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1970年代にキャンセルされた精神外科医を再評価する

2021-11-06 10:41:31 | 読書ノート
ローン・フランク『闇の脳科学:「完全な人間」をつくる』赤根洋子訳, 文藝春秋, 2020.

  電極を使って脳の深部に電気的な刺激を与える「脳深部刺激療法」のルポ。1950年代から70年代に活動したロバート・ヒースという開拓者の栄光と挫折を話の主軸におき、21世紀の最新研究動向を織り交ぜてゆくという構成となっている。著者はデンマークの科学ジャーナリスト。原書はThe pleasure shock: the rise of deep brain stimulation and Its forgotten inventor (Dutton, 2018.)である。

  ロバート・ヒースは、ニューオーリンズのテュレーン大学医学部で活躍した精神科医兼研究者で、当時悲惨な環境に打ち捨てられていた統合失調症患者や鬱病患者の治療に燃えていたという。脳の一部を切除するロボトミー手術にも批判的だった彼は、理性をつかさどる脳外部ではなく、もっと原始的な脳領域である脳深部を電気刺激するという方法によって治療を成功させる。その刺激は患者に快感を与え、同性愛者が異性愛者になったり、てんかんの症状を改善するという結果をもたらした。しかし、その治療は必ず上手くいくと限らず、またそのメカニズムはなかなか解明されなかった。1970年代になると、いわゆる1960年代的ヒッピー文化が「脳外科手術によって人格を操作するマッドサイエンティスト」として彼をキャンセルし、彼の功績は忘れ去られていったという。以上のようなストーリーに加えて、今世紀になって復活した脳深部刺激療法の動向や、ヒースについての証言者探しや資料探しの困難が語られている。

  現行の脳深部刺激療法も、結果は出るけれどもメカニズムはわからないままとのことで、機器が新しくなってもヒースの頃とそう変わらない状況であるとのこと。本書で直接「キャンセルカルチャー」と表記されるわけではないものの、1970年代にも現在のそれと同じような話があったことがわかって興味深い。ただし、あくまでもルポ中心の記述であり、サイエンス本とするには科学的知識の中身は薄いかもしれない。
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