崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

映画鑑賞と出版記念

2008年03月16日 07時00分20秒 | エッセイ
 昨日映画「志願兵」鑑賞に続いてわが夫婦のエッセイ集『下関を生きる』の出版記念会が下関韓国教育院(李永松院長)主催で行われた。両方とも予想以上の満席であって嬉しかった。記念会では主に読まれた方からの感想を聞いた。多くの方から読まれやすい本という。私はそれが幸子の文章力によるものと思った。人を愛することはキリスト教の精神からではないかとも、そして「日韓結婚」「下関を生きる」ということはある特定な国民や特定なローカルではなく、ある地域を越えて生きることではないかという正鵠をさした指摘もあった。幸子はわれらが人を愛するというより愛されたことを悟ったと応じた。雰囲気に載せられて今後も書き続けようと思う。われら夫婦にとってほんとうに励まされた感謝すべき有意義な時間であった。

チベット反乱

2008年03月15日 06時43分16秒 | エッセイ
 私はチベット反乱の一年後ラサを訪問したことがある。そして中国がチベットと和解を宣伝するような中国の将軍とチベット指導者と一緒に立った銅像の片方(中国)がチベットの住民たちによって壊されたものを見たことがある。中国の大国主義は実は武力によるものが多いと感じた。「天安門事件」のような運動が武力によって制圧されて中国の民主化は遠くへ行ってしまった。法輪功の信者たちの抵抗も武力に制圧された。
 韓国の民主化を体験した私としては中国の民主化への制圧に失望するばかりである。今朝のNYタイムズによると今週の月曜日のデモで600余名のラマ僧が逮捕され、金曜日(昨日)に2人が死亡したと報じている。中国がオリンピックを契機に国家を宣伝しようとしたが、逆に空気汚染、食品衛生問題、民族差別などをさらすことになるだろう。中国からの留学生たちから大国主義は感じても民主主義は感じられない。その教育はほぼされていないようである。私は経済発展より民主化が先行すべきであろうと思っている。

「千年王国」と「鄭鑑録」

2008年03月14日 06時45分20秒 | エッセイ
 「千年王国」とは王国は千年毎に終末を迎え、新しく王国が再建されるという、『聖書』の「ヨハネ黙示録」の終末論からいわれている信仰や風説である。韓国に古くから『鄭鑑録』が伝わっている。それによると王朝は500年で滅び、新しく鄭氏によって新王朝が生まれれるという。終末論は恐ろしい脅威であるが、一方希望の信仰にもなる。つまり永遠に続くような独裁支配者が滅んて新しい政権が生まれることを期待する信仰でもある。たとえば地上の社会が混乱し、困難な生活の人にとってはあの世を「極楽」と信じたりする。囚人などは混乱時に解放されることを期待するかもしれない。黒人は白人の支配が終わり黒人が支配する時代が来るという終末論に関心が高かった。今アメリカの民主党大統領選では男性や白人の支配から女性と黒人による支配が可能のような状況になっている。性や人種の問題より支配は数年毎に変わるべきで信仰でもある。それは日本でも期待されることであろう。

植民地期の映像について

2008年03月13日 06時38分41秒 | エッセイ
 韓国ソウルのある人に電話をして彼らが植民地期の映像を発見した過程の話を聞いた。彼は中国やロシアとアメリカからいくつかのフィルムを発見したが、まだ残っている可能性が高いという。私はすぐ飛んでいきたくなり、今心準備をしている。今まで発見されたのは、ほぼ中国やロシアとアメリカからであるということは何を意味するのだろうか。日本植民地の一番当事国である日本ではあまり見つかっていない。羅雲奎監督の「アリラン」が静岡にあると報じられて何十年もなるがまだ見つかっていない。日本で映像資料が多く発見されていないのは終戦の時焼却したことと、植民地資料を公開したくないところに理由があるのではないだろうか。戦争や植民地は日本だけがしたわけではないが、日本が資料を多く残していないことは基本的に資料保存に関する配慮が足りなかったのではないだろうか。それが帝国(大国)への「小国心」であったのではないだろうか。

突発的な家庭訪問

2008年03月12日 07時04分02秒 | エッセイ
歩いて帰宅の途中、ある人から声をかけられて立ち止って聞いてみると私のブログの愛読者であり、以前私の講演にも出席した在日の李氏である。彼に引っ張られるように彼のお宅に突発的な家庭訪問になった。突然の訪問なのに、花が生けられており展望のよいマンションである。彼は「在日」、奥さんは日本人、また息子さんの奥さんは日本人という日韓結婚の家族である。そこに私も家内を呼び、日韓結婚の3家族が集まった。李氏は日本での差別と朝鮮民族の歴史にこだわりがあり、それが話題になった。彼は私のようなニューカマーは「在日」を理解できないという。彼の民族意識について私が民族に拘らないという対決で私が奥さんたちの賛成を得た。このように突然の訪問でもこのような雰囲気は日本人にとって考えられない朝鮮文化であり、私自身が朝鮮民族として日本に住んでいることを再確認した時間でもあった。

新入社員研修会

2008年03月11日 07時14分58秒 | エッセイ
 私のゼミ学生が就職したある新入社員研修会に参加して帰りに研究室に寄ってくれた。その研修会に「挨拶の心理学」のような内容が含まれていたそうである。そこに私は彼にひとこと付け加えた。会社の社員が客に挨拶することは「客」に対する「主」であること、会社のアイデンティティを強化することである深い意味がある。したがってどのような人でも「お客様」とすることは自分の「主人意識」を強めることに通じるのでしっかり守って欲しいと。彼は研究室コップなどを綺麗に洗って挨拶をして出た。今までは大学の中で学生であったが、これからは師弟関係、そしてそれを超えた人間関係として、私は彼の成熟を守っていきたい。

春よ来い

2008年03月10日 06時03分31秒 | エッセイ
 「温暖化」の言葉の氾濫とは違って寒さはまだ長く続く。昨日は天気予報が最高14度になるというのでコートも着ないで出かけたのに、雨も降り寒かった。春がなかなか来ない。「春よ来い」。しかしベランダの春蘭が過保護を嫌がるようにひっそりと咲いた。そして香を放ち、自然に季節を知らせる。人工的な人からの香水とは異なって、気づきにくい自然の美しい香を感じさせる。
 春にはいろいろな現象が起きる。春一番、花粉症、花見などは日本的である。日本以外の国では、特に花粉症は韓国や中国ではない。それは日本的な病的現象であろう。先日山口新聞の佐々木氏がコラムで「春一番」について書かれており、私は先取られた感じで彼に詳しく聞く時間があった。その語源はそれほど古くなく宮本常一氏によって一般化されたという。韓国語では「春一番」の代わりに「ボムバラム」(春風)といい、風は浮気や恋心を意味することが多い。日本人が春風を嵐のように感ずるのとは対照的に韓国人は春の風は人々の心に静かに恋心を誘うロマンチックなものであると言える。

居眠り

2008年03月09日 07時47分37秒 | エッセイ
 日本では特に車内や教室で居眠りする人が多い。学生の居眠りには失望するが、車内で居眠りする人には羨ましくも思っている。昨日は朝7時ころ家を出て大阪民族学博物館の研究会で楽しく勉強をして、夜間に帰る時の車内では相当疲れていた。居眠りをしようとしても一瞬も居眠りができず、そのまま帰宅した。今朝6時半まで寝たのは珍しい。昨日の疲れは大変だったようである。
 ある居眠りの研究者の研究結果を聞いたところによれば「一瞬の居眠りは健康によい」という。昼間居眠りが簡単にできないことは健康管理にはよくないと思うが良い点もある。若い時、軍隊の訓練で体を動かす訓練はちょっと苦手だったが、昼食後座って講義を聴くとき、居眠りはせず聞くことは難しかった。しかし居眠りのできない私には有利だった。結核病で弱かった私の訓練成績が意外に良かったので私はもちろん戦友たちも驚いた。私は未だにこの調子は保っているが、いわば私も高齢になっているのでいつかは崩れるのではないかと心配である。

中学時代の音楽先生

2008年03月08日 06時09分47秒 | エッセイ
 先日本欄でお知らせの映画鑑賞会で上映予定の「志願兵」の監督である安夕影氏は私の中学時代の音楽の先生である安炳元先生の父親でである。昨年カナダのトロントによったときトロント居住の安先生を思い出した。先生は中学3年生である私たちに自分が作曲した童謡の話や作曲の話をしてくれた。先生のお父さんの作詞と先生の作曲の「われらの所願は統一…」(統一の歌)は全国民から愛される歌である。今は北朝鮮でも盛んに歌われている。その父子の合作はいわば親日と反日の合作かもしれない。私の中学の先輩方で特別講義をしてくれた有名な英文学者の崔載瑞先生は親日とされた。オーストラリアに居住の先生の娘に会った時、崔先生の話は淋しそうに避けたことを悲しく覚えている。親日と反日を超える時代を待ち続けている。

パレスチナーとイスラエル

2008年03月07日 06時55分59秒 | エッセイ
 パレスチナ、ー過激派によってイスラエルの子供たちが虐殺されたというニュースが流れている。このようなことは新しくは無いが、常にショッキングなものである。イスラム教とユダヤ教による民族問題から生じる根本的な問題である。ユダヤ教が旧約聖書の時代であり最も古く、その民族宗教を脱皮しようとイエスキリストによって基督教が現れ、それからまた6世紀後イスラム教が生じた。3人兄弟のような宗教の敵対と衝突は延々と続く。それは宗教の精神を正しく持っていないことから生じている。特に過激に民族と結びつけるところが危険である。立ち止って自分自身と戦う修錬する個人信仰になって欲しい。

家内との対話

2008年03月06日 07時28分50秒 | エッセイ
私は店に一旦足を入れたら買わないてそのまま出ることは心に残る。先日田舎の小さい駅で時間をつぶすために雑貨屋に入った。しかし客は私しかいない。小さいものでも買おうと品を探しても見つからない。そのまま出るには都合が悪くて次の客が入ると出よう待っていても誰もこない。この私の不都合な話を聞いた家内は「ある程度豊かだから」と解釈した。それは大型百貨店をしばらく回っても必要で買いたいものがない場合が多いのは確かに豊かさであり、感謝すべきである。しかし店に入ったら何かを買わないといけないという私の心は韓国で育った慣習からであろうと思う。子供の時店の中で物をみて買わなかった時、店主から悪く言われたことがあり、そのときから身についた習慣だと思う。いまは韓国でも商道徳も変ったと思うが、私の心は変っていない。良い心か悪い癖かは分からない。

契約制教員

2008年03月05日 07時25分59秒 | エッセイ
韓国の梨花女子大学で任期満了の教授が解任され、本人が法に訴えており、多くの教員たちが賛同している。大統領や国会議員などは厳しく任期制になっている。ここに韓国の任期制の問題が台頭したのである。日本でも任期制が奨励されている。従来大学教員には研究と教育に専念するように家族制度のように半永久的な自由業のように安定した制度を与えた。しかし中には自由を自らコントロールできず身分をエンジョイするような者が多くなった。つまり大学や会社も一種の共同体のように能力があるなしに関わらず、食べさせるという経営側の使命感もあって、その中に寄生(?)する者がいる。現在のように大学が一般教養教育機関のようにレベルが落ちっていては専門研究機関と大学をきちんと分離して、つまり教授と教員を分離すべきである。ロシアでは大学の「教員」と教授(「学者」)を分離しているのを参考にすべきである。

なぜブログに書く?

2008年03月04日 06時43分55秒 | エッセイ
 日本で無罪が確定されていた三浦和義がサイパン島で逮捕された。彼はサイパン行く予定をブログに書いたことがあり、簡単に逮捕されたという。それを聞いて私は思い出す。一昨年本ブログに福岡で講演の予定を書いた。その時、ある韓国のテレビ局の担当者がそれを読み、その講演会に秘かに聴衆の一人として参加、取材し私のことを「新親日的だ」という内容で放映されたことがあった。しかし目下私はブログを書き続けている。なぜであろうか。自問する。答えはデカルトの言葉「考えることこそ生きる(存在する)こと」'I think, therefore I am' (or in Latin, 'cogito ergo sum'). に依らざるを得ない。

ロシア大統領選

2008年03月03日 06時46分31秒 | エッセイ
当時ソ連のゴルバチョフ大統領のお蔭で冷戦構造が崩壊され、ソ連やユーゴスラビアなどが分裂した。私はその直後からモンゴルや中央アジア、ロシアなどを歩いたことがある。私は当地には将来民主主義が流行ると展望した。プーチン大統領の任期満了に伴い、後継者を決める大統領選の投票が2日、ロシア全土で行われた。嬉しい。しかし共産主義社会の中で中国は開放はしても民主主義を受け入れようとしていない。今日も中国からは餃子問題など、暗いニュースが黄砂に混ざって日本全土を追っている。

韓国映画鑑賞会予告

2008年03月02日 07時01分25秒 | エッセイ
植民地時代の韓国映画鑑賞会と『下関を生きる』の出版記念会も開きます。ご参席お待ちします。

1. 映画鑑賞会
・ 題名:「志願兵」(1941年、東亜興業社作、35ミリ、56分)
・ 時:2008年3月15日(土)午後2時
・ 場:下関韓国教育院
・ 解説:崔吉城(広島大学名誉教授、東亜大学教授)
・ 論評:野村忠司(下関市文化協会副会長)
・ 入場料:無料

2. 出版記念会
・ 本題:下関を生きる
・ 時:2008年3月15日(土) 午後6時
・ 場:プラザホテル下関
・ 感想:朴仙容(ノベライザー)
・ 参加費:3千円

※準備の都合がございますので、3月10日(月)までに、ご出席の有無につきまして、電話またはファクス、イーメールでのご連絡お願いします。
℡・Fax 083-268-1404
E-mail : song3939@hotmail.co.jp ysong3939@hanmail.net


          下関韓国教育院長 李永松