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他の生物の社会と比較したときの人間社会の特徴は匿名性である、と

2020-10-14 11:24:38 | 読書ノート
マーク・W.モフェット『人はなぜ憎しみあうのか :「群れ」の生物学』小野木明恵訳, 早川書房, 2020.

  人間の社会の本質について、人類学的知見だけでなく社会性昆虫ほかさまざまな生物学的知見を動員して説明しようという試み。焦点はあくまでも群れや社会であって、邦題にあるような疑問を直接主題とするものではない(間接的には答えているけれども)。著者は米国のスミソニアン自然史博物館研究員で、E.O.ウィルソンに師事したアリの研究者。原書は The human swarm : how our societies arise, thrive, and fall (Basic Books, 2019.)で、タイトルを訳すと「人間の群れ」ある。

  「群れが成立するには各個体に敵と同盟者を見分けられる程度の個体識別能力が必要だ」という類人猿との比較から生まれた説(ダンバーとかクリスタキスとか)があるが、人間社会の特徴は「特定の個体のことをよく知らなくても、共通のしるしによってメンバーか否かを判定できる」という点にあると著者はいう。個体識別に頼らず、しるしの有無でメンバーシップを決め、匿名性を許容する、という点で人間社会はアリのそれに近いとされる。この場合のしるしとは、アリでは臭いの物質であるが、人間では言語や食べ物、装飾品や立ち居振る舞いなどがそれにあたる。

  上の認識をベースに、群れ内のいじめや差別、個体の群れ間移動、さらには群れの分裂や群れ間の戦争について解説される。俎上に上げられるのは、未開社会だけでなく、チンパンジーほか類人猿、イルカや象やライオンやハダカデバネズミ、ミツバチやアルゼンチンアリなど、群れを作るさまざまな生物種である。大雑把に言えば、匿名社会であること以外のたいていのことは、若干の異同はあるもののどのような生物にも共通してみられるとのこと。ただし、人類特有の現れ方をするものもある。人類の場合、大規模な社会を維持するうえで、メンバーのアイデンティティを確認するためによそ者や「劣等な(括弧付であることを強調)民族」を必要とした、と著者は見ている。そういうアイデンティティがなければ大きな社会はより小さいグループに分裂するし、また征服以外に大きな社会が成立することもない、とも。

  以上。クリスタキス著と似たようなテーマだが、あちらが上手くゆく集団の特徴について考察しているのに対し、こちらは集団内部の差別や対立がなぜなくならないかを強調しているような印象である。どちらも読めば社会についての理解が深められることは確かだ。が、本書はさまざまな民族や生物の群れの生態を描くのに著者がのめりこめりすぎている感もあり、説明に少々くどさも感じた。また、けっこう著者の推測部分も多い。
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