ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

ドームで阪神巨人戦を観ながら現在 関心のあることを話し合って

2018-05-09 04:06:17 | 友人

昨日は前事務所の茂呂先輩と、東京ドームで阪神巨人戦を観ながら、久しぶりで会話を楽しみました。 ゲームも阪神の一方的な展開に、話に夢中になりながらの観戦でした。

ネット裏の真ん中で前から15番目の席で、野球観戦には打って付けの良い席です。 阪神ファンであることを知って、時々プレゼントをしてくれるのです。

現在は売って仕舞われましたが、自宅を改造して女性だけのシェアハウスを経営された体験から、女性の対応は非常に難しく、ちょっとしたことでも特定の人をえこひいきしたように取られてしまい、改めて売却をするに至ったようです。西武鷺宮駅より徒歩で10分ほどのところにあって、常に満室であったそうですが。

詩吟を40年以上続けており、週4回お母さん先生から習っておりましたが、その娘さんも月に1回指導者クラスを教えていることを聞き、お母さん先生に頼んで習い始めたとのこと。 その娘さん先生は、ズバリと本質を指摘されて、なおかつその詩吟の唄声の素晴らしさは、天下一品とのこと。

茂呂さんも先生から自分の我を削ぎ取って唄いなさいなさいと、指摘されるようです。 然し乍ら最近になって、自分が行う呼吸に合うように唄う大切さを感じるようになったと言いますから、後は自分で良いと思っていた節回しなどを、出来るだけ削ぐ事だけでしょうか。 難しいことですが。 良いと思っていた節回しを変えることは。

私は自分が気が合うと感じた方とは、自然とハグをしてしまうのですが、茂呂さんは握手をしながら指先でこちょこちょと、くすぐるようにすると話してくれました。何も誰お構いなしにはしませんが、何人かにしたそうです。

すると忘れた頃に相手から握手をした時に、指先で同じようにこちょこちょとされたとのことですが、実際その場で握手をしながら、指先でやってみたのですが、かなり不自然な感じがしました。

浅草八百半のお弁当をアサヒビールのハーフ&ハーフを呑みながら、楽しいひと時でした。


認知症の予防には深呼吸の要領で行う長く吐く呼吸が良いのですが

2018-05-07 02:11:59 | 逆腹式呼吸

北園高校で2年間、同じクラスだった吉田日出子さんが、セリフが覚えられなくなって、舞台から消えてしまって長くなります。 先日、黒門小学校で6年間一緒のクラスだった新橋耐子さんと60数年ぶりで、電話で話しましたが、吉田さんとは仲間で、認知症になってしまったという話を聴きました。

私は自分の体験から、深呼吸の要領で行う長く吐く呼吸、吐く息をイメージで体の中へ吐く呼吸が、目には見えないけれど体の中を、神経の腺に絡みあうように流れる気の通る道–経絡を刺激し、気の通りを良くすることによって、結果的に神経を刺激するのです。

特に微細な神経細胞への影響力は大きのです。 私は生まれて初めて、長く吐く呼吸を伴う座禅を毎日行なって、結果的に1ヶ月半で下腹にある臍下丹田が活性化し、心臓のように鼓動を始めました。

それ以来、普段何もしなくても体の中を、気が循環しております。 頭蓋骨と頭皮の間を流れる気は、何時も感じながら生活を送っております。 多分、私は絶えず脳細胞を刺激しておりますので、余程のことがない限り、認知症にはならないだろうという予感はあります。

私も50数歳で、大学の級友に静功の会のことを聞かなければ、長く吐く呼吸のことを知らずにいたかも知れません。 それまではもちろん、呼吸を意識することはありませんでした。

イメージで吐く息を体の中へ吐くことによって、実際には息は少しずつ鼻から出ているものの、体の中には気が入って行って、気の通りを良くするのです。 自分では分からないことですが。

この呼吸法は、また違う効果もあります。 自己免疫力を高めるのです。


たまたま受胎した時から胎児に話しかけながら育てたお母さんに出会って

2018-05-05 01:45:27 | 胎息

先日、京王多摩センター駅周辺で開く子ども祭りで、木片チップを1万数千個用意して、子供たちに遊んでもらっている中で、1年生の子供を中心にしてお父さんとお母さんも楽しく、積み木遊びをされている家族に声をかけました。

お父さんたちの助言にお構いなく、自分の考えを貫きながら積み木遊びをする姿に、話しかけることも多くなっていきました。

子供が未だ1年生ということもあって、未だこれからもお子さんを生む機会がありますかと訊ねますと、いや、5年目でやっと妊娠出来たので、ヒヤヒヤしながら祈るような気持ちで、あらゆる場面で胎児に話しかけるように育てたのですと、話されたのです。

実は受胎した瞬間から胎児に話しかけるように育てると、お腹の中にいた時の胎外で起きていることを全て吸収して、生まれ出た時にはその集積の下で成長するので、一般的な人よりもベースが違って、受験のための塾などは行かなくても済みますようと、話すつもりだったのです。

するとお母さんから意外な言葉が出て来ました。 自分の子供は、お腹の中にいた時の出来事を、自分が体験したかのように話すのです。 また胎児がお腹の中にいた時によく歌っていた歌を、子供は知らないはずが口ずさむのです、と言うのです。

胎児が、お母さんのお腹の中にいるときに、話しかけながら育てるという意味は、実はここにあるのです。 胎児は、お母さんやお父さんが話しかけてくれることを、全て気を通して感じるのです。 その情報は急速に生長する脳にも深く刻まれていくのです。

公園を散歩している時には、その情景を話します、音楽聴く時にも話しかけながら、一緒に体感するように心がけます。

まさに、出会ったお母さんは、無事に成長することを望みながら、話しかけながら育てられたのです。 お母さんには多分、学習塾には行く必要はないと思いますよ。 むしろこう大人の感覚で拘束することなく、伸び伸びと育てて下さいねと頼みました。

今後の生長を確かめるためにも、念のため子供の名前も聞いたほどです。 楽しみです。 どのように成長されて行くのか。


60数年ぶりで級友の新橋耐子さんと電話で話をして声は変わらないと

2018-05-04 02:18:08 | 友人

昨日、電話に出ると聞き覚えのある声が聴こえて来て、直ぐ黒門小学校で6年間一緒だった新橋耐子さんだと分かりました。 卒業以来、実に60数年振りに聴く声ながら、ちょっぴり鼻声気味の声でした。

子供の頃は少し痩せ気味で、家も我が家からすぐ近くにあったりしたので、教室内でもよくお喋りをした記憶があります。 然し乍ら、確か5年生の時だったでしょうか、新橋さんに対するちょっとした言葉使いが悪くて、言葉の深い意味も分からずに発した一言で、クラス中の女子たちから総スカンを食うことになったのです。

翌日から私の前に来るとサッと歩く方向を変えるのです。 結局卒業するまで女子と話すことはありませんでした。 その延長線上で、中学に入っても女子とはいっさい、口を訊きませんでした。

女子が少ない都立北園高校に入っても、バスケットボール部一筋でしたので、クラスに入っても殆ど口を開くことはありませんでした。

高校3年になってから少し変化があらわれ、受験のために学校に登校しなくなってから、1、2年生の時に一緒だった、クラブ活動で走っていると、ふくろはぎの美しかった現在の連れ合いに声をかけるようになりました。

長い間、私の心の底に新橋耐子さんのことが残っていたせいでしょうか、電話がかかって来たときには、そんな思いは何処かに飛んで行ってしまい、懐かしい声を聴いて思わず嬉しさがこみ上げて来ました。


積み木遊びの準備は出来ましたが雨が何時も心配です

2018-05-03 03:50:31 | 文化

昨日、倉庫から木片チップから作った積み木1万数千個を、知り合いの会社から借りた1.5トン車に積み込みが終わり、雨が降っても良いように新しいビニールシートに覆われて、私が住む住宅地に駐車されて、イベント会場に何時でも出発できる状態になっております。

1年に1回、クラッチ付きのトラックの運転をするようになって、30年以上経っております。 木片チップも1000個単位で、現在進行形の現場に依頼して、無料で提供して頂いた結果、現在の木片チップの数になっております。

私の記憶では、当初3000個ぐらいでスタートし、倉庫も私が関係するビルに置いてありました。 年々数が増えるに従い、市の倉庫を借りるようになり、関係を整理する意味で木片チップを、市に収めることとして、イベント毎に私たちがその都度、借りるようなスタイルに変わって行きました。

子供たちに積み木遊びを通して、デザインの面白さを体感してもらい、その中からひとりでも良いから建築デザイン方面に進む子供が育ってくれればという思いを持ちながら、続けて来ました。

子供たちの中には一橋大学の大学院まで進んだという子もおられます。 青空の下で積み木を自由に使ってタワーを作ったり、お城を作ったり、家を作ったりする作品を写真に撮って、それぞれの子供たちに送っておりました。

素敵な作品には、私たちの少ない会費から捻出して、図書券を添付して送らさせてもらっております。 以前は、カラーの紙にお絵描きもしてもらっていました。

連休中に里帰りされるお孫さんが、楽しみにして何時も参加されていた姿が、思い出されます。 これまで30数年、積み木遊びを主催して撮った写真を送るのに、子供たちに名前と住所を書いてもらっておりましたが、昨年ひとりのお母さんから個人情報の守秘義務等、犯罪に結びつくものはおかしいとの苦情が大会本部に届き、今年からは要望がなければ写真は撮らないことになりましたが、これも時代の趨勢でしょうか。

ちょっぴり後退するようで残念な感じがいたします。


30数年来の友人とは週に数回はお昼ご飯を一緒に食べるので

2018-05-02 04:20:03 | 友人

私は事務所で休日も含めて毎日、何らかの作業を行なっております。 主に7のパソコンを使用しておりますが、慣れない10も稼働させます。 時々XPのパソコンを古いデータを確認したり、データを更新しておく時に稼働します。

22インチから24インチの液晶パネルに囲まれながら、作業を行なっているような状況です。 そんな時に、お昼ご飯を一人で食べるのは寂しいものです。 従って午前中の早い時間に、30数年来の友人に電話をして、お昼ご飯を一緒にするようにしております。

昨日は豊ヶ丘4丁目のバス停近くにある寒天茶房の遊夢で、軽くシャケの西京焼きの定食を食べながら、お喋りをしました。 市の体育館の中にあるレストランも、楽しく過ごせる場所です。

旧知のマスターが手が空いた時に、お喋りをしに来てくれるのです。 毎回違う話題で二度と同じ話をされたことはありません。

ここでしかトンカツは食べたことがないという、とんとん亭も月に2回ほどは行きます。 ここのキャベツの千切りは、どうしてこんなに美味しいのかと思わせてくれ、ヒレカツの美味しさを引き立たせてくれます。

最近になってしゃぶ葉というファミレスにも、行くようになりました。 思い出したように大戸屋にも行きます。

お勧めはCSKが運営するレストラン フロリコ食堂です。 自家製のパンが食べ放題の上、その日に作ってその日に消化してしまう、人参のジャムです。 残念ながら市販はしておりませんが、多摩センターが一望できるテーブルで食べながら、お喋りするのは楽しさも倍加します。