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就職における体育会系学生の栄光およびその後の供給過剰

2021-11-18 09:51:43 | 読書ノート
束原文郎『就職と体育会系神話:大学・スポーツ・企業の社会学』青弓社, 2021.

  日本の「体育会系」所属学生の就職および近年の変化について検討する学術書であり、元は博士論文。著者自身も大学時代はサッカー部所属だったという。僕は本書でいうところコテコテの「教養系」学生だったので、体育会系の思考が垣間見られて非常に面白かった。ただ、不満が残るところもある。

  先に不満な点を示すと、肝心の「体育会系神話」が未検証のままとなっていることが挙げられる。1章で先行研究がまとめられているが、体育会系所属が必ずしも非体育会系より就職に有利になっているとは限らないという研究が紹介されている。続いて2章で東証一部上場企業への就職をロジスティック回帰分析するのだが、サンプルを体育会系学生のみで構成している。「就職後に伸びる、だから体育会系を優先して採用する」というのが体育会系神話ならば、非体育会系学生を対照群とした分析をする必要がある。だが、非体育会系学生のデータは扱われていない。このため、体育会系が諸要因を統制してもなお就職に有利であるのか、本当に就職後に伸びるのか、がわからないままである。入手できる適切なデータがなかったということなのだろう。

  では本書でどのような課題が解かれているのかというと、1)「どのような競技の学生が就職に有利か(競技間の比較)」2)「体育会系が持っているものとして評価されるメンタリティはどのようなものか」3)「いつ頃、体育会系を評価する言説がうまれたか」4)「近年の動向と将来の展望」などである。分析手法として、統計分析、インタビュー、文献調査と多彩なアプローチが採用されている。

  まず統計分析の結果だが、いちいち競技名を挙げないけれども、やはり就職に有利不利な競技があるとのこと。ただし、理由はわからない。1990年代に就職したという元体育会系学生へのインタビューの章では、マイナー競技の場合、学生自身がマネジメントや後進の指導をする必要があり、そこでの試行錯誤が評価されるのだろうとしている(ただし、この見立てと先の統計分析の結果とは齟齬がある)。体育会系を評価する言説は、大正~昭和初期に普及したらしい。マルクス主義にかぶれた教養系に対して肯定的なイメージを経営者らに持たれたとのこと。この風潮は、大学生数の増加と同時に体育会系学生が増えたことや、バブル崩壊後の就職の難しさから、変化しつつあるとのことである。

  以上。先に挙げた不満な点を除けば、ありそうでなかったテーマに手を付けた興味深い研究だと言える。特にアメフト経験者に対するインタビューの章は、体育会系のものの見方が分かってためになった。なお、企業名や大学名は伏字になっているが、リクルート社だとか日大とか、はっきりわかるようになっている。
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