らくしゅみ

写真や音楽、その他気の向くままに綴ってみたいと思います。 楽に趣味をらくしゅみ。

ジョナス・メカス展『われわれは理想主義者でなければならない - Be idealistic -』 粟津潔邸 南生田(最寄駅は小田急線読売ランド前駅)

2024年03月31日 | 展覧会

昨日は小田急線読売ランド前駅から山を登った所にある、グラフィックデザイナー・粟津潔邸で開催されているジョナス・メカス展『われわれは理想主義者でなければならない - Be idealistic -』を見に行ってきました。

読売ランド前駅、久しぶりに降りましたが、基本的な構造は大昔と変わっていません。子供の頃は改札の向きがホームと直角だったような気がしますが、現在のこの形になってからも30年ぐらい経つのではないでしょうか・・・

通り道の花を愛でながら・・・

粟津潔邸

こんな空間や・・・

こんな空間が広がっています。

他の見学者、と言ってもジョナスメカスだけに限らず、この家の住人だったグラフィックデザイナー粟津潔やこの家を設計した建築家原広司に興味のある人たちもいて、テーブルの上にあった本を見ながらああでも無いこうでも無いと議論していました。

こんな部屋もありました。

帰り道でも花を愛でながら・・・

駅に到着。お昼時だったので名代箱根そばをいただきました。はじめ、日高屋にしようと思ったのですが、前日にインスタントラーメンを食べたのと、私の近所に箱根そばが無いのでそばになりました。(笑)

 

粟津潔はグラフィックデザイナー、その彼のアトリエ兼住居を作ったのは原広司という建築家。1972年に落成したこの家は、生田の山奥(正確な住所は南生田)で、時期や場所を考えてもモダンで素敵すぎます。ジョナス・メカス展を見に行ったのですが、少し霞んでしまいました。(笑)

 

ジョナス・メカスが亡くなった5年前にエントリーをアップしていました。

 

おまけ

昨日は暖かいを通り越して暑かったです。桜の開花が遅いと言われていましたが、これで一気に花開くことでしょう。で、夜はピザと決めて出かけました。(笑)と来ればビールは必定です。でも、それだけでは身体に悪そうなので吉祥寺のCRISP SALAD WORKSでサラダを買って帰りました。(昨日のコンセプトは自分でつくらない。:笑)

 

粟津潔邸の近所の杉山神社に寄ってお参りをしましたが、境内に日露戦役記念碑がありました。明治39年とありました。このエリアにもうひとつ恤兵會紀念碑があるのでこれも見ていこうと思いました。でも、調べてみたら駅を挟んで反対側なので日和りました。距離的には大した事はなく、地図で見ると平らですが、小田急線は谷底を走っているので両側は崖です。なのでやめました。(笑) また今度にします。

 

生田とか読売ランド前って下北沢から鈍行で行くと時間かかるのね。下北沢で来た電車にポッと飛び乗ったら成城学園止まりだし・・・成城学園で待っていたらアレに抜かれて次に来たのが唐木田行きの急行・・・これが読売ランド前には停まらない。(笑) 仕方がないので遊園で降りて待っていたらアレに抜かれて、コレに抜かれて・・・(笑) ようやくです。私が子供の頃から小田急はこうだったのをすっかり忘れていました。

 

45年くらい前の話ですが、新宿から下北沢のレコード屋まで各駅停車で行くとあれに抜かれて、これに抜かれてと・・・そのような事をここに書いています。

 
 

 

 


飲み会

2024年03月28日 | 食・レシピ

昨日は某所で某な飲み会でした。(笑)

いや、北品川です。品川駅からインターシティーを抜けた所にある・・・

きらくと言うお店で・・・

乾杯からの・・・

ご馳走でした。

 

声をかけて下さった方とこんな風に飲んだのはおよそ6年ぶり(多分)のことで、自分も外で人と話しながら飲むのは約一月ぶりのことです。墓参りの時も仲間と飲みましたが、純粋に人と会って飲むためだけに出かけたのは1月以来のことです。

 

割と最近に一件訃報があり、悲しい話題がありましたが、 それ以外は不適切な会話も無く(多分)大変楽しくお話ができました。(笑)

 

本来は違うお店に行く予定だったのですが、そこの大将の体調がよくないとのことでこの「きらく」になりました。比べようがありませんが、お刺身は写真を見てもらえればお分かりいただけると思いますが絶品でした。また他の料理も美味しかったです。今度は一人でも行ってみようと思います。


MINOLTA DYNAX 9を譲りました・・・そのときの気づき

2024年03月27日 | カメラ

先日、MINOLTA DYNAX 9を飲み仲間に譲りました。

なぜか我が家にミノルタのカメラがあったのです。(笑) 多分何かにくっついてきたのだと思うのですが、全く記憶にございません。そんな訳でミノルタン(ミノルタ好きの人の意)に譲りました。

で、カメラの中にこんなものが入っていました。

で、思い出したのはニコンのカメラたち。上からF3、EM、DYNAX9。シャッター幕を保護するために新品のカメラにはついています。

ちょっと並び替えてみました。(笑)

もう一枚。EMの写り込みが少ないかな。

ニコンだけにしてみました。

F3の・・・

EMの・・・

 

このシャッター幕の保護?どのメーカーが一番最初なのかは知りません。ニコン以外で見たのも初めてです。(新品で買ったものがニコンしかないということ) で、ある時教えていただいたのですが、ニコンはなぜ透明のものと白いものの二種類があるのかを。答えは、初めは透明だったそうです。ですが、ある時その透明のカバーをそのままにフィルムを装填して撮影した人がいたとかで、白く(透明じゃなく)したそうです。(驚)

 

ミノルタは透明ではない上に、材質は紙です。これで十分っていう事ですね。

 

ま、まさかな話ですが、事故ってそういう事ですものね。ご苦労様です。

 

ちなみにDYNAX(ダイナックス)はα(アルファ)のヨーロッパでのブランド名です。北米はMAXXUM(マクサム)です。中にドイツのお店の判を押した保証書が入っていました。そのお店は今でもあって、Foto + Digital Gressung GmbHと言いますが今年で創業120周年だそうです。

 

 


中平卓馬 火―氾濫 国立近代美術館

2024年03月26日 | 展覧会

昨日は招待券を頂いたので国立近代美術館に「中平卓馬 火―氾濫」を見に行って来ました。

あいにくの雨でした。

パネル

会場内 その1

会場内 その2

会場内 その3

展覧会場出口の所にあるパネル。

 

昨日は月曜日ですが、美術館はなぜかやっていました。(笑) ちなみに、いつもなら金月と休みの皇居東御苑も入る事が出来るようになっていて、北桔橋門辺りは多くの人がいました。北桔橋門のすぐ隣にある乾通りを一般公開しているから諸々連動しているようです。インバウンドなんでしょうね、外人が多かったように感じます。そして、特に混雑していた訳ではありませんが美術館も外人が多かったです。(多分日本人より)
 
 
北の丸公園は武道館で卒業式のN大学の卒業生やその父兄で溢れかえっていました。あと、春休みの子供達が科学技術館に吸い込まれていました。付き添いは圧倒的にお母さんが多かったですが、ご苦労様です。(笑)
 
 
雨でスッキリしない気分ですが、そんな事お構いなしにいろんな事が動いていて春を感じます。Rainy days and Mondays always get me down.まさしくな日ですが、大丈夫です。(何が?:笑)
 
 
追記
昨日近美のホームページに戸田昌子(写真史家)の展覧会レビュー「中平卓馬の否定形」が公開されました。中平卓馬を理解したいと思う人には一助となるレビューです。

 


国立天文台 三鷹キャンパス 春の太陽塔望遠鏡特別公開 2024

2024年03月24日 | まち歩き

昨日は国立天文台三鷹キャンパスの春の太陽塔望遠鏡(別名アインシュタイン塔)特別公開2024に出掛けてきました。前回この天文台に来たのは2016年の秋のことでした。

正門

太陽塔望遠鏡(アインシュタイン塔)外観

シーロスタット

別角度から

銘板にはCARL ZEISS JENAとあります。

反射鏡にはNIPPON KOGAKU TOKYO(ニコンのことです)とあります。

塔の下まで降りて行き上を見上げたもの。小さな鏡(副鏡)が見えます。

シーロスタットから塔の下にある鏡(主鏡)に光が来るようになっています。

こちらの銘板にもNIPPON KOGAKU TOKYOの文字があります。

もう一枚

 

元々はツァイス製のシーロスタットで、口径47センチ、焦点距離14.42メートルのレンズが着いた屈折式光学系だったのですが、今はニコン製の鏡に置き換えたカセグレン式(反射式)光学系に変更されています。

 

ちょっと悲しかったのは、実はこの装置で相対性理論の重力赤方偏移が証明できなかったそうです。理由は言うなればノイズ成分が多いということらしいのですが、ノイズなのか否かを見極めるのは大変なことなのでしょうね。

 

その他の写真

サイデロスタット(シーロスタットの亜種?)

日食観測に使われたカメラに着いていたレンズ。WOLLENSAK(ウォーレンサック) 15INCH f5.6のレンズです。説明板にはカメラの詳細も分からず、フィルムも残っていないであろうとありました。詳細は記録が残っていないけれど、(原物を)残すことも大事(意訳)とやや言い訳的な説明版でした。(笑)

ツァイス製19cm自動光電子午環

19cm自動光電子午環を制御するコンピューターの上部(笑) データーカートリッジです。モデル名はRL02K-DC。この下にDEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション )のPDP 11/94 RA82 などがあります。

トロートン経緯儀(望遠鏡) 明治最古の望遠鏡、TROUCHTON & SIMMS LONDON 1875の刻印がありますが、明治8年です。国立科学博物館の理工電子資料館にもあり、そちらは明治13年(1880年)に輸入されたとホームページに書いてあります。私はおよそ6年前に東博に行ったついでに寄ったときに見ました。(笑) お土産も買いました。

およそ30年くらい前にアメリカはアリゾナ州にあるキットピーク天文台に行きました。こちらはシーロスタットではなくヘリオスタットですが、太陽を観測するという目的は一緒です。画面の中央に滑り台?のような斜めの建物がMcMath-Pierce solar telescope(マクマス-ピアス太陽望遠鏡)といいますが、これが地下まで通じています。(リンク先の図を見てください)

 

あいにくの天気でしたが、他にもたくさんあって、とても楽しかったです。

 

写真、それなりに見えていますが、建物内部は実はほぼほぼ真っ暗です。なのでブレた写真が多いです。

 

おまけ

前回この天文台に来た時に帰りにラーメンを食べて帰りました。(笑) 昨日は同じところが違う店になってのオープン初日でした。ランの花や、開店祝いの花輪などそれはそれはとても凄い量でした。また行列もすごかったです。名前を皇綱家(と書いてきづなやと読むらしい)と言います。なんでも元は池袋の有名店らしいです。写真は撮りませんでしたが、検索してみてください。

 


塩竈フォトフェスティバル 2024 第8回

2024年03月16日 | 展覧会

14、15日(木金)と塩竈のフォトフェスティバル 2024に出かけてきました。

入場券、このパスを買えば全ての会場で何回でも出入りできます。(1,000円です)

こちらは裏面ですが広げると会場、塩竈の町の地図です。(偏っていますが:笑)

私のメインは塩竈市杉村惇美術館(昭和25年建造の公民館を改装し、平成26年に開館した美術館)

入り口

「風景を見つける 小島一郎の写真」です。会場内はこのパネルのみが撮影可で、他は不可です。2部屋あって、写真が5枚展示されている面が4面ある部屋と6枚の面が4面の部屋、その中に例外が1面あって7枚展示されている面があるので合計で45枚の写真が展示してありました。

尚光堂 (写真店、スタジオ、暗室) ここの暗室が素敵でした。そしてドライマウントやマットカッターなどもあり、ここで写真の全てが完結します。

写場(スタジオ)がギャラリーになっています。

ビルドスペース(現代アートギャラリー)

元々がギャラリーなので流石のスペースです。

他の会場とは若干離れた場所にある、ふれあいエスプ塩竈 ふれあいエスプ塩竈の「エスプとは、enjoy(楽しむ)、study(学ぶ)、play(遊ぶ)という頭文字から名前が付けられました。」とあります。略してESPだそうです。ESP(イー・エス・ピー)って光速エスパーですね。(意味不明) 

特別協賛のNIKON PHOTO CONTEST、株式会社ニコンイメージングジャパン

海商の館 旧亀井邸(大正13年に建てられた和洋併置式住宅)

何とも言えない趣のある味わい深い会場です。

 

もう一軒ピッツェリア ラ・ジータというところがあるのですが、ごめんなさいパスしてしまいました。

 

行ってみたいと思っていました。ですが、色々と情報が足らなくて勇気が出ませんでしたが、今回「ま、何とかなるさ。」で、ようやくの事出かけてきました。前回の高砂淳二の写真展に出かけたことが大いに役立っています。

 

15年くらい前に青森県立美術館で小島一郎の写真展が開かれました。およそ200点の展示だったそうですが、今回は45枚の展示。今回どのようなセレクションがなされたのかは知る由もありませんが、またどこかで全貌を見渡せるような写真展が開催される事を希望します。

 

市内観光(笑) 写真を並べていきます。

このフェスティバルの実行委員長の平間至の実家?ひらま写真館です。

ふれあいエスプ塩竈内にある長井勝一漫画美術館。長井勝一は塩竈出身で『月刊漫画ガロ』の初代編集長です。

現存していて実際に使われているのはここだけと言われている6号ポストです。

このマークは・・・

浦霞で有名な株式会社佐浦です。地図で見るとよく分かりますが、敷地の大きい醸造所です。ま、ある意味工場ですからね当たり前なんでしょうが。夜は晩御飯がわりにホテルの近くの居酒屋に行きましたが、もちろん敬意を払ってお酒は浦霞をいただきました。

鹽竈神社。先程の醸造所はここの御神酒を作っています。「鹽」の字に「鹵」が含まれていますが、やはり鹸化した油脂に塩を加えるところからきているのでしょうか?

泊まった所がここ。本塩竈から少し仙台方向に戻った多賀城にあるホテルキャッスルプラザ多賀城です。宿を予約する時にJRも一緒にと思い、旅行代理店を通じて申し込んだところ、ホテルも部屋もあるのですが、なぜか一人の予約が出来ない。私のリテラシーが低いのでしょうか? 面倒なので多賀城に泊まりました。(こっちの方がトータルで安い)ちなみにJRを外して代理店を通さなければ部屋はありました。

 

この晩、あの大きな地震が福島でありました。当然ホテルも揺れたのですが、大きなホテルだからでしょうか?頑丈だったようで恐怖を感じるような揺れではなかった・・・と思います。(笑) というのもちょうど寝始めた頃に地震があったので眠くて起き上がれなかったのです。(爆)

 

どうでもいい話?(笑)

杉村惇美術館の監視の方に幾つか質問しているうちに、その人が小島一郎の遠戚でお手伝いを頼まれたということがわかりました。で、どちらから?と聞かれたので東京は吉祥寺からと答えたら、今、私は立川にいますとの返事で、妙な親近感を覚えました。 今年(今年度)から地元(宮城)で小学校の先生になるそうです。

で、ふれあいエスプ塩竈に行くときに場所が他の会場と少し離れているように感じたのでタクシーを利用しました。そのタクシーの中での会話で昨晩の地震の話になりました。運転手さん曰く、今までは地震のたびに壊れたところを直してきたけど、歳も歳なのでよほどでない限りもう直さないそうです。私が、じゃあこれからは子供が・・・なんて言ったら、今は子供は東京に出ていて、なんと立川に家を建てたそうです。(驚) 誰にも説明出来ませんが、立川繋がりということで。(笑)

 

 


清水 三保の松原 久能山東照宮 日本平 からの沼津

2024年03月13日 | 旅行記

3月11、12日(月火)と清水と沼津に行ってきました。

子供(もう小さくない:笑)が羽衣伝説の話をしたり、日光以外にも東照宮があるんだと話していたので、それなら行ってみるかという事で出かけてきました。残念ながら羽衣は掛かっていませんでした。(笑)

良い天気だったんですけどね、なぜかそこだけ雲がかかって富士山が見えにくいです。いつもの飲み屋で出てくるお皿がここを模してあって、それを見ながらいつか行きたいなとずっと思っていました。

日本平に移動して昼食を食べた後、ロープウェイ(いつものロープウェイ、発音や表記についてのNHKの見解はこちら)を利用して東照宮へ。若い頃はロープウェイを使わず下から上がったものですが・・・

久能山から海岸線を見るとハウスがいっぱい。有名な久能山石垣いちごのいちご狩り農園のハウスです。

再度ロープウェイで日本平に戻り、日本平夢テラスからの眺め。富士山と右の方に三保の半島の先端が見えます。

泊まった宿はこちら、その名をリバティリゾート久能山テラスと言います。あの赤い橋の向こう側に玄関があります。これは翌日のチェックアウト時に撮ったものですが、この日は雨。荷物持って傘さしてえっちらおっちら駐車場まで歩くのはつらいです。この日は空いていたので駐車場の中でも宿の近くに停めましたが、混んでいたらと思うとゾッとします。(ものすごく大きい駐車場です)

今までずっーと晴れだったし、この先もずーっと晴れなのに何故かこの日は雨。しかも警報級。(笑) なので、石垣いちごも東海大学の海洋科学博物館もパスして沼津を目指す事にしました。その途中・・・これは、もしや・・・ (ちなみにこの撮影は助手席の子供がスマホで撮りました)

JAMSTEC(Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology)の地球深部探査船「ちきゅう」でした。トラックを見てもらえれば分かりますが、とても大きい船です。

で、次善の策である沼津は沼津港深海水族館に到着。

ダイオウグソクムシや・・・

シーラカンス(これは冷凍保存されているやつ)や、めんだこを見ました。

良い表情です。

 

で、この近所は一大歓楽街(誤解を招くか?)なので、お寿司を食べて、ちょっと離れた所にある「ごきげんようぎょ!」とか言っている幼魚水族館、そして昭和レトロな喫茶店ケルンに寄って帰ろうかと思いましたが、寄らずに帰りました。(笑)

 

帰りはすごい雨で、衝突事故を何件も見て帰りました。雨の日はさらに注意が必要ですね。

 

*東海大学の海洋科学博物館ですが、昨年からお金をとっての展示はやめて、無料だけど予約制で人数制限をして見せるとあったので行ってみたのですが、本年度は人数に達したので公開しませんとの事で、見学できませんでした。年度末だから面倒だったのかな? 

 

清水、懐かしいですね。40年くらい前に何度か行きました。新しいところでは10年ほど前に清水からフェリーに乗って西伊豆に渡り下田まで行きました。その時は時間がなくて三保の松原の入り口まで行って車の中からチラッと見て(笑)、フェリー乗り場まで慌てて戻りました。

 

東海大学の海洋科学博物館、その40年前の頃は三保文化ランドや人体科学博物館があって恐竜博物館もあったかな? 人体科学博物館はマリリンモンローの口から入って最後はお尻からオナラとともに外に出た記憶があります。国鉄清水線もありました。

 

東海大の水族館は世界で初めてカクレクマノミの繁殖に成功したところでもあります。私はカクレクマノミをあしらったカフスとネクタイピンのセットを持っています。が、どこにあるのか分かりません。見つかったらお見せします。

 

おまけ その1

とは言え、水族館から川を渡るだけの芹沢光治良記念館(名前読めますか? 正解は...ペンネームが「こうじろう」、本名が「みつじろう」だそうです)が近いのでチラッと外から見てきました。(笑)

芹沢光治良がどんな人かは他の人に譲りますが・・・1970年に設立された建物は、光治良がフランス留学の経験がありフランス文学の影響を受けていることから、中世ヨーロッパの教会をイメージしています。また、光治良が漁師の網元の家に生まれたことから、階段にあるライトは、漁具の浮標(うき)のようなつくりをしている・・・らしいです。打ちっぱなしのコンクリートが雨に濡れてなんともいえません。で、これを設計した人が菊竹清訓です。先日スカイハウスを見学してきましたが、同じ人です。

 

ちなみにこの文学館、所在地の地名は沼津市我入道蔓陀ケ原といいます。よく分かりませんがなんだかすごいです。

 

おまけ その2

漫画家の鳥山明さんが亡くなったと3月9日に報じられていました。泊まった宿にマンガコーナーがあり、ここにもたくさんの鳥山作品がありました。 合掌

 

 


岩崎家のお雛さま

2024年03月08日 | 展覧会

昨日は妻と二人、丸の内の明治生命館内の静嘉堂文庫美術館に「岩崎家のお雛さま」展を見に行ってきました。

静嘉堂文庫美術館、以前移転になる前の建物にも訪れています。

ホワイエ

会場入り口

雛人形

貝合わせ

サイズ感がわからないので手前に自分の指でこーんくらいってやったものです。5cmくらいでしょうかね。

こちらは還暦のお祝いに五世大木平藏 に制作を依頼した《木彫彩色御所人形》のうち「宝船曳」、昭和14年(1939)。

その後皇居東御苑に行きました。

花見の外人でいっぱい。平日だからなのか日本人は少なめです。

いつものハナショウブの田んぼですが、シーズン前はこんな感じなのです。ちょっと寂しいです。

 

男が見るものでもないでしょうが、なんて書くと今の時代物議を醸しそうですが、人形が特段好きなわけではない私が見ても人形たちはとても良かったです。当然?会場は女子で大変賑やかでした。以前の場所だとこの人数が見込めたかどうか・・・入場料も決して安くはありませんが、大勢の人が見学に来ていてここに移して正解だったのではないかと思いました。

 

会場は一部エリアを除きスマホでの撮影(のみ)が可能でしたが、RAWで撮影しなかったのでなんの調整もしていません。なので、ちょっと冷めた色に見えるのが残念です。


病院で超音波検査 それとペンタックスQ

2024年03月05日 | 健康・病気

昨日は年に一度の超音波検査の日。ちなみに前回はこちら

昨年と大きな変化は無く無罪放免となりました。

 

帰りに中野駅で途中下車してフジヤカメラに行きました。何をしに行ったのかと言えば、ペンタックスのQ-S1という10年くらい前に発売になったカメラが欲しくなり、それの中古を探しに行きました。モノはあったのですが・・・販売終了時に大手量販店のYで3万円を切る価格で、色を選ばなければ(選べば?)2万円台中頃の価格で買えたのです。もちろん新品ですよ。そのことを知っているだけに発売当時の売り出し価格と同程度の価格では買う気が起きないのです。(笑)

 

実は先だってその昔に買ったQをこのブログによく登場するM田さんに譲りました。富士電球の映写機用のハロゲンランプと超期限切れのコダクロームスーパー8フィルム8本、それとシングル8、ダブル8のカメラ等々と併せてお譲りいたしました。なので、後釜にQ-S1が欲しいのです。イヤ、だったらQのままででよくね?と思ったあなた、あなたは正しいです。(笑) これらの写真は撮っていません、すみません。

 

二つのカメラの一番の違いはセンサーのサイズなのですが、Q-S1は1/1.7型 裏面照射型 CMOSなのです。これがですね、すごく良いのです。(笑) なので発売当初買い替えたいと思っていたのですが、子供の教育費にお金がかかりそうホイホイとは買い替えられない時期だったのです。

 

まずはQを手放して、背水の陣を敷きました。(大ゲサ)


ひな祭り

2024年03月04日 | こども

昨日はひな祭り。ちなみに昨年はこんな感じ

ひな人形は簡易版でした。もうみんな大人なので気持ちだけです。(笑) 久しぶりに家族全員揃うかと思いきや、次女がおりません。

 

昨日は妻が外出で、私がちらし寿司を作ろうと思ったら、今年はにぎり寿司の出前をとるというので私の出番は無しです。(笑) プラス義母がキャベツの消費のためにロールキャベツを作ってくれました。写真は撮っていません。(ごめんなさい)


スカイハウス 菊竹清訓 そして文京区逍遥

2024年03月02日 | まち歩き

写真展の後、昼食を摂るために須田町まで移動しました。いつもの立ち食いそば屋ですが、13時ちょっと前に入店しましたが、ゲソ天は売り切れていました。いつもの事なので写真は撮りませんでした。店の外観はこの時撮影していました。

で、最近首都高の5号線付いています(前回は印刷博物館)が、もう一ヶ所行ってみたいところがありました。それがここ、スカイハウスです。

別角度から。レンズが汚い。スカイハウスは茗荷谷駅からお茶の水女子大、筑波大学附属高校の間を抜けて向かいます。

お隣さんが工事中でスカイハウスの裏側?がよく見えます。(覆われているけど:笑)

なんと、こんな崖の上に建っています。

 

菊竹清訓は変なユニークなデザインの建物が多い(それしかないとも言う)建築家ですが、スカイハウスはその現存する最初期の建物です。これらの写真群を見る限り特に奇抜なものもないように思いますが建築時と今の状態は異なります。詳しくは検索して欲しいのですが、その事がスカイハウスという名前の由来になっています。江戸東京博物館も彼の手になるものですが、スカイハウスが下敷きなのは間違いないです。(多分:笑)

 

ここからはお散歩写真。

スカイハウスから音羽通り、首都高を跨いで鉄砲坂を登り東京カテドラル聖マリア大聖堂へ向かいます。ちなみにこちらは丹下健三の設計です。

この教会、Googleマップで上から見ると十字架の形をしている事が分かります。

東京カテドラル聖マリア大聖堂の道路(目白通り)を挟んだ真向かいはホテル椿山荘東京 雅の入り口です。桃の花でしょうか、満開でキレイです。もうすぐ桃の節句ですしね。

講談社野間記念館を左に折れてしばらく行くと右手に永青文庫が見えます。

そこを奥に入って行くと、そこは肥後細川庭園です。

肥後細川庭園を過ぎるとそこは胸突坂。下にいるおばさん達は地元の人にこの坂を通らずに上に行く方法を聞いていました。(笑)

坂の下に銘板と碑があります。名前が示す通り下から上へは行きたくない坂です。

神田川沿いにちょっとずれると水神社があります。イチョウの木がものすごく大きいです。

神田川に架かる駒塚橋から椿山荘を見たものですが、桃の花の所からここまで(坂の上から下まで)広大な敷地である事が分かります。

文京区ではないですが、早大通り沿いにあるドラード和世陀(新宿区)。昨年は工事中で覆いがしてありましたが、ご覧の通りスッキリです。ベランダの手摺りも黒くなっています。(しらっちゃけていないっていう事です)

ビルの上部、こちらも同様に。

ま、こんな感じで移動してきて、早稲田から東西線に乗って帰宅しました。ご覧の通りですが、距離はたいした事はないのですが、地図では分からないアップダウンがあって、それが歩くのに時間がかかる要因です。地図の右下の方に赤丸で囲ってある所が前回出かけた印刷博物館です。

 

面白いのは銀座線や丸の内線など最初期の地下鉄は、駅名に谷と付く所は地上に出ているのですが、茗荷谷駅も地上に出ているのですが、文京区では標高の高いところに位置している事です。で、お茶の水大学、筑波大学附属高校は山の上にあって、スカイハウスにはそこの二つの学校の間を抜けて、途中横に折れて向かいます。学校達よりは一段下がったところになりますが、音羽通り、首都高速5号線は谷になりますがそこよりは一段高くなっています。そこを渡ってカテドラルへは上り坂、鉄砲坂という物騒な名前の坂を登ります。

 

胸突坂を降りて行くとそこは神田川、谷です。そこから早稲田駅まではダラっとした上り坂です。実は早稲田駅も微妙に標高が高くて、茗荷谷とともに早稲田の名に反する標高です。


キヤノンギャラリー50周年企画展 奇想 民俗博物館 「まつりと」 S(品川)と銀座

2024年03月02日 | 展覧会

昨日はキヤノンギャラリー50周年企画展 奇想 民俗博物館 「まつりと」を見に行ってきました。

まずは品川にあるキヤノンギャラリーS。副題は森羅万象に宿る神々です。

会場内の様子。

芳賀日出男のコーナー。

そのご子息の芳賀日向さん。お人形さまの写真の前でパチリ。ああ、ごめんなさい、またやってしまいました。カバンから出し入れする際に設定が変わってしまうんです。

からのキヤノンギャラリー銀座。こちらの副題は祈り、舞い、祝う人々です。

銀座会場の様子。

 

引用しますと・・・(少し長いですが)

本展は、キヤノンMJが全国各地の伝統的な祭りを伝承していくことを目的として立ち上げた、日本のまつり探検プロジェクト「まつりと」による企画展です。

キヤノンギャラリーが2023年2月に開設50周年を迎えたことを記念して開催する「キヤノンギャラリー50周年企画展」の第6弾として、キヤノンギャラリー S (品川)、キヤノンギャラリー銀座・大阪の3拠点で順次開催します。

拠点ごとに異なるテーマで開催し、品川は「森羅万象に宿る神々」、銀座では「祈り、舞い、祝う人々」、大阪では「小さな村の不思議な祭り」をテーマにした作品を展示します。

いずれも「まつりと」プロジェクトメンバーが実際に訪れた全国150以上の祭りを主な題材にしており、日本の伝統的な祭りの、現代における新たな価値を見出そうとする試みです。

祭りの現場での「不思議」や「驚き」をもとに構成した、まるで民俗博物館のような展示をぜひお楽しみください。

キヤノンギャラリー S では、「森羅万象に宿る神々」をテーマに、日本各地に伝わるさまざまな神や鬼をはじめ、神々とコミュニケーションするために行われる神事、神々の乗り物である神輿や曳山を撮影した作品を展示します。さらに、キヤノンフォトコレクション収蔵作品より、日本を代表する民俗写真家・芳賀日出男氏による作品「日本の民俗」や、秋田県の人形道祖神の実物も展示します。

銀座では「祈り、舞い、祝う人々」をテーマに、さまざまな祈りのかたちや、歴史に根ざした神楽や盆踊り、獅子舞などの様子、また祭りを祝い、喜び、笑い、熱中する人々の姿や感情を写し撮った作品を展示します。

大阪では「小さな村の不思議な祭り」をテーマに、山村や離島で伝承されてきた不思議な祭りに焦点をあて、不思議な姿をしている神様や、独特の衣装、舞踊、儀礼など、都市部から離れた地域に残る文化の多様性と豊かさを写し撮った作品を展示します。

とあります。

 

今回のこの写真展、レジュメというかカタログが無いのが残念ですが、バーチャルな民俗博物館として大変面白い展覧会でした。カタログの代わりと言ってはなんですが、こちらのホームページがとても素晴らしく、このページがずっと残るのなら「バーチャルな民俗博物館」として大変有意義なものだと思います。

 

おまけ

昨日は3月1日ですが、その前日の2月29日はニコンミュージアムが閉館する日でありました。

キヤノンギャラリーSのあるキヤノンタワーはニコンミュージアムのあるインターシティC棟の真向かいにあります。なので見てきました。(笑) 本当に閉まっていました。(爆) 

 

左上の案内にはミュージアムは新本社への移転に伴い閉館し、2024年の秋に新本社ビルでリニューアルオープンすると書いてあります。