崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

国連軍の参戦

2013年09月25日 04時38分50秒 | エッセイ
昨日から九州大学大学院で集中講義が韓国研究センターで始まった。センター長の松原孝俊先生から紹介され、講義は始まった。彼は1979年3月2日初めて私に会ったと話された。帰宅してその日の日記をみると啓明大学校の野外劇場で新入生の入学式の日であった。おそらくその時私に新任教員として紹介されたと思われる。3月23日は日本から末成道男氏が来られて、翌日私が彼のフィールド地として糸津里へ案内した。それから末成先生は1年間そこで調査された。25日の日曜日に末成氏と松原、門脇氏が我が家に訪ねてきた。30日は松原氏のご家族から鹿井食堂で夕食に招待された。6月22日2時松原氏が研究発表し、記念写真を撮ったとか彼の名前はしばしば記されているのを確認した。このように35年ほど前の出会いであった。最近私が所長とする東亜大学東アジア文化研究所の開所式ではご挨拶もしていただいた。彼が所長を務めているセンターで私が立ったのはこのような長い友情の結集点があるからであろう。嬉しい。
 福岡の繁栄は東アジアへの開放からであろう。そこの韓国研究センターで院生は10人強、韓国と中国からの留学生が多く、日本人は2名マイノリティ。私は日韓往来40年、今が一番「韓日関係」が悪い。それは韓国が日本依存的な関係から自立することではないだろうか。日本はナショナリズムへ、第二の「脱亜」の勢い。講義は私が、戦争と植民地の歴史、話題の「従軍慰安婦」に絞って皆で考え、討議することになった。突如「戦争は悪いか」の発言に戸惑っている表情。私は朝鮮戦争の時、国連軍の参戦つまり戦争を強く希望したことを思い出として語った。そして、今シリア国民の中にはアメリカ軍の支援を強く希望する人々がいるかもしれない。国際的には平和主義的な反戦ムードが一般的なことではあるが、朝鮮戦争の時アメリカ軍(国連軍)が参戦しなかったら今韓国人は金日成3代の「将軍様」の下で生活しているだろう。現在までの状況から国連軍が半島の半分、否、百分の一だとしても民主国家として「韓国」を守ってくれたことに、国連軍の参戦に感謝すべきである。 この講義は一般常識や世論とアカデミズムとの戦いのようでもある。