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エンタメ小説執筆のハウトゥーと1980年前後の米国出版事情が少々

2021-11-23 16:33:35 | 読書ノート
ディーン・R.クーンツ『ベストセラー小説の書き方』 (朝日文庫), 大出健訳, 1996.

  タイトル通りのハウトゥー。この朝日文庫版は1996年だが、最初の邦訳は1983年で講談社から。原書はHow to write best selling fiction (Writers Digest, 1981.)で、それもまたWriting popular fiction(Writers Digest, 1972.)を書き直したものだという。著者のクーンツは有名なエンタメ小説家であるが、僕は読んだことがない。

  純文学作品ではなくて、売れるエンタメ小説をどう書くか。それを教えてあげようというのが著者のねらいである。米国出版市場の変化、ストーリーの組み立て、アクションシーン、主人公の設定、リアリティのある人物描写、動機、物語の舞台設定、文体、ジャンル小説(SFとミステリー)、作家としてどう食べてゆくか、著者推薦本、などが論じられている。このうち最重要だというのがストーリーの組み立てであり、350頁程度の分量なのに100頁以上がその解説のために充てられている。

  ひとつひとつの細かいアドバイスは省くけれども、計量分析を施した『ベストセラーコード』よりは具体的で踏み込んだ指摘がなされている。ただしそれらは主観的なアドバイスであって、正解だという根拠はない。さらに言うと、そうした勇み足の当否は読者が適切に判断すればいいことであって、マイナスポイントというわけでもない。むしろ現役作家の見解として役には立つだろう。(なお日本の漫画家がよく言う「キャラクターが勝手に動き出す」ような作品は、著者に言わせればダメらしい。書き手はストーリーを完全にコントロールすべきだ、と。ここは日本人の価値観と違うところ)。本書のアドバイスに沿って小説を書くならば、伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』のような作品が理想的ということになるだろうか。

  なお個人的には、小説を書きたいからではなく、1970年代後半から80年代初頭の米国出版事情を知りたくて読んだ。3章はまるごとその話に充てられている。著者によれば、その時代、書籍市場が拡大しつつあり、小出版社が大出版社に吸収・系列化され、一つの書籍の宣伝に巨費が投じられるようになったとのこと。「だから、儲かるぞ」と。また、その昔「海外には大衆小説と純文学の違いはない」などという出羽の守言説をどこかで聞いたことがあるのだが、米国でもやはりそういうカテゴリ分けがあって出版関係者がそのことを意識していることがわかる。古い本ではあるが時代の資料として。
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