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著者自身は愚民論ではないと宣言する愚民論

2021-11-16 14:07:17 | 読書ノート
綿野恵太『みんな政治でバカになる』晶文社, 2021.

  なぜ政治的言説が冷静さを欠いたものになりがちかになるのかについて考える論考。前著『「差別はいけない」とみんないうけれど』と同様、結論よりも途中にある思考の逡巡を読ませる内容となっている。知らない話と既知の話がそれぞれ出てくるのは前著と同様だが、この本についてはどちらかというと既知の部分が多いという個人的な印象を持った。また、このタイトルかつこの内容で大衆愚民論ではないと主張するのは苦しい。

  人間は二重にバカであるという。なぜなら、合理的な思考を拒む二つの問題があるからだ。一つは、行動経済学や進化心理学によって明らかにされてきた、生まれつき備わったバイアスのせいである。もう一つは、そもそも政治や社会の仕組みをよくわかっていないしかつ学ぶ意欲もないという無知のせいである。この認識をベースに様々な文献を渉猟して、監視社会やらナッジやら「あの話もその話もこの議論に通じるところがある」と展開してゆく。終盤の章では、吉本隆明がどうだとか呉智英がどうという思想家の話になり、最後は政治に対するシニカルな視点を持つことで自らのバカさを相対化できるとする。

  率直に言って、読んでいて途中から議論が前に進んで行かなくなったという印象がある。思想家の話なんかどうでもいいし、処方箋としてのシニシズムの効果についても根拠はない。冒頭で「自由か幸福か」という選択肢を読者に突きつけておきながら、結論として個人の心構えの話に落としてしまっている。投票者は愚民だと言いながら、統治システムの議論にもっていかなかったのは、不満が残るところだ。政治的対話がうまくいかないとしたら、どのような政治制度を設計すべきか(あるいは規制を設けるべきか)という議論に踏み込んでほしい。著者の今後に期待する。
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