために死んでくださりよみがえられたことを信じ、キリスト教の洗礼を受けたのです。暴れん坊の彼は変えられ、被差別などにも神の愛を伝えに出かける愛の人とされていきました。そしてキリストの福音と希望を語る使命を神様から受け、伝道者となることを志し上京します。東京英和学校(今の青山学院の神学部に入学した重治は神様の不思議な導きで、後に学長となる恩師本多庸一とも再会し、彼から聖書の真理を学んでいくのです。父と兄の死に深い失望わ通った重治でしたが、救い主イエス・キリストの愛とよみがえりに基づく真の希望に生かされ、その愛と希望を伝えるものとされていきました。

 聖書のことば
 「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
 新約聖書 ローマ人への手紙5章3節から5節

 あなたも神の愛を受け、真の希望に生かされていきませんか?
 
       PBA制作「世の光」2018.1.22放送でのお話しより)

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

******

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする