唐松林の中に小屋を建て、晴れた日には畑を耕し雨の日にはセロを弾いて暮したい、そんな郷秋の気ままな独り言。
郷秋<Gauche>の独り言
牛肉を育てる?
郷秋<Gauche>が愛読する神奈川新聞では、その日の記事のハイライトが一面の最上段で紹介される。ハイライトと云っても、政治・経済あるいは事件事故、国際問題など難しいい記事ではなく、神奈川県内の、心温まる、ホッとする記事が紹介される。そんな記事紹介の、今日のトップは「高校生が育てた牛肉の特製カレー」である。
おいおい、牛肉って、どうやって育てるんだ?まさか、大きなガラス筒に満たされた培養液の中に肉片をぶら下げて、これを培養、肥大化させる訳じゃないだろうな。良く判らないが、そんな技術があることを、少なくとも郷秋<Gauche>は聞いたことが無いぞ。郷秋<Gauche>の常識と科学知識に従えば、高校生が育てたのは肉牛であり、牛肉ではないはずだ。そして、その育てた牛の肉が「牛肉」である。
もっとも、記事タイトルの下に付された記事の要約には「県立相原高校の生徒たちが育てた牛の肉を使った特製カレーが(以下略)」と書かれている。さすがに紹介記事を書いた神奈川新聞の記者も、「肉牛」と「牛肉」の違いは判っているのかと思ったのだが、肝心な記事本文の中に、またしても、このカレーの開発者の一人のコメントとして「高校生が愛情を込めて育てた肉を使っている。」と書かれている。もし、開発者の一人が、本当に、「高校生が愛情を込めて育てた肉を使っている。」とコメントしたとしても、新聞記者たる者、「愛情を込めて育てた牛の肉を使っている」と、書くべきだろうな。
しかしだ、生きている動物としての牛はあくまでも「牛」であるが(用途による肉牛と乳牛の違いはあるか)、されて肉になると、「牛肉」と呼ばれるようになる。と書いて、ふと思った。英語ではもっと難しいんじゃないかと。
日本語では牛の肉は牛肉、豚の肉は豚肉、鶏の肉は鶏肉なのに、英語では(多分)それぞれ、ビーフ、ポーク、チキンと云うようだ。同様に、葡萄を干したものを日本語では干し葡萄と云うが、英語では、ドライド・グレープではなく、レーズンだろう。葡萄で作った酒は日本語では葡萄酒だけど、英語だとワインと云う。こう云うのって、きっと、食文化の違いが言葉にも表れていると云う事なんだろうな。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、山野に自生するムラサキシキブではなく、多分、その園芸種で庭に植えられるコムラサキの実。9月も半ばだと云うのに連日真夏日が続く横浜地方ですが、季節は確実に秋へと向かっているようではあります。ほっ。
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